「劇場文化」掲載エッセイ

インドネシア、埒外の近代都市
中村潔

「村落」という言葉は豊かな自然に囲まれた前近代的な伝統的共同体を想起させ、対義語の「都市」は林立する摩天楼とその間を動き回る交通の生み出す喧噪に孤独な個人が埋もれた近代的な世界に結びつく。だが、村落が消費者としての都市に依存したのと同時に、都市はその必要物の供給者である村落なしでは存在し得ず、都市と村落とは一つの圏をなしていた。都市は純粋に人工的、近代的、均一な空間ではありえず、つねに後背地である村落の要素を含まざるをえない(その混淆のあり方は、歴史的経緯や地理的環境条件によりさまざまではあろうが)。

東南アジア島嶼部インドネシアの都市もそうした混淆した賑わいを示している。首都ジャカルタの中心を通るタムリン通りとスディルマン通りのぶつかる大きなロータリーの周辺は、官公庁や各国大使館などの行政機構、さらに大手銀行、ホテルやレストランなど商業施設の集中する中心街である。このロータリーをホテル・インドネシアのロータリーと呼ぶが、そこにはインドネシアを代表するホテルであるホテル・インドネシアやグランド・ハイヤット、マンダリン・オリエンタルなどの高級ホテルをはじめとする超高層ビルが立ち並ぶ。ホテル・インドネシアはその背後のショッピング・モールや高級コンドミニアムと一体化したコンプレックスを形成し、グランド・ハイヤットのビルはプラザ・インドネシアという高級ショッピング・モールでもある。モールには高級ブティックやレストランが入っており、日本でおなじみのブランドも店を構えている。カフェやレストランでは、ヤッピーなインドネシア人や(インドネシアにとっての)外国人が、高価なノート型パソコンでインターネット接続をしている。

こうした大通りと交差する、より小さな通りには、ビジネスホテルや国内の中流層を客層とするレストランがある。日本の物価から考えると安いが、インドネシアの生活水準からすると高価な部類になる。さらに、これと交差する狭い横町には、屋台が建ち並ぶ。プラザ・インドネシアのような高級ショッピングモール内の店の従業員の制服を着た若者たちが昼食をとりに来ている。

単純化していうと、大都市のレベルの違う道路にレベルの異なる社会階層を対象とした商業地帯が枝上の構造をとって隣接しているわけである。そして、その枝の間には、庶民ですらない極貧の人々が生きている。

このように記述すると、社会・経済的構造を反映した都市空間の層序的構造は静的な秩序に見えるけれども、その中に生きる人々の流れは、当たり前のことだが、整然と区分されるわけではなく、都市構造のきわめて動的な面を示している。高級車が走る同じ道路を車体の外にしがみつく人々を運ぶバスが走る。一等車のサルーンが走る線路を屋根にまで人のあふれる通勤電車が通る。

初めての留学で私が驚いたのは、地方都市デンパサール(バリ州の州都)のあまり大きくもない通りを歩行者、自動車、自転車、馬車、牛、荷車が通ること、さらに、その間をすり抜ける異様に多いバイクの存在であった。ここで車線などというのは意味をなさない。21世紀になり、町では滅多に牛や馬車を見なくなり、自動車はかつてのぼろぼろのオーストラリア車や中古のVWサファリから真新しい日本車になり、自動二輪も最新のおしゃれなスクーターに取って代わられたが、自動二輪は相変わらず群がる蠅のように多く、真新しい高級車、廃車同然の乗合自動車、スクーター、自転車、歩行者、荷車などが狭い道を埋め尽くし、前近代から現代までが同時に動いているような感じは変わらない。近代に呑み込まれつつあるが完全には呑まれていない、あるいは、近代性とは私たちの常識的なそれより遙かに複雑だという、そんな感じをインドネシアの都市は与える。

そう考えると、je.ja.l.an というテアトル・ガラシのパフォーマンスのタイトルも、jalan(インドネシア語で「道」の意味)がいくつも交差し、その間にさまざまな人間=夾雑物が動いている様に思われる。社会的な層序も、空間的な定位も、時間的な変化もすべて無視して集めたような、そうした都市の活気ある混沌をこのパフォーマンスは示しているかのようだ。

中村潔 新潟大学教授。専門は文化人類学。著訳書にPascal Boyer『神はなぜいるのか?』(共訳、NTT出版、2008年)、『現代インドネシアの地方社会』(共著、NTT出版、2006年)等。

「雑踏」をめぐって――テアトル・ガラシと21世紀東南アジアの想像力
武藤大祐

数年前、ジョグジャカルタにあるテアトル・ガラシのアトリエを訪れた。

ジョグジャといえば、スラカルタ(=ソロ)と並んで、ジャワ古典文化を育んだ古都であり、「インドネシアの京都」などと形容されることも多い。国の中心から外れたそのポジションゆえにか、腰の据わったオルタナティヴな文化と実験精神が生きていて、そのあたりもやはり京都と似た印象を受けなくもない。

例えば、小ぢんまりとしたギャラリーと劇場を備え、実験的な演劇のフェスティヴァルや出版活動も展開しているアートスペース「クダイ・クブン・フォーラム」。公的な助成金を一切受けず、建物一階にある本格的なレストランの経営で自活しているという。旅行ガイドでは(アート欄ではなく)グルメ欄の方に載っていたりするくらいだが、余計な利害関係にとらわれない自由で独立した芸術=政治活動というポジションを、実践的な戦術で見事に確保しているのである。

社会的な問題意識の強いコンセプチュアルな作品で知られる若手振付家のフィトリ・スティヤニンシも、やはりジョグジャが拠点だ。女性によって踊られるジャワ古典舞踊の「ブドヨ」を消費社会批判の文脈に置き直し、美容や整形に対する強迫観念をアイロニカルに扱ったダンス作品にしたり、首都ジャカルタの市街地を流れる川の水質汚染をテーマにしたサイトスペシフィックな作品では、実際に川の水に浸かってパフォーマンス(ジャズ・ミュージシャンたちの生演奏まで付く)を行い、汚水のせいでしばらく生理不順になってしまったらしい。

こんな具合に一部を取り出してみても、ジョグジャから発信されるアートには、制度化の進んだ首都ジャカルタに比べてインディペンデントかつ骨太な批評的精神が感じられるように思うのである。

ガラシのアトリエは、町外れの水田に面したのどかな住宅街の一角にあった。庭先に簡単な稽古場を兼ねた舞台があり、その脇のテラスで演出家のユディ・アフマッド・タジュディンや、他の劇団員たちと雑談していると、ここでもインドネシアでの芸術活動とカネをめぐってはシニカルな議論が闘わされていた。グローバル化したアートシーンの中で、とりわけインドネシアのような「第三世界」はアメリカや日本など「先進国」からの経済的な援助でかえってアートが骨抜きになってしまいかねない、そういう逆説的な「植民地化」を盛んに警戒している。きわめて具体的な彼らの現実認識とそれに向き合う実践感覚は、日本から来た自分には(悲しくなるほど)新鮮に感じられた。芸術活動を快適なものにするためのマネージメントの政治などではなく、芸術自体が持つ政治的運動性があくまで問題なのだ。涼しい風が抜ける室内の書棚に目をやると、R・シェクナーをはじめとするNY大学のパフォーマンス・スタディーズ系の本がかなり並んでいるのが目を引いた。周辺一帯に広がる田園風景の牧歌的な空気とのギャップに面喰いつつ、ポップかつ実験的なガラシの舞台作品の知的バックグラウンドを垣間見る気がした。

ところで東南アジア、とりわけインドネシアなどでは、「伝統的なもの」と「近代的なもの」の関係をどう考えるかが芸術や文化における常に重要な論点であり続けている。ボロブドゥールやプランバナンといった古代遺跡にもほど近いジョグジャカルタは、とりわけそれを強く意識させる町だ。

中心部にある王宮では今もスルタンが生活しており、その周辺には昔ながらの混沌とした市場が広がる。かと思えば都市的なサブカルチャーも熟していて、アートはもちろん、若者中心のクラブシーンなども活気がある。しかし少し市街を外れれば広大な田園地帯で、昼は陶然としてしまうほどゆっくりとした時間が流れ、日が暮れると夜の闇は恐ろしく濃い。じっとりと湿気のある空気に、不思議な声で鳴く爬虫類など野性動物たちの気配が充満する。一日の締めくくりにメールをチェックしようとネットカフェの場所を尋ね、どことなく「昭和」の風情漂う下町の路地に入り込むと、薄暗い駄菓子屋の向かいに小屋があって、中ではオタクっぽい少年たちがネットゲームに没頭している。一通りメールを済ませて表に出ると、暗い軒下で若いベチャ(人力車)引きたちが携帯メールをいじくっている。

こんな風に、ジョグジャでは古いものと新しいものが凄まじく入り乱れている。その振り幅の大きさは時に眩暈すら覚えるほどだが、いいかえればそれはこの国で進行する急激な近代化の「速度」がもたらす震動でもあるだろう(その意味でここはNYやベルリン、東京などよりはるかに「速い」都市なのだ)。あまりに速いので、過ぎ行く時間の残像がいつまでも残る。流星のように長い尾を引き、それが層状に積み重なって、人々の生活環境を形作っている。

古いものから新しいものまでが激しく凝縮された時間のはらむ、この「速度」が、テアトル・ガラシに代表される東南アジアの先鋭的な舞台表現がもつ独特の視野の広さ、スケールの大きさへとつながっているのだろう。伝統舞踊や武術の動きを取り入れたパフォーマーの身振りとデジタル・テクノロジーが交錯し、ポストモダンな重層的フレームによるナラティヴ構造と神秘的で象徴的なモティーフがこともなげに同居する。多民族社会だけあって同時代の政治的なテーマが頻繁に顔を出すが、他方では呪術めいた儀式や、太古の恐竜時代の痕跡までもが平然と現れたりする。長大な歴史のスパンを視野に収めつつ、等身大の日常から地球規模の変化までを一手に引き受ける、それが東南アジアならではの舞台表現の魅力かも知れない。

ガラシの新作『Je.ja.l.an』は、多様な人々が行き交う都市の雑踏の風景が素材だ。古いものと新しいもの、そして両者が出会った結果生まれた混成物とが、それぞれの軌跡を描いて漂流する川の流れのようなパフォーマンスは、これまでのガラシの作品を思い切り大胆な方向に押し進めたものといえるだろう。辻褄の合ったドラマ構造ではなく、夢の中のような非論理的なイメージの連鎖で見る者の思考を挑発する手法が、都市の雑踏というコンテクストを借りて一層自由に、そして味わい深く展開されている。また同時に、インドネシアの路上の空気を見事にパックしたこの作品は演劇的な語彙で描かれた都市のポートレートでもある。額縁舞台を使うのをやめてしまって、本当にストリート空間が作り出されるから、観客もまるで通行人のような立場に身を置かざるを得ず、高揚したフィジカルなライヴ感と、歴史に関する演劇的考察とを、同時に体験することになる。

そういえば、数年前に日本でも公開されて話題になったガリン・ヌグロホ監督の“ガムラン・ミュージカル”映画『オペラ・ジャワ』も、ジョグジャとその近郊の村で撮影されていた。古代インドの叙事詩「ラーマーヤナ」を現代に置き換え、コンテンポラリーダンスと現代美術とガムラン音楽によって美しく描き出した不思議な作品。ここでもやはり、古いものと新しいものは衝突せず、むしろ大きな風景の中で溶け合って雄大な時空間を生み出している。あるいは今年のカンヌ映画祭で受賞したタイのアビチャポン・ウィーラセタクンの諸作品を思い起こしてもいい。怖いくらいに力強く生い茂る密林とギラギラしたネオンの光が同じ画面の中に収まり、虫の声や木々の葉ずれの音がラジオのポップソングと親しく交わり合う。

この極度に凝縮された、「速い」時間の感覚を、仮に21世紀東南アジア的な世界観とよんでみるとしよう。するとそれは、グローバル化したメディアや資本によって絶え間なくアップデートされ続ける「今」という瞬間に縛り付けられた「先進国」の人間にとって、時に目からウロコが落ちるような提言ともなる。かつてNYの同時多発テロで世界中が動揺し、芸術や政治をめぐる思考の前提が完全に変わってしまったように思われた時、ビルに飛行機が突っ込んだくらいで騙されてはいけない、人類の歴史上いったいどれだけの民族や国が跡形もなく消滅して来たかを考えてみれば、この事件の寸法を冷静に判断できる、と筆者に語ってくれたのもマレーシアの演劇人だった。その言葉には、人々の思考を停止させる「リアリティ」なるものの擬制に抗する、武器としての想像力への強い信頼が感じられた。途轍もなく長いスパンで歴史をとらえ、その中で現在と向き合う、この東南アジア的なスケールの大きさ。そこから立ち上がる批評的視座が、とにかく刺激的だと思うのである。

武藤大祐 ダンス批評家。群馬県立女子大学専任講師。専門は美学、ダンス史・理論。「MOMM」(韓国)にて時評を連載中。2008年よりIndonesian Dance Festival 共同キュレーター。