2015年1月30日

【『グスコーブドリの伝記』の魅力 #18】 ドラマトゥルク取材日記8

「ドラマトゥルク取材日記」では、
『グスコーブドリの伝記』でドラマトゥルクを担当するライターの西川泰功が、
宮沢賢治にまつわるネタを紹介していきます。

第8回は、静岡市清水区河内で茶農園を経営する山崎貴正さんにお話を伺いました!

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 『グスコーブドリの伝記』一般向けの公演も残すところ2日のみとなった。劇中、グスコーブドリは「農民になりたい」と屈託なく宣言する。宮沢賢治が農業へ深い関心を抱いたことはよく知られている。羅須地人協会という不思議な結社をつくり、若い農民たちを啓蒙した。結局、その活動は挫折せざるをえないのだが…。

 このブログがスタートしてから、静岡の農家へ取材に行きたいと考えていた。静岡県の劇団による『グスコーブドリの伝記』、地域の農業の問題に目を向けてみたいと思った。

 遅ればせながら、現在の農業に直面し、前向きな取り組みをしている、適任者を取材した。静岡市清水区河内。山間の里で茶農園を経営する山崎貴正さんである。

↑ お茶のやまよ・山崎貴正さん。河内の店頭にて

 山崎さんの生産する緑茶や紅茶は、栽培から製茶に至るまで一貫して自前の農園で行う。生産した商品は、店頭販売と通信販売のみの取扱。問屋から小売店へという、既存の市場ルートを通していない。「お茶の相場が下がっているのが大きな問題だと感じています。いくら手間暇をかけて育てたお茶も、市場価格に従わなければならず、そうなるととてもうちのような農家はやっていけないでしょうね」

 河内では山間の斜面を茶畑として利用する。畑は山の合間に点在し、車で回らなければいけない。一見して大量生産に向く土地だとは思えない。市場価格競争で勝負しようとすれば、広大な平野で生産するほうが有利だろう。「河内では放棄茶畑が増えています。お茶では食えないから、どんどん辞めている。辞めるのも勇気がいりますよ…」

↑ 山崎さんの茶畑

 山崎さんいわく、自身の茶農園は15代以上続いている。「よくもまあ、昔の人は、こんな土地に畑をひらいたなと感心します。昔は性能のよい機械もないから、手作業でしょう。今より人はたくさんいたのかもしれませんが、それにしても大変なことだと思います」

 山崎さんがそう言うのは、茶畑だけでなく、冬期に手がけるわさび田のことである。杉林の急な斜面を登り、ヨムギマと呼ばれる場所に案内された。山崎さんのわさび田だが、その光景を見て、言わんとすることがわかった。山肌に沿って、上方から下方へ、視界が遮られるまで続く、石垣の段々。最上段から下段へ向けて、湧き水が、わさび田を満たしながら流れてゆく。その光景は圧巻だ。

↑ ヨムギマのわさび田
 

↑ 向かいの山から見たヨムギマ。石垣に取りつけたトタン板が白く見える

 「最近は、猪や鹿の被害が増えています。山に食べ物がないらしくて、わさび田を狙います。猪が来たら本当に大変です。わさび田の石垣を崩してしまうんです。その度に修復をしなければいけません」

 山崎さんは、ヨムギマのわさび田の一番上にある、もみじの巨木に手を合わせ、「ご神木だ」と言った。もみじの根元から湧き水がこんこんと流れている。わさび田の水源なのだ。「止まることなく水が流れ続けることが不思議でしょうがない。山の中は一体、どうなっているんだろう…」

↑ ヨムギマにそびえるもみじの巨木

 そんな素朴な疑問は、自然条件とともに生活せざるをえない農業従事者の率直な感慨。裏返しに考えると、もしも湧き水が止まれば、代々続くわさび田を継続できないのだから。近年は、台風にも苦しめられた。山崎さんの茶畑にも、崩れたままの箇所がある。山の斜面という河内の農地が、台風や豪雨に弱いのはすぐに想像がつく。「何かあると親戚や知人が集まって助けてくれます。生かされているとつくづく思いますね」

 河内では、山に日光が遮られるため、日照時間が短い。また霧が立ち込め、茶畑を包み込むこともしばしばだ。こうした特徴が、茶の味わいに反映され、独特のコクや香りになると考えられている。「何が要因なのか、定かではないですが、ここで栽培する茶の味に個性があるのは確かです」。いただいた緑茶を飲むと、深く柔らかい甘味に驚くと同時に、爽快な風味が舌に広がった。

 農閑期にべつの仕事をすることも多い河内の農家で、茶とわさびのみで生活する山崎さんは、カフェと提携して製品開発をしたり、急須を持たない家庭用にティーバッグ製品を試みたり、攻めの姿勢だ。

 「このやり方に未来はあると思っています。何より店先でお客さんの反応を確かめられるのが嬉しい。自分のつくったお茶を飲んで、美味しいと言ってくれる姿を見ることができますから。確かな手応えです。」

 山崎さんの言葉には、土地への愛着が滲み出ている。息子さんにも継がせたいですか? と聞くと、「俺が魅力的な仕事をしていたら、自然にやりたくなるでしょう」とニクい答え。グローバル化の波の中、TPP参加、農協改革と日本農業の激変が予想される昨今、「結局、変化した条件で、やれることをやるしかない。正直なところ、仮に明確な意見があったとしても、アピールする暇も手段もない」と山崎さんは言う。

 賢治の時代と現在では、農業が直面する問題も違う。昭和初期の農民の貧困はなくなったが、そこに変わらずあるのは、眼の前の、具体的な自然に向き合い、苦しみも喜びもいっぱいに受けとめる、したたかな姿だ。卑屈にならず、前向きに。山崎さんの姿勢の背景に、どれだけの困難があったのか。ぼくのような都市生活者に、本当に想像できているだろうか。賢治の農民へのまなざしを思い返した。
 
2015年1月19日 お茶のやまよ店先にて
 
 
SONY DSC文・西川泰功
ライター。SPAC『グスコーブドリの伝記』でドラマトゥルクを担当し、原作の脚本化のサポートをはじめ、俳優や技術スタッフとディスカッションをしたり、広報用の記事を書いたりしている。SPACでは2009年より中高生鑑賞事業用のパンフレット編集に携わる。その他の仕事に、静岡の芸術活動を扱う批評誌「DARA DA MONDE(だらだもんで)」編集代表(オルタナティブスペース・スノドカフェ発行)など。
 
 
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SPAC新作
『グスコーブドリの伝記』
2015年1月13日~2月1日
公演の詳細はこちら
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2015年1月27日

【『グスコーブドリの伝記』の魅力 #17】 関連企画もまだ間に合います!

『グスコーブドリの伝記』一般公演は残すはあと2公演、
1月31日(土)と2月1日(日)です。
SPACが一般公演日に行っているのは作品の上演だけではありません。
作品をよりお楽しみいただくため、より深く理解してもらうため、
上演前と終演後に関連企画を行っております。

『グスコーブドリの伝記』では、6つの関連企画を行っています。
本日は“関連企画”についてドドドドドーン!と、ご紹介いたします!
(終了してしまった企画もあります…すみません…。)
 
 
1.《観劇体験を深める》ワールド・カフェ (1月18日実施)

今回の参加者40名(SPACの制作部スタッフも2名参加しました!)

まずは今日観た舞台のことを思い出しながら、
自分の気持ちに合ったカードを選びます。
《観劇体験を深める》ワールド・カフェ

~今回選ばれたカード~
★文字カード…ほっ、どよーん、わさわさ、続、ずどーん、むむむむ…、すーすー、暗、あれあれ、じわー、感、回、支、むくむく、困惑……など。
★写真カード…夕焼け空、くもの巣、破れかけたフェンス、水滴のたくさんついたガラス、寿司、PCのキーボード……など。

4人1組でテーブルに集合~!
各自の感想を、どうしてこのカードを選んだのかとあわせて言葉にしてみる。

「なりたいことと、やるべきことの間での揺れ動き、共感できるものがあった。」
「舞台全体が、何かを強く押し付けるように主張しないで、観客の想像力や思考に委ねられている部分がよかった。」
「ナオコーラさんの擬音語と、賢治の独特な日本語にやられた。」
「しゃべり方が独特で、非現実的な感じがした。」
「暗転するたびに、自分も月日が経つのを体験している感じがした。」
「言葉よりも音としての言葉を強く感じた。」

1人を席に残し、他の3人は席を移動~!
《観劇体験を深める》ワールド・カフェ

最後のテーマは、「あなたがブドリだったら最後に手帳に何を書きますか。」

「ブドリは自分の感情的なことは出さない生き方をしているから書かなかった。」
「逆に表に感情的なことを出さないから、手帳にはそういうものを書いていたかもしれない!」
「『幸せですか?』と書いた。」
「世の中をこうやってよくしたいとか、研究のこととかをいつものように書いていたのではないのか。」

テーブルに敷いた白いものはテーブルクロスではなく紙。
ここに自分の考えやみんなの感想を書き込んで情報を「目」でも共有します。
《観劇体験を深める》ワールド・カフェ

メンバーチェンジを数回行いながら、自分の考えを言葉にするだけではなく
他の人の言葉を聞くことで、人間関係をつないだり、
新しい考え方が次々と発見できます。
《観劇体験を深める》ワールド・カフェ

開催時間は2時間でしたが、時間が足りない!
話がつきません。
 
  
2.はじめての演劇鑑賞講座 (1月17日・24日実施)

「なんだか難しそうなお話じゃない?」
「お芝居って観るのが大変そうだなぁ…。」
そんなことはありません~!
観劇のポイントをSPAC俳優の永井健二がご紹介。
はじめての演劇鑑賞講座
宮沢賢治という人物像とは。
あらすじと本作についての紹介。
はじめての演劇鑑賞講座
原作と脚本を読み比べたり、台詞やオノマトペを声に出して読んだりしました。
 
 
3.プレトーク (一般公演日の開演20分前~実施)

「はじめての演劇鑑賞講座」は24日まででしたが、
「プレトーク」は残りの一般公演日にも行います。
開演前に10分ほど、よりおもしろく観劇できる
ちょっとしたポイントをお話します。

プレトーク
 
 
4.バックステージツアー (1月18日・31日)

客席からではわからない、舞台の秘密をSPAC創作技術スタッフがご紹介します。
バックステージツアー
俳優が着ている衣装や劇中登場する人形、演奏で使っている楽器を
間近で見てたり触ったりできます!
*参加ご希望のお客様はSPACチケットセンターにご連絡ください。
  SPACチケットセンター 054-202-3399(受付時間は10:00~18:00)
 
 
 
5.アーティストトーク (1月17日・24日・2月1日)

SPAC芸術総監督・宮城聰とゲストによるトークイベントです。
終演直後、観たばかりの作品についてゲストにお話を伺います。
アーティストトーク

1月17日(日)は人形劇作家のたいらじょう氏を、
1月24日(土)は静岡大学防災センター教授・小山真人氏
ゲストにお迎えしました。
2月1日(日)のトークゲストは、
音楽評論家・思想史研究者の片山杜秀氏です。


 
 
 
6.カフェ・シンデレラで逢いましょう! (一般公演日)
 
カフェ・シンデレラで逢いましょう!
終演後、出演俳優たちが舞台衣装を纏ったまま
2階カフェ・シンデレラに登場いたします。
カフェ・シンデレラで逢いましょう!
「舞台の感想を直接俳優に伝えたい!」
「出演俳優と写真が撮りたい!」
カフェ・シンデレラで逢いましょう!
この機会に俳優たちと交流してみてください。
 
 
終演日まであと5日。
5日間でどんな”魅力”を見つけられるでしょうか。
皆様にも、ぜひ本作の魅力を味わっていただきたいと思っています。
 
劇場で皆様のご来場を心よりお待ちしております。
 
それでは、また。
 
 
制作部・中澤
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SPAC新作
『グスコーブドリの伝記』
2015年1月13日~2月1日
公演の詳細はこちら
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2015年1月26日

<制作部よもやまブログ#86>大、大、大募集!!!

ご無沙汰しております、制作部よもやまブログです。

さて、年も明けて新しいことに挑戦しようかな…なんて思っていらっしゃる方も多いのではないでしょうか?
そんなアクティブな皆様にぜひぜひご参加いただきたい!SPACではただいま下記の募集を行っています。
一気にご紹介します♪

演劇が好き!人と接するのが好き!
「ふじのくに⇄せかい演劇祭」ボランティア募集 【2/1締切】

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ふじのくに⇄せかい演劇祭2014キックオフミーティングの様子

ゴールデンウィークに開催する「ふじのくに⇄せかい演劇祭2015」をSPACのスタッフと一緒に盛り上げ、
支えてくださるボランティアを募集しています。
SPAC劇団員はもちろん、海外からやってくる劇団とも交流するチャンス!
受付、カフェ、執筆など、それぞれの興味やライフスタイルに合わせて活躍の場があります。
ボランティアの皆様が参加してくださることで、私たちSPACスタッフだけでは気づけなかったことに気づくことも多々あります。
様々な視点が加わって、よりよい演劇祭になるのではと思っています。
☆詳細 http://spac.or.jp/news/?p=10618

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大きな舞台に立ちたい小学生!
「第16回 SPACこども大会」出演者募集 【2/5締切】

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第15回 SPACこども大会(2014年)

元気いっぱいの小学生に、静岡芸術劇場の舞台で特技を発表してもらうイベントです。
歌、ダンス、なわとび、楽器演奏、ものまね、手品、切り絵、落語、コント、能、朗読、一発芸など何でもOK!
当日は、SPAC劇団員がサポート。出演者とSPACが一緒に作る発表会です。
私は3年前から担当をさせていただいているのですが、毎回どんな子が来てくれるのか楽しみなんです!
きらきらした笑顔で一生懸命に表現する姿に、元気をもらっています。
☆詳細 http://spac.or.jp/kodomo_16.html

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演劇経験はないけどお芝居がしたい!
SPAC新作『盲点たち』一般参加の出演者(45歳以上、演劇経験不問)募集 【2/25締切】

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「ふじのくに⇄せかい演劇祭2015」で上演する、『盲点たち』の出演者オーディションを開催します!
フランスから来日するダニエル・ジャンヌトーの演出で、SPACとの国際共同製作による新作です。
年齢45歳以上で、演劇経験がほとんどない一般の方(性別不問・若干名)を募集中。
日本平の自然の中で上演する本作。今までに観たことのない演劇になる予感でいっぱいです。
☆詳細 http://spac.or.jp/news/?p=10703

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踊りたくてうずうずしている小学6年生~高校1年生!
SPAC-ENFANTS(スパカンファン)新メンバー募集! 【3/14締切】

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国際的に活躍する振付家・ダンサーのメルラン・ニヤカム氏による新作に出演するメンバーを募集します。(性別・国籍不問。経験不問)
「世界中の子どもたちが未来への希望を取り戻すことができるダンス」をコンセプトに、
芸術表現として世界に通用するクオリティーを持ったダンス作品を目指しています。
私は2012年より担当しており、2014年夏にはカメルーン公演にも同行しました!!
5年間上演してきた『タカセの夢』が幕を閉じ、今回は新作!このプロジェクトはどこまで進化するのでしょう…。
太陽のようなニヤカムさんと出会って、どんどん魅力を増していく中高生の姿には驚くばかりです。恐るべしニヤカムマジック!
☆詳細 http://spac.or.jp/news/?p=10327

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演劇の企画を立ち上げたい!
2015年度 SPAC県民劇団 演出家・制作者募集 【3/16締切】
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SPAC県民劇団 劇団静岡県史『しずおか徳川家康公ものがたり』(2014年)

2015年度に、野外劇場「有度」もしくは稽古場棟「BOXシアター」で上演する企画を募集中。
企画募集は毎回ワクワク!送られてくる企画がどんな風に上演されるのか、考えるだけで楽しいです。
その企画を基に参加者を募り、「SPAC県民劇団」旗揚げとなるため、重要な第一歩です。
これまでには、劇団静火、がくらく座、劇団静岡県史、劇団MUSES、劇団壊れていくこの世界で、が誕生し、公演を行ってきました。
様々な世代・職業・経歴の方が参加しているのも、県民劇団ならではの魅力。
☆詳細 http://spac.or.jp/news/?p=10595

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興味をお持ちになった企画はありますでしょうか?あるといいな、と思います。
皆様とお会いできることをSPAC一同心より楽しみにしております。
劇場を出会いの場に。今年もよろしくお願いいたします!!

制作部・尾形


2015年1月23日

【『グスコーブドリの伝記』の魅力 #16】 ドラマトゥルク取材日記7

「ドラマトゥルク取材日記」では、
『グスコーブドリの伝記』でドラマトゥルクを担当するライターの西川泰功が、
宮沢賢治にまつわるネタを紹介していきます。

第7回は、浜松市で宮沢賢治童話に親しむ会を主宰する村上節子さんにお話を伺いました!

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 村上節子さんは、1982年に、ものがたり文化の会の浜松支部を立ち上げた。ものがたり文化の会は、詩人の故・谷川雁氏が提唱した教育方法の実践活動団体である。宮沢賢治童話の演劇化を通じて、子どもの感性と知性を育むことを目的にしている。

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↑ 賢治童話に親しむ会・村上節子さん

 1971年より演劇を通した子どもの英語学習の指導に携わってきた村上さんは、谷川雁の考え方に出会い、共感しつつも、初めは戸惑ったと言う。

「宮沢賢治の童話で本当にうまく行くのかなという気持ちがありました。でも、やり始めると、これはいいと思うようになりました。賢治童話には、謎に包まれているところがたくさんあって、子どもが敏感に反応します。」

 幼児から高校生までのメンバーが週に1度集まり、年に1度の発表会に向けて、劇化の方向性を探る。賢治童話を検討するに当たって、童話の世界に実感を持つことができるよう、“課外活動”も行う。どんぐりを升に集めて重さを確かめたり、蛙を卵から育てたり、畑に鍬を入れて耕したり…賢治童話に出てくる生活風景を、子どもたちと体感する。

 やがて親たちが、「そんなにおもしろいなら、私たちも…」と、賢治童話を読むようになる。村上さんが1993年に立ち上げた賢治童話に親しむ会は、話し合いを中心にした月1回の読書会である。

 「もう230回くらいやっています。大人が読んでも、賢治童話には考えさせられることがいっぱい。子どもから大人まで楽しめるのが魅力です。」


↑ 1998年2月12日中日新聞。村上さんのインタビューが掲載された

 そう話す村上さんだが、『グスコーブドリの伝記』は取り上げたことがないと言う。「『グスコーブドリの伝記』は、『よだかの星』みたいに、子どもたちと“耕していく”のには躊躇する要素が含まれていると思います」

 『よだかの星』は、飛んでいるだけでくちばしにたくさんの虫をくわえて殺してしまう鳥が、命を燃やし、星になる物語。村上さんが『グスコーブドリの伝記』と『よだかの星』を並べたのは、両作に同じようなモチーフがあり、賢治の死後、時代状況とからめて「特攻精神」と批判されてきたからである。賢治童話には、戦意高揚のために利用された過去がある。

 「単なる特攻精神ではないと思いますが、じゃあ何なのかと考えると、やっぱりよくわからないところがあります。」

 SPAC版『グスコーブドリの伝記』で、「特攻精神」や「自己犠牲」と批判されてきた結末が、どう描かれるのか、注目のポイントだ。

 村上さんは、SPAC公演の演出プランに興味を持っている。今回の公演では、グスコーブドリ以外の登場人物は皆、人形を使って演じられる。「人間が賢治童話の登場人物を演じると、どうも違うな、という感じがするんですよね。その点、人形はとてもいいアイディアだと思う」

 賢治童話の世界は、現実への強い問題意識と裏腹に、どこか現実離れしている。『グスコーブドリの伝記』の登場人物を取り出しても、グスコーブドリ、クーボー大博士、ペンネンナームと不思議。こういう語感に貫かれた童話の世界を表現するには人形がぴったりだと、村上さんは感じているのかもしれない。

 「賢治童話には、語感で通じ合えるところがあります。小さい子どもでも、理屈抜きにわかってしまう。これは谷川雁さんが言っていたのですが、子どもの学習において、感性を通じた経験と知識の吸収は、どっちも必要です。賢治童話には、どちらもあるんです。」


↑ ものがたり文化の会浜松支部の情報誌より。賢治生誕100年記念で発行した

 ものがたり文化の会の発表会には、子どもたちだけでなく、OB・OG、両親や祖父母も参加し、3歳から60歳代まで、ともに舞台に立つ。村上さん自身も、子どもとの参加を経て、今では孫まで一緒だと言う。「そろそろ次の世代に引き継ぎたいと思っています。一緒に協力できる若い人がいれば嬉しいです」

 3世代が集う場ができたのは、30年以上続けてきた村上さんの功績。ひとりの作家が書いた数々の物語が、後世に、こんな場をつくり上げていることを思うと、宮沢賢治恐るべしという気持ちになる。SPAC版『グスコーブドリの伝記』も、未来へ広がる大きな布の、きらめく一糸になるだろうか。
 
2014年12月25日 浜松駅ビル内谷島屋併設のエクセルシオールカフェにて
 
 
SONY DSC文・西川泰功
ライター。SPAC『グスコーブドリの伝記』でドラマトゥルクを担当し、原作の脚本化のサポートをはじめ、俳優や技術スタッフとディスカッションをしたり、広報用の記事を書いたりしている。SPACでは2009年より中高生鑑賞事業用のパンフレット編集に携わる。その他の仕事に、静岡の芸術活動を扱う批評誌「DARA DA MONDE(だらだもんで)」編集代表(オルタナティブスペース・スノドカフェ発行)など。
 
 
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SPAC新作
『グスコーブドリの伝記』
2015年1月13日~2月1日
公演の詳細はこちら
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2015年1月22日

<萌目線。vol.112>幕が上がる!!

Filed under: 萌目線。

みなさま こちらではたいへんお久しぶりです!

心にいつでもやらまいか!静岡県浜松市出身のSPAC俳優、石井萠水です。

さて久々に「萌目線。」を更新しなくては!と思ったほど、
みなさまにお伝えしたいことがあります!

実は先日、映画『幕が上がる』初号試写会へ行ってまいりました!!

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ご存知、平田オリザ氏原作、本広克行監督がメガホンを取られた、
ももいろクローバーZ初主演映画。
弱小演劇部が、かつて高校演劇の女王と呼ばれた新任美術教師に出会い、
全国大会を目指していく…という青春ドラマです。

ロケの9割が静岡県内で行われ、舞台芸術公園でも撮影が行われました。
★舞台芸術公園での撮影の様子はこちら

ただのアイドル映画かと思ったら大間違いです。
モノノフ(ももクロちゃんファン)としても、
演劇好きとしても、
そして静岡県民としても!!

思わずふきだすポイントが多すぎて沢山笑わされて
胸に刺さる台詞が多すぎて涙が止まりませんでした。

なんで演劇やってるの?
なんで演劇じゃなきゃダメなの?
なんで演劇やめられないの?

劇中でももクロちゃんたち演じる演劇部のメンバーたちがぶつかる問題が、
そのまま自分にも投げかけられているようで…

そして、我らが宮城聰芸術総監督はじめ、SPAC俳優も何名か出演しております。

ネタバレになるので具体的どういうシーンなのかまだご紹介できませんが…
演劇オタクとも言える本広監督の、演劇への愛が溢れているシーンになっていたことは間違いありません!

SPACファンのみなさま、静岡県のみなさまには、
SPACを応援していただいていることを、誇りに思っていただけるかもしれません。

SPACがプロの劇団であるということ。
静岡から世界で通用する一流の作品を目指しているということ。

スクリーン越しに見ても、その舞台の上がどれほど輝かしく厳しい世界であるかということが
お分かりいただけるかと思います。

この春のヒットは間違いないわけですが、
SPACをご存知のみなさまにもぜひ映画館でご覧いただければと思います!

2月28日全国ロードショーです!!

★映画『幕が上がる』公式サイトはこちら

今年からは、またこまめに萌目線。更新していきたいと思っておりますので、
ときどき覗いていただけましたら幸いです。
みなさまどうぞよろしくお願いします!

<萌目線。>とは・・・ SPAC俳優石井萠水の目線で稽古場や舞台裏の様子をお届けしています。
GREEでもブログ更新中。


2015年1月21日

【『グスコーブドリの伝記』の魅力 #15】 観劇レポート(清野至)

 幕があがる前の時間が好きだ。といっても静岡芸術劇場には緞帳幕はない。だから、劇が始まる前の舞台には舞台装置があるのが見える。SPACでは開演前の時間にプレトークイベントがあったり、観客を楽しませる工夫が多くあったりするが、僕は少し早めに客席に座って、これから始まる物語に想像を巡らせるのが好きだ。1月17日土曜日、SPACの新作『グスコーブドリの伝記』を観た。この日は初回で満席だった。僕の座った二階の席からは客席の様子も伺えた。となりの友人と語らう人、パンフレットを読む人、メガネを拭く人、皆思い思いに開演を待っている。この開演前の期待に満ちたざわめきも好きだ。
 役者達が登場し、客席のざわめきは静かになる。楽器の演奏が始まる。劇が始まる。
 ところで、宮沢賢治というと僕は『風の又三郎』の一節を思い出す。イーハトーブでは「どっどど どどうど どどうど どどう」と風が吹くそうだ。声に出して読むと面白い。リズムがある。劇の序盤ではそうした擬音のみならず、役者のセリフ回しも謳うようだった。時にはそれがやりすぎなのかラップのように聞こえてきたりもした。そうした謳うようなセリフ回しは聞いているだけで心地良かった。舞台美術は無機質だけどどこか暖かい白木でできた額縁で構成されていて、それらを組み替えて場面を転換する。白装束の役者達が装置を動かすと、ワクワクした。まるで絵本のページをめくるようだった。しかしよく考えると、舞台装置は白木の骨組みで、役者は主役を除いて人形なのだ。でも、だからこそ、宮沢賢治の魅力的な言葉、それを喋る役者達の魅力が際立っていた。額縁の後ろにあるのは、劇場の壁と音楽隊だが、不思議なことにイーハトーブを想像できた。イーハトーブは宮沢賢治のオノマトペで出来ているんだと思った。
 実は途中で少し、飽きてしまった。最初は額縁が転回する舞台美術にワクワクしていたのだが、途中でその場面転換に飽きてしまったのだ。ところが、最後の最後に、額縁は予想外の使われ方をした。それは、グスコーブドリがたった1人で成した偉業だった。僕は最後のグスコーブドリの偉業(の表現)は本当に見る価値のある素晴らしいものだったと思う。
 
 『グスコーブドリの伝記』は宮沢賢治の書いた名作童話、らしい。僕はこの話を読んだことが無い。と思っていたが先日、自分の本棚を漁ったら文庫本があったので、どうやら昔読んだことがある、らしい。つまり昔読んだ時は印象に残らなかった、らしい。今回観劇する前に原作を読んで、どうして当時印象に残らなかったのか分かった。この物語はすごく単純なのだ。グスコーブドリは森で家族と幸せに暮らしていたが、冷害に見舞われる。家族と離れ離れになったブドリはてぐす工場で働いたり農業をして生活をするが、度重なる自然災害で苦労をする。しかしやがては学問を成して人々を災害から救う仕事に就く。最後には命を賭けて人々を冷害から救う。
 ご都合主義な物語だと思う。だから当時は印象に残らなかった。ひねくれていたのかもしれません。しかし、今回SPACの『グスコーブドリの伝記』を観て、この物語の魅力が少し分かったように思う。これは、理想の話なのだ。ご都合主義でもいいんだ。劇中で繰り返される「ここはサイエンスフィクションの世界です。」というセリフがある。宮沢賢治の柔らかなオノマトペの言葉があふれるなかで、この角ばった言葉はすごく異質に感じた。続けて「出来ると思ったら出来る」とグスコーブドリは話す。そうして、命を賭して人々を救う。火山に向かうグスコーブドリをクーボー大博士は「未完成すなわち完成。世界はずっと完成しない。それこそが完成。」と引き止める。僕には、このセリフが宮沢賢治の現実の叫び、諦めのように聞こえた。
 個人的には、もちろん説教は嫌いだし、誰かを救うような「道徳的」なお話には居心地の悪さを感じている。宮沢賢治にもそれほど興味は無かった。しかし『グスコーブドリの伝記』はすんなりと僕の心に入ってきた。溢れるオノマトペと歌のようなセリフ群が心地よくて、とても居心地の良い舞台だった。

2015.1.18

IMAG0013_2清野至(きよの・いたる)
1988.2.9生
静岡大学演劇部OB
2013年より、劇団静火に所属し第六回公演「三人姉妹」より同劇団で役者として活動中。






2015年1月20日

【『グスコーブドリの伝記』の魅力 #14】 満員御礼ッ!

『グスコーブドリの伝記』一般公演初日の1月17日(土)は
静岡県内外からたくさんのお客様にご来場いただき、
劇場入口には「満員御礼」の文字が!
オイオイオイ(歓喜の涙)

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終演直後、お客様がアンケートを
一生懸命書いてくださっている姿を見て、
ワクワクとドキドキ、そしてハラハラ。
 
どんなことを思ってくれたのだろう。
何を感じ取ったのかな。
 
その中の一部を舞台写真とともにご紹介します。
(撮影:日置真光)

・ああ、人間はこんなに美しいものがつくれるのだなァ~と思った。

・初めてもう1度見に来たい作品に出逢いました。

・ざわついた!久々に説明がつかない!すばらしい!

・今回はじめてですが、とてもステキなステージですね。またまた来たくなりました。

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・子どもに見せたいです。

・SPACの劇をみるといつも別世界に連れて行っていただいた気持ちになります。今回のセット、人形など新しい工夫をみせて頂きとても良かったです。宮沢賢治もすごい。劇をつくる方々もすごい。人間てすごい。

・宮沢賢治は今こそ読み直さなくてはいけないのではないか。

・言葉のひとつひとつと音楽がよく調和していてとても素敵でした。

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・災害が起きてから人々の考え方が変わってきて、誰もが抱えている不安とか、助けたいと感じていても自分に何が出来るのかとか考えていたと思います。作品を通して見て、そう思っている自分に向き合うことが出来たように思います。

・さいごのさいごになって、いろんな「思い」の伏線にやられてしまい涙が止まりませんでした。

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まだまだたくさんの声をいただいております。
本作をご覧になってどう感じたのか、何を思ったのか。
素直な感想を教えていただけたら嬉しいです。

未完成すなわち完成。

これからどんどん成長していく『グスコーブドリの伝記』、
どうぞよろしくお願いいたします。

次はどんな”魅力”をお伝えできるでしょうか。
それでは、また。

制作部・中澤
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SPAC新作
『グスコーブドリの伝記』
2015年1月13日~2月1日
公演の詳細はこちら
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2015年1月16日

【『グスコーブドリの伝記』の魅力 #13】 大澤真幸はこう読んだ!

1月10日(土)、『グスコーブドリの伝記』稽古見学会とともに、
トーク「大澤真幸は『グスコーブドリの伝記』をこう読んだ!」を開催しました。

大澤さんと言えば、膨大な知識と発想とでさまざまな事柄をユニークな切り口で論じることで知られていますが、実は宮沢賢治をとりあげたこともあって、『思想のケミストリー』(紀伊國屋書店)という本の中で、『銀河鉄道の夜』について「ブルカニロ博士の消滅―賢治・大乗仏教・ファシズム」というタイトルで書かれています。

『グスコーブドリの伝記』についてはまだきちんと語ったことがないということで、
この機会にぜひにとお話しいただきました。
この日、大澤さんが話してくれたのは、観劇を通して何かを「考える」ことのヒント。
その内容をまとめてみました。
観る前に読んでもヨシ、観た後に読んでもヨシ、
賢治ワールドの奥深さをご堪能ください!

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1.ほんとうの幸せ・普遍的な善
宮沢賢治がどういうことのために生きていたのかというと、「ほんとうの幸せ」のためなんです。「誰かにとっては良いけれども、別の誰かにとっては悪い」ということではなく、「全ての人にとっての幸せ」というのが「ほんとうの幸せ」であると考えていた。別の言い方をすれば「普遍的な善」。
『グスコーブドリの伝記』の中で、クーボー大博士の授業に出てくる「歴史の歴史」という装置は、歴史観が時代・人によって変わるということを通して、「普遍的な善」というものを思い出させてくれます。似たようなことが『銀河鉄道の夜』でも描かれています。銀河鉄道の乗客は、どんどん降りていきますが、これは停車駅がそれぞれの価値観、考え方、信仰を表現しているんです。ジョバンニとカンパネルラだけは最後まで降りません。全ての人の価値観を普遍的に考えるべく、最後まで降りないんです。賢治は模型とか標本に対して偏愛を持っていました。それは普遍的に全ての世界を見下ろす眼差しにすごく憧れていたからなんです。

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2.「開かれた愛」と「特定の人への愛」
みんなが幸せになるということは地球上すべての人に同じような愛情をもつということ。誰に対しても「開かれた愛」。しかし人が人を好きになったり大事に思ったりする気持ちは、ふつうは「閉じられて」います。自分の仲間、家族、恋人・・・。他の人より大事だと考えるのはふつうですよね。が、これでは「普遍的な善」を実行することができません。
賢治が晩年書いた手紙にこんな文面があります。

私は一人一人について特別な愛といふようなものは持ちませんし持ちたくもありません。
さういふ愛を持つものは自分の子どもだけが大切といふ当たり前のことになりますから。

つまり、人を愛するのは当たり前のことだけど、それだけではダメだと言っているんですね。羅須地人協会という、若い農民を集めた私塾を設立したのですが、ある日、賢治に好意を持っていた女性が協会のメンバーにライスカレーを振舞ったのですが、賢治はこれを拒絶しました。賢治はこの女性が自分に好意があることを知っていましたが、彼女と恋愛関係を持ってしまうと彼女が「特別な存在」になってしまうからです。誰かだけを特別に大事にする愛を拒絶して「開かれた愛」を基本にしていたんです。ブドリが皆のために最後死んでしまうのはまさに究極の「開かれた愛」です。

ですが、特定の人への「閉じられた愛」とみんなを愛する「開かれた愛」は単純に対立しているわけではなく、この間にはもうちょっと複雑な関係があるんです。『グスコーブドリの伝記』の最初では家族の愛が描かれています。てぐす工場でも、ひどい労働環境ではありますがそれなりに食べさせてもらっているし、てぐす工場の男も優しいところがあるんです。その後赤ひげとは仲良くなり、良くしてもらいました。そこから段々イーハトーブ全体に向けた話になっていきます。狭い世界から広い世界へと向かっていくブドリの愛は、特定の人への愛からみんなへの愛へと変わっていくんです。賢治にとっての「特定の人への愛」の存在は妹・トシでした。妹への愛は「特定の人への愛」だから「開かれた愛」とは究極的に対立しているようですが、僕はこのふたつの愛の関係は、一方では足を引っ張り合うような関係でありつつも、「特定の人への愛」が「開かれた愛」を支えていると思います。賢治の妹は若くして亡くなりました。嘆き悲しみ、妹の死を受け入れられなかった賢治は妹の魂を探すため北へと旅に出ます。そのときに作られたオホーツク挽歌に

海がこんなに青いのに
わたくしがまだとし子のことを考へてゐると
なぜおまへはそんなにひとりばかりの妹を
悼んでいるのかと遠いひとびとの表情が言ひ
またわたくしのなかでいふ

 
という一節があります。まず妹への愛があります。それがなんらかの形で遠いひとびとへの愛に変わった。「特定の人への愛」が「開かれた愛」への導火線になっています。賢治が目指した「普遍的な善」の背後にある「開かれた愛」は、「特定の人への愛」との間に対立と繋がりがあるという複雑な関係があると思います。

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3.存在を消したいという欲求
『グスコーブドリの伝記』で書かれている自己犠牲はとても立派なことですが、逆に言うと「ちょっと立派すぎない?」と思いませんか。「全てのひとの幸せのためにあなたの命を犠牲にしなくちゃいけない」とは、簡単には言えない要求ですよね。道徳的には厳しい要求ですが、賢治にとってこの要求は過酷でもなんでもないんです。賢治には「自分の存在を消しても良い、むしろ消してしまいたい」という欲求があったのではないかと思います。『ヨダカの星』という作品でよく表現されています。物語の最後でヨダカが消えてしまうことに倫理的な意味合いはないんですよ。ブドリの場合は死ぬことに対して立派な意味がありますが、ヨダカの場合はただ自分が消えたいからなんです。賢治の中にあったほとんど無意識な感覚の「消えてしまいたい」という強い欲求に、立派な理由をつけて道徳的にしたのが『グスコーブドリの伝記』の最後なんです。「開かれた愛」を実現すると、色んな人の気持ちに対して過敏になっていきます。賢治が小学生のとき、同級生が先生に怒られて廊下に立たされていました。水がたっぷり入ったバケツを持たされていたんですけど、賢治はその友達がかわいそうになって、バケツの中の水を飲み干したんです。友達が苦しい思いをしているのを見て、自分が苦しくなってしまったんです。誰かにとっての喜びが、誰かにとっては苦しみかもしれない。その両方を感じ取ってしまうのです。また、自分が話したことで誰かが傷つくことも感じ取ってしまうんです。賢治が肉食を好まなかったということも、ここに繋がるのでしょう。

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4.「究極の善」と「究極の悪」は似ている
『グスコーブドリの伝記』の前身となる『ペンネンネンネンネン・ネネムの伝記』という作品があります。『グスコーブドリの伝記』について意地悪な言い方をしてしまうと「都合のいい話」だなと。結局ブドリの行動によってみんなの幸せは守られ、ブドリは英雄になります。これは、物語の中でみんなが火山噴火を望んでいたからなんです。意地悪に言えば死んだ後に英雄になっています。英雄になりたくて自己犠牲を働いたのではないかと、意地悪な言い方もできなくはありません。しかしそうとは言い切れません。「毒もみのすきな署長さん」という賢治らしからぬ、とてもマイナーな短編があります。プハラの国での最大の大罪である「毒もみ」を行った署長さんが死刑になるお話なのですが、死刑になるときに署長さんは「ああ、面白かった。おれはもう、毒もみのことときたら、全く夢中むちゅうなんだ。いよいよこんどは、地獄じごくで毒もみをやるかな。」なんて言うんです。その後の最後の一行がすごく印象に残っているんですが、「みんなはすっかり感服しました。」とあるんです。つまりある意味で悪を働いた署長さんを褒め称えているんです。
賢治のお話としては非常に珍しい毒のあるお話です。ブドリは「究極の善」を行い、毒もみの署長さんは「究極の悪」を働いた。「善」とはなにか、「悪」とは何かをすごく考えさせられる話なんです。ここでみなさんに考えていただきたいのは、ものすごく徹底している悪と徹底している善が似ているということ。両方とも、利益や打算、損得を完全に超えているんです。賢治の作品を読んでいると「悪いことではなく良いことをしましょう」とは、簡単には言えないような気がします。賢治は純粋にみんなのために良いことをしたブドリにも憧れていましたが、純粋な悪をはたらいた署長さんにも憧れていたのでしょう。善と悪には本当に複雑な繋がりがあって、簡単なものではないと賢治自身もわかっていたと思うんです。一見『グスコーブドリの伝記』は善のお話に見えますが悪との複雑な関係が何重にも重なっているのではないかと思います。
 
 
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『グスコーブドリの伝記』
2015年1月13日~2月1日
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2015年1月13日

【『グスコーブドリの伝記』の魅力 #12】 ドラマトゥルク取材日記6

「ドラマトゥルク取材日記」では、
『グスコーブドリの伝記』でドラマトゥルクを担当するライターの西川泰功が、
宮沢賢治にまつわるネタを紹介していきます。

第6回は、鑑賞事業公演の初日を終えて、作品の秘密に迫るレポートです!

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 幕が開いた。緊張感にぴんとはった無数の視線が、舞台めがけて飛んでいる。2015年1月13日、鑑賞事業公演の初日は、清水第七中学校2年生、富士特別支援学校高等部1年生、南伊豆東中学校1年生の観劇。果たしてSPAC版『グスコーブドリの伝記』を楽しんでくれるだろうか。原作の脚本化の段階から見守ってきた者として、鼓動が高鳴る瞬間である。

 思えば演出家・宮城聰氏と脚本担当の小説家・山崎ナオコーラ氏の最初の具体的な打合せは、『マハーバーラタ』神奈川芸術劇場公演の千秋楽だった。そこで熱っぽく語られた宮城氏の戯曲論に、インタビュー等ですでに何度もお話を伺ったことのあるぼくは、「お、始まったぞ、宮城聰の演劇学校!」と思って、黙って聞いていた記憶がある。山崎氏はきっと初めは少しビックリしながら、次第に演出家の語りに夢中になっていたと思う。

 その時、宮城氏は、戯曲の言葉について分析を展開したのだが、まだ頭の中は『マハーバーラタ』のことでいっぱいだったのだろう、話に出てくる例も同作だった。『マハーバーラタ』を観劇してぼくがその日気づいたのは、何度も同じ語りが繰り返されるという構造についてだ。ナラ王とダマヤンティ姫の多難な境遇が、様々な登場人物によって何度も語られる。けれどそれが少しも気にならない。確か少しそんな話をした。

 反復。これは演劇のひとつの秘密かもしれない。舞台は生もの、お客さんとの一回限りの出会い、とよく言うけれど、上演自体は何度も反復される。そこにはおそらく、演劇が共同体の儀礼であった頃からの、根深い習慣がある。単に興行期間の問題ではない。もっと深いところで、演劇の根本を支えている、物語の手続き。反復によって、演劇は物語になり、幸福な場合、歴史になる。

 『マハーバーラタ』の執拗に繰り返される語りは、演劇の本質に直結していた。そんなテツガク的な考察など何のその、あの時、演出家は、実際の舞台効果を説明したのだった。いわく「大切なことほど何度も語ることが必要だ。特に、理解してもらわないと、お客さんが物語についていけない状況をつくってしまう台詞は…」。演出家の言葉は、効果について最も研ぎ澄まされている。

 グスコーブドリのグの字も出ない最初の打合せを経て、山崎氏から出てきた脚本を読んで驚いた。効果的な反復が、随所に散りばめられていたからだ。反復は、台詞の意味内容だけでない。語感や音列、比喩の構造に至るまで、豊かに書き込まれている。蘭のスープ、ネリの泣き声、火山の噴火音、ユリに似たクラレという花…詳しくは観劇のお楽しみだが、あげればキリがないほどだ。

 鑑賞事業公演初日の前日、2015年1月12日、ゲネプロ。脚本に埋め込まれた数々の反復が活かされていることを確認する。注意深く見ていると、反復を読み取った俳優の語り、音楽による肉づけ、抽象化された舞台美術や小道具、存在感を引き立てる照明の陰翳と、有機的につらなった、舞台効果の“思考回路”を発見し、作品という大きな構築物の隠されたファサードが一瞬光るような気がする。

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↑ ゲネプロ舞台写真(撮影:日置真光)

 こんなことも思う。この作品は、観客の想像力を、作品の外側から呼び込むような、見えない穴を持っている。その穴から作品の内部へ、大きな気息が吹き込んでくるようだ。フォルマリズムの継承者のように、芸術の自律を志向してきたように見える宮城氏のこれまでの演出作とは、もしかしたらずいぶん違う可能性をはらんでいるかもしれない。なぜそう感じるのかはまだわからないのだが…。

 気がかりもある。中学高校生に、わずか27年のグスコーブドリの人生の儚さと、それだけに率直な悲哀に満ちた意志が伝わるだろうか…。

 鑑賞事業公演初日。上演中の客席を気にかけながら、前日の心配を思い返していた。スタートを切ったばかりの作品、そう簡単に、誰もが感動!なんて美談はない。演劇という見慣れないメディアに触れて、生徒たちは戸惑いつつ、グスコーブドリの数奇な運命に見入ったり、あるいは逆に、心地よい居眠りに身をあずけたりしていた(最高の夢のBGMになるならそれもいい!)。この不思議な、文字通りうすい伝記から、あつい生涯のしずかな燃え盛りを掴んでくれる子がいれば嬉しいのだが、どうだろう。

 目の前に姿があれば、人は何かを投影する。グスコーブドリへの投影。そのきっかけに、あの反復が、絶妙な力を与えてくれるのは言うまでもない。反復には間が必要だ。最初の一打と、次の一打には、必ず間がある。その間に、観客は、失ったものの空白や若く乾いた意志を投影し、グスコーブドリなんてヘンテコリンな人物の生涯に、深い哀切を抱く。

 投影されたそれが夢や希望だってこともある。そうやって人と人は、狭い世界を少しだけ広げて、広げたぶんだけくつろいで、長い間、生きてきたのだろう。

 のるかそるかと、半分天意に任せていたぼくは、『グスコーブドリの伝記』演劇化計画は、山師・赤ヒゲの言う通り「賭け事」だと思ったものだ。こっちの極には、偶然をみかたにつける、一回限りの投機がある。不安はなかった。なにせいつもの宮城組。美加理氏、阿部一徳氏、吉植荘一郎氏等々、手堅いキャスティングに、音楽は棚川寛子氏。劇団ク・ナウカ時代からの共生の経験以上に、芝居を練り上げるよいエンジンはない。

 反復は、何より、ひとまとまりの人々、すなわち劇団と観客の存在そのものだ。舞台から受け取る、得体の知れないそれは、中高生らが産まれてくる前から続く、長い長い反復の、一回限りの投機における、唯一無二の質感なのだということを、うら若い彼ら彼女らが気づくはずもない。劇場を去る子どもたちの、あどけない足取りを見て、不似合な想念がわいてくる――神懸かりと噂される「賭博師」が、どれだけの間、「賭場」に住んでいたと思う? 「賭け事」は、運だけじゃない。
 
  
SONY DSC文・西川泰功
ライター。SPAC『グスコーブドリの伝記』でドラマトゥルクを担当し、原作の脚本化のサポートをはじめ、俳優や技術スタッフとディスカッションをしたり、広報用の記事を書いたりしている。SPACでは2009年より中高生鑑賞事業用のパンフレット編集に携わる。その他の仕事に、静岡の芸術活動を扱う批評誌「DARA DA MONDE(だらだもんで)」編集代表(オルタナティブスペース・スノドカフェ発行)など。
 
 
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『グスコーブドリの伝記』
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2015年1月9日

【『グスコーブドリの伝記』の魅力 #11】 ドラマトゥルク取材日記5

「ドラマトゥルク取材日記」では、
『グスコーブドリの伝記』でドラマトゥルクを担当するライターの西川泰功が、
宮沢賢治にまつわるネタを紹介していきます。

第5回は、静岡県富士市にある本國寺の住職・上杉清文さんにお話を伺いました!

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 上杉清文さんと言えば、2014年2月に静岡市寿町のアトリエみるめで上演された演劇『此処か彼方処か、はたまた何処か?』(大岡淳演出)の劇作家として記憶に新しい。上杉さんは、日蓮宗本國寺の住職である。

 宮沢賢治は、生前、日蓮宗系の宗教団体・国柱会に入会し、熱心な信者だった。特に日蓮宗で大切にされる法華経に関心を持った。その信仰心は、法華経1,000部を配布するよう遺言したほど。賢治の宗教面について聞きたくて、上杉さんを訪ねた。

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↑ 本國寺住職・上杉清文さん

 上杉さんは、「ポジティブなことは言えない…」と話す。「賢治生誕100年のときに、宗教団体が宮沢賢治を持ち上げました。まるで法華経の詩人のように言われるようになりましたが、私はそうは思わない」。上杉さんは、宮沢賢治の「利用」のされ方に、疑問を持っている。

 有名な『雨ニモマケズ』という詩がある。これはもともと、逝去する2年前に、病床の賢治が手帳に書きつけた言葉。詩として書かれたかどうか疑わしく、一説には、法華経に出てくる常不軽菩薩(じょうふきょうぼさつ)について書いたものだと考えられている。

 しかし、上杉さんは、「菩薩とデクノボーでは違うでしょう」とバッサリ。

ヒデリノトキハナミダヲナガシ
サムサノナツハオロオロアルキ
ミンナニデクノボートヨバレ
ホメラレモセズ
クニモサレズ
サウイフモノニ
ワタシハナリタイ
(宮沢賢治『雨ニモマケズ』より)

 「修羅の人が、デクノボーになるなんておかしい。堕落したからデクノボーになるんじゃないでしょうか。私はなりたい、と言うより、もうなっていたんじゃないかな…」

 詩人としての賢治の代表作は、生前に自費出版した詩集『春と修羅』である。「修羅」は、仏教用語「阿修羅」の略。「阿修羅」は、生物が輪廻転生する6種の世界(六道)のひとつであり、帝釈天と争う悪神の名としても知られる。ここから転じて、「修羅」と言えば、醜い争いや果てしのない闘いを意味する。確かにデクノボーではない。

 「どういう時代、どういう状況で書かれた言葉なのか。言葉を部分的に取り出すときは、注意が必要です。背景を何も知らなければ、言葉を単にありがたがることになってしまう」

 上杉さんの賢治に対する問題意識は一貫している。自身が編集に携わる雑誌『福神』で2008年に宮沢賢治特集を企画した。宮沢賢治批判の書として知られる『宮沢賢治殺人事件』(太田出版1997年/後に文春文庫)の著者・吉田司氏の巻頭インタビューをはじめ、賢治にまつわる状況を辛辣に批判する誌面を展開した。

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↑ 雑誌『福神』12号(福神研究所発行/三一書房発売)

 「いやー、評判は最悪でした。賢治を批判すると、怒る人がたくさんいるんですね」

 賢治作品が「利用」されやすいのは、未完成ということにも関係がありそうだ。「完成これ未完成なり、と賢治の『農民芸術概論要綱』にありますが、賢治は、一度仕上げた作品を何度も書き直しました。新校本の全集では、消された文字まで復元されています。賢治作品は全て未完成なのかもしれません」

 『グスコーブドリの伝記』も、発表されるまでに「書き直し」の変遷がある。『ペンネンネンネンネン・ネネムの伝記』『グスコンブドリの伝記』のほか、「ノルデメモ」と呼ばれる構想メモ「ペンネンノルデはいまは居ないよ 太陽にできた黒い棘をとりに行ったよ」などが、『グスコーブドリの伝記』発表以前に書かれ、関連するとされる。

 賢治ほど、推敲の移り変わりを細かく研究されている作家もいない。作品自体が流動体。ソリッドな物体にくらべ、部分を抜き出すのは簡単だ。喩えるならば、覗き込めば、顔が水面にうつる、川の流れ。流れは絶えず変わっているのに、うつった顔は水面にぼんやりとどまり続ける。賢治作品は川、読者は顔である。

 「賢治を演劇にするならば、全集をまるごと演劇にしなければいけないのではないかとさえ思います」

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↑ 上杉さんの書斎に積まれた宮沢賢治関連本

 日蓮宗の僧侶である上杉さんには、賢治と無関係でいられない、という意識があるようだ。書店で賢治関連本を見つけると買い求める癖がついた。賢治を決して神格化しない――上杉さんの眼に、SPAC版『グスコーブドリの伝記』は、どううつるだろうか。
 
 
2014年12月20日 静岡県富士市の本國寺にて
 
SONY DSC文・西川泰功
ライター。SPAC『グスコーブドリの伝記』でドラマトゥルクを担当し、原作の脚本化のサポートをはじめ、俳優や技術スタッフとディスカッションをしたり、広報用の記事を書いたりしている。SPACでは2009年より中高生鑑賞事業用のパンフレット編集に携わる。その他の仕事に、静岡の芸術活動を扱う批評誌「DARA DA MONDE(だらだもんで)」編集代表(オルタナティブスペース・スノドカフェ発行)など。
 
 
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『グスコーブドリの伝記』
2015年1月13日~2月1日
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