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2014年7月11日

【アヴィニョン・レポート】ル・モンドにマハーバーラタの記事が!

ル・モンドに掲載されたマハーバーラタ公演の記事をSPACの会会員の片山幹生さまが翻訳してくださいました!
ありがとうございます!

※劇評記事のタイトルは現在は変更されているのですが、7/9の10h45に発表されたときのタイトルをあえてそのまま訳していただきました。

元文はこちら

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アヴィニョンの町よ、悦びはわれらとともに! ほら、ここに平和を見出せり!
『ル・モンド』2014年7月9日 10h45
ブリジット・サリーノ

 ついに、夕べの約束の場所に美しいスペクタクルが到来した。7月8日(火)、ブルボン石切場で、『マハーバーラタ~ナラ王の冒険~』の幕がついに上がったのだ。前日、7月7日(月)に予定されていた初日公演は雷雨のため、中止しなくてはならなかった。アヴィニョン教皇庁の塔の一つを損傷させてしまうほどの激しい雷雨のため、アヴィニョン市街から12キロほど離れた場所にあるブルボン石切場へ向かう道が通行不能になってしまったためだ。
 ブルボン石切場は楕円状の壮大な空間だ。石灰質の荒涼としたこの場所は空にむかって口を開いている。1985年にピーター・ブルックが上演の場として選ばなければ、この場所がスペクタクルの会場になることはなかっただろう。ブルックがそのとき、上演したのはまさに『マハーバーラタ』だった。上演時間は12時間、あの夜通しの公演は決して忘れることができない。今年上演される『マハーバーラタ』の上演時間は、幸いなことにおよそ2時間。日本人演出家、宮城聰の公演である。

《苛酷な運命の物語》
 アヴィニョンは五十五歳のこの演出家を見出した。この演出家が選択したアイディアはきわめて独創的だ。ピーター・ブルックがこのインドの聖なる書物の筋立に沿って、パンダヴァ家とカウラヴァ家の王族の戦争の経過をたどっていったのに対し、宮城聰は『マハーバーラタ』のなかで、人々が戦わない一エピソードだけを取り上げる。それは比類のない魅力を持つ姫、ダマヤンティの物語だ。天国の神々も彼女との結婚を望んだほど美しい姫だったが、彼女が伴侶として選んだのは人間の男、ナラ王だった。結婚して12年が過ぎた。二人は幸せに暮らし、王国は繁栄した。そんなある日、隣国からナラ王の弟がやって来た。弟は兄をサイコロの賭けの悪徳にひきこんだ。ナラ王はすべてを失ってしまう。自分が愛する姫までも。ナラ王は道ばたに投げ出された自分の惨めな運命に妻を巻きこむことを望まなかった。
 
 「ナラ王物語」では、その後、いくつもの試練の果て、二人は再会する。宮城は歌舞伎、能、文楽の伝統を取り入れて、この物語を表現した。彼の技法には、西欧の発想には見られないいくつもの精緻な工夫を見出すことができる。しかしこうしたことは重要ではない。重要なのは、われわれがブルボン石切場で何を目にしたのかということだ。この石切場の会場で、観客は、客席の周囲に設置された輪状の舞台によって取り囲まれている。観客を見下ろし、取り囲むこの舞台が、20人の俳優と10人の演奏者の活動の場となっている。
 ガムラン、ジャンベなどのパーカッションが演奏されるなか、俳優たちは分業体制で自分の役割を果たす。すなわち、語りを担当する俳優と演技を担当する俳優に分かれているのだ。シンプルであると同時に極めて複雑な手法である。そして何といっても非常に美しい舞台だった。圧迫感のある美ではなくて、重みからわれわれを解き放ってくれるような美だ。存在のすべてがはかなく、軽やかである世界に向かって飛び立つような感覚を味わうことができる。
 
 紙で作られているものもあるという衣裳が素晴らしい!そして俳優たちの演技の見事なことと言ったら!彼らはしっかりと組まれた指のような緊密なアンサンブルと卓越した技量の持ち主だ。そして滑稽でもある。中でも印象的だったのは、語り手の阿部一徳だ。彼は時々フランス語を話したりする(《アヴィニョン橋の上で》を歌ったりもした!)。ダマヤンティ姫を演じた美加理も忘れられない。彼女は何から何まで目がくらむような輝きを放っていた。最後の場面で彼女は露わとなった腕を空に向かって伸ばす。その動きは完ぺきなものだった。マハーバーラタの神々が演劇の神々と重なり合った瞬間だった。要するに、われわれは至福を味わうことができたのだ。「ナラ王物語」の結びのことばは信じるに値する。「悦びはわれらとともに!ほら、ここに平和を見出せり!」

訳:片山幹生(SPACの会 会員)

2014年7月9日

アヴィニョン演劇祭参加の記(5)

SPAC文芸部 横山義志
2014/07/02

街中ではオフのポスター貼りがはじまっている。静かな町に、少しずつ祭りの空気が広がっていく。

14:20集合で15:00石切場到着、の予定だったが、ドライバーとの行き違いで16:00近くに・・・。
16:00には俳優も到着。すぐに楽器と小道具を舞台に運び、セッティングがはじまる。17:30サウンドチェック、19:00稽古開始。早速衣裳を着て、石切場の舞台に立つ。グランシップでほぼ原寸大の装置を組んで練習してきたとはいえ、張り詰めた雰囲気。白一色の衣裳が灰褐色の岩壁に映える。神様を真下から見上げてみると、たしかに崖と同じ大きさに見えたりする。間近にそびえる岩壁が音を返してくれるのか、静岡の野外劇場よりも音に迫力がある気がする。

湿気があるため、皮物楽器は時間が経つと音が少し鈍くなる。最後に盛り上がらなくなってしまってはつまらないので、音の響き具合を調整していく。

大団円の太鼓の響きに惹かれてか、気がつくとフランス側スタッフの多くが客席に。昨晩午前4時まで調整した明かりの下で、俳優が躍動するのをじっと見つめている。昨日までは舞台だけ、照明だけ、マイクだけだったのが、俳優が入った途端に全てに意味が宿っていくのは、いつ見ても不思議なもの。

午前1時稽古終了、スタッフ作業が再開。午前5時まで照明作業ののち、退出。
 
 
「アヴィニョン演劇祭参加の記」バックナンバー
※アヴィニョン公演に関わる写真はこちらから(随時更新中!)
 
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アヴィニョン演劇祭 公式プログラム
SPAC 『マハーバーラタ~ナラ王の冒険~』
公演日程:7月7日~19日  会場:ブルボン石切場  ※詳細はこちら

2014年7月8日

アヴィニョン演劇祭参加の記(4)

SPAC文芸部 横山義志
2014/07/01

今日も一日中仕込み。一番長い一日。午前9時劇場入りだったが、一番早い舞台班は午前6時半から作業を始めている。

18:00、ついに第2便の俳優が到着して、一気に賑やかになる。舞台を見て、楽屋に衣裳と楽器を置いて、今日のところは宿に戻って休養。スタッフはそのまま作業。

一番遅くまでいるのはいつも照明班。特にアヴィニョンでは、日が暮れるのが22時近いので、それ以降でないとできない作業が多い。「ここは二人分で上はこの辺まで、下はここまで、上手はここで切って、下手はここ」などと、灯体を一台ずつ調整していく。私が翻訳した言葉を、フランス側の照明チーフがさらに「ほら、この床の金属部分は切ってさ、あそこの灯体はよけて・・・」などと、他のフランス人スタッフに向けて「翻訳」してくれる。舞台を見ていないフランス側スタッフにはどんな場面なのかさっぱり分からないだろうが、それでもどういう明かりを作りたいのか、二言三言ですぐに分かってくれて感心する。

真夜中から雨が降り出し、かなり寒い。昼間は酷暑、夜は身に沁みる寒さで、人が住むように出来ているところではないのがよく分かる。午前4時に退出・・・。
 
 
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SPAC 『マハーバーラタ~ナラ王の冒険~』
公演日程:7月7日~19日  会場:ブルボン石切場  ※詳細はこちら

2014年7月7日

アヴィニョン演劇祭参加の記(3)

SPAC文芸部 横山義志
2014/06/30

仕込み。石切場は日陰になるものがほとんどなく、昼間は40度近くなってとても作業は出来ない。そのため、早朝から作業を始め、お昼から休憩し、16時から再開して夜中まで、というのが基本的なスケジュールになる。

朝4:30起床。外は真っ暗。薄明の中、5:30に車が迎えに来る。緑のなかを抜けていくうちに、日が差してくる。

車で石切場に入っていくと、前を行く大きなコンテナが、劇場へと向かう坂の途中で立ち止まる。車を止めると、コンテナの運転手が降りてきて、「劇場というのはここでいいのか?」と聞く。たしかにはじめて来ると、まさかこんなところに劇場があるとは思えないだろう。

6:00に石切場に到着。舞台のあたりはまだ影に包まれている。暑い暑いと聞いてTシャツで来たら、風もあって、かなり寒い。「村(ヴィラージュ)」と呼ばれる楽屋群でコーヒーを飲み、作業に入る。

吹きっさらしで、あるものといえば石くらい。ここを劇場にするというのは並大抵のことではない。現地スタッフとの打ち合わせでは開口一番「必要なものがあったら早めに言ってくれ。ここでは物がすぐには手に入らないから」とのこと。たしかに一番近いアヴィニョンの町まで30分かかるし、石切場の回りには石屋さんくらいしかない。

コンテナからどんどん大道具小道具を降ろしていく。舞台美術の木津潤平さんもすぐに軍手をはめてコンテナの中に入っていく。それが終わると、カナヅチを持ってトンテンカン。木津さんはふだんは建築家で建築事務所をやっているが、「最近は現場で作業し出すと、危ないからやめてください、なんて言われたりするから、こういう機会があると楽しいんだよね」などと言って、どんどん手すりを取り付けたりしている。

午前1時過ぎまで作業して、退出。
 
 
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アヴィニョン演劇祭 公式プログラム
SPAC 『マハーバーラタ~ナラ王の冒険~』
公演日程:7月7日~19日  会場:ブルボン石切場  ※詳細はこちら

2014年7月6日

アヴィニョン演劇祭参加の記(2)

SPAC文芸部 横山義志
2014/06/29

午前4:40パリ着。7:30にマルセイユ行きの飛行機に乗り換え、8:30マルセイユ着。空港ではアヴィニョン演劇祭のドライバーが出迎え。

アヴィニョン市内の宿まで車で送ってくれたジュリアンは、ふだんは俳優さんらしい。アヴィニョンに住んでいて、今年の夏は自分が出演する作品がないので、演劇祭の仕事をやっているとのこと。いろいろなアーティストに会えるのが楽しい、という。

宿で一休みして、早速上演会場のブルボン石切場へ。アヴィニョン市内から車で30分ほど。ブドウ畑、ヒマワリ畑や果樹園が広がる平野を駆け抜けていくと、岩肌がむき出しになった山が見えてくる。セザンヌが描いたようなプロヴァンスの風景。

毎年芝居を見に来てはいたのだが、あらためて昼間に人気のない石切場に入っていくと、ここで芝居をしようというのがいかにクレイジーなことかよく分かる。

昨年技術スタッフが下見に来たときには、タクシーの運転手が「車が汚れるから」と言い出して石切場の入り口で降ろされ、現場まで1時間歩いて登ったという。昼間行くと、劇場というより、まさに「現場」という感じ。白い石がごろごろと転がっているでこぼこ道を、大きな石を避けながら、車が慎重に登っていく。やがて視界が開け、ぽつんとチケット売り場が見える。そして「劇場入り口(ENTREE THEATRE)」と書かれた柵を越えると、巨大な岩壁の下に舞台と客席が見えてくる。

このブルボン石切場を劇場として使おうと思い立ったのはピーター・ブルックだった。ブルックは古代インドで書かれた記念碑的な叙事詩『マハーバーラタ』を舞台化するために10年近くを費やした。そしてアヴィニョン演劇祭で初演することになって、この壮大な作品にふさわしい場所を求めてアヴィニョン周辺をまわり、この石切場へとたどりついたという。

ブルックの『マハーバーラタ』は1985年にここで一晩かけて初演された。日の入りとともに始まり、日の出とともに幕を閉じる舞台。この作品は伝説となり、以後この石切場は毎年アヴィニョン演劇祭のメイン会場の一つとして使われている。

今回の舞台はSPAC版『マハーバーラタ』用に特設されたもの。写真では見ていたが、実際に見てみると、やはりその大きさに驚く。1000席の客席を一周100メートルの円が取り囲む。俳優はこの円の上で演じることになる。

観客が俳優を見上げる形にするために、階段状客席の勾配を緩くして作り直している。舞台美術の木津潤平さんのアイディア。もともとの客席は、ギリシア以来のヨーロッパの劇場と同様に舞台を見下ろすものだった。

ここで『マハーバーラタ』をやるという話が出たとき、木津さんが以前の舞台装置をこの石切場に置いてシミュレーションしてみたら、舞台のうえで神々を演じる俳優が背後の岩壁に比べてあまりにも小さく見えてしまい、悩んだ末にたどりついたのがこの舞台だったという。下から円の縁に立つ人を見上げると、ちょっと巨人が岩壁を背負って立っているかのようにも見える。

アヴィニョン演劇祭プログラム・ディレクターのアニエスさんと技術ディレクターのフィリップさんが早速挨拶に来てくださる。フィリップさんは1985年の『マハーバーラタ』でも働いていたという。そのフィリップさんが、今回の舞台美術案をメールで受け取り、図面を開いて、すぐにアニエスさんのところに行って、「これはすごい、絶対に美しい舞台になるから実現させなければ」と言ってくれたという。これも舞台どころか客席まで全て作り直すというかなりクレイジーな提案だったが、その困難を最もよくご存じの方がこの提案を後押ししてくれたわけだ。アニエスさんは現場を見るのははじめてで、「すばらしい。今までの石切場の舞台と全く違う。岩壁に包まれているようだ」等々。たしかに、岩壁の前に舞台があってそれを見下ろす形だったこれまでの劇場と違って、岩壁に沿った円のなかの客席から見ると、岩がとても近く感じられ、そのなかに包まれている感じがする。

そんな話をしていると、突然の雨。どんどん激しくなる。「メールでアヴィニョンは毎日快晴だって言ったけど、初日からこんな天気で悪いね。天気予報では降らないと言ってたのに」と現地スタッフ。早速雨男として知られる宮城さんの本領が発揮される。まあ本番じゃなくてよかった。

アヴィニョンの洗礼はそれほど長くはつづかず、気がつくと嘘のような晴れ間が広がっている。明日の朝早くからはじまる作業のために、20時頃市内に戻り、食事して就寝。明日は朝5時半集合・・・。
 
 
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2014年7月5日

アヴィニョン演劇祭参加の記(1)

SPAC文芸部 横山義志
2014/06/28

今年のアヴィニョン演劇祭では、SPACが『マハーバーラタ』『室内』の二作品を上演する。日本の現代劇の劇団が公式プログラムに招聘されるのは20年ぶり。私はSPACで働きはじめた2007年から毎年アヴィニョンに行っていたが、もちろん上演する側で行くのははじめてなので、なんだかそわそわする。というか、誰もがいろいろ大わらわ。

今日が第一陣の出発で、静岡芸術劇場に15:00集合。海外ツアーだと往々にして午前3時集合とかなので、ちょっとほっとする。

ところが、14:50くらいに劇場前に行ってみると誰もいない。あれ午前3時だったっけ、と一瞬焦り、駐車場まで行くと、見送りの人ばかり10人くらい集まっていて、「あ、一人来た!他の人は?」という反応・・・。

劇場のなかに入ってみると、技術スタッフも制作スタッフもわらわらと荷造り中。思えば今日の出発はスタッフばかりなので、みんな直前までふつうに仕事をしていたようだ。事務所では見たこともないような巨大なスーツケースに、制作主任の大石多佳子さんが山ほど書類や食料を詰め込んでいく。「運びましょうか?屈強な女手を用意したので」と見送りの俳優吉見亮さん。女手?などと思う間もなく、頼もしい女性技術スタッフたちがどんどん運び出してくれる。

「大石さん、何か手伝えることがあれば」と聞くと、「じゃあ私の忘れているものを思い出させて」とのお返事。それは無理です、大石さん・・・。

15:30出発、18:40頃に羽田空港到着。先日取材に来てくださったNHK静岡の方が見送りに来てくださる。文楽がお好きだそうで、宮城さんが『マハーバーラタ』創作の際に参考にした義太夫の話になって盛り上がり、気がつくと搭乗1時間前。バタバタと飛行機に乗り込む。22:30出発、パリまで12時間の旅路。フランスの新聞でアヴィニョン演劇祭関連記事を斜め読みし、泥のように寝る。
 
 
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SPAC 『マハーバーラタ~ナラ王の冒険~』
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