2018年11月1日

『顕れ』パリ日記(12・最終回)

SPAC文芸部 横山義志
2018年9月21日(金)
~上演二日目、楽器のこと、警備イジドールさんのお話、カリブ海諸島のこと、コリーヌ国立劇場のこと~

 
私は今日が滞在最終日なので、この日記は今回が最終回。

昨夜取材してくれたAFP通信の方から、楽器の名前を教えてほしいとの依頼があり、作曲の棚川寛子さんに伺う。アフリカの楽器はジャンベ、ジュンジュン(ともに打楽器)、カリンバ(親指ピアノ)など。吉見亮さんが「今回手でジャンベを叩くのはぼくだけ、アフリカ系の方の前でやるのはとても勇気がいります」と言っていた。他の作品で使っていたバラフォン(ひょうたんを共鳴体とする木琴)は、今回演奏スペース(オーケストラピット)が小さいので断念したという。他にも、さまざまなシロフォン(鉄琴)やディジェリドゥー(オーストラリア先住民の楽器)、仏具のおりんなど、不思議な楽器がたくさん。

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▲ツアー終盤にお客様対象のミニ講座として、楽器紹介や演奏のデモンストレーションを行いました。

警備担当のイジドールさんのお話。イジドールさんはこの劇場でもう17年、5人のディレクターと仕事をしてきたという。

イジドールさん

「ワジディが来てから、このホワイエにベンチができたり、前の道路を閉鎖して歩行者専用にしたり、この劇場もだいぶ変わったよ。毎年クリスマスにはここで働いている人が家族連れで集まって、ワジディも家族と子どもたちを連れてきて、一緒にごはんを食べるんだ。時々みんなでバーベキューもやるよ。二階のテラスで、私が肉を焼くんだ。火の管理は大事だからね!
これが一番給料のいい仕事というわけじゃないけど、たぶん定年までここにいると思うよ。やっぱり一番大事なのは人と人との関係だからね。
この劇場は30年前、フランソワ・ミッテランがフランス文化を広めるためにつくったんだ。だけど、ワジディが来てから、世界中の人たちがここに来るようになった。今はアフリカのアーティストもたくさん来るようになったよ。
レオノーラ・ミアノはカメルーン出身なんだね。海外に連れて行かれた奴隷の話か。私はグアドループ(カリブ海にある島で、フランス海外県)の出身で、アフリカのことはあんまりよく知らないけど、ジャマイカとかハイチとかプエルトリコとか(アフリカ系の人が多く住むカリブ海の島々)には昔よく行ったな。家族はほとんどパリにいる。グアドループにはあんまり仕事がないから。
ここでやってる作品はみんな見てる。『顕れ』はきっと来週観に行くよ!」

『顕れ』には、一人だけアフリカ出身ではない登場人物がいる。ラスカルは「はじまりの大陸」の人々が「帰らずの地」と呼ぶ土地、つまりカリブ海諸島やアメリカ大陸で奴隷として生まれ、反乱に加わったためにアフリカ大陸へと追放される。そしてそこで生き延びるために「ゴロツキどもの売り買いをしたこともあった」、と語る。ラスカルだけは、自分たちが「黒人」と呼ばれる存在になっていることを知っている。この物語は「コンゴ人」や「カディオール人」がいかにして「黒人」となったか、という話でもある。

グアドループ島を含むカリブ海の「西インド諸島」は長年にわたって大西洋三角貿易の拠点の一つだった。原住民の多くは絶滅し、アフリカから定期的に補充される奴隷によってサトウキビなどが栽培され、フランスに大きな利益をもたらしていた。1789年にフランス革命が起きると、カリブ海のフランス植民地でも、黒人奴隷たちが自由を求めて戦い、一度は奴隷制が廃止されるに至った。フランス領サン=ドマング島ではハイチ革命が起こり、近代以降はじめての黒人共和国が成立した。

ところがナポレオンはカリブ海諸島に出兵し、奴隷制をふたたび導入。フランスで最終的に奴隷制が廃止されたのは1848年のことだった。カリブ海で最後まで残ったフランス領マルティニークとグアドループが植民地ではなくフランス本国の県と一応同等の「海外県」となったのには(1946年)、マルティニーク出身の「黒人」劇作家・詩人で国会議員ともなったエメ・セゼール(1913-2008)の貢献が大きい。

かつてムアワッドの制作担当として静岡に来たこともある事務局長のアルノーさんは「高校時代から通っていた劇場で働けてうれしい」という。この劇場に来て感じるのは、本当にみんな劇場が好きで、ワジディ・ムアワッドのことが大好きだということ。

コリーヌ国立劇場はフランスに5つある演劇用の国立劇場のうちで最も新しい。1988年にできたので、今年で30周年になる。「現代に書かれた作品」に特化した劇場ができたのは、フランスの公立劇場ではモリエールやシェイクスピアやギリシャ悲劇といった「古典」のほうが上演されることが圧倒的に多いからだ。多くの場合、名前くらいは誰もが知っている作品の方が、お客さんも来やすいし、学校の鑑賞事業でも選ばれやすい。となると、現代作家の新作を上演するのは比較的リスキーということになり、そのリスクを冒すことができる劇場は限られてしまう。だが、現代に書かれた作品が上演されなくなってしまったら、当然演劇はつまらなくなってしまう。そこで、このコリーヌ国立劇場が作られたわけだ。

「SPAC秋→春のシーズン」では、基本的には「演劇の教科書に載るような古典」をメインに上演し、中高生鑑賞事業も行っている。だが、このレオノーラ・ミアノの『顕れ』は、古典に匹敵する力をもった作品と考え、「SPAC秋→春のシーズン」で来年1月~2月に上演する予定となっている。

今日も9割くらいの入り。客席数は500ほどで、静岡芸術劇場よりも一回り大きいから、静岡で満席になるよりもお客さんが入っていることになる。この規模の劇場で一ヶ月間、27回の公演を行うというのは、なかなかできない経験。

二日目。今日も、固唾を呑んで見守るような客席。ラストの曲では体を揺らして微笑んでいる方々も。

徐々に拍手の音が高まり、トリプルコール。

二日目カーテンコール

世界で最もアフリカ系住民の多い都市の一つでもあるパリは、しばしば皮肉を込めて「アフリカの首都」などと呼ばれたりもする。

エッフェル塔のお土産売り場

アフリカの多くの国々は1960年代に独立を果たしたが、フランスにはなお「海外県」が残り、フランス国内で生きることを選んだアフリカ系住民も少なくない。エメ・セゼールは、アフリカ系の奴隷が自由と独立を勝ち取ったハイチ革命(1804年)を描く『クリストフ王の悲劇』(1963年発表)について、「もはやわれわれは、容易に識別できる共通の敵というものに対して立ち上がるのではなく、われわれ自身の内で、われわれ自身に対しての戦いを行わなければならないのです」と語っている。私たちも、これから一ヶ月間、パリの人々とともに「われわれ自身に対しての戦い」を戦うことになる。

ワジディ・ムアワッドさんとコリーヌ国立劇場のおかげで、大変な作品に出会うことができた。静岡での初日は2019年1月14日。日本のお客さんに出会うことで、この作品も変容していくだろう。ぜひ見届けていただきたい。

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『顕れ ~女神イニイエの涙~
2019年1/14(月・祝)~2/3(日) 静岡芸術劇場
作:レオノーラ・ミアノ
翻訳:平野暁人
上演台本・演出:宮城聰
音楽:棚川寛子

日本語上演・英語字幕

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