2012年3月1日

【コラム・劇場文化②】『グリム童話~本物のフィアンセ』 スティーブ・コルベイさん

公演当日、劇場で皆さんにお渡ししている冊子、<劇場文化『グリム童話~本物のフィアンセ~』>がウェブ上でも読めるようになりました。

こちらは、『グリム童話』2作品の英語字幕の作者、スティーブ・コルベイさんのコラムです。

『グリム童話~本物のフィアンセ~』
観劇の前後に、読みごたえたっぷりのコラムを是非あわせてお読みください。

王様が目を覚ます方法
  ――『本物のフィアンセ』の中の慰戯(いぎ)
と劇中劇~

スティーブ・コルベイ Steve CORBEIL

 童話は文学のパッチワークである。小説と異なり、多くの場合は口承文学として生まれ、語り継がれ、地域や聞き手によってストーリーや文体(ことば)が変化する。そして、紙の上で文字になっても化石化せず、時代や読者の反応によって進化する。童話はパッチワークと同様に時間の流れと共に古びて色あせ、はやらなくなった部分が取り替えられる。そして、一つの物語を創造するために、様々なモチーフが集まり、様々な伝統、思想、世界観を混ぜ合わせ、新たな作品に生まれ変わっていく。しかし、そのパッチワークが完成すると原典が見えなくなる。それは原典の一片一片を繋ぎ合わせたもの以上の大きさと厚みを増したものへと変化するのである。このように考えると、童話の創作はすべて、翻案であり翻訳である。その過程の一つ一つに解釈がこめられているのである。
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【コラム・劇場文化①】『グリム童話~本物のフィアンセ』西垣 通さん

公演当日、劇場で皆さんにお渡ししている冊子、<劇場文化『グリム童話~本物のフィアンセ~』>がウェブ上でも読めるようになりました。

こちらは、情報学者・作家の西垣通さんのコラムです。

『グリム童話~本物のフィアンセ~』
観劇の前後に、読みごたえたっぷりのコラムを是非あわせてお読みください。

生はただ一つ
 ―― 時空反転装置としての言葉

 

西垣 通 NISHIGAKI Toru

 人はいったいなぜ、劇場に足を運ぶのだろうか。

 日常生活ではのっぺりとした時間がねっとり流れ、うっとうしいノルマ、成績、競争で稠密に組み立てられたリアル世界は閉塞している。そんな息苦しさから、いっときでも逃れるためか。われわれが否応なく投げこまれた時空は、「情報社会」と呼ばれる(らしい)。ものごとの処理効率を高めるための「情報」が氾濫しているのだ。そこで生命的な「コミュニケーション」なんて成立するのだろうか。われわれはコンピュータのように機械的な応答を繰り返し、あたかもコミュニケーションが成立しているようなふりをしてごまかし、少しずつ消耗して、汚泥のような疲れを身体の底に溜めこんでいく。
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