2014年5月28日

<制作部よもやまブログ#76>『マハーバーラタ』アヴィニョン演劇祭に向けての稽古スタート!

みなさま、こんにちは。SPACの仲村悠希(なかむらゆうき)です。

よもやまブログに久々の登場です。

ふじのくに⇄せかい演劇祭が終わって3週間経ちました。
そしていよいよ今週末からは野外芸術フェスタが始まります!

この3週間の間、私は、演劇祭の後片付けをしたり、職場体験の生徒さんたちを迎え入れたり、毎年夏に行うシアタースクールの準備をしたり、などなどあっという間の3週間でした。

シアタースクールというのは、毎年夏に行っているSPACの人材育成事業のひとつです。中学生1年生から高校2年生を対象に参加者を募集し、夏休みの約1か月間SPAC俳優による指導の下、「舞台に立つための身体づくり」を行い、そして最後はSPACの劇場で発表会を行います。今年はなんと、初めて野外劇場「有度」で発表会を行います。作品は私が大好きな『モモ』(ミヒャエル・エンデ作)。今年はどんな子どもたちが集まり、野外の劇場でどれだけ生き生きと輝く姿を見せてくれるのか、今からとても楽しみです!

ただ今参加者募集中ですので、ぜひ興味を持った方はこちらをご覧ください。

さて、実は先週末から『マハーバーラタ』アヴィニョン演劇祭公演に向けての稽古が始まりました。私はこの『マハーバーラタ』に2012年から演奏隊として出演しています。

エンゲル
(エンゲル写真)

冒頭のシーンで私が演奏する「エンゲル」という楽器。三角錐をつぶしたような形の金属楽器で、とても響きがよく、連なる3つはそれぞれ音の高さが違います。冒頭ではこの3つの音を使ったメロディを奏でていました。私は、この楽器を前にすると「これから始まる~」と緊張しつつも、ワクワクした気持ちになります。

このブログを読んでくださっている方の中には、先日のふじのくに⇔せかい演劇祭での野外劇場「有度」での公演を観てくださった方もいらっしゃると思います。(ご来場いただき本当にありがとうございました! )

今度は、アヴィニョンの「ブルボン石切場」での上演です。私も以前一度だけ足を運んだことがあるのですが、石の絶壁に囲まれたとても広大なところに、約1000席の客席が仮設で設置されます。

石切り場
(石切場写真:写真はお客さんたちが、石切場に設置された客席に向かって歩いていくところ。写真ではよくわかりませんが、左側の奥の方に客席と舞台があります。)

屋根がないのは、野外劇場「有度」と同じ。めったに雨は降らないのですが、強い風が吹くことがあるそうです。夏場のヨーロッパは日が沈むのが遅いため、開演はなんと夜中の22時、終演したら24時近くです。

アヴィニョン演劇祭の期間中は、小さな町が演劇祭に訪れた多くの観光客でにぎわいます。小さな町の中にあるたくさんの劇場や広場、中庭、石畳の道、ともかくいたるところで、朝から夜遅くまで数えきれないほどの作品が上演されます。なんとも楽しい演劇祭です。

街の様子1

街の様子2

街の様子3

街の様子4
(街の様子)

さぁ、これから約1ヵ月みっちり稽古して、世界最大の演劇祭に臨みます!静岡から世界へ!SPACの最高の舞台を世界中から集まるお客様に届けたいと思います。


2014年5月24日

不定期連載 クロード・レジがやってきた(6) ~『室内』関連ブログ~

Filed under: 室内

『室内』ヨーロッパツアー静岡稽古最終日(遅くなってすみません・・・)
SPAC文芸部 横山義志

『室内』組はウィーンでの公演を終え、今日がブリュッセル公演の千秋楽。あいだに演劇祭等々あってすっかりアップが遅くなってしまいましたが、以下、ヨーロッパ公演前の静岡での稽古最終日に書いたレポートです。

***

静岡での『室内』稽古最終日。なんだか作品がすっかり変わっていて驚いた。レジは「はじめてドビュッシーの音楽が聞こえた」と言っていた。この作品は「沈黙の、緩慢なオペラ」なのだという。たしかに、台詞が、というか声の全体が、音楽として聞こえるようになっている。

もう一つ驚いたのはカーテンコール。にこやかに、手までつないで、お辞儀をしている。レジが「ひびきくん、もっと笑顔を見せてよ」なんて言ったりする。これは自分にとってはけっこう驚天動地の出来事だった。パリで見たレジ作品の多くでは、芝居が終わっても、俳優はちょっと目もとに笑みを浮かべるくらいで、お辞儀すらしない場合が多かった。どうしたのだろう。

とにかく、今回レジはご機嫌だった。私は最初と最後の稽古しか行かなかったが、終始なごやかだったようだ。それに元気だった。もうすぐ九二歳になるとはとても思えない(会うたびに忘れてしまう)。血色もよく、稽古場でもじっくり一人一人の俳優を眺めていて、通しが終わるとそれぞれに明確な指示を出す。たぶん、何か見えてきたんだろう。一年を経ることで、去年は見えなかった何かが。

去年はどうしても、みんな見たことがあるレジの作品を思い出しながら、「それらしく」やろうと必死だったのではないか。私も、どうしても過去の作品と比べて、「レジらしい」「らしくない」という基準で何かを評価しようとしてしまっていた。たぶんレジ自身も最初のうちは、自分がかつて見つけたものを、どうやってこの人たちと一緒に見つけることができるだろうか、と思いながらやっていた部分があるのではなかろうか。でも、できたものは何にも似ていなかった。昨年の稽古場では、これが果たして成功作なのか失敗作なのか、正直よく分からなかった。

本番をやってはじめて生まれる信頼関係というのもあるんだろう。演劇では、お客さんに見せてはじめて、作品が作品として成立する。どんなに「うまく」できても、お客さんに何かが伝わらなければ何の意味もない。去年はきっと、みんなレジがどこを指さしているのか、一生懸命見極めようとしていた。だが、俳優はお客さんに伝わったのを感じた瞬間から、演出家の指の先よりももっと遠くが見えるようになる。今回の稽古では、俳優たちがレジ自身の目を見つめられるようになったのではなかろうか。そして、その奥にあるものにも目を向けられるようになったのではなかろうか。レジにとっても、きっと俳優の一人一人の顔が、そしてその奥にあるものが、よく見えるようになってきたのだろう。

それにしても、ここまで俳優を見るのが好きな演出家が他にいるだろうか。『室内』の稽古では、よく「うしろの俳優とかぶらないように」という指示が出ていた。これは「自分から見て」という意味らしい。たしかに、楕円堂の半楕円形の客席からは、「どこから見ても」かぶらないように、というのはけっこうむずかしい。さらに、俳優に「どこに向かって演技してるんだ!」と声をかけることもあったという。これは「自分に向けてやってくれ」という意味らしい・・・。レジは百数十回目の公演だろうと、必ず自分の作品を真ん中の席で見ている。そして、いつでも目を見開いて、誰よりも夢中で見ている。こんな演出家もなかなかいない。

レジの稽古は、時間は短くても、終わるとどっと疲れる、と俳優たちは言う。それはきっと、「完成品をパッケージ化して市場に出す」というような発想がみじんもないからだろう。だから、今日やってよかったことが、明日もいいとは限らない。「客観性」という発想がもつ欺瞞に対して、これほど敏感な人もいない。「人が見たらこう思うだろう」という、いい加減な推測にもとづいて物を作ることの欺瞞。未来に期待して、自分を安心させることもしない。とにかく、自分が、今、ここで、面白くなければ意味がないのだ。俳優は、台詞のなかで一瞬気が途切れると、すぐに指摘されるという。「芝居をするな」ともよく言う。自分が自分にとって本物でありつづけること。それ以外に「本物」を見せることの根拠はありえない、という強烈な確信がある。

今回、レジがご機嫌なのは、きっと違うものが見えたからだろう。自分が探していたのとは違うものが。最近のレジ作品は、やたらとソロ作品が多かった。十人以上出る作品を作るのは久々だろう。『室内』の稽古でも、はじめのころのダメ出しは、俳優個人のなかでの台詞回しやイメージに関するものだった。だが、今回はそれがほとんどなかった。とりわけ今日見て驚いたのは、そこに一つの共同体ができていたことだった。それぞれの俳優が生み出すものではなく、俳優と俳優とが関係をもつことで、はじめて生まれてくるもの。一人一人が、自分が作品のなかで占めている場所を見出し、他の一人一人の俳優との距離や関係を見つけ出して、そこから何かを生み出そうとしている。こういうタイプの作品は、もうずいぶんやってこなかったのではないか。あるいは、もしかするとレジにとってもほとんど初めてなのかも知れない。もちろん『室内』は三〇年以上前にフランスでもやっているのだが、そのときの舞台写真を見ると、やはりフランス的な、俳優個々人の力量で見せる舞台だったような気がする。

改めてレジの上演史を見直してみると、いわゆる「劇団」に対して演出したのは、一九九〇年にコメディ=フランセーズでサルトルの『出口なし』をやって以来、二十数年ぶりになるらしい。昨年の稽古では、稽古が進むほど、個人の芸に頼らない方向でテキストレジが進められていった。長台詞を分割し、複数の俳優に振っていく。それが今になって、ちょっとコロス的な効果を生むようになってきた。アヴィニョン演劇祭では同じ劇団が『マハーバーラタ』と『室内』を上演することになる。一見すると演劇の双極のような二作品だが、きっとそこには通底するものがある。

『室内』というのは不思議な作品だ。その不思議さにも、今日になってようやく実感できた部分がある。ふつう戯曲というものは、「死」というものがなるべくドラマティックになるように構築されている。だから、死んでしまう個人は、なるべく「かけがえのないもの」として描く。『室内』では、四人の子どものうちの一人が亡くなり、しかも家族は作品の最後までそれを知らない。もちろん、どんな一人だって、家族にとってかけがえのない一人なのは間違いないし、それが家族に悲痛をもたらすのも間違いない。だがメーテルリンクの作品では、この娘にも、その家族にも、名前すら与えられない。

レジは毎回のように「これは悲劇ではない」と繰り返し、メーテルリンクの『蟻の生活』をよく引き合いに出していた。ここで人々は、まるで蟻の巣を観察するように、家族たちを観察しているのだという。一人の人間は、人類全体にとっては、あるいは生物全体、地球全体にとっては、生命の連鎖のなかの一つの鎖に過ぎない。きっと誰かにとっては「かけがえのない一人」だが、その誰かだってやっぱり鎖の一つでしかない。そしてその一人も、その誰かも、いつかは死んでいく。

とはいえ、そんなことを知ったところで、自分にとっての「かけがえのない一人」をなくすことは、やっぱり悲劇ではある。とりわけヒトという、群れをなす動物にとっては。ヒトはアリと同様、同類の他者を必要とする動物である。自分が属する共同体を必要とする動物である。たとえ小さなものであっても。ここで気づかされるのは、悲劇として経験されるのはある個体が死を迎えることではなく、その個体と別の個体、あるいはそれが属していた共同体とのあいだにあった関係が決定的に失われることなのではないか、ということだ。つまり悲劇としての死とは、個人にとっての事件ではなく、関係にとっての、関係のなかでしか生きられない群れにとっての事件なのだ。

『室内』では、そのような動物の群れが、もう一つの群れを見つめている。ここには、きっと「登場人物」はいない。「老人」、「よそ者」などと、群れのなかでの位置が示されているだけだ。今日の稽古では、家族がなんだか本物の親子のように見えた。「音楽」が聞こえてきた、というのは、きっと「群れ」としての声が聞こえてきた、ということなんだろう。レジがご機嫌なのは、きっとアリが「群れ」として立ち上がってくるのが見えたからなのではないか。人間の命を見つめることは、必ずしも一人をじっと見つめることではない、ということに気づいたからではないか。

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*不定期連載 クロード・レジがやってきた バックナンバー
(1) [2013.3.14]
(2) 『室内』翻訳の話 [2013.4.9]
(3) 闇と沈黙 [2013.4.21]
(4) 遅れてきた巨匠 [2013.4.24]
(5) レジが再びやってきた [2013.4.14]

*『室内』ヨーロッパ・ツアーの詳細はこちら


2014年5月20日

『室内』ヨーロッパ・ツアー レポート(4)

5月14日にウィーン芸術週間での公演を全て終えた『室内』メンバー。

翌日15日には早くもウィーンからブリュッセルへ移動です。

ツアーには異国の地の人々の熱烈な歓迎や拍手喝采もあれば、
思わぬハプニングもつきもの。
そしてそんなときの出会いこそ、また忘れられない思い出に。

今日は劇場や舞台から離れて、
ツアーの醍醐味を、女優 たきいみき がお届けします。

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5月15日。

ウィーンでの4公演を終えて、ブリュッセルへ。

旅の醍醐味は、トラブルにあり。

まず、ブリュッセル行きの便にチェックインすると、「お客様の予約はありません」

え?

もう一度トライすると、「キャンセル待ちです」

え??

「ダブルブッキングのため、次の便をお待ちいただくか、最悪の場合、翌日の便をとりなおしてください。」

いやいや、ブリュッセルでの劇場稽古まで、2日の猶予はありますが、困ります、乗れないと。

私だけかと思いきや、他にも同じ事を言われた人たちが!
ひとりじゃないって、素晴らしい。急に心強くなりました。
搭乗口で、必死に交渉してくれる衣装のたんごちゃん。

ウィーン空港_右は衣裳のたんごちゃん
【ウィーン空港_右は衣裳のたんごちゃん】

大庭さんに絶望の色が濃すぎて、もう、逆に笑えてきます。

奥から吉植さん_大庭さん_弓井さん
【奥から吉植さん_大庭さん_弓井さん】

トラブルは旅の醍醐味です。

全員がはらはらして、どきどきと時を過ごしましたが、たんごちゃんの英語力と交渉力のお陰があり、全員が無事に搭乗。

約1時間半のフライト。
機内の、おやつは、飛行機と雲の形のクッキーとプレッツェル。
おやつも、一緒に空を飛んでみました。

プレッツェル
【プレッツェル】

無事に着陸、ホテルまでもスムーズに到着。
Wi-Fi繋がらない事件もありつつ、その辺はご愛敬。

こちらのクンステンフェスティバルデザールでは、劇場がホテルから凄く遠いので、5日間の公演中の交通手段として、地下鉄のチケット10枚か、レンタサイクルのカードが選べます。

私はレンタサイクルにしてみました。

これは、市内各所にあるステーションから、自転車をかりて、好きな場所まで乗っていき、目的地の最寄りのステーションに返却するというシステム。

到着翌日はオフだったので、試してみました。
これが、便利なようで、土地勘のない(かつ、方向感覚のない)私には、ハードル高いのでした。

大きな駅前で自転車を借りようとしたら、ステーションには、自転車が一台もない!
仕方なく、すぐ近くのステーションまで歩いていくと、また、一台もない!ない!

困っていると、もう一人、困ってる女子が。
ブラジルから来たというリタちゃん。ブリュッセルに住んで半年。

「ないねぇ。」
「わたし、ステーションの地図持ってるよ。」
「探す?」
「じゃあ、一緒に行こうか。」

歩くこと、一時間。迷子。
ブリュッセルの街は、道が知らないまに曲がってて、気づくと全く別の方向に行ってしまいます。

「わたしさ、ブリュッセル2回目なんだけど、2回とも迷子になっちゃうんだよね。」
「わたしなんか、
毎 日 迷 っ て る よ !(`・∀・´)」

ひとりじゃないって、ホントに、素晴らしい。

地元の親切な方々のお助けもあり、やっとのこと自転車のストックがあるステーション発見!
喜びのあまり、記念撮影。

ようやく自転車を発見!
【ようやく自転車を発見!】

リタちゃんと一緒に
【リタちゃんと一緒に】

このあと、まんまとブリュッセル・ラビリンスにはまり、最寄りのステーションまでさんざん迷子になり、その上そこが、満車で、返却できないという事件が待っているとは、そのときはつゆともしらない、たきいでありました。

今日5月18日は、劇場入り。
無事に劇場までたどり着けるか、本当に心配です。

たどり着けたら、劇場の写真をお届けします。

迷路の街、ブリュッセルより。
たきいみき

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*『室内』ヨーロッパ・ツアー レポート バックナンバー (1) (2) (3) (4)
*『室内』ヨーロッパ・ツアーの詳細はこちら


2014年5月19日

<制作部よもやまブログ#75>演劇とは、何か?

こんにちは。はじめまして。
4月より制作部のメンバーに加わりました内田稔子(うちだとしこ)と申します。
どうぞよろしくお願いいたします。
制作部では、広報を中心にシアタークルーに関する業務、県民劇団などを担当することとなりました。
真に演劇を必要とする人に作品を届けられるよう、また演劇の楽しさ、奥深さを少しでも多くの人に知ってもらえるよう、日々真摯な姿勢で演劇に向き合っていきたいと思います。

さて、「演劇」とは、何でしょうか? 
「何らかの動きをする人とそれを観る人、ただそれだけで、演劇は成り立つ」と私は考えています。
また観る人が演ずる人に感情移入することで得られる「カタルシス」も演劇の効果であると言えましょう。

先の「ふじのくに⇄せかい演劇祭2014」では、私は『ピーター・ブルックの演劇的冒険-アフリカの100日』という映像作品に最も感動しました。
演劇は、どこまで人を動かす力があるのか…?
文明化された西洋社会の通念も、未開の地では全く通用しません。
この作品は、演劇、すなわち人間の想念やそれに伴うアクションが、どこまで言語や社会通念を超えられるかというP.ブルックの挑戦の記録でした。
そして、作品を通じ、演劇は、言葉や既成概念を超えて、人々に感動を与えられる、そんな潜在的な力を改めて感じることができました。
私が公務員という規制概念をぶち破り、SPACで演劇人となったのも、演劇の潜在的な力を信じたからです。
この作品には、笈田ヨシさんという俳優の若き日の姿がありました。
彼はP.ブルックから「即興で演じられる東洋人が欲しい」と言われ、訳も分からず、アフリカでの活動に参加したそうです。
彼には、上手く演じようとか、格好良く見せたいといった考えは全くありませんでした。
だからこそ彼の演技は、言語の通じないアフリカの人々の心を動かしたのだと思います。
三島由紀夫に見出され、三島の生き写しとまで言われた男がたどり着いたのは、ひたすら自分を裸にし、剥き身の自分を曝け出すことでした。

Theatrical-Experiment-in-Africa-11
【『ピーター・ブルックの演劇的冒険-アフリカの100日』のワンシーン】

再び、演劇とは何でしょうか?
それは、自らのすべて、内面、心情、人生、愛や情念を虚飾することなく、曝け出すことなのではないでしょうか。
そこには、一人の、ただ一人の人間しか存在しないのです。

制作部 内田稔子


2014年5月14日

『室内』ヨーロッパ・ツアー レポート(3)

5/12、『室内』ウィーン公演終演後に行われたクロード・レジさんのアフタートークの内容を公開します!

質問1:この企画のいきさつは。
クロード・レジ氏(以下C.R.)  まずSPACに『海のオード』で招待していただきました。その時に宮城氏からSPACの俳優と日本語で芝居を作ることに興味はありますか、と聞かれました。日本語は全く分かりませんが、だからこそ興味をそそられました。今日ご覧になった通り、私の芝居は常に暗い中で行なわれ、静かでゆっくりで、一般に言う「演劇」とは違います。既知の領域にとどまるのではなく、未知の分野を開拓することの方が断然面白いのです。

2:何故、この戯曲を選択しましたか。
C.R. メーテルリンクはマリオネット劇を4本残しています。『室内』もそのうちの一本です。日本には文楽というマリオネット芸術があり、その部分が私の中で重なりました。また、わからない言語で仕事をしなければならないため、30年前に扱った自分がよく理解している戯曲、『室内』に即決しました、直感で。今行なっているアフタートークのように通訳/翻訳を介さなければならないわけですが、俳優の作業/仕事を見ていると、私の言わんとすることがきちんと伝わっていることが分かります。私にとって、本能に身を任せることや直感は大切な要素です。

3:母親が素早く手を引っ込めるシーンで、それまでがゆっくりだったのでそのスピードに驚きました。その部分は加えた演出ですか?
C.R.  メーテルリンクは母親のジェスチャーを細かくト書きに描写しています。私の演出ではありません。無意識の中で、母親は実はもう娘の死を感じ取っているのです。セリフにもある通り、その子の死は自殺だったかもしれない。だとすれば、子をなくした母親の痛みはより痛烈です。戯曲の終末に近づけば近づくほど、セリフの数が減っていっているのをご覧になりましたね。

4:字幕が少ないですね。
C.R. 演劇に字幕を付けるようになったのはつい最近のことです。私が演劇を始めた頃には存在しませんでした。60年間その変遷を見てきましたが、やはり字幕は好きになれません。字幕を追っている間、お客様は俳優を見ることができません。知識をもって芝居を理解するのではなく、感じてほしいのです。知識を利用してしまうと、理解した気になっているだけのことが多々あるからです。知識の向こう側に行ってほしいのです。メーテルリンクはほとんどのセリフの終わりに「・・・」を付しています。つまり、言葉はそこで終わらず、ひとつの意味にとどまらず、想像の世界に広がり続けるのです。でも、全く字幕を出さないわけにもいかないので、理解するのに必要最小限の、メーテルリンクの詩的才能を如実に現す文章を選択しました。

5:俳優の演技指導のためのメソッドは?最後の砂場を渡っていくシーンで俳優たちに与えた指示は?
C.R. 私はアンチメソッドです。そのようなエスプリは持ち合わせていません。最後のシーンでの指示?上手から出てきたら下手に去るしかないではありませんか。(笑)ただ、可能な限りゆっくり歩いてくれと頼みました。
 「未知の中に永遠がある。」という言葉があります。誰も足を踏み入れたことのない未知の領域に行く為に、観客をその領域に誘うために、俳優は常に扉を開いておかなければなりません。そのためにアクションを起こさず、ゆっくりとした動きの中に身を置き、受動態でいることが望まれます。実はその受動態でいることこそがものすごい力を発揮するのです。
 現代は騒音にあふれ、ものすごいスピードで進んでいます。だからこそ、その正反対の方向性をとることに意味があります。リズム、というと速いスピードと思いがちですが、ゆっくりの速さもあるのです。ゆっくりとすることで、時を延長させ、空間を広げることができます。また、ゆっくりさの中で俳優たちは内部奥底にある静寂をみつけ、聖なる域に辿り着きます。静寂がなければ未知の世界には踏み込めません。
 舞台上で見えていることは書かれた戯曲の一面にすぎません。日常生活でも目に見えていることはほんのごく僅かで、実は見えないところに多くが隠されています。ですから照明も明るくはしません。常に、見えているのか見えていないか分からない境界線に、聞こえているのかどうか分からない境界線にいることで未知への第一歩を踏み出すことができるのです。言ってみれば、我々は「不可能」なものを扱っています。でも、ある賢者が言っていました、「不可能というものは未開拓の可能である。」と。

6:初日があけても毎公演ご覧になるそうですね。
C.R.  芝居はお客様とともに進歩していきます。私は観客にもクリエーターであり、執筆中の作家であり、各々が思い描く映像世界の役者であってほしいと願っていますが、実現するのはそう簡単なことではありません。だからこそ毎日観て、芝居と観客とのコンタクトが途切れないよう、配慮/援助していかなければなりません。


【「ウィーン芸術週間」パンフレット 『室内』ページ見開き】


【「ウィーン芸術週間」パンフレット表紙】
 

【『室内』ウィーン公演 終演後の舞台】

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*『室内』ヨーロッパ・ツアー レポート バックナンバー (1) (2) (3) (4)
*『室内』ヨーロッパ・ツアーの詳細はこちら


2014年5月12日

<制作部よもやまブログ#74>新人の中澤翠です!

みなさま、こんにちわ。
そして初めまして!
4月からSPAC制作部のメンバーに加わりました、中澤翠(ナカザワミドリ)と申します。
初めての演劇という世界に、右も左もわからない私ですが、毎日先輩方と共にシャカリキに頑張っております!
『やっぱり演劇っておもしろい。劇場は生き物。』
お客様をはじめ、たくさんの方の力で劇場・演劇はできているんだな、と感じる毎日です。

さてさて。
演劇祭が終わり、(完売公演続出!誠にありがとうございました!)
劇場内はあのお祭り騒ぎがウソのように、ひと時の静寂に包まれています。

実は5月7日から11月末まで、グランシップの改修工事のため静岡芸術劇場が休館となっております…。
(★それまでの間は国内、海外を飛び回り、皆様にSPACの舞台をお届けに参りますッ!これからのスケジュールはこちらをご覧ください。★)

各地での公演のためスタッフ、俳優陣がどんどん旅に出て行きます…寂しいなぁ。
そして……すぱっくん……君は今どこにいるの?寂しいよぉ~。また会えるよね!

しかし…!しかし…!寂しがっている場合じゃないんです…!

5月30日からは「ふじのくに野外芸術フェスタ2014」がはじまります!
今回わたしは先輩と一緒に、6月4日・5日・6日に浜名湖ガーデンパークで上演される、『天守物語』の制作担当になりました。
千年に一度、富姫の恋を描いた泉鏡花作のSPAC版『天守物語』は、衣裳がこいのぼりを使っていてすごく素敵なんです。

皆様のご来場心よりお待ちしております!


◎おまけ◎
芸術劇場から見える富士山が綺麗だったので…☆
お昼休憩中に思わず一枚、パシャリ。


《まるふレポート8》 マネキンに恋して ― ショールーム・ダミーズ ―

『マネキンに恋して ― ショールーム・ダミーズ ―』 5月4日 観劇感想

本作の演出家であるジゼル・ヴィエンヌさんによると、マネキンは人間の欲望を映した姿とのこと…そのマネキンが、一人の男を壊しました。
マネキンに恋をするなんて馬鹿な人だ、と笑うことはできませんでした。

まずひとつ、私は綺麗なものが好きです。無駄な派手さがなく、純粋に見える綺麗なものが。
そしてマネキンは綺麗です。こうありたいと思うようなプロポーションを持っていて、いつでも綺麗な服を着て立っています。
ただ、実のところ、私はマネキンが少し怖い。あまりに理想的すぎて、隙がないようで。深入りすると、マネキンが持つ「女性」に捕まってしまいそうで。

きっとあの男は「女性」に壊されたのでしょう。彼の妄想の中の女性、私達の理想の中の女性、女がよってたかって彼を追いやったような気がしました。

マネキン達は綺麗でした。

(まるふ2014執筆クルー 立野)


2014年5月11日

《まるふレポート7》 マハーバーラタ~ナラ王の冒険~

『マハーバーラタ ~ナラ王の冒険~』 5月3日 観劇感想

「マハーバーラタ、神々との対面に際して」

昼の暑さも和らいで涼しくなってきた16時過ぎ、私は舞台芸術公園に到着しました。
早々に着いたつもりが、開演1時間前にして賑わう園内。一体何人が『マハーバーラタ ~ナラ王の冒険~』 を観るのでしょう。
いよいよ、入場前の整列。空はまだ明るくあれど、薄雲に隠れて日がどこかはわかりません。
入場後、ほどなくして開演しました。
野外劇場です。空は薄い白、木々は新緑。そして舞台に現れた神々と語り部は、真っ白でした。
この白は日が暮れるにつれてその光を強めていくことになり、舞台上はいっそう神々しく輝きます。

さて、私の中には神々の服は絢爛豪華だというイメージがありました。しかし、このイメージはあまり当てになりませんね。何しろ私は神々に対面したことがありませんから。ですから今夜は一つのファーストコンタクトになりました。こんばんは はじめまして、神様!おこがましい発言になりますが、神の一部にすこしでも触れることができていたらいいなぁと思います。

後から聞いた表現をお借りすれば、神話の絵巻物を読んでいるような心地で…広い舞台を一心に見つめ(瞬きを忘れてコンタクトがはずれかけました)、私たちまで神々の祝福を受けたような満足感と共にマハーバーラタは幕を閉じました。

幸福感でふらふらと、終演後のフェスティバルbarにも参加!これは是非また機会があれば皆さん行くべきです。美味しいお料理と、何より素晴らしい方々にお話を聞く機会があります。
そこで聞いたお話によると…アヴィニョン演劇祭でも上演される『マハーバーラタ ~ナラ王の冒険~』 、さらに絵巻物感が増すような舞台になる予定だそうです!どんどん変化する、これも舞台の魅力の一つなのかなと思いました。

(まるふ2014執筆クルー 立野)


『室内』ヨーロッパ・ツアー レポート(2)

今回は、「室内」の娘役を演じる弓井茉那(ゆみいまな)からです。

『室内』ウィーン公演はいよいよ本日5/11が初日です。

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5/10

グリュス・ゴット!(こんにちは)
『室内』ヨーロッパツアーの様子を、弓井がお届けします!

私たちが到着した時よりも日に日に春めいてきて、雨もあまり降らずとても暖かく穏やかな気候のウィーンです。

さて、私たちの参加するフェスティバル、ウィーン芸術週間が昨夜開幕致しました!

開幕セレモニーでは、ライトアップされた市庁舎前の広場にて、EU各国の歌唱隊が素敵な歌声を響かせ、ラストには皆で第九の大合唱という大感動のステージ。
その後のパーティーでは政治家などが集まり、雰囲気ある市庁舎の中が映画のシーンの様でした!

・・・と言うのは行った人から聞いた話で、私は疲れてホテルで倒れるように寝ていました。
こんなに素晴らしいフェスティバルに参加できているんだ、と実感できるような素晴らしいオープニングだったようです。
あぁ無理してでも行けばよかった。

このオープニングの素敵な写真は、フェスティバルスタッフで衣装を担当してくださっているソニアから頂きました。
ここで、前回の陽代さんのレポートを引き継いで、ウィーン芸術週間の素敵なスタッフさんの何人かをご紹介できたらと思います!

衣装担当のソニア。
ソニアは自分でアクセサリーを作っていて、毎日服とアクセサリーのトータルコーディネイトがおしゃれ!
ビビッドなカラーリングが素敵。
そして毎日一言ずつ日本語をマスターしている勉強家でもあります!「お疲れ様です~」って言ってくれます。

そして他にも、舞台機構のナイスガイなスタッフさん、ルディー。
いつも陽気なスマイルで癒してくれます。

もちろん、他にもたくさんの素敵なスタッフさんに支えられて、『室内』ウィーン公演を進められております。何と明日が初日!
どんな観客のみなさんと出会えるのか楽しみです!

それでは。

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*『室内』ヨーロッパ・ツアー レポート バックナンバー (1) (2) (3) (4)
*『室内』ヨーロッパ・ツアーの詳細はこちら


2014年5月10日

<役者おくぬ~日記> Noism「カルメン」稽古場のSPAC Tシャツ!

今年のGWは、SPACではふじのくに⇄せかい演劇祭で大いなる盛り上がりをみせ、全国から多勢のお客様にお越しいただきました。
ご来場いただいた皆様本当にありがとうございました。
演劇祭前半の演目で大好評を博した静岡芸術劇場で上演されたドイツのニコラス・シュテーマン演出の『ファウスト』には、Noismでも活躍されてた宮川愛一郎さんも、もったいなくもエキストラで参加して下さっており、とてもうれしい再会でした。

そんな演劇祭も佳境を迎える5月5日、
私は小雨降る新潟駅にひとり降り立ち、
翌6日からいよいよ第三期Noism『カルメン』の稽古に突入!

前回は桜が美しかったりゅーとぴあ周辺も、

今回は新緑が………まばゆい………。天気のいい日は空を眺めてゆっくりするのもいい場所です。

今回は新潟古町のホテルにこれから本番が終わるまでずっとSTAYです。
水島新司の出身地ということもあり、近くの商店街には水島漫画のキャラの銅像がそびえております。

二週間ぶりに稽古に参加する私を、金森さん、佐和子さんはじめ、Noismメンバーは暖かく迎えて下さいました。
衣裳も装置も着々と揃って、主に私が使わせて頂く学者の椅子と机もとても可愛い仕上がり。

稽古も順調………ですが、相変わらずダンサーの皆様、運動量は半端ない。汗もすごい!
聞けば一日にTシャツ4〜5枚を着替えるとのこと。
そんな中で目につくのがやはりSPAC Tシャツ。
中でもバレエの本場ロシアの名門ボリショイバレエ学校出身でロシア・ナショナル・バレエ団、モスクワ・バレエ団を経て2007年からNoismに所属し、今回もカルメンを憎む女マヌエリータを演じる青木枝美さんは、たまにスパT着て稽古に参加して下さいますので恐縮です。

話は飛びますが、GW中の5月3日、私、磐田市民文化会館で開催された佐藤典子舞踊団のこどもの日ダンスフェスに参加させてただいたのですが、

この日磐田で楽屋をご一緒させて頂いたAlphact主宰の大柴タクマさん、そして槙なおこさんの二人と枝美さんは旧知の仲、特になおこさんとはボリショイ時代の同級生ということで、

なおこさんから枝美さんへ10年ぶりのメッセージカードを託されて新潟入り。このちょっとしたサプライズに、枝美さんもビックリ、後日電話で盛り上がったと大変喜んで下さいました。

たまたまSPAC Tシャツを着て稽古に参加していた枝美さんにご無理を言って写真を撮らせていただきました。

『スパTを着て踊るバレリーナin新潟』
その1

その2

その3

その4

その5

その6

洗練された本場仕込みのバレリーナの身体とSPAC Tシャツの貴重な取り合わせ!
美しすぎます!
そして、
ダンスだけでなく美術にも精通し、極真空手も身につけた若手注目株、
今回スニガ軍曹を演じる角田レオナルド仁さん。

身体能力の高さは折り紙付き!複雑でありながらとてもユニークなダンスで重要な役どころを演じておられます。
5月4日はレオさん、新潟からわざわざ静岡を訪れてくださり、『マネキンに恋して ― ショールーム・ダミーズ ―』『Jerk』をご観劇下さいました。

ちなみに枝美さん演じるマヌエリータは、仁さん演じるスニガ軍曹の愛人役、それとは別に、仁さんはかつてプライベートで、前出の槇なおこさんのバレエレッスンを受けたことがあるらしく、今回GWにたまたま磐田のこどもの日フェスでご一緒させていただいた槇なおこさんを通じ、はからずも「カルメン」の中でも近しい役どころの二人が繋がった訳です。

映像はじめ様々なスタッフワークをこなす遠藤龍さんも、『ZAZA~祈りと欲望の間に』で来静した時に成島さん(SPAC芸術局長)とTシャツ交換したそうです。

私も龍さんの手引きでGETさした、オリジナルNoismジャージを着込んで頑張っております。

今週は新潟では10日に公開稽古、そして11日17時からBlue Cafeで『リーディング・カフェin新潟』が開催されます。
『カルメン』作者メリメが書いた戯曲、昨年野外劇場で初演された宮城演出『黄金の馬車』の原作『サン・サクルマンの四輪馬車』を読みます。
★詳細はこちら
新潟にお知り合いのいる方はどうぞ御吹聴くださいませ!

カルメン初日まであと1ヶ月を切りました。
6月7日〜8日で、東京発着『カルメン』新潟公演オフィシャル鑑賞ツアーもとても魅力的!

神奈川、兵庫公演も残席わずかです。
チケットはお早めに!
www.noism.jp/schedule/2014/06/noism1-noism2.html
ご来場をお待ちしております。


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