2010年11月28日

<萌目線。vol.57>プリンセスプロジェクト!池田さんの一日。

Filed under: 萌目線。

『しんしゃく源氏物語』の幕があきました‼
私も学生の頃に友だちといっしょに観にきたことのあるSPACレパートリー作品です。
今回はキャストも一新ということで、お姫様である末摘花役の池田真紀子さんの一日をご紹介します‼

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■9:00 起床
砂糖と生姜を入れまくったチャイを飲む。体を温めて起こすこと、大切です。

■10:30 訓練
今回のように、和装の衣装で様式的な所作で見せる作品の場合、スズキ・メソッドは演技に直結しているのを特に感じます。

■11:00  楽屋入り
カツラを付ける為に地毛をまとめて、メイクして衣装に着替えて、
カツラをつけて更に付け毛をつけて・・・結構大変です。池田さんは更にお鼻を紅くぬりぬりして・・・お姫様になっていきます‼

■14:30  通し稽古
本番前だったこの日は、本番時の開演時間に合わせて通しを開始しました。

■18:30  稽古
通しのダメ出しを受けつつ稽古。

■20:00  恒例行事
平安時代の人物を演じるため、まろ顔にするために、地毛の眉を消さなければいけないのです。というわけで、眉毛をブリーチ。これ、本番前の恒例なんですって。
ちょっと痛いのですが、これがあってのまろメイク。完成は劇場でご覧ください‼

■23:00  帰宅
またチャイを飲まれるとか。体を温めること大事です!
サラリーマンNEOの録画か、『キリクと魔女』のDVDか、ジョジョのマンガを読み、半身浴。

池田さんは、譲れない大切なものを持っているような感じが、末摘花に通ずるものがあると思います。
以前、イケメン池田さんとご紹介しましたが、そんな池田さん演じる思いっきり女の子のお姫様、どうぞご期待ください!!

<萌目線。>とは・・・
SPAC新人俳優石井萠水の目線で稽古場や舞台裏の様子をお届けしています。


2010年11月25日

【WEBラジオ】ラジオ目線。第二回

ラジオ目線。第二回目です!

今回のゲストはSPAC俳優三島景太!
いよいよ11月27日から公演を迎える『しんしゃく源氏物語』の魅力について大いに語ります。
トークの終盤では知られざる三島の趣味も語られる!?

※俳優プロフィールはこちらをご覧ください。


ラジオ目線。第二回(パート1)

ラジオ目線。第二回(パート2)

ラジオ目線。第二回(パート3)


2010年11月18日

<萌目線。vol.56>我らがわが町。

先日、『わが町』全公演が無事終了しました。
ご来場くださいました沢山の皆様、
応援してくださいました皆様、本当にありがとうございました!!

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twitterでも感想のコメントをたくさんいただけて、嬉しいかぎりです。

まだ暑かった8月から稽古が始まり、
11月なんてすごく遠くに感じていたのに、

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気づいたらすっかり寒くなっていましたね。

オーディションを経て集まったメンバーと、演出の今井さんとで、
本当に「町」というか、「世界」を作っていくような稽古の日々でした。

全編通して、小道具や特別な装置が存在しない中での演技。
死者が生きていた頃をいとおしんで役を演じ、
日常という劇を見守っているという構成。

それは本当に、芸術劇場の舞台の上にしか存在しない、
私たちの「町」でした。

「今井マジック」という言葉が稽古場でよく飛び交ったのですが、
本当にマジックのように華麗で見事な演出を受けさせていただいたと思っています。

稽古場での今井さんは、本当に穏やかで丁寧に接してくださり、
その雰囲気の中で私たちは楽に呼吸をして、
共演者や自分の内に生まれてくるものを見つめているうちに、
作品が出来上がったと言っても過言ではありません。

例えるなら「痛くない整体」といったところでしょうか。(笑)

日常生活と、その中にある本当に劇的なものを舞台の上で表現するために、
身体も作品に対する精神も、自然で正しい方へ導いていただいたような感じです。

私たちにとって本当に貴重な体験だったと思います。

ところで、いただいた感想の多くにあるように、
『わが町』の戯曲の中には、毎日の一瞬一瞬を大切に、
というような死者から生者へ向けてのメッセージのようなものが含まれています。
しかし私は出演していても、
100%実感をもってそれを表現できていたわけではありません。

どっちかというと、
毎日どうして頑張って生きなきゃいけないんだろうとか、考えてしまうんです。

幕の降りた今も答えが見つけられないままですが、
少なくとも舞台に立つことを許され、
素晴らしい仲間やお客様に出会えて、私は幸せ者だと思っています。

皆さんいつも本当にありがとうございます。

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『わが町』の去った劇場には、
次の『しんしゃく源氏物語』のセットが仕込まれてまいりました。
稽古も白熱してきたところであります!!

「今」を大切に、この先の未来に向かって、
残りの秋のシーズン、駆け抜けたいと思います!!

 

<萌目線。>とは・・・
SPAC新人俳優石井萠水の目線で稽古場や舞台裏の様子をお届けしています。


2010年11月13日

<『わが町』のちょっといい話24>美術担当の深沢襟さんにちょっと聞いてみました

Filed under: 『わが町』2010

11月9日(火)スノドカフェにて、「今井朋彦さんと古典戯曲を読む“カモしれない”会(通称:読むカモ会)」が開催されました。今井さんの他にも、『わが町』出演中のSPAC俳優も急遽飛び入り参加したりと「読むカモ会」は大いに盛り上がりました!今井さんはロミオを情熱的に、そしてジュリエットを可憐に演じて?くれました。最後には今井さん自ら、小泉八雲の「むじな」を朗読してくれるというサプライズもあり、参加者全員が大満足のひと時を過ごしました!

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また11月13日(土)『わが町』公演終演後には、今井朋彦さん(朗読)と松本泰幸さん(サックス)と松本侑大さん(ピアノ)による朗読演奏会が行われます。『わが町』の半券チケットをお持ちの方は無料でご覧になれますので、こちらもどうぞお見逃しなく!http://spac.or.jp/news/?p=2520

 『わが町』公演も残すところ13日(土)、14日(日)の2ステージとなりました。まだご覧になっていない方は是非劇場にお越し下さい!!

 

 今回のインタビューは、美術を担当しているSPAC技術部の深沢襟さんです!

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 Q)『わが町』の美術のコンセプトについて教えてください。

A)    この戯曲は美術として出来ることが非常に少ないんですが、その僅かな要素から、観客に場面を想像させるしくみが戯曲に盛り込まれているので、まずはそれを再現していくということを考えました。戯曲の中に「ここは美しい場所です。」というセリフがあって、何を美しさの基準とするかという事を考えてみた時に、日常の中にあるふとしたものが、ある瞬間に見せる別の表情を捉えて見ようと思いました。

 Q)もし死んでから、生きている頃の世界に戻れるとしたら、いつを選びますか?

A)生きてきて両親を喜ばせることができたことって少なくて・・・。私が一番親を喜ばせることが出来たっていうのは、私が生まれた時なんじゃないかなと。だから私が生まれた日、生まれた瞬間に戻って、親がどれくらい喜んだのかを見てみたいですね。

 Q)『わが町』について一言。 

A)当たり前なんですけど、その日というのは一日しかないっていうことを、『わが町』をやってみてすごく感じました。だけど、そうとわかっていても一日一日を新しい気持ちで過ごすというのは非常に難しいですよね。時間ってどんどん流れていってしまうものなので、そのことを無駄にしないで生きるという事と、一生のうちに出来ることの少なさ、ということについて考えさせられました。

「 主人とネコ2匹がいるんですけど、自分と全く違う感覚のものが日常に存在しているってすごく貴重なことだと思うんです。それぞれの一日というのが家の中にあって、4倍楽しめるというか・・・。だからどんなに疲れていてもそのことを面倒くさがらずに、主人にもネコにも向かい合うように努力しているし、日常ってそういうことの蓄積と小さな出会いの繰り返しだと思うんです。」という深沢さん。シンプルで美しい舞台をご堪能下さい!


2010年11月7日

<『わが町』のちょっといい話23>衣裳担当の竹田徹さんにちょっと聞いてみました

Filed under: 『わが町』2010

10月25日に中高生鑑賞事業、10月30日に一般公演の初日を無事に迎えました。

すでに観劇されたお客様、ありがとうございました!

まだご覧になっていないお客様、劇場でお待ちしております!

 

 そして・・・ 『わが町』スペシャル企画の開催が決定しました。

◇11月9日20:00~ スノドカフェにて古典戯曲を読む会スピンオフ企画

「今井朋彦さんと古典戯曲を読む“カモしれない”会(通称:読むカモ会)」開催決定!

http://spac.or.jp/news/?p=2536

◇ 11月13日 『わが町』公演終了後、劇場1階ロビーにて

今井朋彦さん(朗読)と松本泰幸さん(サックス)と松本侑大さん(ピアノ)による朗読演奏会が行われます。『わが町』の半券チケットをお持ちの方は、無料でご覧になれます。

http://spac.or.jp/news/?p=2520

 

 今回のインタビューは、『わが町』の衣裳を担当しているSPAC技術部の竹田徹さんです!

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 Q) 『わが町』の衣裳について教えてください。

A) 『わが町』という戯曲が元々持っている想像させるというしくみ、観る側の想像で埋めていく、というのがあったので衣裳もそれに乗っかってみようと思い、お客さんの想像をどこまでも止まらせない方法は何かを考えました。人間は元々の差はなく多少の違いがあるだけだと思います。そこと衣裳を重ね合わせ、ほとんど同じような全員共通の衣裳を着てもらうことにより、ほんの少しの差を誇張させたり、逆に似せたりしながら、『わが町』の登場人物になってもらいました。

Q)もし死んでから、生きている頃の世界に戻れるとしたら、いつを選びますか?

A) もう会えなくなってしまった人とか、壊れてしまった関係・・・今は失ってしまったものが、僕とまだ関係が持てていた時期に戻ってみたいです。ちなみに戻るのではなく、生まれ変わるのならイルカです!(笑)

 Q)『わが町』の見所について。

A) 日々衣裳が変化しており、役者の演技も日々進化しています。一度観た方も「もう一度来るとまた違うよ!」と言いたいですね。千秋楽まで、メンバー全員が完成がないと思って毎日頑張っています!

「僕、寅さんの映画が好きで、つい最近ビデオを見返してみたんです。マドンナのリリーが、すし屋と結婚して幸せになるけど結局は別れてしまう。その結末を知っている僕には、その一時だけ幸せなリリーを見ているのはすごくいたたまれなかった。ここで初めて、『わが町』の視点を持てたんです。」と話してくれた竹田さん。幕を開けた今もなお、日々変化し続けている衣裳にも是非注目して下さい!


2010年11月1日

<世界は踊る稽古日記⑫・11/1>La vie vient de passer

Filed under: 未分類

『世界は踊る ~ちいさな経済のものがたり~』(10/23、24)は盛況のうちに終了しました。

ご来場、誠にありがとうございました。特に2日目は雨の中での上演・観劇にも関わらず多くのお客様に足を運んで頂き、舞台と客席が一体化する集中力の中、奇跡的な公演となりました。重ねて御礼申し上げます。

11回に渡って県民参加者による稽古場日記を連載してきましたが、いよいよ最終回。

今日は、唯一のプロの俳優としての出演となった、SPAC俳優の永井健二です。

プロの俳優として、一人の県民参加者として、彼が何を考えてこの舞台に立っていたのか。

どうぞ御覧ください。(SPAC制作部・佐伯風土)

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大粒の雨が降りしきる中、『世界は踊る~ちいさな経済のものがたり~』静岡公演は、その幕を閉じた。

演じる我々はともかく、寒さと雨の中で観劇いただいた観客の皆様に、まずは感謝の意を表したい。

もちろん、その前日、静岡公演の初日を見届けてくださった観客の皆様にも。

僕は今回、プロの俳優として、SPACからただ一人、この作品に出演し、30名の県民出演者と共に、パスカル氏・大岡氏による稽古の日々を過ごした。

“コーラス”ということで初めての経験も多く、気持ちとしては「一人の県民」。30名の参加者同様、ココロ躍らせながら『世界は踊る』の稽古に参加していた。

2ヶ月の稽古の中で、どんなことをしたのか、我々がどんなことを感じたのか、ということについては、既に参加者たちが「SPACブログ」で綴っているので、そちらを読んでいただきたい。

いま思い返すと、「孤独ではなかった」という実感が残っている。

「俳優というのは孤独な作業だ」と、表現されることがある。役のこと、台詞のこと、身体のこと、一人の頭で考えることは多い。

たとえ、共演者同士で、話し合ったり、打ち合わせたり、稽古時間を共有したりしても、最終的には個人に還元されていく。

共演者の動きや台詞を、見たり、聞いたり、感じたり、受け止めたり、してはいるが、あくまでそれらは、前もって段取りを決めて打ち合わせされたことであり、いくら「新鮮な感覚で」と思っていても、結局は、その「新鮮さ」を保つことすら「演技のひとつ」になってしまう。

これを、「感覚の再現」と言う事もできるだろうが、この再現の作業をおこなうのは、一人で、だ。

逆を言えば、

台詞を忘れたり、きっかけを間違えたりして、稽古とは違う空気が舞台上に流れた瞬間、それはまさに「舞台上に初めて流れる時間」であり、これまでの稽古をもとに「再現した時間」ではないので、その瞬間は舞台上の様々なことへの注意が強まり、孤独感は影を潜めることになる。

したがって、即興劇で無い限り、俳優が孤独感と無縁になることはないのだろう、そう思っていた。

しかし、今回、『世界は踊る』で僕は、「孤独感」と無縁の体験をした。

公演が終了したので種明かしをするが、この舞台では、いわゆる“段取り”や“きっかけ”の多くが、きっちりとは決められていなかった。意図的に。

たとえば、日常的な動きをパントマイム風に演じる場面では、動きの内容も立ち位置も決まっていない。自分で「このあたりで、こういう風に動く」と決めてしまうことも可能だが、皆がそうではないので、結局、その時その時で、周囲を見ながら臨機応変に対応することになる。

「なるべく空間をいっぱいに使って、人が散在するように」とは、パスカル氏から言われた注意点だ。

また、計算機の場面では、フランス人女優が提示する計算式は毎回異なり、それに合わせて動く動作は、その都度、選び取らなくてはならない。

参加者が自作の詩を朗読する場面での詩は、その場で各自が考えて生み出したものだし、オブジェを掲げていく場面は、誰が誰のあとにおこなうかなどの順番は、全く決まっていない。

その他の動きに関しても、何度も稽古を重ねてはいるが、同じ動きをブラッシュアップさせていったわけではなく、感覚とか見せ方の意識を磨いていったに過ぎない。

だから、僕は、常に、「共演者がいまどこにいて、何をしているか」を感じるために、(僕らの言語で言うと)「開いた」状態で出演しなくてはならなかった。

これまでも、演じている時に「開いた」状態を努めてはいたが、今回のその「開き具合」は半端なかった。

あんなにも、自分への意識が影を潜め、他者を感じながら舞台に立つのは、とても久しぶりのような気がした。

おかげで、「孤独感」を感じることなく、常に共演者の「気配」やら「空気」やら「温度」を感じ取ることができた。

「決まっていない」ことへの不安はあるのだが、全てをアドリブでやっているわけではないし、何より、出演者同士で「空間や時間を共有している」感覚が、僕を安心させてくれた。

タイトルにある「 La vie vient de passer 」というのは、フランス人出演者が劇中で口にしたフレーズで、「生がいま 行き過ぎた」という意味。

まさしく、一瞬一瞬を、舞台上で、受け取っては感じ、感じては受け渡す、そんな作品だった。

ちょうど、「贈与論」の場面で、出演者たちが贈り物を受け渡していたように―。

SPAC 永井健二

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