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2015年9月2日

【『舞台は夢』新人日記】 vol.5:第三期稽古スタート!!

カテゴリー: 『舞台は夢』2015

皆様こんにちは! 制作部の塚本です。

つい最近まで私は暑さにやられていましたが、ここ数日で急に涼しくなってきましたね。
まさかもう、夏の終わり…?

なんて思っているうちに、『舞台は夢』第三期の稽古がスタートしました!
実をいうと私はもう今の完成度でもかなり楽しんでいるのですが、
これから本番まで3週間ほど、まだまだ稽古は続きます。
フレデリックさんがそこまで追求するものとは、なんなのでしょう…?

第三期稽古スタート直後は、
演出助手であり、出演俳優でもあるブノワさんが指揮をとりました。
とても優しく、いつ会っても笑顔を向けてくれるブノワさん。
(『舞台は夢』では、かなりファンキーなキャラクターとして登場します。
さらに、本場フランスからお届けするパフォーマンスもあり!?
お楽しみに。)


赤いサングラスの似合うブノワさん…いつもファッショナブル。

この日の稽古場所は劇場舞台ではなく、リハーサル用の大部屋。
スクリーンへのライブ映像投影はなし、舞台美術の平台も少なめです。

この状態で最初から最後まで通してみて、感覚を取り戻します。
「思い出し稽古」と呼んでいます。

床にビニールテープを貼って実際の舞台上での尺がわかるようにします。(バミる、と言います)

とはいえ、やはり舞台での稽古が待ち遠しい…
と思っていると、フレデリックさんが劇場にご到着!
(それにしても、私はすっかり観客の一人ですね…)


いつもの演出家卓に、おかえりなさい!

到着後、第三期の稽古で目指すものについて、フレデリックさんからお話がありました。

「いま僕たちのつくっている舞台は、とても良いものになりつつあります。
 これからの稽古で、良いものをより良くしていきましょう。
 ただし、私はまだこの舞台には『繊細さ・密度』が足りないと感じています。
 それはきっと、私がフランス人で、あなた方の話す台詞の日本語がわからないからかもしれません。
 そこで、これから本番までの目標を掲げましょう。
 
『観客がフランス人だとしても、俳優と観客の間に対話が成り立つような舞台を』
 
…ちょっと難しいように思えるかもしれませんね。
 ですが、目標は高いほうがよいでしょう!」

抽象的で、難解にも思えるフレデリックさんの言葉。
でも、その場にいた俳優やスタッフはそれぞれの仕方でその言葉を理解し、間違いなく力をもらったことでしょう。
否が応でも本番に向けてテンションもプレッシャーも高まっていきます。
稽古の時間が、第二期よりももっと濃密になってきたように思いました。

そして稽古の終了後は、フレデリックさんからのノーツ(稽古についてのダメ出し)の時間。

シーンとシーンの間のつなぎ方など具体的な指摘の他に、
それぞれのキャラクターの背景情報や、作品そのものが書かれた時代の思想的な背景など、
目に見えない情報をどう表現していくか、というお話も。
本番に向けて、これから演出の「ネジを締めていく」、そんな印象を受けました。

私も、「『舞台は夢』は楽しいだけの芝居じゃない、これからどんどん深みを増していくんだ」という気がしています。
あと3週間、どんなふうに進化していくのでしょう?次回のレポートもお楽しみに!

…オマケ…


雨合羽を着て舞台で対峙する技術部スタッフたち… なんの準備でしょう…?

(制作部・塚本広俊)

SPAC 秋→春のシーズン#1
『舞台は夢』
公演日時:9月23日(水・祝)、26日(日)15:00~
     9月27日(日)14:00~
     10月10日(土)、11日(日)14:00~
公演場所:静岡芸術劇場

<トーク情報を更新しました!>
静岡のCMではお馴染み、「コンコルゲン」の俳優さんが、この舞台を観に劇場にいらっしゃることになりました!映画や舞台で活躍中の古舘寛治さんです。映像と演劇が入り交じったこの舞台をどのように見るのか、終演後のトークに登場します。
出演俳優が登場する回もあります。
トーク出演者はこちらから→http://spac.or.jp/illusion_2015.html

2015年8月21日

【『舞台は夢』新人日記】 vol.4:第二期稽古まとめレポート

カテゴリー: 『舞台は夢』2015

皆様こんにちは、制作部の塚本です!

暑い日が続きますね…
毎年「去年より暑くない?」とぼやく私ですが、今年も例にもれず…(今年は本当に去年より暑いです!)

そんな中、先日『舞台は夢』第二期の稽古が終了しました。

前回のブログでも少しふれましたが、フレデリックさんの演出は稽古のたびにものすごいスピードで進化していきます。
劇場に入るたび新しくなる演出は、まるで生き物のよう。
そのあまりの変化の早さに、実はこれまで私も「どんなお芝居なの?」と聞かれてもうまく答えられなかったのですが…
第二期が終わって、ようやく私の中でも『舞台は夢』のイチオシポイントがわかってきました。

そこで今回は、第二期の稽古中に目撃した演出の一部を紹介させていただきます!

まずは…

ジャーン。

ついにSPACが映画館に!?(違います)

そう、なんと今回はリアルタイムの映像を駆使した演出!
舞台上の俳優が、うしろの巨大スクリーンに大写し。
客席からだとちょっと遠い、細かな表情もバッチリわかります。

演劇と映画、ともすれば相容れないようにも見える二つの芸術。
ですが、大胆にも二つを一緒にしてしまったフレデリックさんの演出は、とても面白い効果を生み出しています。
スクリーンに注目していればまるで映画のワンシーンですが、舞台に目をうつすとそこでは俳優が演技をしています。
もちろんカメラ、マイク、小道具の木の枝などの撮影セットまで、バッチリ見せます。まるで映画の本編と、メイキング映像を同時に見ているよう。
スクリーンに映るシーンは、目の前の風景のほんの一部を切り取ったものにすぎないことがわかります。

例えばドキュメンタリーやニュース映像などで、画面に映っているのは確かに現実なのですが、それは加工され、切り取られた現実の一部分です。
現実を映している以上、100%虚構だとはいえないのですが、その切り取り方によっては、限りなく「ウソ」に近いものを作り出すことも可能です。
フレデリックさんのこの演出は、そんな「現実」と「虚構」の境界線の曖昧さを教えてくれるようです…

一方、舞台はどうなっているのでしょう。

2010年の『令嬢ジュリー』では圧巻の舞台美術で私たちを驚かせてくれたフレデリックさん。
あのときの舞台装置はまるで建築物。舞台上にまるごと一つの部屋をつくってしまったのでした。
 

↑2010年の『令嬢ジュリー』(撮影:三浦興一)
 
 
そして今回の舞台はというと…
 
ででん。

 
…「えっ?これって稽古用の舞台でしょ?」と思われた方!(ハーイ!)

違うんです。
今回の『舞台は夢』ではこれが立派な舞台装置。
敷かれているのは…種も仕掛けもございません、丈夫な木の板そのものです。

映像を駆使したスタイリッシュな演出とは対照的に、ほとんど素のままの舞台空間。
それは、演劇というものの本質に近づいていくための試みでした。

過去に映画作品の監督や出演もこなしてきたフレデリックさん。
そこから演劇と映画の関係について考えるようになり、
特に二つの共通点である「観るもの(観客)と演ずるもの(俳優)」の存在に深い関心を抱いたといいます。

映画において、俳優はクローズアップされて画面の中に登場します。そういう意味では、俳優と観客の心理的な距離はむしろ演劇よりも近いといえるかもしれません。
フレデリックさんは今回、カメラを通じてイメージを増幅する(俳優と観客が接近する)ことで、観客の「特権的な立会人」としての意識を強めてほしかったといいます。
観客は、ふつう人が他人に見せないような場面に立ち会うことが許されている。
特に、ある種のシーンをカメラでクローズアップすると、観客はまるで「誰かの日記や夢を覗いているような」感覚を得る。
(「ある種のシーン」がなにかは、ぜひ劇場で確かめてください!ああこれか、と納得すること間違いなし。)

そして演劇をリアルタイムでスクリーンに写したときの面白いところは、「スクリーンを見ていればその物語を信じられるのに、舞台に目をうつすとそこにはカメラやマイク、小道具が見えていて『信じられなく』なってしまう」ところ。つまり「ウソだとわかってしまう」というところなんですね。

もう一つ面白いのは、演劇を「ホントにする」、つまり生きた物語として立ち上げるために必要なものは驚くほど少ない、ということです。
(「俳優一人、椅子一つ、ロウソク一本だけでも芝居は続けうる」とは、誰の言葉だったでしょうか… ヒントはこちら
フレデリックさんは過去に劇場以外の場所、食堂や事務所といった場所でも演劇を上演してきた経験から、「演劇はどんな場所でも生まれうる」といいます。
何の変哲もない舞台でも、その上に俳優の演技がのっかれば…
あら不思議、物語がはじまってしまう。
それが、演劇の魔法なのです。
そしてそれは同時に「観客」の誕生でもあるといえます。
演じる人がいて、それを観る人がいれば、そこにはすでに俳優と観客の関係が成り立っているのです。

稽古のはじまる当初から「今回は俳優の演技に焦点を当てたい」と語っていたフレデリックさん。
素朴な舞台は、俳優が体一つで物語を立ち上げ、それを観る私たちが「観客」として生まれ変わる、そういうプロセスのために考えられたんですね。

そしてコルネイユが17世紀に生み出した『舞台は夢』という物語は、まさにうってつけでした。

フレデリックさん曰く、
「『舞台は夢』のストーリーを一言でいうと、
ある人間が演劇の観客となることで救われる、そういう話です」

…“厳しいしつけに家を飛び出した息子を探しさまよう父親は、魔術師の幻影を見せられ、息子の人生の観客となる。
そうして父親は息子への愛を強め、人間として成長する”…

コルネイユの作り出したそんなウソの物語を、フレデリックのかけた魔法によって
私たちが劇場で「ホント」のこととして観る。そうして私たちも救われるのかもしれません。

(制作部・塚本広俊)

SPAC 秋→春のシーズン#1
『舞台は夢』
公演日時:9月23日(水・祝)、26日(日)15:00~
     9月27日(日)14:00~
     10月10日(土)、11日(日)14:00~
公演場所:静岡芸術劇場
詳細はこちら

<チケット好評発売中!>

2015年7月28日

【『舞台は夢』新人日記】 vol.3:衣裳合わせ

カテゴリー: 『舞台は夢』2015

皆様こんにちは!制作部の塚本です。

『舞台は夢』は7月より第二期の稽古に入っています。
稽古場所は静岡県舞台芸術公園から静岡芸術劇場にうつり、舞台上の仕掛けを使った、より本番に近い稽古になってきました!
演出家フレデリック・フィスバックさんのイメージが舞台上で形になっていく様子は、観ていてとてもワクワクします。
その変化の早さはびっくりするほどで、劇場に入るたび新しい風景が目の前に広がっているようです。

そんな中、舞台裏ではもう一つ大事な準備が進んでいました。
下の写真がその様子です。

これは何の準備でしょうか?
どんな演劇にもかかせない、舞台上で俳優と同じくらい注目されるもの…

そう、「衣裳」です!

この日の作業は衣裳合わせ。演出家と俳優が衣裳スタッフとともに衣裳室に集まり、一人ずつ衣裳のイメージを決めていきます。
ひとまず過去の作品で使った衣裳などを着てみて、イメージが固まったところで、それぞれの俳優にピッタリな新しい衣裳を作り始めます。

この日に先立ってフィスバックさんが衣裳スタッフに依頼していたのは「とにかく白い服をかき集めてほしい」というもの。
俳優も自前の白い服を持ち寄りました。


白い服がズラーリ。こうして並べると、白にもいろんな種類があるんですね。


小物まで真っ白。

フィスバックさんはかなり早いテンポで衣裳を選んでいきます。
「もっと裾をしぼったものを」「もう少しゆったりしたシルエットで」といった的確な指示に従って俳優が着替えるとあらびっくり、確かに似合うんです。
これもフィスバックさんが俳優一人ひとりをよく観察しているからなんでしょうね。

そしてフィスバックさんが俳優全員に欠かさず聞いていたのは、「着ていて気持ちがいいか」ということです。
これは例えば「動きやすいか」といった物理的なことはもちろん、「それを着た自分のイメージがしっくりくるか」ということのようです。
「いくら僕がこうして欲しいと言っても、自分が好きじゃない服を着て人前には出られないからね」とフィスバックさんは笑っていました。

こちらは今回の衣裳づくりのための資料。



コルネイユのいた17世紀をイメージしているようです。
簡素な白い衣裳だけでなく、当時のドレスのような豪華な衣裳も見られるかも!?

そして最後にお見せするのは…


新しい衣裳のためにスタッフが書いたデザイン画です!
どれも素敵で、完成品を見るのが待ちきれません。
今はそれぞれの服のパターン(型)を切っているところだそうです。

稽古が進む裏では、衣裳スタッフが『舞台は夢』に命を吹きこむ重要な役割を担っていたんですね…
制作部の私も、衣裳スタッフの「職人魂」にちょっと憧れたのでした。

みなさん、『舞台は夢』ではぜひ衣裳にも注目してみてくださいね!

(制作部 塚本広俊)

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​9~10月 SPAC新作
『舞台は夢』
演出: フレデリック・フィスバック
出演: SPAC
静岡芸術劇場
http://spac.or.jp/illusion_2015.html
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2015年6月19日

【『舞台は夢』新人日記】​ ​vol.​2​:​フィスバックさん、静岡大学に登場!<後編>「演劇祭は何の役に立つか」

カテゴリー: 『舞台は夢』2015

皆様こんにちは!制作部の塚本です。
前回のブログでは、フィスバックさんが5月27日に静岡大学で行った講義のレポートとして、主にフィスバックさんと『舞台は夢』を紹介させていただきました。
今回の<後編>では、この授業のテーマである「演劇祭は何の役に立つか」という問いに迫ります!(講師:SPAC文芸部・横山義志)
 

 
話はまずフランスのアヴィニョン演劇祭の紹介から始まりました。
世界最大の演劇祭であるアヴィニョンで、フィスバックさんは過去に何度も作品を上演しており、また俳優としても他の演出家の作品に出演しています。
そして何を隠そう、SPACも2014年に公式プログラムとして招かれて『マハーバーラタ〜ナラ王の冒険〜』『室内』の二演目を上演しています。
『マハーバーラタ』は崖に囲まれたブルボン石切場という空間に巨大な円形の舞台を出現させました。今年の野外芸術フェスタの、駿府城公園での上演で同じ舞台セットをご覧になった方も多いかもしれませんね。

アヴィニョン演劇祭には毎年、約9万人もの人々がつめかけます。
上演プログラムは「イン」(演劇祭が招聘する公式プログラム、約40作品)と「オフ」(自主参加による上演)に分かれており、オフではなんと1000以上の演目が上演されます。
劇場では実現することの難しい、4~5時間程の長い作品でも上演できるのがアヴィニョン演劇祭の「お祭り」的な雰囲気の魅力の一つだとフィスバックさんは言います。

アヴィニョン演劇祭にはさらに規格外の作品もあります。
1996年にフィスバックさんは俳優として『わたしの竜よ、飛べ』という作品に参加したそうですが、なんとその上演時間は9時間。お客さんも途中で眠ったり起きたり…、終わった頃には俳優と観客が抱き合いたいような気分になるそうです。フィスバックさんはその時の感覚を徹夜したときの感覚に喩えていました。
徹夜して真夜中まで起きているときって、なんだか普段の自分とは違う気がしませんか?感受性がものすごく研ぎ澄まされたような…。フィスバックさんはそれを「魔術的体験」、「夢を分かちあう時間」と呼びます。そうした体験ができるのが、演劇祭の大きな魅力の一つなんですね。

ちなみに2014年のアヴィニョン演劇祭では『ヘンリー6世』という作品が上演されましたが、その上演時間を聞いて驚くなかれ…なんと18時間です!!
演劇ファンでも少し腰が引けてしまうかもしれませんね。でもちょっと、観てみたい…。

そんなアヴィニョン演劇祭ですが、始まりは第二次世界大戦後の1947年。ジャン・ヴィラールという演出家が、アヴィニョンの教皇庁の前庭で野外演劇を行うよう要請されたのがきっかけでした。当初は「アヴィニョン芸術週間」という名前で、ダンスや絵画の展覧会も盛んだったといいます。

フィスバックさんによれば、開催当初から変わらないアヴィニョン演劇祭の目的は大きく分けて2つ。

●脱中心化(地方分散化)=すべてのフランス市民が芸術にアクセスできること
●芸術というものを通じて、人々が「自らを教育する」ことが可能になること

当時のフランスは、演劇といえばパリの劇場でしか上演されないことがほとんどでした。『舞台は夢』の作者であるコルネイユの作品も、パリでしか観られなかったと言います。
そこで、フランスの南、アヴィニョンで行われる演劇祭は、パリ以外の場所に文化を届けようという地方分散化の最初の大きな動きとなりました。
それにしても、文化の一極集中という状況、ちょっと日本と似ていませんか…?

そして二つ目の「芸術を通じて人々が自らを教育する」。
これって、どういうことでしょう?
ハテナが浮かんだところに、講義を受けている学生さんからフィスバックさんに質問がありました。

「フランスでは、芸術=教育なんですか?」

なるほど、確かに日本では芸術というと教育よりも娯楽に近いものとして受け取られているかもしれません。
フィスバックさんはこのように答えます。

「教育を受けるということは、他者(自分と違う存在)が存在することを受け入れるということ」

アヴィニョン演劇祭が始まる前の第二次世界大戦で、各国は大きな被害を受けました。
そのような経験によって、フランスではフィスバックさんのいう「他者を受け入れる」ための教育が重視されるようになったのかもしれません。
つまり、自分とは生まれも育ちも文化的背景も異なる他者を恐れず、どちらが良いとか悪いとかではなく、純粋に「違う」ということを理解することです。
そしてそのような教育のためには、学校教育だけでなく、芸術が大きな意味をもつと考えられたのでしょう。

アヴィニョン演劇祭には外国の作品も多く招聘されています。
それによって、人々は「いま、海外では何が起きているのか」を知ることができます。
グローバル化が進んだ現代では、世界中の情報が簡単に手に入るようになりましたが、本当に外国のことを知るためには、その国の芸術を自分の目で見て、肌で感じることが大事なのかもしれませんね。

フィスバックさんは続けます。
「演劇は旅に似ています。登場人物に感情移入したり、風景をイメージすることでできる、内面的な旅です。それは日常生活の中ではできない旅です。そしてそのような旅の中で、人々は自分の人生においてどう生きるかということを考えます。優れた芸術作品に出会うということは、自分の人生の意義について考えることなのです・・・」。

さて、この講義を受けた学生さんたちは何を考えたでしょうか。

私自身は、演劇に対する自分の認識が大きく変わりました。今までよりもっと、作品のもつパワーが体に染み込んでくるような…そんな感じがしています。
このブログを読んでくださった方にも、「演劇祭はなんの役に立つか」という問いを通じて、フィスバックさんの言葉を届けることができていたら幸いです。

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​9~10月 SPAC新作
『舞台は夢』
演出: フレデリック・フィスバック
出演: SPAC
静岡芸術劇場
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2015年6月7日

【『舞台は夢』新人日記】​ ​vol.​2​:​フィスバックさん、静岡大学に登場!<前編>

カテゴリー: 『舞台は夢』2015

こんにちは、制作部新人の塚本です。

前回ブログ​では演出部・守山から、『舞台は夢』の稽古模様を報告させていただきました。

演出家フレデリック・フィスバックさんの頭の中にあるイメージを、SPACの俳優たちがいかに形にして表現していくか、そしてお互いのイメージにずれがあれば、それをどう擦り合わせていくか…
悩みながら、楽しみながら稽古の続くそんな日々の中、5/27にフィスバックさんが特別ゲストとして静岡大学の授業に登場しました!

授業のテーマはズバリ、「演劇祭は何の役に立つか」。

うーむ。私たちSPACのスタッフにとって演劇はすでに身近な、なくてはならないものになっていますが、そうでない方、「演劇なんてみたことないよ」という方にも演劇に接していただくためには、これはじっくりと考えなくてはいけないテーマなのです…。
授業を受けている学生の方々も、SPACに何度も足を運んでくださっている演劇ファン。周囲の友達や家族に演劇の魅力を伝えようとするとき、きっと頭に浮かぶテーマなのではないでしょうか。

演出家として、まさに演劇に「人生を賭けている」フィスバックさんなら、きっとひとつの答えを与えてくれるにちがいない。ワクワクした雰囲気の中、授業が始まりました。

まずは講師であるSPAC文芸部の横山からフィスバックさんの紹介。

普段は温和でとても話しやすいフィスバックさんですが、演出家としての経歴は超ド級。フランスで行われている世界最大の演劇祭、アヴィニョン演劇祭では何度も公式プログラムとして作品を発表し、時に俳優としても出演。2007年には演劇祭のメインアーティスト(提携アーティスト)として二つの大作を発表し、他の招聘作品の選択にも関わっています。

ちなみに今回SPACで上演する『舞台は夢』​。
​フィスバックさんは2004年にも上演しているのですが、その時は​​140公演を越える記録的なロングラン・ヒット​​だったそうです。映画ならともかく、俳優さんたちが毎回生で演技をすることを考えると、なんともびっくりです…。

そしてフィスバックさんから『舞台は夢』の紹介。

作者・コルネイユが『舞台は夢』(原題は“L’illusion Comique”​/「演劇の幻想」の意味)を書いた17世紀は、フランスの古典劇と言われる作品群が書かれはじめた頃だそうです。

古典劇というと、難しそうで、学問的、というイメージがありますが、フィスバックさんによれば、『舞台は夢』はむしろ古典劇の前、バロック時代の作品に近いそうです。

​​バロック演劇の特徴とはなにか?それは「祝祭的、民衆的」ということだそうです。平たく言えば、「お祭りみたいで、誰がみても楽しい!」ということですね。

そして『舞台は夢』のもう一つの特徴、それは、「演劇を見ている観客」について書いた作品である、ということ。

改めてあらすじを簡単に紹介すると、「行方不明の息子を案じた父親が魔術師に頼んで、現在の息子の姿を幻影として見せてもらう」というお話です。すると息子の人生はやたらに波乱万丈である、なんだか変な人物がたくさん出てくる、これはどういうわけだ、となるわけですが、実は息子は俳優になっていたのです。つまり、父親は息子の出演している演劇を見せられていたわけで、それを私たちは劇中劇としてみることになります。

フィスバックさんによれば、『舞台は夢』の父親は、「息子の演劇の中に自分と息子の関係性を見い出して、それを観客として客観的にみることで救われる」のだそうです。

…なんだかややこしくなってきました。

でもつまり、私たちが『舞台は夢』を観るということは、息子の芝居を見る父親の姿を通して、私たち自身の姿を観る、ということなんですね。それでは、このお芝居を観ることで私たちはどんな風に救われるのでしょうか…それは劇場でのお楽しみです。

さて、まだまだある『舞台は夢』の魅力、いくつか紹介していきます。

​​●​若者が自分を解放する物語!

主人公のクランドールは家出をして父親から逃れ、そして俳優になっていたわけですが、いつの時代も若者が「自己実現」するためには一度、居心地のよい環境から脱出する必要があるんですね。

​​●キャラクターが面白い!

コルネイユは若い人物、特に若い女性を描くのがうまかったそうです。まだまだ男性優位の意識が強かったこの時代に、コルネイユは登場人物のリーズというキャラクターを通じて、自分を主張していく芯のある女性を描きました。

それから私個人も大好きなマタモールというキャラクター。いくつもの国を制覇したとか、女性にモテすぎて大変だとか、いつも大ホラばかり吹いているのですが、決して悪い人物ではなく、どこか憎めないお笑い担当です。でも実は「嘘を通じてしか生きられない」というちょっと哀しい側面も見え隠れしたり…

ここには紹介しきれないほど、『舞台は夢』にはさまざまな要素がてんこもり。フィスバックさんは「劇場でお客が体験しうる、あらゆる感情を体験できる作品だ」と言っていました。うーん、公開が待ちきれないですね。皆さんもぜひ、劇場で自分だけの『舞台は夢』の魅力を見つけてくださいね!

<フィスバックさん静岡大学に登場!>後編ではフランスのアヴィニョン演劇祭を例に、いよいよ「演劇祭はなんの役に立つのか」というテーマに迫ります!

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​9~10月 SPAC新作
『舞台は夢』
演出: フレデリック・フィスバック
出演: SPAC
静岡芸術劇場
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2015年6月3日

【『舞台は夢』新人日記】vol.1:稽古スタート!

カテゴリー: 『舞台は夢』2015

こんにちは、演出部班の守山です。
5月20日から、今年のSPAC秋のシーズンで上演される『舞台は夢』(作:コルネイユ)の稽古が始まりました!
開幕までの数ヶ月、この「不思議な怪物」(コルネイユはこの作品をそう呼んでいたそうです)がどうやってその姿を現すのか、稽古場よりレポートいたします!

演出には2010年のSPAC秋のシーズンで『令嬢ジュリー』を手がけたフレデリック・フィスバックさんを再びフランスよりお迎えしました。

実はフィスバックさん、この作品を演出するのはこれが2回目。
2004年にアヴィニョン演劇祭などで上演しているのですが、もちろん今回は国も、役者も、言語も、何もかもが違う環境でまっさらな状態からの創作です。
「一番大好きな作品を、こんなにユニークな俳優達と再び創ることが出来るなんてとっても幸せだ!」とニコニコしていらっしゃいました。

9月に開幕なのにもう稽古? と思われる方もいらっしゃるかもしれませんが、そうなんです、実はもう始動しています。
とはいえ、まだまだ全員でじっくり台本を読み込む時間。
連日みんなでひとつひとつの言葉の意味や、会話の目的を確認しながら丁寧に作品を読み解いていきます。

この作品は、アレクサンドランという詩の形式で書かれています。
一文の中で使う音節の数が決められているのですが、その制約の中で物語を書くなんてまさに神業。さすがフランス古典の三大作家の一人です。

(ちなみにフランスについて何も知らない私は、「俳句や短歌のルールで物語を一つ書く感じ」と言われてその凄さを初めて理解しました…)

フランス語で聞くととっても優美で、まるで音楽!
この美しいフランス語を、さてどうやって日本語に移すか… ということで日々試行錯誤中です。

今回の作品では俳優の内側から湧いてくるものを、素材そのものを是非みてほしい! というフレデリックさん。
それぞれの俳優の身体に似合ったボキャブラリを地道に探していきます。


↑今日の稽古では2004年に演出された『舞台は夢』の写真を見せていただきました

読めば読むほど夢の世界に落ちていくような不思議な作品。
どんな怪物になるのか楽しみです!