2019年1月7日

<『顕れ』#010>ル・モンド紙劇評

Filed under: 『顕れ』2019

あけましておめでとうございます!
SPACの新年は、宮城聰最新作『顕れ ~女神イニイエの涙~』からスタートします!
1月4日より稽古を開始、一週間後に迫る初日に向けて最終調整を行っています。

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▲年始に『顕れ』座組集合写真を撮りました!

本作はパリ・コリーヌ国立劇場の2018年シーズン開幕作品として1か月間上演されました。
今回より3回連続で、仏主要紙に掲載された劇評をご紹介します。
*パリ公演期間中のSPAC文芸部 横山義志によるブログはこちら
 


コリーヌ劇場にて、奴隷制の犠牲となった人々の魂に儀式を供した宮城聰
アヴィニヨン演劇祭において『アンティゴネ』を成功させたかの日本人演出家・宮城聰は、今度はカメルーン人作家レオノーラ・ミアノの詩情と言葉の息吹とを見事に昇華させてみせた

Séverine Kodjo-Grandvaux
2018年9月23日 ル・モンド紙
(原文はこちら

 
時が、夏に別れを告げながらもモン=ルイの丘の上でその歩みをとめていた。パリは9月20日の夜のこと。ペール=ラシェーズ墓地の目と鼻の先で奏でられていた「天と地の狭間、昼と夜のあわい、とこしえの罪人たちの棲む灰色の谷の間近」を舞台に蠢いていたのは「見捨てられし魂たち」。すなわち決して贖い得ない罪に、およそ人道に対する罪のうちでも際立っておぞましい罪に手を染めた者たちの魂。その罪とは、人々を奴隷の身分に貶めアメリカ大陸各地へと強制連行した事実に他ならない。そうしてまた、その空前の動乱に踏みにじられた「さまよえる魂たち」は4世紀以上もの長きにわたり、寄せては返す波濤さながら命の揺りかごめがけて己が身を砕いては、「生まれんとする魂たち」に呼びかけるのだった。どうか自分たちの請願を、最高神イニイエに聞き届けてもらえるよう働きかけてほしい、と。

「さまよえる魂たち」は裁きを求めない。ただ知りたいと願う。ただ明らかになることを望む。「海の向こうからやってきた者たち」に同胞を売り渡すような行いへと人々を駆り立てたものは、いったいなんだったのか。「生まれんとする魂たち」の名はマイブイエ。南アフリカ共和国のアパルトヘイト闘争においてアフリカ民族会議党の闘士たちが用いたことで広まった「取り戻せ」を意味する合言葉だ。地上に生まれ落ちたマイブイエたちはひとたび人間としての生を終えると「始まりの海」たるマンガンバへと還って己を癒し、ふたたび地上を目指す定めを負っている。ところが「地上で自分たちを待ち受けている混沌を知り」その務めを拒絶し始めるマイブイエたち。やがて互いに交わることを許されぬはずの力と力とが一堂に会し、宇宙の存続は危機に晒されてゆく。

人間の選択と行動に関する不変にして普遍の問いを投げかけるこの悲惨な史実をテーマとした本作『Révélation /顕れ』(2015年刊行、本作は3部作「Red in Blue」の第1部として収録)の中でレオノーラ・ミアノは、「黒人奴隷貿易」に与した黒人たちの存在に言及する。ミアノはまた、自身もドゥアラに生まれ育った者として「黒人奴隷貿易」という語それ自体を退ける。そもそも「アフリカ」という呼称からしてヨーロッパ人の考え出したものであり、当時アフリカに住んでいた人々は、死出の船底へと投げ込まれたまさにそのとき、自らをアフリカ人だと考えてもいなければ黒人だと認識してもいなかったのである。

喪われた人道性
10月20日まで本作を上演中のフランス国立コリーヌ劇場芸術監督であるワジディ・ムアワッドのはからいにより、ついに実現のときを迎えることとなったレオノーラ・ミアノ(代表作として、2006年度「高校生のゴンクール賞」を受賞した『来たるべき日の輪郭』、2013年度フェミナ賞を受賞した『影の季節』など)のかねてよりの願い。はたして、宮城聰はめくるめく演出をもってレオノーラ・ミアノの詩情と言葉の息吹とを見事に昇華させてみせた。日本的な美意識のもつ力がカメルーン人作家の構築した神話のスケール感と融合したのである。

「まずびっくりしたのはですね」5月に行われたインタビューで宮城は以下のように語っている。「この戯曲のなかで描かれている死の観念、あるいはいわば「死後の世界」のとらえかたが、日本人の広く一般に思い描く「あの世」の、もっといえば死後の魂の行く末のイメージにあまりにも近かったことです。死後の魂を主題とした様々な物語に昔から親しんできた日本の人々のあいだでは、惨たらしい最期を迎えた人や無念の死を遂げた人の魂は極楽へと辿り着くことができず、この世に縛り付けられたまま、怨みが晴らされ痛みが鎮められるまで浮遊し続けると考えられているのです」

声も登場人物たちも分裂させてゆく手法をとる宮城。固定的な役割にも、性別にも、さらには「人種」にもとらわれないその姿勢は、まさにミアノにも重なるものである。2017年に71回目を迎えたアヴィニヨン演劇祭のオープニングでまったく新しいアンティゴネを法王庁の中庭に生ぜしめた彼だが、今作でも様々な太鼓や鈴が奏でる力強くも繊細極まる音楽にのせて精巧な身体表現を描き出してみせた。そうして宮城は喪われた人道性の寓意である「ウブントゥたち」に、ひいては鉄の足枷を付けられ死んでいった男性の、女性の、そのひとりひとりに、記憶から消し去られてしまったひとつひとつの名前と顔に、尊厳も埋葬も許されぬまま卑しめられたひとつひとつの身体に、さらにはいまに至るまで敬意を示されてこなかったひとつひとつの記憶に、哀悼を捧げ、儀式を供したのである。音楽を通して「俳優たちに死者の魂へ語りかけてほしいんです」と宮城は語る。

作品に込められたそうした世界観に全編通じて圧倒的な美を付与しているのが俳優たちの瞠目すべき演技と、わかりやすく「アフリカ的」なイメージの対極を突いた衣装の数々だ。日本的な美の意匠を介して、三角貿易や奴隷制、西欧世界とアフリカ世界あるいは白人と黒人の対立といった事象の中から物語の本質が抽出され、観客は残酷で非人間的な人間の歴史のただなかへと投げ入れられる。そうして人間に内在しうる極めて下賎な部分、犯しうる過ちや逸脱、欺瞞や卑屈さといったものを否が応でも直視させんとするのである。なぜなら、自らの過去をまっすぐにみつめ、人類の歴史と対峙することを拒む態度こそなにより忌むべきものなのだから。

(翻訳:平野暁人)

◆これまでのブログ
2018.7.15更新 #001 県大での公開授業レポート
2018.7.21更新 #002 作者レオノーラ・ミアノ氏来静!
2018.8. 5更新 #003 レオノーラ・ミアノ氏講演会レポート
2018.8.30更新 #004 研修生ポールさんの振り返りレポート
2018.9.11更新 #005 世界初演まで間もなく!
2018.12.10更新 #006 『顕れ』の世界を読んで楽しむ
2018.12.16更新 #007 静岡県立大学図書館で特別展示開催中
2018.12.24更新 #008 創作秘話 ~衣裳編~
2018.12.27更新 #009 創作秘話 ~小道具編~

◆パリ公演期間中のブログ
『顕れ』パリ日記2018 by SPAC文芸部 横山義志

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SPAC秋→春のシーズン2018-2019 #3
顕れ ~女神イニイエの涙~
2019年1月14日(月祝)、19日(土)、20日(日)、26日(土)、27日(日)
2月2日(土)、3日(日) 各日14:00開演
日本語上演/英語字幕
会場:静岡芸術劇場

作:レオノーラ・ミアノ
翻訳:平野暁人
上演台本・演出:宮城聰
音楽:棚川寛子
*詳細はコチラ