2015年12月17日

<潜入!『黒蜥蜴』の世界(番外編)>宮城聰インタビュー【前編】

Filed under: 『黒蜥蜴』2015

インタビュー 宮城聰
新演出作『黒蜥蜴』の世界

三島由紀夫の精神を受け継ぐ――。
ヒット作に秘められた作家の挑戦とは?
SPAC芸術総監督・宮城聰が、次回作を語る。

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■善悪/美醜/正邪が反転する
 『黒蜥蜴』の初演(1962年)はプロデュース公演でした。そのため商業演劇への目配りがある作品だと思います。おもしろいことに、肩の力が抜けたシチュエーションで書かれた戯曲に、かえって劇作家の一番重要な部分がふっと出てくることがあります。楽な気持ちで書いている時のほうが、もともと抱えている問題意識や美点が、自然と出てくるのかもしれません。
 例えば、論理でじりじり追いつめていく、同じく三島由紀夫作の『サド侯爵夫人』(1965年)とは違いますね。でも、『サド侯爵夫人』で扱われているテーマが、はるかに敷居の低い形で『黒蜥蜴』に出てきます。
 『サド侯爵夫人』のテーマを簡単に言えば、この世の中で一般に信じられている善悪、美醜、正邪という上下関係が逆転するということ。貞淑な妻ルネは、犯罪すれすれの人間サド侯爵の最も歪なものに、少しずつ近づいていこうとします。いわば、不可能に近づこうとする精神のあり方をサドに託し、これに対して、現実に生きている人間としてサドとどう関係を取るかが、ルネに託されている。不可能に近づく時、その臨界点みたいなところで、先ほど言ったように、善悪や美醜がひっくり返ります。あるいは、差がなくなってしまいます。「きれいは汚い、汚いはきれい」(※)の世界になる。超伝導(※)みたいなことが起こるんですね。
 同じことを、『黒蜥蜴』では、とても素朴にやっています。かたや犯罪者・黒蜥蜴、かたや探偵・明智小五郎です。サドというほとんど観念の世界にある存在の位置に、黒蜥蜴という女賊が当てはまります。黒蜥蜴を追う探偵・明智は、サド侯爵に対するルネと同じで、犯罪者という極端な場所にいる存在になんとか近づこうとします。近づこうとすればするほど、善悪や美醜の上下関係がなくなって、ルネのせりふで言えば、「兎を見れば愛らしいと仰言り、獅子を見れば怖ろしいと仰言る。御存知ないんです、嵐の夜には、かれらがどんなに血を流して愛し合ふかを」(※)。嵐の夜に兎と獅子が交わるわけです。
 『黒蜥蜴』では、三島が探求する精神上のテーマが、黒蜥蜴VS明智小五郎という少年漫画みたいにわかりやすい構図の中で語られているんです。

■黒蜥蜴と明智小五郎の対決
 ぼくが思うに、三島由紀夫は、戯曲を書く時、3つの敵と闘っていました。1つに西洋古典演劇、すなわちギリシア悲劇。2つに、西洋近代劇、すなわちチェーホフ(※)以降の演劇。そして最後に日本の古典劇です。何を書いても、西洋の古典劇、西洋の近代劇、日本の古典劇に負けてはいけない、と三正面の闘いを挑んでいる。こんな劇作家はほかにいません。
 三島は、つねに欧米の土俵で闘えるように作品を書いていました。それは欧米人が構築した論理性の土俵で闘うということ。外国語に翻訳されても、作品の論理性は通用します。しかし、三島は、そのことだけでよしとはしない。日本の古典劇にある情も意識しています。女賊・黒蜥蜴には、情の要素が反映されているのに対して、私立探偵・明智小五郎は、西洋の古典から近代にいたる論理性の象徴です。女賊と私立探偵の闘いは、単純に言うと、知性は情に勝てるのか、というテーマ。
 日本の古典劇は、一言で言えば、情の世界です。情と情緒を区別するとすれば、情は人のもの、情緒は自然のもの。情緒は、例えば季節感。「雪が降っている、私は哀しい」。雪の情緒と人の情をかけ合わせます。論理性だけでつくれば季節感など全くいらないはずですが、三島は、わざわざ情緒を盛り込んでいます。そして情。『熱帯樹』(1960年)では、そのことが露骨な形で出ている。フランスの新古典主義の形式で書いておきながら、最後の最後に、兄妹心中という日本の民話のような世界、まさに情緒と情の合体する世界を持ち出しています。論理とは別のところに魅力の源泉があると考えられているんですね。
 『熱帯樹』は、文学座のために書かれているので、ぎりぎりと突きつめられた作品です。『黒蜥蜴』は、言ってしまえば、もっとゆるい。女賊・黒蜥蜴が持っている情があり、演技上も様式性が想定されています。なにしろ初演は、新派(※)の女優・水谷八重子が演じました。新派は、女優が演じる芝居の中で、最も様式的です。明智役は、芥川比呂志(※)。小説家・芥川龍之介の家系ですから、近代的知性の極点です。新派の水谷と新劇(※)の芥川の対決は、三島の中にある日本的なものと西洋的なもののせめぎ合いを、自動的に戯曲へ取り入れる要因になったのでしょう。

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【後編へ続く】

2015年6月25日 静岡音楽館AOIにて
聞き手・構成:西川泰功

※註
・「きれいは汚い、汚いはきれい」:シェイクスピア作『マクベス』で、マクベスへ王になることを予言する3人の魔女のせりふによる。
・超伝導:ある種の金属を絶対零度(セ氏零下273度)に近づけるよう冷却すると、ある温度(臨界温度と呼ばれる)で急に電気抵抗が零になる現象。
・「兎を見れば愛らしいと仰言り~」:三島由紀夫作『サド侯爵夫人』第2幕終盤のルネのせりふより。
・チェーホフ:ロシアの劇作家・小説家。1860年生まれ、1904年没。四大戯曲『かもめ』『ワーニャ伯父さん』『三人姉妹』『桜の園』は演劇史上不朽の名作とされ、近代演劇の礎を築いた。
・新派:日本演劇のジャンルの一つ。1888年自由党の壮士・角藤定憲(すどうさだのり)らが大阪で旗揚げしたのを発端とする。新派という名称は、歌舞伎を便宜的に旧派と呼んで対比したジャーナリズムに起因する。
・芥川比呂志:俳優・演出家。1920年生まれ、1981年没。芥川龍之介の長男。劇団「麦の会」「文学座」「雲」「円」で活躍。特に『ハムレット』の主演で名高い。戦後を代表する俳優の一人。
・新劇:明治末期以降、西欧の近代演劇の影響下、歌舞伎や新派劇に対抗して生じた演劇運動。第一次・第二次大戦の間、反体制・左翼運動の色合いが濃厚になり、戦後は「民藝」「俳優座」「文学座」に代表される劇団の職業化により運動の側面は後退した。

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​1~2月 SPAC新作
『黒蜥蜴』
演出:宮城聰/原作:江戸川乱歩/作:三島由紀夫
音楽:棚川寛子/舞台美術:高田一郎/照明デザイン:沢田祐二
出演:SPAC
静岡芸術劇場
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