2012年4月2日

ボゴタ演劇祭二回目参加の記(9/最終回)

ボゴタ演劇祭二回目参加の記(9/最終回)

3月27日(火)

SPAC文芸部 横山義志

今年のボゴタ演劇祭は、劇場で上演される海外招聘演目が38作品(数え間違えてなければ)。他に大道芸やコンサートなど、多彩なプログラムでまだまだつづくようだが、SPACにとっては今日がコロンビア最終日。朝までバラシのあと、夕方に在コロンビア日本大使を公邸に訪問、そのまま空港に行く予定。

日中はオマール・ポラスが運営しているキンタポーラ劇場の見学に行く。希望者は12時ロビー集合し、徒歩で劇場のある中心部まで歩いて行く。

フェスティバル関係者となぜかロビーで記念撮影

フェスティバル関係者とロビーで記念撮影

ホテル前から見えるモンセラーテの丘 3月のボゴタにしては天気がいい

ホテル前から見えるモンセラーテの丘 3月のボゴタにしては天気がいい

1998年に鈴木忠志作品を上演したガイタン劇場

1998年に鈴木忠志作品を上演したガイタン劇場

全身で演奏するストリートミュージシャン

全身で演奏するストリートミュージシャン

ボリバルは生きている! ボリバル通りの落書き

ボリバルは生きている! ボリバル通りの落書き

ボリバル広場の銅像と記念撮影 オマール・ポラス演出『シモン・ボリバル』にも出演した貴島豪さん

ボリバル広場の銅像と記念撮影 オマール・ポラス演出『シモン・ボリバル』にも出演した貴島豪さん

あやうく釣られそうになる 旧市街

誘惑の多い旧市街

SPACで『ドン・ファン』を演出したオマール・ポラスはコロンビア出身で、もう30年近くスイスのジュネーヴを基盤に活動している。

もうすぐSPACで公演、オマール・ポラス新作『春のめざめ』(右側にニュース映像あり)

http://www.forum-meyrin.ch/spectacle/leveil-du-printemps

2年前にボゴタに来たときに、オマール・ポラスはこの劇場について、こう語っていた。

「玄関から馬が入れるようになっているところからすると、植民地時代のスペイン軍士官の屋敷だったようで、正確な年代は分からないが、1800年頃に作られたらしい。それを1960年代から活動しているテアトロ・エル・ロカルという劇団が買い取って劇場にしようとしたんだ。この劇団はかなり政治的な作品をやっていたし、コロンビアでは劇団に対する公共の助成はないので、本当に食うや食わずだった。80年代に、20世紀ラテンアメリカ史最大の悲劇の一つである1985年のゲリラによる中央裁判所襲撃事件を題材にした作品をここで上演して、それが大ヒットしたおかげで、その間はなんとか電気代と水道代を払える、という状態だった。

ぼくは十数年間コロンビアに戻っていなかったんだけど、数年前からコロンビアに何かと理由をつけて戻るようになった。そのころ、テアトロ・エル・ロカルの代表者がコンタクトを取ってきて、この劇場が取り壊されてしまいそうなのでなんとかならないか、という話を聞いた。この劇場に込められた記憶を失わせてはいけない、と思って、これまでに出会ったコロンビア政府文化省や教育省の官僚、政治家、外交官、財界人などに思いつく限りコンタクトして、劇場を救わなければ、という話をしたが、誰も動いてくれなかった。そうこうしているうちに、スペインのホテルチェーンが劇団に対して、巨額の買い取り金を提示した、という話を聞いた。ここカンデラーリア地区はラテンアメリカでも最大の文化的地区の一つで、観光資源も多くて、地価がすごく高騰しているんだ。

そこで、もう他に方法がない、と思って、自分で買い取ることに決めた。多額の借金を背負うことになったが、とにかく働けばなんとかなるんじゃないかと思った。ぼくはコロンビアの多くの演劇人と違って、少なくとも演劇で生活していけるというチャンスに恵まれているんだから。でも、ぼくはコロンビアじゃなくてスイスに住んでるんだから、コロンビアで劇場を買うというのは本当にクレイジーなことだった。ここで劇場を経営する、というのはどう考えても無理なので、ここを、世界を代表するアーティストたちがコロンビアの若いアーティストたちに知識と経験を伝える教育と研究のための施設にしようと思った。そこで財団を立ち上げて、作業チームを作った。宮城さんも個人の立場で資金提供を申し出てくれた。おかげで、この財団で数人のメンバーを雇えるようになった。その一人のナタリアは、フランスでアートマネージメントを学んだ後、コロンビア文化省の舞台芸術部門で3年間働いていたんだが、フランスにいた頃からぼくの舞台を見てくれていいて、この話をしたら、文化省を辞めて、財団の代表に就任してくれた。

将来的には、劇場を整備して、屋敷を18世紀のオリジナルの姿に戻したい。すでに歴史的建築の修復をやっている専門家のチームに依頼して、調査はしてある。お金の都合がつくたびに、少しずつ工事を進めていく。

宮城さんとSPACの皆さんには、ぜひここをコロンビアの家だと思ってほしい。いつでも歓迎する。ぼくの夢は、ここに宮城さんとSPACの俳優の皆さんを呼んで、ワークショップをしてもらうことだ。」

そして今、欧州委員会の支援も受け、キンタポーラでは急ピッチで工事が進んでいる。ナタリアさんの案内で工事現場を見学。屋根を外し、木材を入れ替え、劇場部分には雨の音で声がかき消されないよう音響遮蔽をする予定だという。通りに面する部分はレストランになるとのこと。5月にはオマールが来て、現場を見て塀の色を決めるそうだ。

屋根をはがし、床をはがし、木材を入れ替え 中庭は可動式ガラス屋根のオープンテラスになるという

屋根をはがし、床をはがし、木材を入れ替え 中庭は可動式ガラス屋根のオープンテラスになるという

劇場部分は空中ダンスのカンパニーが稽古に使っている。キンタポーラ財団では、とりわけコロンビアで不足している舞台技術者の育成に力を注ぐ予定で、この8月から3年に渡る舞台技術者養成プログラムがはじまり、今年は装置製作の講習を行うという。

キンタポーラ財団のサイト

http://laquintaporra.wordpress.com/about/

午後3時頃にホテルに戻り、午後4時40分までにチェックアウトして集合・・・の予定だったが、フェスティバル側の手違いで午後4時チェックアウトになっていたそうで、あわてて荷物をまとめてロビーに降りる。

またもや積み込み

またもや積み込み

午後5時、ホテルからバスに乗って日本大使公邸へ。大して遠くないはずが、雨のせいかえらく時間がかかって(ボゴタは今あちこち工事中で、すぐに渋滞が起こり、かなり迂回させられることがある)、6時頃にようやく到着。

アシア・イベロアメリカ文化財団のサミルさんによれば、大使の鈴木一泉さんは静岡のご出身だそうで、静岡から35人もの劇団が来るという話を聞いてとても喜んでくださり、「ぜひ公邸にお招きしたい」とおっしゃってくださったとのこと。

鈴木さんは前日『ペール・ギュント』をご覧になっていて、諸国を遍歴するペール・ギュントにご自身の外交官生活を重ね合わせて、「とても身につまされた」とおっしゃっていた。とても気さくな方で、俳優やスタッフの一人一人にお声を掛けてくださっていた。

鈴木一泉大使、宮城さん、ペール役の武石守正さん

鈴木一泉大使、宮城さん、ペール役の武石守正さん ©FCAI

今日はサミル・ヤンさんをはじめとするアシア・イベロアメリカ財団の方、コロンビア国立大学の方などもいらしている。

実は英語もできる池田真紀子さん、サミル・ヤンさんと歓談

実は英語もできるソールヴェイ役池田真紀子さん、サミル・ヤンさんと歓談 ©FCAI

午後8時、空港に向けて出発。午後9時頃ボゴタ・エルドラド空港に着き、楽器や小道具を搬出して、チェックインしていく。

10時半過ぎ、ようやくチェックイン終了。空港まで見送りに来てくれたアシア・イベロアメリカ文化財団代表のサミル・ヤンさん、プログラム・ディレクターのエマ・チョーさん、制作担当のディアナさんに別れを告げて、ゲートへと進んでいく。

サミルさんから最後まで熱いメッセージをいただく

サミルさんから最後まで熱いメッセージをいただく

午前0時過ぎに離陸。一週間ほど過ごしたボゴタを後にする。

28日午前5時半、ヒューストン着。

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5時間ほど乗り継ぎの時間があるので、軽食を取ったあと、日記をまとめる。

制作の丹治から、ボゴタ市内の本屋でお土産を買っているとき、コロンビア人の青年に「『ペール・ギュント』の方ですか?すごくよかったですよ!」と声を掛けられたと聞く。

午前11時頃、ヒューストン発。

翌日29日午後2時半に成田着。フライトは12時間ほどだが、帰りには14時間の時差がおまけで着いてくる。

チーバくん、ただいま!

チーバくん、ただいま!

ふたたび楽器や小道具をトラックに積み込み、バスに乗り込む。

「ボタン作り」役の貴島豪さんとお話。コロンビアのお客さんは俳優をとてもよく見ていて、よく反応してくれるが、「それで役者が調子に乗ってちょっとでもやり過ぎると、すぐに引いちゃんうんだよね」とのこと。目の肥えたお客さんで、とても楽しかったという。

午後8時頃、ようやく静岡芸術劇場着。

俳優たちは4月・6月に公演の『ペール・ギュント』と、6月演劇祭で公演の『マハーバーラタ』に使う楽器を仕分けていく。

旅が終わり、ふたたび静岡での公演が待っている。

もうすぐふじのくに⇄せかい演劇祭 ボゴタの楽屋にもチラシが

もうすぐふじのくに⇄せかい演劇祭 ボゴタの楽屋にも「まるふ」チラシが


2012年4月1日

ボゴタ演劇祭二回目参加の記(8)

ボゴタ演劇祭二回目参加の記(8)

3月26日(月)

SPAC文芸部 横山義志

前回(隔年なので2年前)のボゴタ演劇祭はロバート・ウィルソン、ピーター・ブルック、フランク・カストルフ・・・といったラインナップだったが、今回からはじめて全面的に新ディレクターのアナマルタ・デ・ピサロさんのプログラムになり、ロメオ・カステルッチ、インバル・ピント、アクラム・カーンなど、一世代から二世代くらい若返った印象。

ボゴタ演劇祭 劇場で上演される演目のプログラム

http://festivaldeteatro.com.co/2012/obras.html

アナマルタ・デ・ピサロさんは有名な元反政府運動家。大学時代から独特のファッションで目立っていたらしいが、仲間から批判されると、「私はコロンビア人が全員私みたいに好きな格好ができるようになるように運動をしているのよ」と言い返していたという。

アナマルタ・デ・ピサロさん

アナマルタ・デ・ピサロさん

アナマルタ・デ・ピサロさん

今日は午前11時から午後1時まで、ホルヘ・タデオ・ロサノ大学視聴覚ホールで宮城さんの講演会がある。「偉大な演出家との出会いEncuentro con grandes directores」という枠。たしかに(?)、このラインナップのなかでは、宮城さんは比較的キャリアがある方になる。この企画は二回行われ、第二回のゲストは韓国のイ・ユンテクさん(SPACでは『ロビンソンとクルーソー』を演出)。講演会の内容については、また後日。

これだけアジアの作品が重要な位置を占めているのは、アシア・イベロアメリカ文化財団の存在によるところが大きい。

http://asiaiberoamerica.org/?cat=32

アシア・イベロアメリカ文化財団+アナマルタさん、2010年に静岡を訪問

この財団の企画として、ボゴタ演劇祭のなかで毎回「オラ・アシア!」というアジア舞台芸術の紹介枠を設けていて、今回はその枠のなかでイ・ユンテク演出『ハムレット』、アクラム・カーン振付『Vertical Road』、そしてSPAC版『ペール・ギュント』の三作品が上演されている。

「オラ・アシア!」のフェイスブックページ

http://www.facebook.com/pages/HOLA-ASIA-Festival-de-Artes-de-Asia-en-Colombia/276735309006961

財団代表のサミル・ヤンさんによれば、もともとコロンビアはかなりヨーロッパとの結びつきが強く、ラテンアメリカのなかでも比較的アジア人が少ないところだったという。韓国出身で、コロンビアで神学の博士号を取ったサミルさんは、よく中国人か日本人に間違えられていて、「それなら、どうせ見た目はほとんど同じだし、コロンビア人には区別がつかないんだから、ここではアジア人がみんなで集まって存在を主張した方がいいのではないか」と思って、このアシア・イベロアメリカ文化財団を発想したとのこと。今回の『ペール・ギュント』も、「アジア人は真面目に黙って働いているばかり」というイメージを修正するするのに、とても役に立っただろう、という。「コロンビアの舞台で本当に成功した日本人は山海塾と佐野碩とSPACくらいだ」などとおっしゃって下さった。

サミル・ヤンさんと宮城さん

サミル・ヤンさんと宮城さん

サミルさんは日本や中国の大使館、さらにはベトナムなど東南アジア諸国の大使館にも、「本国の政治状況がどうなっていようと、コロンビアでは同じアジア人として仲よくやっていこう」と積極的に声をかけて、各国で予算を出し合って様々な共同のイベントを立ち上げている。

あっという間の最終公演日。今日はバラシがあり、長い夜になるので、劇場行きバスは午後3時と午後3時45分の2便。俳優は4時30分トレーニング開始。

楽日になって、連絡の手違いで舞台装置を港まで送るコンテナの手配ができていないことが判明。緊急ミーティング。コンテナがダメなら、何台かのトラックに分けて持って行くという・・・。不安が漂う。

緊急ミーティング 制作担当ディアナさん、SPACTシャツの通訳小林さん、制作大石さん、丹治さん

緊急ミーティング 制作担当ディアナさん、SPACTシャツの通訳小林さん、制作大石さん、丹治さん

『ペール・ギュント』は4月・6月にも公演があるが、メンバーの入れ替えがあり、今日で最終公演になるメンバーもいるため、舞台上で円陣を組む。

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劇場に詰めかけるお客さんたち

劇場に詰めかけるお客さんたち

今日は在コロンビア日本大使館から、大使を含め6人の方がご観劇くださった。

緊張感のある、とてもいい舞台。お客さんはすごく集中して見てくれていて、一挙手一投足に反応してくれている。

トロルの王様役の渡辺敬彦さんが牛の小便をワイングラスに注ぎ、ペール・ギュントに向かって、スペイン語で「トメ!(呑め!)」といい、まわりのトロルが「トメ!トメ!」というと、客席からも「トメ!トメ!トメ!」と合唱が。

トメ!トメ!トメ!

トメ!

オラ・アシア!の冊子デザインを担当したサンチャゴさんと公演後にお話。「プレス向けリハーサルでもちょっと見たけど、こんなにすごいとは思わなかった。このパーカッションは、ラテンアメリカ人ならみんな体がうずくよ。前半はかなり笑ったけど、後半、こんな話になるとは夢にも思わなかった。すごく深い話なんだね。本当に人生について考えさせられたよ」等々。たしかに、この壮大な物語は、ボリバルを生んだコロンビアにふさわしい話なのかも知れない。

サンチャゴさんはカメラマンとしても随所に出没

サンチャゴさんはカメラマンとしても随所に出没

11時半、お客さんたちをブエナスノッチェス、グラシアス、と送り出し、名残惜しむ暇もなく、早速各自片付けにとりかかる。

グラシアス!

グラシアス!

午前0時、一端集合。バラシの打ち合わせ。

えーではバラシの段取りを、と技術主任村松さん

えーではバラシの段取りを、と技術主任村松さんから

コルスブシディオ劇場のみなさんの希望で記念撮影。

チーズ! ウィスキー! サケ!

チーズ! ウィスキー! サケ!

スタッフの多くは常勤の劇場スタッフで、2年前の公演と同じ方が多く、とても助かった。

帰りのバスは午前1時、午前3時、午前5時(!)の3便。

深夜作業なので無理しないように気をつけながらも、時間通りに乗れるように、各所てきぱきと作業を進める。

装置の下の部分はほぼ解体

装置の下の部分はほぼ解体

午前2時30分頃、コンテナが到着!何があっても、何とかなるのがこの演劇祭の不思議なところ

頼もしいコンテナ登場

頼もしいコンテナ登場

午前2時46分、舞台はだいぶ片付いている

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セリを下っていくパネル

セリで降りていくパネル

午前3時、コンテナへの荷積み作業中。まだ第2便出発はできなそう

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午前3時4分、衣裳部は最後のテーブルを片付け中

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午前3時6分、楽器箱作成中に手を怪我してしまった武石守正さん

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午前3時45分、楽器・小道具班の俳優集合

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午前3時55分、第2便のバス出発。

午前4時5分、ホテル着 ようやく走れてうれしかったのか、ものすごく飛ばしていた

楽器・小道具を搬出し、各部屋に移動ののち、午前4時20分、第2便組解散。


2012年3月31日

ボゴタ演劇祭二回目参加の記(7)

ボゴタ演劇祭二回目参加の記(7)

3月25日(日)

SPAC文芸部 横山義志

コロンビアの楽しみは朝食のフルーツ。毎日名前も知らない果物が出てくる。何百種類もあるという。ジュースもいろいろ。

ホテルの朝食

ホテルの朝食

スーパーのフルーツ売り場

スーパーのフルーツ売り場

お昼はフェスティバルディレクターのアナマルタさん邸で。

アナマルタ・デ・ピサロさん 2年前に静岡にも来てくれました

アナマルタ・デ・ピサロさん 2年前に静岡にも来てくれました

ボゴタ名物の「アヒヤコAjiaco」(鶏肉とポテトとトウモロコシのスープ)を食べながら、参加カンパニーの代表者たちと歓談。

アナマルタさんちの厨房

アナマルタさんちの厨房

サンパウロからいらした記者さんは、「ボゴタはいつも天気が悪くて、青空のサンパウロに帰りたくなる」とおっしゃっていたが、それを聞いて、なぜボゴタでこれだけ演劇が好きなお客さんが多いのか、ちょっと分かった気がした。

パリも、ロンドンも、ベルリンも、ウィーンも、ニューヨークも、演劇が盛んなところは、たいてい冬はえらく寒くて、外に出るのが億劫な日が多い。イプセンが生まれたノルウェーもきっとそうなんだろう。ボゴタは赤道直下(北緯4度!)にも関わらず、2600メートルという高地にあって雨期が長く、肌寒い日も多い。ちょっと着飾って劇場にでも行こうか、という気分にはなりやすい。(ボゴタの人がおしゃれなのもそのせいだろう。)

ボゴタ演劇祭が開催されるこの時期も雨期。お客さんが毎回これだけ集中して見てくれるのも、長い雨期を楽しく過ごす術を知っているからではなかろうか。同時に、「常夏」とはほど遠い、厳しい気候条件とアンデス山脈の圧倒的な自然環境のなかで、人間の生活のはかなさにも敏感であり、都市として建設されてから5世紀のあいだ、歴史の変転にも揉まれている。ボゴタに住んでいると、人が生きているということの意味を考えさせるような機会に事欠かない気はする。

ボゴタ、世界最大の舞台

ボゴタ、世界最大の舞台

今回はヨーロッパ経済危機などの諸事情でけっこう赤字も出ているらしいが、現大統領は「カーニバルとして重要なイベントなので」支援を表明してくれているとのこと。ここには演劇が必要なお客さんがいるんだろう。

スタッフは12時20分集合、俳優は午後1時20分集合。劇場入りしてすぐにトレーニング。

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この劇場ではこれまで山海塾や鼓童が出演(暗い劇場内でiPhoneで撮っているので、基本ぼけてます。すみません・・・。)

フェスティバルグッズも売れ行き好調

フェスティバルグッズも売れ行き好調

アナマルタさんから劇場に熱帯生け花が届く

アナマルタさんから劇場に熱帯生け花が届く

今日は日曜日なので、開演は少し早めの午後6時。字幕もすっかり読みやすくなり、場面ごとにお客さんのくすくす笑いが聞こえる。俳優も反応に気をよくして次々とスペイン語を導入。ちょっとスペイン語が出ると、ドッと湧く。加藤幸夫さん演じる「トロルの子供」が出てくる場面は毎回爆笑。

前半で笑いが取れると、後半のもっとブラックな場面でも、お客さんがアイロニーを感じてくれるようになる。コロンビア人はブラックユーモアが好きらしく、難破したペール・ギュントとコックが丸太を奪い合う場面でもかなり受けている。「5幕半ばで主人公が死んだりはしません」でどっと笑いが起きるのは、やはり芝居慣れしている観客なのだろう。

コロンビアでは、日本よりもずっと「喜劇」として見てくれている印象。それでも、ボタン作りがペールの魂を取りに来る場面で「おまえの人生は中くらいといったところだ」といった台詞でも笑いが起きるところを見ると、最終幕の哲学劇としての展開をよく理解してくれているようだ。

舞台が終わってすぐにスタンディングオベーション。

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今日は舞台と会場の呼吸がよく合っていた。帰り際に「『メデイア』もよかったけど『ペール・ギュント』はすごく楽しかった」とおっしゃってくれるコロンビア人のリピーターも。ありがたい。

アンコールに一曲!

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終演後、もう一人の前回通訳、福岡雪さんとも再会。

制作丹治さん、30歳の誕生日をボゴタで。

誕生日ケーキの残り

誕生日ケーキの残り


ボゴタ演劇祭二回目参加の記(6)

ボゴタ演劇祭二回目参加の記(6)

3月24日(土)

SPAC文芸部 横山義志

今日は演劇祭のオープニングパレードがある。演劇祭事務局で用事を済ませた帰り道、同行してくれた英語通訳のアルバロさんが「近くでやっているから」と連れて行ってくれた。

ボゴタ演劇祭事務局

ボゴタ演劇祭事務局 中央にコロンビア国旗とファニー・ミケイをかたどった赤いオブジェ

今回の演劇祭のキャッチフレーズは「千の顔の祝祭 Vive la fiesta de la mil caras」

今回の演劇祭のキャッチフレーズは「千の顔の祝祭 Vive la fiesta de la mil caras」最上列の右から三番目に本多麻紀さん

パレードにはこんな人たち。

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楽隊登場

楽隊登場

雨が降ったり止んだりの天気にも関わらず、メインストリートの両側に、人が文字通り鈴なりになって、パレードを出迎えている。2万人の人出だという。

雨でもパレードからは目を離せない

雨でもパレードからは目を離せない

(フェスティバルのFacebookページにはもっとまともな写真も)

¡Gran desfile inaugural del Festival de Teatro!

http://www.facebook.com/media/set/?set=a.272064422876812.64539.156252337791355&type=3

通訳のアルバロさんはなかなか面白い方で、ボゴタ出身で、フラメンコダンサーとしてニューヨークに旅公演中にそのままアメリカに住み着いてしまい、24年前からワシントンに住み、ダンサーとしての活動をつづけながら、クリントン政権からオバマ政権にかけて、ホワイトハウスのインテリアデザインをなさっていたとのこと。

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アルバロさんとカーニバルな人びと

ボゴタ演劇祭創立者のファニー・ミケイさんとお友達だったそうで、6年前からフェスティバルのたびにボゴタに帰ってきていて、近いうちにコロンビアの田舎に買った家に引っ越すとおっしゃっていた。ダンサーだけあって、とても70歳とは思えない背筋。コロンビアにはいろいろな方がいるものだ。

アルバロさん

アルバロさん

演劇祭の創立者ファニー・ミケイ

ありがとう、ファニー・ミケイ!

何事も予定通りに行かないコロンビアで、どうやってこんな世界有数の規模の演劇祭がオーガナイズできているのか、不思議でならないが、アルバロさんによれば、そのカギはスタッフ間の信頼関係にあるという。みんな「不測の事態が起きるのが当たり前」だということを知っているので、何かあるとすぐにスタッフ同士が電話で連絡を取り合って、誰がどう対応するかを決めていく。

アルバロさんを含め、フェスティバルの関係者はみんな一つの枠にはめようがない人ばかりで、こういった不思議な人たちが信じられないようなエネルギーを注いで成り立っているのかと思うと、なんだか少し分かるような気もしてくる。

『ペール・ギュント』にとっては、今日はマチネ・ソワレ二公演の最もしんどい一日。スタッフは朝9時20分集合、俳優は10時20分集合。

昨日、字幕が見にくいという話が出たために、劇場では試行錯誤がつづく。結局、午後3時の回は開場25分押し、開演10分押し。

字幕で苦労している制作米山さん

字幕で苦労している制作米山さん

楽屋も大忙し

楽屋も大忙し

3時の回には、文化庁の派遣でボゴタにいらしている中学校の先生が、差し入れを持っていらしてくださった。

夜8時半の回になってようやく新しい字幕用のスクリーンとプロジェクタが全て設置されて、読みやすくなった。お客さんの熱気で、俳優も盛り上がりを感じたらしく、熱演だった。なんとか試練を乗り切ったようである。

終演後、フェスティバルディレクターのアナマルタさんから宮城さんに記念品の贈呈。

演劇祭参加証

演劇祭参加証


2012年3月26日

ボゴタ演劇祭二回目参加の記(5)

ボゴタ演劇祭二回目参加の記(5)

3月23日(金)

SPAC文芸部 横山義志

新聞を開くと、『ペール・ギュント』の記事が。

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今日はいよいよ初日。今回はフェスティバルの開幕演目。

体調が回復せず、日中はホテルで休ませてもらい、一人、本番直前に劇場に入る。今回のツアーではじめて劇場の表玄関に。

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『ペール・ギュント』 そのあとはイ・ユンテク演出『ハムレット』

劇場の扉が開くと、不思議な生き物たちが待っている。

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開場を待つお客さんたち

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こっちで待てばコーヒーも飲める

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午後8時半開演。

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舞台へ

『ペール・ギュント』、前回の『メデイア』とは違い、楽しい場面、笑える場面もけっこうあるので、観客の反応が感じられて、ちょっとほっとする。

お祭りだ!

お祭りだ!

字幕が途切れる場面があったりもしたが、みんなじっと見てくれている。

ペール、ソールヴェイ(池田真紀子さん)と出会う

ペール、ソールヴェイ(池田真紀子さん)と出会う

ソールヴェイの妹ヘルガ(石井萠水さん)

ソールヴェイの妹ヘルガ(石井萠水さん)

終演と同時に、あちこちから「ブラボー!」の声が上がる。少しずつ観客が立ち上がっていき、スタンディングオベーション。

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アンコール。全員で演奏し、それぞれがちょっとしたソロパートを披露する。

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バモス!

それまでは演奏スペースは暗くなっているので、ここではじめて、演奏していたのが俳優だったことに気づく人もいるのではないだろうか。劇場にパーカッションの音が轟き、歓声が上がる。まずまずの初日。

『ペール・ギュント』は2時間40分あるので、舞台が終わると11時半近くになる。

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通訳の小林さん、カテリンさんご夫妻 いつも遅くまですみません

フェスティバルのメイン演目は基本的に8時半開演なので、短い作品でも10時くらいにはなる。コロンビア人は宵っぱりなのかと思っていたら、今日来てくれた前回通訳のアンヘリカさんによると、大学や高校では授業が朝7時とか6時とかから始まるらしい。「コロンビア人はあんまり寝ないんですか?」と聞いたところ、「そうですねえ」とのお答え。このエネルギーはどこから湧いてくるのだろうか。

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お久しぶりです! アンヘリカさん


2012年3月25日

ボゴタ演劇祭二回目参加の記(4)

ボゴタ演劇祭二回目参加の記(4)
3月22日(木)

SPAC文芸部 横山義志

昨日は比較的天気がよかったが、夜半から雨が降りつづく。ボゴタは標高が高いので、変わりやすい山のお天気。3月は雨期で、前回も含め、あまり快晴というのは見たことがない。ヨーロッパでは演劇のシーズンは秋から冬が中心だが、舞台が盛り上がるのはやはり外に遊びに行けない時期なのかも知れない。

スタッフは午前8時20分ロビー集合。
俳優は9時20分ロビー集合。劇場に行ってすぐにトレーニングがはじまる。暗闇のなかでお経を唱える俳優たちに興味津々の現地スタッフたち。

軽い昼食を取って、午後1時から場当たり。

お昼のサンドイッチ

お昼のサンドイッチ

午後4時、プレスも交えたドレス・リハーサル。急にご指名があり、テレビ生中継のインタビューを受ける。リハーサルをやっている劇場で、舞台を背景にしてインタビュー。たしかに、編集不要で便利な方法ではある。

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ペール・ギュント役の武石守正さん

ペール・ギュント役の武石守正さん

もちろん宮城さんも

もちろん宮城さんも

その後、体調不良で一人ホテルに戻る。丸一日、何もできず・・・。

ゲネ前はコロンビア弁当で栄養補給

ゲネ前はコロンビア弁当で栄養補給 アニトラ役のたきいみきさん、桜内結うさん

劇場では午後8時30分からゲネ。

舞台ではこんな感じに アニトラ役のたきいみきさん

舞台ではこんな感じに たきいさんのアニトラ

どうしてくれるのよ! 本多麻紀さんのイングリ

どうしてくれるのよ! 本多麻紀さんのイングリ


ボゴタ演劇祭二回目参加の記(3)

ボゴタ演劇祭二回目参加の記(3)
3月21日(水)

SPAC文芸部 横山義志

スタッフは午前8時20分ロビー集合。集合時間の直前にフロントから電話が入り、「もうすぐ大統領がホテルに到着するので、バスの出発時間を早急に知りたい」とのこと。ロビーに行ってみれば、ものものしい警備体制。フェスティバルの担当者から、「バスをすぐに出さなければならないことになった」とのことで、あわてて全員に集まってもらい、なんとか定時より前に出発できた。

俳優のみなさんにはちょっと体を休めてもらい、午後2時20分ロビー集合。高山病で体調の優れない俳優もいれば、高山病の薬の副作用で気持ちが悪い人も。難しいところ。3時前に劇場に着き、すぐにトレーニング。

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舞台ができあがったので、4時から導線チェック。

せまいなあ 穴の入り具合、出具合をチェックする牧野隆二さん

せまいなあ 穴の入り具合、出具合をチェックする牧野隆二さん

穴から見た劇場

穴から見た劇場

「私がはがす板、ビスで止めてあったよ。ちょっとメリッていったかも」と女優。あわてて電動ドライバーを手に駆けつけるスタッフ。

暗転場面転換の導線チェックでなかなかハケられない村松さん。
技術主任村松さん「じゃあみなさん、この転換、大丈夫ですか?」
男優「村松さんがもっと早くハケてくれれば、それ以外は大丈夫です。」
村松さん「ええ、ええ、いくらでも早くやってみせますよ・・・。」

5時、サウンドチェック。舞台の両側から俳優総出で演奏する場面を重点的に。俳優たちは、芸術劇場のリハーサル室から大きな劇場に移ったときにどう聞こえるか、心配していたが、なかなかの迫力。

ドラムの木内琴子さん、ギターの貴島豪さん

ドラムの木内琴子さん、ギターの貴島豪さん

そのあと稽古に入り、8時半には照明班に舞台を譲る。照明は機材が揃わず、まだまだ大変らしい。

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俳優陣はそのまま劇場を出て、明日のゲネに備えてホテルに戻る。技術スタッフは11時まで作業。


2012年3月22日

ボゴタ演劇祭二回目参加の記(2)

ボゴタ演劇祭二回目参加の記(2)

3月20日(火)

SPAC文芸部 横山義志

午前7時起床、朝8時10分にホテルのロビーに集合。

演劇祭関係者が泊まるテケンダーマ・ホテル。赤い物体はボゴタ演劇祭の創始者で女優のファニー・ミケーを模した演劇祭のシンボル

演劇祭関係者が泊まるテケンダーマ・ホテル。赤い物体はボゴタ演劇祭の創始者で女優のファニー・ミケーを模した演劇祭のシンボル

トラックに楽器や衣裳などの荷物を積み込む。

重い、重い

重い、重い

この楽器はトラックでいいのかな?

この楽器はトラックでいいのかな? 演奏隊の俳優森山冬子さん

荷物を積み込んで、9時に劇場入り。前回と同じコルスブシディオ劇場。雰囲気のある、なかなかすてきな劇場である。900席くらい。

マルセル・マルソーもコルスブシディオ劇場で公演

マルセル・マルソーもコルスブシディオ劇場で公演

早速仕込みが始まる。

現地スタッフと顔合わせ

現地スタッフと顔合わせ

衣裳部も打ち合わせ。技術部深沢さん、駒井さん、ヘルガ役石井萠水さん、アルシーラさん

衣裳部も打ち合わせ。技術部深沢さん、駒井さん、ヘルガ役石井萠水さん、アルシーラさん

今回は『ペール・ギュント』の巨大な装置を一日で建て込むという。大きな物はすでに船便で送り済み。セリを使ってパネルを舞台まで上げていく。

舞台装置のすごろくパネルが上がってくる

舞台装置のすごろくパネルが上がってくる

俳優も上がってくる。イングリ役の本多麻紀さん

俳優も上がってくる。イングリ役の本多麻紀さん

こっちこっち! 技術部主任村松さん
こっちこっち! 技術部主任村松さん
力持ちの舘野百代さん 「緑衣の女」役で出演

力持ちの舘野百代さん、「緑衣の女」役

空気が薄く、たちまち息が切れるので、少しゆっくり目に動く。息切れした方はこちらに。

息切れした方はこちらに

舞台横には酸素ボンベ

12時半、お昼休憩。中華が届くはずが、一向に届かない。休憩終了直前の午後1時20分になって、ようやく配達。

野菜炒め+チャーハンの中華定食

野菜炒め+チャーハンのぎっしり中華定食

届いてみたら、信じられないようなボリューム。朝からどれだけ中華鍋を回したのだろうか。舞台班は20分後に作業復帰とのこと・・・。早飯に慣れたスタッフもさすがに戦意喪失。結局、一人として完食者は現れず。まさか中華でこれほどのカルチャーショックを味わわされるとは。

午後、見る見るうちに装置が組み上がっていく。

照明・舞台が同時に作業

しだいに舞台らしくなっていく

上にいる人

上にいる人

見上げる人

見上げる人

予定していた照明の灯体が届かず、照明班は大幅に作業が遅れている。

あれえ、ないぞ 照明の大迫さん

あれ、ないなあ。 照明の大迫さん、神谷さん

どうにか装置も完成。

楽器も揃ってきた。

楽器班、アニトラ役のたきいみきさん

楽器班、アニトラ役のたきいみきさん

ヒロイン、ソールベイ役の池田真紀子さんは役作りのため断髪中 「宮城さんくらいに」なるとのこと。カットはヘアメイクの梶田キョウコさん

ヒロイン、ソールベイ役の池田真紀子さんは役作りのため断髪中。「宮城さんくらい」になるとのこと。カットはヘアメイクの梶田キョウコさん

小道具班もお片付け完了。

小道具班、「くねくね入道」の大内米治さんとオーセ役の榊原有美さん

小道具班、「くねくね入道」の大内米治さんとオーセ役の榊原有美さん

全俳優が夜10時まで仕込み等の作業、さらに照明班の俳優がスタッフとともに11時半まで作業。今日も長い一日だった。


2012年3月21日

ボゴタ演劇祭二回目参加の記(1)

ボゴタ演劇祭二回目参加の記(1)

SPAC文芸部 横山義志

3月19日(月)

宮城さん演出・イプセン作『ペール・ギュント』でふたたび南米コロンビアの首都ボゴタへ。2010年に静岡芸術劇場で初演された作品である。

ボゴタ・イベロアメリカ演劇祭のサイトによる『ペール・ギュント』の紹介

http://festivaldeteatro.com.co/2012/peer-gynt.html

『ペール・ギュント』SPAC初演時の紹介サイト

http://spac.or.jp/09_winter/peergynt.html

これまで『メデイア』でコロンビア(2010)とアメリカ(2011)に行ってきたが、こちらは宮城さんがSPACに来る前に作った作品だった。今回は宮城さんがSPACに来てから作った作品が初めて海外のフェスティバルに招聘されたわけで、なかなか感慨深い。

前回同様、総勢36人の大所帯。『メデイア』は二人一役だったが、『ペール・ギュント』は一人で何役もやっているのに、こんな人数になってしまう。上演時間も、今のSPACのレパートリーでは最長の二時間半。コロンビアでは5公演の予定で、一日2公演の日もあるという。主役の武石さんは二時間半のあいだ、走りまわってしゃべりっぱなし。大丈夫なんだろうか・・・。

午前8時、劇場集合。楽器や小道具を積み込んで、8時30分に出発。

しばしのお別れ

しばしのお別れ

成田空港まで4時間のバスの旅。13時30分にチェックイン、16時に離陸。

ペール・ギュント・オーケストラ、成田空港を占拠

ペール・ギュント・オーケストラ、成田空港を占拠

まずはヒューストンまで12時間のフライト。ボゴタは標高2600メートルなので、トランジットの間に高山病の薬を飲んでおく。ふたたび飛行機、コロンビアの首都ボゴタまで5時間。午後8時過ぎにボゴタ・エルドラド空港着。時差が14時間あるので、静岡を出てから、だいたい26時間くらいかかったことになる。長旅ではあるが、地球の裏側まで来たと思えば早いもの・・・。

コロンビアでは3月は秋で、雨期らしい。外に出ると、少し肌寒い。

『ペール・ギュント』役、いつもクールな武石さん。諸国漫遊は慣れたもの

『ペール・ギュント』役、いつもクールな武石さん。諸国漫遊は慣れたもの

午後10時半ホテル着。前回と同じ、懐かしのテケンダーマ・ホテル。

赤道直下とは思えない、寒い国の人びとが集う風景

赤道直下とは思えない、寒い国の人びとが集う風景

11時過ぎに解散。40時間の長い一日が終わる。