『黄金の馬車』特別対談 Part2

 




野崎歓 (のざき・かん)
1959年新潟県高田市生まれ。主な著書に『フランス小説の扉』(白水社、2001年)、『赤ちゃん教育』(青土社、2005年、講談社エッセイ賞受賞)、『異邦の香り―ネルヴァル『東方紀行』論』(講談社、2010年、読売文学賞受賞)等。訳書にジャン・ルノワール『ジョルジュ大尉の手帳』(青土社、1996年、青土社)、サン=テグジュペリ『ちいさな王子』(光文社古典新訳文庫、2006年)、ネミロフスキー『フランス組曲』(共訳、白水社、2012年)など多数。

映画『黄金の馬車』の背景

野崎: お話をうかがっていると、あるところではルノワールを継承しながら、21世紀的展開がありそうで楽しみになってきます。ルノワールの時代から文学、芸術、思想の分野で前面に出てくる発想は女性の問題でしょう。ルノワールは女優を通して女性の力を見つめていますね。さきほどお話ししたようにこの映画の前はインドに行っています。奇特な花屋さんがお金を出して彼に映画をつくらせるんです。その前はハリウッドにいました。さらにその前はフランスですが、ナチスの占領があり、友人を辿ってアメリカへ渡りました。ルノワールという名前はアメリカ人にもっとも知られているフランス名の一つです。ジャンの父親ピエール=オーギュスト・ルノワールの絵はとても人気がありますから。亡命したときも、あのルノワールの息子なのかとスムースにアメリカへ入っていったんです。
彼が映画の世界へ入った背景には、アメリカ映画の魅力があったと思います。チャールズ・チャップリン、デイヴィッド・ウォーク・グリフィス、エリッヒ・フォン・シュトロンハイムといったサイレントの巨匠たちの影響です。フランスの演劇は言葉の芝居ですよね。シェイクスピアに比べても、理詰めにつぐ理詰めです。映画はそこに初めて風穴をあけた。これがアメリカ映画の啓示だったと思うんです。ところがハリウッドに行って何本が映画をつくってみると、ベルトコンベアーでつくっていることがわかってくる。彼は次第に映画を撮れなくなっていきます。この事実についてはまだまだ研究が足りないと思いますが、間違いなく言えるのは、映画を撮れなくなる時期と赤狩りの時期が重なっていることです。彼がもっとも親しくしていた映画人たちがしょっぴかれはじめます。ハリウッドの空気がさっと抑圧的なものになった。そういう時期にアメリカにいたわけでなんです。そこから流れ者の身分になります。最終的にフランスで何本か映画を撮りますが、それらは徹底して女優の映画です。ロベルト・ロッセリーニとの恋をつらぬいてハリウッドを追われ、徐々に下り坂になっていたイングリッド・バーグマンを起用して映画を撮る。『フレンチ・カンカン』では舞台上の女優たち。赤狩りのハリウッドから逃げ出した彼のやったことは女優を撮ること。しかも女優が大口を開けて笑うような映画です。そのことが今見返すと身に染みるのではないかと思えてなりません。現在の様々な状況の中で、宮城さんがこういうテーマに取り組もうとすることが、どこか重なるような気がします。

流れゆくものに力が宿る

野崎: ルノワールの『黄金の馬車』に関して言えるのは、一つは徹底的に演劇を讃えるという彼の中に脈打っている精神が発露したこと。子どもの頃からの演劇への愛です。彼のお兄さんはピエール・ルノワールという名優でした。映画もたくさん出ていますし、舞台で大活躍した人です。もう一つは、流れていくこと。横割りの世界。ルノワールは、19世紀になって縦割りの世界になってしまった、とよく言います。国別の所属意識にがんじがらめになってしまった。けれどこれから来る世界は違う。横割りの世界なんだと言っています。彼自身の人生がそうだったとも言えるし、彼が求める文化のあり方がそうだったのでしょう。そのことが『黄金の馬車』で滑稽なほどの奇妙なでたらめさを生んでいます。なぜイタリアのコメディア・デラルテ一座がペルーまで来ているのかわけがわからない(笑)。興行面で英語圏に売っていこうと、それまで英語を話したことがなかったアンナ・マニャーニがカタカナ英語で必死になって話している。そういう不思議な世界になっている。そんなことも全部ひっくるめて、逃げていくもの、流れていくものの方が、ある力を宿していることを暗示しているように思います。そのときに女優がいる。女神が色々なところへ流れていく、そんなイメージがあったのかなという気がします。
宮城: 単純に言うと、縦割りにしたのは男だと言えるかもしれません。
野崎: 第二次大戦後の人たちは、そのことに嫌というほど気づいていたと思います。ところが、共産主義との闘いが出てきて、縦割りを強めざるをえなくなった。皮肉ですね。いかにしてそこから逃れる力を表現するかが課題だったんだと思います。
宮城: なるほど。
野崎: ルノワールには陽気さがあります。50年代のアメリカ映画、それはある種の黄金時代ではあります。例えばフィルムノワールみたいな犯罪映画。倒錯的な心情まで含み込むような映画が一世を風靡していく。笑いのない時代に突入していきます。そこでルノワールは単純に光や笑いを求めていったという、そんな感じもあります。

演劇への強烈な憧れ

宮城: 演劇は何も残らないんです。フローとストックで言うと、フローしかない。演出もそういうもので、時間の流れや気の流れをつくる仕事です。舞台の上でエネルギーがどっちからどっちへ流れているんだろう。いつエネルギーの流れをとめて、いつ流れ始めさせるのか。演出という仕事はそんなことをしているんです。本当に流れることばかり。演劇人の中には形を残したいという人もいます。演劇そのものは残らないにしても、学校を残したり、思想を残したり、方法を残したり。しかしぼくは、演劇は他のジャンルに比べて何も残らないところがいいと思っています。残したいという気持ちをあまり持たないんですね。
野崎: 『黄金の馬車』の最後は、純粋に流れとしてあって後に残らない演劇というものへの羨望のようにさえ感じられます。演劇の世界の中にいる人は絶えず流れに身を捧げていかなくてはならないのかもしれません。
宮城: そうなんですよね。演劇は本当に消えてしまいますから。
野崎: デジタル技術ができて消えないものが出てきたのかもしれませんが、フィルム時代の映画は消えゆくものでもありました。小津や溝口のサイレント映画は三分の二くらい消えてしまっているわけだし。ルノワールだって自分の映画を見直すことはまずなかったと思います。そもそもシネフィルでさえなかったでしょう。彼にとっては現場が一番。役者と付き合いながら何かつくることが無性に楽しい。もちろんトラブルもあります。アンナ・マニャーニが言うことを聞かない。毎晩夜遊びして二時間遅れてやって来るのをどうコントロールするかという大変な悩みもあったらしい(笑)。そんなことも含めて付き合っていくおもしろさ、現場のおもしろさを一番に感じていたんでしょうね。
宮城: イタリアの俳優は本当にそうだったんですね。ピランデルロでも、主役は大抵、何か文句ある? という感じで遅れて稽古場にやってくる(笑)。
野崎: (笑)そんなイタリアの役者らしさということも含めて、この映画は恥ずかしいほど演劇への愛に溢れています。ルノワールは映画撮影に関する映画はつくりませんでした。それは彼の弟子の世代、フランソワ・トリュフォーやジャン=リュック・ゴダールがやったことです。ルノワールにとっては撮りたいテーマではなかった。彼にとって、演技をする、スペクタクルをつくることが帰っていくイメージは演劇です。なぜかと考えるんですが、やはりバックステージがすぐそこにあることが大きいのではないかと思います。舞台から引っ込んで痴話喧嘩をしたかと思うと、また舞台に出ていく。ああいう光景がたまらない。
宮城:小津の『浮草』でもそうなっていますね。
野崎: 映画はもっとクールなメディアです。幕の後ろを見たって誰もいませんから。ルノワールには演劇のあったかさに憧れているところが明らかにある。それを題材に実際にものすごくいい映画ができている。演劇の熱気にあてられがちな人は映画ばかり観ることも多いですが、映画をつくる人ほど演劇の人ともっと交流して、演劇の命というものにカメラを向けてみるとよいかもしれません。舞台が出てくる映画にはおもしろい映画が多いです。

こんなのでいいの!?の希望

野崎: 逆に言うと、映画を演劇にするという発想をどういうふうに考えるのか。映画には編集がつきものです。フローとストックで言えば、その部分にストックがある。撮り貯めたフィルムをつないでいく。そこを完全に取っ払って、宮城さんがどう立ち上げるのか。例えば、『黄金の馬車』の冒頭で幕が上がって舞台がある。その後に、ペルーの真っ青な空が映るわけです。幕が上がったんだからそこは一応舞台ということになっているわけですが、いきなり青空が出てしまう。映画にはそんな融通無碍さがあります。
宮城: タデウシュ・カントールの演劇『死の教室』をアンジェイ・ワイダが映画として撮りました。ほとんど舞台の記録なんですが、まさに一ヶ所だけ青空が出てきます。カントールはあれは自分の作品ではないと言っているらしいし、ワイダも自分の作品としては封印したという話もあります。舞台を観ているときに青空が見えてしまうというイリュージョンを、本当に青空を使って撮ってしまうのはどうなんだろうというのがちょっとあります。舞台を観ているときにそれを感じたのはわかる気がするのですが。例えば、正反対に、アンドレイ・タルコフスキーの『ノスタルジア』の最後みたいに、本物のように見せておいて実はミニチュアだったという方がぼくには親しみが持てるところがあったんです。映画を撮っていると言ってもそれはやっぱりイリュージョンで、本当はこしらえものだったという方がわかる。かつてはそうでした。けれど『黄金の馬車』を見ると、理屈の枠組みがスコーンと飛ぶところがある。
野崎: でたらめなことを一杯やっていますからね(笑)。
宮城: これでいいのだと思わされるところがあります。歳のせいもあるのかもしれませんが、どちらかと言うと、こんなのでいいのか!?という作品の方が、人にポジティブな力を与えられるのではないかと思うようになってきました。
野崎: 緻密に精緻につくりあげた構築物よりもですか?
宮城: ええ。『ノスタルジア』の最後みたいに結局はミニチュアでしたと。たしかにまとまるのですが、作家の意図が露呈している。それに対して、こんなのでいいの!?という印象を残せるならば、お客さんに対してより強く希望を手渡せるのではないかと、最近は思うようになっています。
野崎: ルノワールと言えば、こんなのでいいの!? 派の巨匠ですから(笑)。ゆるいところはものすごくゆるいし、よくこんなことをやるなと呆れちゃうようなところもある。同時にタルコフスキーと同じくらい緻密なところもあるわけなんです。人工物をおそろしく豊かに見せてしまう。『黄金の馬車』では闘牛場が出てくるはずが全く出てこない。人が騒いでいるショットだけで闘牛場の雰囲気を喚起しています。それにも増して、こんなのでいいのか!?と鼓舞する力が強いですね。それを演劇的と形容することができるのかもしれない。共有している感じがすごく強い。この映画の肝で、こんなのでいいのか!?と思うのは、アンナ・マニャーニです。このとき40代半ば。今の若い人に見せるとなんて言われるか怖い(笑)。。絶世の美女のはずが、まあかなり年増感があります。ところが、顔のアップを見ているだけで涙が出てくるくらい感動させる力をもっています。しかも台詞を言い足りないところをイタリア語でバンバン話していたりする。映画的というより芝居的と言うのかな。アンナ・マニャーニは土着の女優としての魂を持っている人だと思うんです。しかしそれを全開にされるとさすがのルノワールでもこうはまとまらなかったでしょう。うまく導いて一つの形を与えたなという感じがします。
宮城: 英語を話させたのも、そういう意味では一つの枷になったのかもしれませんね(笑)。
野崎: あんまり暴れさせないようにね(笑)。

【対談PRAT3につづく】

(構成:西川泰功)

コラム 『Hate Radio』

 


山路徹(やまじ・とおる)
1961年東京生まれ。1992年、国内初となる紛争地専門の独立系ニュース通信社「APF通信社」を設立する。これまでビルマ、ボスニア、ソマリア、カンボジア、アフガニスタン他、世界各地の紛争地を精力的に取材する。

山路徹

 戦争を起こそうとする勢力(主に政治家)が、民心を掻き立て世論を戦争へと導く手段として必ず利用するのがメディアだ。全ての内戦・戦争において世論誘導にメディアが利用されている、と言っても過言ではない。
 私が過去に取材した内戦や戦争においても100%メディアが利用されていたし、時に、メディア自身が戦争を煽っていたケースも少なくない。
 例えば、1992年に勃発したボスニア・ヘルツェゴビナの内戦では、セルビア、クロアチアの各勢力が、それぞれ民心を煽るために主にテレビメディアを利用していた。民族や宗教の違いを巧みに利用し、世論を内戦へと導いた。そして、それまで仲良く暮らしていた隣人同士が突然、敵になってしまったのだ。更に悲劇なのは、内戦が長引き、犠牲者の数が増えていくと、それぞれの民族の心の中に取り返しのつかない憎しみが生まれ、始まりは決して民族・宗教の違いが本当の原因ではなかったのに、結果的に、民族・宗教戦争になってしまったことである。
 また、2001年のアフガン戦争や2003年のイラク戦争において、戦争当事国であるアメリカはメディアを通じて戦争の必要性と正当性を国内のみならず世界に訴えた。特にイラク戦争においてアメリカは、「イラクが大量破壊兵器を保有している」という、イラク脅威論を喧伝し国際世論を味方につけたが、結局、これは事実ではなかったことが明らかになっている。
 戦争の規模や性質はまったく違うが、舞台『Hate Radio』」は、ルワンダ内戦の真実の一端を通して、内戦・戦争の本質をとても分かりやすく描いている。 
 そして、見る者の心の奥深くに突き刺さるメッセージには戦慄さえ覚えるのだ。また、『Hate Radio』」は、メディアそのものに対する戒めと、メディアに踊らされてはいけない、という民への警鐘を鳴らしているように思う。
 私たちの国・日本も最近では領有権問題がメディアを賑わす機会が増えてきたが、そこから何を読み解くのか?日本の今後の平和はメディアの良識と国民のメディアリテラシーにかかっていると改めて思った。

コラム『ポリシネルでござる!』

 


伊藤晃(いとう・あきら)
人形劇団クスクス代表。2007年に秋田県でうまれたプロ劇団。「クスクス」という小さな声を大切に、面白くて楽しい人形劇をしてゆきたいと願っています。秋田、岩手、山形など東北を中心に、全国で公演しています。

伊藤晃

 2006年9月、フランス北東部の都市シャルルビル・メジエールで行われた世界人形劇フェスティバルに出かけた。10日間の期間中に150本近くの人形劇が上演される世界最大のフェスティバルである。

 そこで「ラ・パンデュ」というグループの「ポリシネルでござる!」という人形劇を観た。

 ヨーロッパには乱暴で怠け者の道化が活躍する伝統的な人形劇が各地にある。イタリアでは「プルチネラ」、イギリスでは「パンチ」、そしてフランスでは「ポリシネル」。民衆の気軽な娯楽として、時には権力への風刺や支配への抵抗として、いつも身近にあった人形劇。とはいえ古典劇であるから現代の東洋人が観るのはいかがなものか、という事前の心配は杞憂であった。ヨーロッパの古典的人形劇が、現代の日本人でも楽しめるだろうか。観劇前の心配は杞憂であった。

 古いアパートの中庭にしつらえられた伝統的な形式の舞台で、人形を操るのは若い男女。劇は道化のポリシネルと恋人、赤ん坊と犬と警官と死神といったお馴染みの連中が入り乱れ、司会役の男とポリシネルが掛け合いをしながら、テンポよく進行する。

 人形の扱いが見事だ。途中の大立ち回りには、僕も人形遣いだから可能なのはわかるが、同じ人形遣いだからこそ唖然とした。SF映画のパロディや台湾風な立ち回りも取り混ぜながら、子どもは大笑い、大人は眉をひそめながらも拍手喝采である。

 内容はお下品で不道徳、しかしそれが不快に感じられないセンスの良さがある。「伝統」としてカギ括弧でくくられるのを許さず、抑圧されたエネルギーの捌け口として現代に再生されていた。

 人形劇には、こんなにも力があった。僕らはいつのまにか限界を規定してはいなかったろうか。以来、「ポリシネル」は僕の目標である。終演後にサインをもらったポスターは、いまも稽古場の壁に架かっている。

 このたび静岡県舞台芸術センターの招きで来日するという。秋田から馳せ参じたいところだが、自分たちの初日が直後に控えている。
さて、僕は当日の客席に座っていられるだろうか。

コラム『Waiting for Something 』

 

徳永京子(とくなが・きょうこ)
演劇ジャーナリスト。朝日新聞劇評の他、公演パンフレットや雑誌、web媒体などにインタビュー、寄稿文、作品解説などを執筆。東京芸術劇場運営委員および事業企画委員。

徳永京子
 少しマニアックな話をします。

 カーネーションという日本のロックバンドがいます。インディーズ時代も含めると活動は30年、さまざまな紆余曲折を経て自分達のペースで活動できる地盤をつくり、昨年出したアルバムは、軽やかな現役感と迫力ある成熟度が見事に融合したしびれる傑作でした。一般的な知名度は高くありませんが、ロック好きやミュージシャンから深い愛と尊敬を集めています。このバンドのフロントマン、直枝政広さんがかつてインタビューで「あなたにとってロックって何ですか?」と聞かれて答えた「家にある僕のレコード棚です」という言葉に私は感銘を受け、後日、中野成樹さんを思い出すようになりました。

 つまり直枝さんの答えは、過去と表現の理想的な関係のように私には聞こえ、演劇でそこにいるのは中野さんだと思うのです。大好きな作品、影響を受けた人、それらを生み出しては消えていった先人と長い歴史……。そうしたあれやこれを今の自分を通してアウトプットする。アウトプットされた作品はシンプルで肩の力が抜けているけれども、その余白には、圧縮された時間や重ねられた推敲が透明な結晶としてあちこちに存在する。それは同時に、アウトプットした主体が演劇そのものになることをも意味します。

 中野さんは、中野成樹+フランケンズ、通称ナカフラという劇団を主宰し、独自のスタイルで既存の戯曲を演出しています。それはしばしば“誤意訳”という中野さんの造語で説明されますが、芯にあるのは「有名戯曲をこう変えたらおもしろい」とか「ここまでやっても名作は価値を失わない」といった外部からの好奇心ではなく、「ここさえ押さえてあればいいんだよ」という演劇の歴史からの応答です。それがたとえどんなに大胆なアレンジでも、中野さんは演劇そのものなので許されます。

 『Waiting for Something』は、不条理劇の金字塔『ゴドーを待ちながら』が原作ですが、かなりねじれの効いたアレンジが施されています。でもベケットは、あの難解な『ゴドー〜』の登場人物を当時の有名コメディアンに演じてほしかったそうなので、そのスラップスティックぶりはきっと望むところでしょう。

コラム『生と死のあわいを生きて』

 


今井翼(いまい・つばさ)
神奈川県出身。2002年9月「タッキー&翼」としてCDデビュー。出演した舞台をきっかけに、フラメンコを本格的に学ぶ。歌手・俳優などの幅広い活動を通して、スペイン文化の普及に貢献したことが評価され、昨年6月、世界初のスペイン文化特使に任命された。

今井翼

 下北沢で、初めて小島章司氏の公演を観たとき、衝撃が走りました。
 人間離れした存在感、いい意味でフラメンコの既成概念を覆す作品性、さらには表現の枠、国境・性別・年齢を超えた存在感。身体から湧きあがる言葉にならないエネルギーは、どんな衣裳をも透かしてすべてを見せている、そんな“生きた”芸術の力を感じたのです。
 踊り、中でもフラメンコは表現者の血・肉・皺までも含めた人としての年輪や深み、生きざまを賭けて表現するものだと思っています。小島章司氏は、今のように簡単に渡欧できない1960年代に船で単身スペインへ渡り、フラメンコを学び、スペインのカンパニーに参加してツアーで踊っておられます。情報の無い時代にそこまでできる勇気はもちろんですが、僕が尊敬してやまないのは、氏のフラメンコへの情熱が単なる西洋文化への憧れではなかった点です。フラメンコを日本に持ち帰った氏は、やがて日本の古典芸能などと融合させた自国の文化・芸術としての独自の世界も切り拓かれました。そこには、深い人間愛と自国愛があり、それこそが大衆芸能であるフラメンコの魂だと思います。
 今回はたった一回の舞台のために、氏が作品を創り、踊るといいます。さまざまな映像メディアを身近に楽しめる今ですが、フラメンコは生きた芸術。だからこそ、そのたった一回のために出かけ肌で何かを感じることをおすすめしたい。それが氏のような素晴らしい年月を重ねた芸術家のものであるならなおさらです。できれば、フラメンコを知らない人にこそ、心をまっさらにして接していただきたい。
 僕自身、7年前からフラメンコに夢中で、スペイン文化特使も務めています。今年はつい最近2週間スペインへ行き、アンダルシアのタブラオで踊りました。言葉にすると角が立ったり照れくさかったりする感情も、フラメンコなら人間らしく自由に表現できる、それが魅力です。
 これからは僕も日本人ならではのフラメンコの表現を通して、人間の魅力を多くの方に伝えたい。そしてその道の向こうにはいつも、豊かな時間を積み重ねた小島章司氏の背中があります。

(聞き手:浦野芳子)

コラム『母よ、父なる国に生きる母よ』

 

大岡淳(おおおか・じゅん)
1970年兵庫県生まれ。演出家・劇作家・批評家。SPAC文芸部スタッフ、ふじのくに芸術祭企画委員、はままつ演劇・人形劇フェスティバルコーディネーター、静岡文化芸術大学非常勤講師。

大岡淳
 日本では〈母なるもの〉は今も、神聖な地位を占めているのではないだろうか。私の同世代は『宇宙戦艦ヤマト』や『銀河鉄道999』のような松本零士作品に親しんできたと思うのだが、幼少期の私は、あのマザコン全開のキャラクター設定にドン引きで、周囲の男の子たちが、何の疑問も抱かずメーテルの下敷きなんか持っているのを見ると、おいおい!と心の中で叫んだものである。また大和和紀『あさきゆめみし』なんて読んでいる女の子たちに対しても、ちょっと待て、光源氏だって、桐壺更衣の影を追い求めるマザコン・プレイボーイじゃないか、イケメンだからってそんな男に憧れて、将来嫁姑問題で苦労したって知らないぞ!と、やはり心の中で叫んだものである。〈母なるもの〉おそるべし。

 その一方で、思春期の私は、内田春菊・岡崎京子・原律子・桜沢エリカといった、いわゆる「女の子エッチマンガ家」の出現に遭遇した。若い女性マンガ家たちが、青年誌上で、自らの性や性欲について堂々と表現し始めたのだから、これは事件であった。〈母なるもの〉への抵抗とも思えた。わけても内田春菊が、フェミニズムのような理屈からではなく、すったもんだの人生経験から、男たちと母たちのマザコン的共犯関係を告発する戦闘的表現者へと成熟していったことには、思わずブラボーを叫んだものだった。心の中で。

 こんな話に共感するあなたも、反発するあなたも、ぜひ『母よ、父なる国に生きる母よ』を観てほしい。昨年春にワルシャワ演劇祭に招待され、ポーランド演劇の最先端の作品群を片端から観て回り、最も感動したのがこの芝居である。テーマは、ずばり母と娘の関係。母と息子の関係に負けず劣らず、母と娘の関係ってのも面倒でしょ?「友達母娘」なんてゴマカシでしょ?と私は思うのだが、遠くポーランドにも、似たようなことを考えている人たちがいたというわけである。パワフルで、ユーモラスで、なかなかの社会派でもある、極上のエンタテインメントを、堪能して下さい。私も、今度こそ声に出してブラボーを叫びます。

コラム『脱線!スパニッシュ・フライ』

 

伸井太一 (のびい・たいち)
ライター(ドイツ製品史・サブカルなど)。現在、東海大学文学部ヨーロッパ文明学科講師としてドイツ近現代史を教える。著書は東西ドイツの製品文化をポップに扱った『ニセドイツ』シリーズ(社会評論社)。静岡市では映画イベントなどにも出演。

伸井太一
 『脱線! スパニッシュ・フライ』(原題:Die [s]panische Fliege)には、ダジャレが仕掛けられている。Sを取り除けば「パニッシュ(panisch)」=「パニックの」という意味になるのだ。

 本作は実にパニックそのもの。表情やセリフもみな、狂気じみている。だが、本劇が初演された100年前、1913年のドイツも混沌とした社会であり、翌年には、まさに混乱に満ちた大戦争(第一次世界大戦)を開始することとなる。

 『脱線!スパニッシュ・フライ』のパニックの源泉は何なのだろうか。1871年にフランスとの戦争に勝利し、ドイツ帝国が誕生し、産業革命によって繁栄を極め、医科学も飛躍的に発展した。「ドイツの医学薬学は世界一ィィィィ」という某マンガのセリフは、まさにここに端を発している。同時に、医学は様々な「混乱」をもたらした。精神医学の発展は「狂気」を発見し、人の心は分析される対象となり、薬物による心の操作の可能性も開かれた。この「こころ」観の大変化は、この演劇の主題ともいえる。

 また、豊かさは徐々に身分や男女差の垣根を崩していく。そこで男は、立派なヒゲでも生やして虚勢を張るしかない(当時のドイツは空前のヒゲ・ブーム!)。そしてヒゲのルートヴィヒが大事に抱えるのは、書類整理バインダー。これは1886年にドイツで発明された物で、ドイツ語でOrdner(オルドナー)、つまり「整頓(秩序)」の意味合いを持つ。そして、そんなバインダー(秩序)にファイルされた秘密が漏れ出す・・・。

 これらのキーワード「医科学」や「秩序」は、日本人の多くが持つドイツ像そのものだ。だからこそ、それらがメチャクチャ(パニック)になることが笑いのツボだといえる。他のドイツ像といえば、ビール、ソーセージ、サッカー、クラシック音楽などなど。しかし、その中に「ドイツ=お笑い」は無く、「ドイツ=お堅い」というイメージが支配的だろう。確かにドイツは笑いさえもお堅い部分もある。だが、そんな笑いこそが、どことなく間抜けであり楽しい。

 2013年が、日本にドイツの笑いが定着する最初の年になるように心から願いたい。それが静岡の公立劇場が主催する演劇祭から始まるなんて、なんだかステキな話だと思う。

コラム『室内』

 

ベネディクト・ル・ラメール Bénédicte Le LAMER
2000年、ブルターニュ国立劇場付属演劇学校を修了。01年、クロード・レジ演出のコンサート『消えた男の日記』(ヤナーチェク作曲)でデビュー。その後レジ演出『死のヴァリエーション』(ヨン・フォッセ作、03年)、『目的のない男』(アルネ・リグレ作、07年)に出演。03年に自らの劇団を立ち上げ、演出家としても活動している。『室内』創作に先立って行われた俳優向けワークショップでは、長年レジ作品に関わってきた女優として、1ヶ月にわたって講師を務めた。

ベネディクト・ル・ラメール
 クロード・レジの作品は、多くの方にとってはふつうじゃない、見慣れないものだと思います。でも、本当の現実というのは、見慣れていないものなのかも知れません。いずれにしても私にとっては、世界が違って見えるくらいの経験でした。

 クロードの作品をはじめに観たときには、ほとんどショックでした。まだクロードの名前も知らないときでしたけど、パリで演劇専門の高校に通っていて、16歳くらいのとき、コメディ=フランセーズでクロード・レジ演出の『出口なし』(サルトル作)を観ました。本当に「何なの、これ!」という感じで、まずは拒否反応でした。それで高校を出てから、一度大学で文学を学んでいたんですが、論文を書いていたらふたたび演劇に興味を持つようになって、ブルターニュ国立劇場付属演劇学校のオーディションを受けました。そこでクロード・レジが教えている、と聞いてはいたのですが、そのときはまだ、観た作品と名前が結びついていませんでした。

 クロードとの出会いは驚くべきものでした。クロードの言葉を聞くと、私がずっと一人で探し求めていたものを、耳元でささやかれているかのように感じました。大学時代からメーテルリンクも読んでいましたが、そういった詩人たち、作家たちと私を、クロードが直接に結んでくれるように感じました。クロードの舞台は死の話ばかりなので、こういう話は妙かも知れませんが、私はクロードの舞台に出会ってはじめて、自分が生きている、と感じました。自分の心臓が脈打っているのを感じました。ちょっと啓示を受けたような経験でした。

 クロードの舞台はとてもゆっくりで、何もかもが速く進む今の世界では、かなり非日常的な経験をすることになります。詩や芸術というものは、自分のうちに裂け目を生み出すようなものなのではないかと思います。私たちはテレビのニュースで、血が流れるような強烈な暴力を見ることには慣れていますが、それでも言葉が生み出す暴力的な力にはなかなか耐えられません。私たちは日常生活のなかでは、まわりが見えないままに、何かを求めて日々進んでいきます。その何か、真理や現実といったものを、詩や舞台を通じて見つけることもあります。クロードと出会って15年になりますが、今でも発見の連続です。私がこれまで前を向いて生きていくことができたのも、そのおかげなのだと思います。

(構成:横山義志)

『黄金の馬車』特別対談 Part3

 



野崎歓 (のざき・かん)
1959年新潟県高田市生まれ。主な著書に『フランス小説の扉』(白水社、2001年)、『赤ちゃん教育』(青土社、2005年、講談社エッセイ賞受賞)、『異邦の香り―ネルヴァル『東方紀行』論』(講談社、2010年、読売文学賞受賞)等。訳書にジャン・ルノワール『ジョルジュ大尉の手帳』(青土社、1996年、青土社)、サン=テグジュペリ『ちいさな王子』(光文社古典新訳文庫、2006年)、ネミロフスキー『フランス組曲』(共訳、白水社、2012年)など多数。

舞台に立ち続ける人生

宮城: アンナ・マニャーニの演技は、なんだかんだ言ってけっこう抑制しています。その抑制がこの女優すごいと思わせてしまうわけですが、意外なほど表情を使っていない。そういう意味では演劇的と言えるかもしれません。演劇は表情にあまり頼れません。遠くからだと見えませんし。
野崎: アンナ・マニャーニはロッセリーニの『無防備都市』という映画で世界的に有名になりましたが、この映画では市民の主婦を演じています。ネオレアリスモですからリアルな女。『黄金の馬車』の彼女は女優を演じているんですが、演じていないことを演じているような感じです。ペルーの副王が蒸し暑くてカツラを取ると、マニャーニが笑いますね。腹筋の強さを如実に感じさせるような馬鹿笑いですよ。ああいうのはハリウッドの女優ならばありえないはしたなさですよね。けれど、それがものすごく魅力的に見える。
宮城: 体全体を使っているという意味でも演劇的ですね。極端な演技と言いますか、この世にないものを演じる。これを見るおもしろさは、例えば、100メートルを10秒きって走る選手を見るのと似ています。こいつら人間じゃないという思いと、人間だよねという思いが、同時にあるような。人間ってここまでいくんだという感じと、別世界の連中だという感じが、同時にある。
野崎: 副王はカツラを脱いだときから、自分の仮面を取りますね。自分の役割を初めて捨てて素の顔をさらすことができる。あたかもそこに人間同士のコミュニケーションがありそうなんだけれども、最終的にパリスの審判になるわけです。男だと頭にくるシーンかもしれない(笑)。思い出してみると、意外にマニャーニは男3人に同じような態度でいたりして、何を考えているのかわからない感じがする。
宮城: 手練の花魁が男をあしらうという演技ではないですね。副王がカツラを脱いだら、女優の側も本当の顔になり…といった展開になりがちですが、そうはならない。
野崎: もともとのペリコラ伝説だと王様は王位を捨てて女優と一緒になり、田舎で暮らして子どもをたくさんつくり、めでたしめでたしという話だったみたいなんです。ルノワールの映画は全然そうではない。人生は選べない。舞台の上に居続けるしかない。話しているうちに悲しい物語なんだなという気もしてきます。選ばないという選択を女優に強いているとも言える。
宮城: そういうところもありますね。ぼくも反省してしまうところがあります。女優はこうあってほしいと言っているような感じもある。女優にしてみれば、迷惑だなあ、この思い込み、という感じもあるような気がします。
野崎: 『フレンチ・カンカン』では、ジャン・ギャバンが演じている座主が、踊れる女の子を集める。その中でもピカイチの女の子が座主に執着しますが、座主は彼女を突き放して、お前の場所はここだと言ってステージで終る。抜け出せない異次元。一座の人間は誰一人そこからは出ていけない。そういう掟もある。あの場所を離れても漂流し続けるしかない。主役をはれなくなれば、おばあさん役をやる。そういうことなんでしょうね。

俳優による生演奏の醍醐味

野崎: 舞台における音楽をどうお考えになりますか? 踊りと音楽は日常とは違う空間を盛り上げていきますね。
宮城: ク・ナウカという劇団時代からずっと、俳優が生演奏をすることにこだわっています。棚川寛子という、もともと俳優で、今は演劇の音楽を担当している方がいるのですが、音楽教育を受けていない役者たちにその人ができるフレーズを与えて、トータルに見ると複雑さを持った音楽をつくるという仕事をしています。彼女はそれを経験的に積み重ねてきました。生演奏の芝居では常に彼女と一緒にやっています。俳優に演奏させることの主旨は、人間の全体性の回復です。俳優の仕事を遡っていくと、音楽も踊りも台詞もやる、専門家ではないあり方があると思うんです。いかにも人間という感じ。そんな人がいたかどうかも本当はわからないですが、今日、専門分化した俳優を見ると、その遥か向こうにステレオ画のように全体性としての役者が幻視できるような気がして、そこに戻っていきたいと思うんです。ただしそこに戻るには、ごまかされている乖離をさらけ出した方がいいと思っています。俳優は自分の中で乖離しているのにごまかしながら演じている。お客さんも気づいて気がつかないふりをする。そんな乖離があるということをまずさらけ出す。言葉と肉体はずいぶんはぐれてしまった。これをさらけ出す。心臓という楽器を体の中に持っているはずなのに、なぜか言葉から音楽性が消えて、音楽はサウンドトラックで担われたりする。その乖離もまずは露呈させる。露呈させながらも、同じ俳優が、とある場面では演奏しており、とある場面では台詞を言わずに動きだけやっている、とある場面では動かないで台詞を言っている、というようにする。乖離したパートをやっている役者はもどかしさを感じます。動かずに台詞を言っている役者は動きたいと思うでしょうし、太鼓だけ叩いている役者は台詞を言いたい衝動があるでしょう。全体から切り離されているもどかしさを抱えながらパートを担当する。そのもどかしさをみんなが抱えていると、その向こうに全体性が立ち上がってくるのではないかというのがぼくの考えです。
ですから生演奏もいわゆる専門家に頼むのではなく、稽古場にいる俳優たちに、この場面出てないよね、じゃあ音楽担当、というふうにやってもらっています。プロの演奏家を雇うならばそんな無駄な時間の使い方はできません。稽古の初日に楽譜もできていないうちから稽古場に拘束することはできない。もっと効率よくつくらなければならない。ぼくがやっているのは、その正反対です。演奏の形が先にあるわけでもない。まず台詞を読んでもらって、この場面はこんなフレーズかなというふうに音楽をつくっていくんです。うまくいくと、その全体が、人間捨てたもんじゃない、という感じになります。
野崎: 音楽も一緒につくっていくということなんですね。
宮城: お客さんも欠片になってしまっていますので、残りの部分がなんとなく感じられてくる、というようなことが起こると思うんです。

プリミティブな芸術を求めて

野崎: うかがっていると、宮城さんとルノワールの出会いは必然だったんだなという感じがいよいよしてきました。ルノワールも芸術のプリミティブな形態に対する憧れが強いんです。映画では創成期のチャップリンやグリフィス。絵画であれば近代のものよりルネサンスや中世のものにひかれている。日常では何でも専門分化していく方向を止めようがない。それで、せめて芸術の世界では回復する必要があるというのが彼の基本的な立場です。ただ、映画の場合、音楽の扱いが難しいことが多い。音楽家にどのくらいギャラが払えるかとか、契約の問題もある。それが『黄金の馬車』では奇跡的にハマっています。ヴィヴァルディの音楽を全編に流す。また、劇団ですから自分たちで楽器を演奏している。そうすることによって、一座があの土地に来たことで生まれる生命感がわき出してくるような感じがあります。振付家のモーリス・ベジャールが『黄金の馬車』について、ルノワールとヴィヴァルディの共同監督と言ったらしい。そのくらい鮮烈な印象を与えているんでしょう。ヴィヴァルディの『四季』はこの頃はまだ有名ではなかったと思います。イ・ムジチ合奏団が演奏する『四季』が普及するのが50年代半ばです。その前ですから。ルノワール自身も知っていたわけではなく、イタリアに流れついた頃に知り合いが教えてくれたらしいんです。とりつかれたように聴いて、この音楽でいこうと決めた。行き当たりばったりと言えばそうなんですが、あれがテーマソング、根幹をなす精神になっています。ルノワールにしてみれば、演劇はコメディア・デラルテ、音楽はヴィヴァルディを見つけた、これでいける! ということになったのでしょう。宮城さんの場合は、一座が音楽を持ってくることになるのでしょうか?
宮城: たぶんそうなると思います。まだ作戦が立っていないのが聴衆の役です。客席に座っているお客さんが聴衆役になるのか、それとも、舞台上で俳優が聴衆という役を演じるのか。人数に限界があるため考えているところです。
野崎: 映画だと聴衆の肩ごしに舞台を撮ったショットがあるじゃないですか。ぼくはあれがすごく好きなんです。自分が見ているときはこうやって見られているんだなとあらためて思う。観客が観客役ならば、まさにその一人になるわけですね。

機械仕掛けの神でいい?

野崎: 最後に司教が機械仕掛けの神のように出てきますね。あれについてはお考えがありますか?
宮城: 正直、ああいうところはつくっていって見えてくるのかなと思っています。これまでの経験で言うと、芝居をつくっていく途中まではよくわからないことの方が多いんです。ある日、これはこうやって終るんじゃないか、とわかるんですね。なので今は心配してもしょうがいないとほったらかしているんです。機械仕掛けの神(デウスエクスマキナ)というくらいで、それこそ2500年前からそういう終わり方で人は納得してきたのだから、そんなに心配していないです。
野崎: ルノワールの説では、本来、文芸はそういうものだったと。ラストなんて楽しみにしていなかったと言うんです。このストーリーはどうなっていくんだろう? という興味で読者を引っぱって行くのはロマン主義以降のやり方で、これを悪しき病だと彼は言います。ギリシア演劇の観客は最初から筋を知って観にきていた。その方がいいと。この映画も最後は投げ出すような形になっている。心理的な芝居であれば、女1人と男3人でどういう心理の綾で転がって決着がつくかという話になるはずです。けれどそういうことは一切ない。その方がかえって別の次元に出たような感動があります。
宮城: 日本の伝統演劇でも、これで終わりなの? ということはよくあります。一方で、現代のお客さんは起承転結をふまえた話にさんざんならされているので、今、文楽や歌舞伎の幕切れを見ると、え、もう終わり? というような感じもある。現実にはお客さんの方が着いていけないこともあります。それでもお弁当があれば、まあいいか、となったりする。実際のお客さんは理想の観客とは違ったところにいたりするので、そこは案配です。このくらいならいけるかなと思いながらやっています。
黄金の馬車を実際に登場させるかも考えどころです。黄金の馬車が出るだけで機械仕掛けの神に近い効果があると思いますので、何かしらは出すと思います。こういうところも芝居のおもしろいところで、はなから嘘だとわかっているわけです。例えば、さまよえるオランダ人が船に乗ってやって来ると言っても、戦艦大和みたいな船が舞台に出てくるはずがない。じゃあどういうものを出すのか。嘘のわりにはすごいものが出たというのも一つのやり方です。おいおいこんなすごいものが出てくるのかと思わせる。一方で、見立てもある。うん、船に見える、船に見えるよ、と思わせる。あるいは、船の形はどこにも出てこないのに、後から思い出すと出ていたような気がするということもある。つまり観客の想像力がつくってくれる。これも案配なんですが、お客さんの期待や予想に対してどのあたりを攻めるかということです。ぼくはこういうところで気の利いたことをしません。今回はとくに古怪な感じを目指していますから、オッ考えたね、なんて思われない方がいい。うまいことを思いついたね、と言われる時点で世界が小さくなりますので。
野崎: どんな幕切れになるのかなと想像が掻き立てられますね。ルノワールが映画を撮ったときに、俳優で演出家のジャン・ヴィラールが率いていた国立民衆劇場(Théâtre National Populaire)が原作戯曲の舞台を同時上演したんです。ぜひやってください。今日はそれをお願いしに来たんです。前座にジャン・ルノワールの映画を! 映画と演劇が同時に見られて、そこでひとつの大きな世界ができあがるんじゃないでしょうか。そうすると、さすがのルノワールも分が悪いかもしれない。演劇には生の迫力がありますから。楽しみにしています。
【おわり】

『黄金の馬車』特別対談 Part1

 




野崎歓 (のざき・かん)
1959年新潟県高田市生まれ。主な著書に『フランス小説の扉』(白水社、2001年)、『赤ちゃん教育』(青土社、2005年、講談社エッセイ賞受賞)、『異邦の香り―ネルヴァル『東方紀行』論』(講談社、2010年、読売文学賞受賞)等。訳書にジャン・ルノワール『ジョルジュ大尉の手帳』(青土社、1996年、青土社)、サン=テグジュペリ『ちいさな王子』(光文社古典新訳文庫、2006年)、ネミロフスキー『フランス組曲』(共訳、白水社、2012年)など多数。

なぜ<演技だけが残る世界>に共感するのか?
〜『黄金の馬車』の大いなる朗らかさと、せつなさ〜


野崎歓(フランス文学者)×宮城聰(SPAC芸術総監督)

「ふじのくに⇄せかい演劇祭2013」にあたって、宮城聰が新作に選んだのはジャン・ルノワール監督の映画として名高い『黄金の馬車』。そこで対談相手に、著書『ジャン・ルノワール 越境する映画』等の業績でサントリー学芸賞を受賞し、フランス文学の研究翻訳で活躍する東京大学教授・野崎歓を迎えた。終始、熱気をおびた調子で進んだ対談は、一見愉快な本作の奥深さに光をあてることになった。広報冊子で掲載しきれなかった対談の全容を公開する。

演劇の小ささと大きさ

宮城: 演劇をつくっているぼくらは、欧米が生み出した近代演劇の土俵で勝負しなくてはいけない面があります。そんなこと関係ない、とどうしても言えない面があるんです。その土俵の中でアジア人として何をするかと考えることになります。土俵自体が小さいんだけど、・・・と思ってはいても、関係ないとは言えない。ではどういうふうに距離を保てばいいのかというときに、2003年に初演し、2013年初頭にフランスツアーを行った『マハーバーラタ』ができてきました。『マハーバーラタ』の原作は一人の人が書いたものではないことがよかった。ある意味ではとりとめがないわけですが、そこにとりとめをつくるときに、つくり手の意図を出さないように注意して、古怪な感じを出しました。その路線を『黄金の馬車』で実現できればいいなと思っています。
野崎: 『マハーバーラタ』のような文明そのものを体現している神話的な作品に比べれば、『黄金の馬車』はこじんまりしているかもしれませんが、プロスペル・メリメの原作戯曲は女優伝説を下敷きにしているようですね。演劇をすくいとるという点では融通無碍な題材かもしれません。
宮城: たしかに考えようによっては『黄金の馬車』はものすごく小さいとも言えます。ジャン・ルノワールの映画がすごいのは、その小さい題材に、これが世界だという感じが出ているところでしょうね。演劇はほんらい全くそういうものなんです。全部が箱庭みたいなもの。ミニチュアです。にもかかわらず観劇した後に、一つの世界を見たという感じを持ちます。そのおおらかさと言いますか。
野崎: ルノワールのキャリアを考えると、『黄金の馬車』の前にインドで『河』という映画を撮っています。インドに現代的な意味での映画を根づかせた重要な仕事です。自然そのものの中で、ガンジス川を中心に、土地や世界を広く撮った映画なんです。それがイタリアに行くと、今度はセットで撮っている。180度別のベクトルで撮っているんです。宮城さんが『マハーバーラタ』から『黄金の馬車』に行くのも宿命じゃないですか(笑)
宮城: まさにと思いました(笑)
野崎: ルノワールはインドの水と光の世界からイタリアにやって来たときに、ずっと狭いところ、セットの中で人がわいわいがやがやしているところを撮るわけなんです。そのテーマとして演劇はズバリだったという感じがします。
宮城: どういった必然性があって、ルノワールはメリメの戯曲に興味を持ったのでしょう?
野崎: 簡単に言えば、演劇への愛だと思います。ルノワールの自伝の最初に、幼児のときに連れて行ってもらった人形芝居のことが書いてあります。幕が開くときにあまりに興奮してちびってしまったという話です。映画『黄金の馬車』の最初も舞台の幕ですね。心の中の柱として演劇があり続けたのでしょう。それが時々あらわれるんです。『黄金の馬車』はもともとルキノ・ヴィスコンティが撮るはずだった。だけど彼は気難しい人なのでプロデューサーと対立してしまった。ヴィスコンティはルノワールの弟子にあたるわけですが、ルノワール先生が暇にしているからというので頼んだわけです(笑)主演のアンナ・マニャーニが、そんなことで映画になるの? と言うので、ヴィスコンティが、何言ってんだ! ルノワール先生がやってくれるんだぞ! とそんな経緯があります(笑)ルノワールはハリウッド時代にもメリメの原作で撮りたいと思っていたようです。そこにあるのは演劇の世界、スペクタクルの世界への憧れでしょう。『黄金の馬車』の後の作品は『フレンチ・カンカン』で、やはり舞台の世界です。普通の人とはちょっと違う人生の中にあって、しかし誰もにひらかれたものをつくる人たちを無性に描きたくなったのでしょう。ある意味、せせこましいつくりでありながら、スコーンと抜けているようなところがある。演劇そのものがそうなのかもしれません。ルノワールの映画では奇跡的に命が吹き込まれている感じがします。

舞台を室町時代へ移して

野崎: 今回は、舞台を日本にして、しかも時代が室町ですよね?
宮城: こういう馬鹿げたことがあっても許されるような設定を考えたときに、田楽一座が南の国に行くことにしたらどうかと考えました。では、どこへ行くのがよいのか。映画ではスペイン支配下の南米のペルーです。でも日本人は植民地を実感としてよくわからないところがある。いや、実際には植民地を持っていた時代があるわけですから、わからない方が間抜けなんでしょう。今でもフランスに行くと、植民地や宗主国をわがこととして感じている。植民地だった国々に対して、旧宗主国という関係を持ち続けているでしょう。ぼくにはそのことがなかなか捕まえられない。なので、植民地の問題はいったん省いておいて、芸人たちが別の文化がある土地に入っていくという構図を考えました。とはいえ全く架空の場所では芝居にならないような気がします。そこで京都から船でしか行けないような場所はどこかと思ったときに、高知県あたりではないだろうかとまず考えた。ちょうど応仁の乱の後に高知県に京都の貴族である(土佐)一条氏が入って、小京都をつくっている。これはおもしろいなと思ったんです。応仁の乱の後ですから、能楽がどんどんポピュラリティを上げていくなかで、田楽は人気がなくなっていったんじゃないかと(笑)。そんなことを考えられなくもないと思いました。室町時代に京都の貴族が京風の文化を持ち込んだ土地があり、そこに時代遅れになりつつある田楽一座がやって来る。これなら設定としてありえるのではないかと。
野崎: 食い詰めている一座が流れてくるという感じですね。そういう感じは映画にもあります。コメディア・デラルテの伝統を背負っているのだからバリっといけるのかと思ったら、ちょっと時代とずれているような感じがある。宮城さんは周到に構想しているなあと思ったんですが、ルノワールの場合は、イタリアの企画だからコメディア・デラルテを入れるかとそんないい加減な感じなんですよ(笑)。メリメの原作では土着の女優です。
宮城: 原作にコメディア・デラルテは出てこないですね。
野崎: ルノワールは正直な人で、その土地の風土や自然などのもっともストレートなところに食いつくんです。アメリカに行けばディープサウスで鯰を釣る映画を撮っていますし、インドに行けば『河』、イタリアに行けばコメディア・デラルテしかないだろう、とそういう感じになる。彼にとっては、世界のどこへ行っても、その土地を正直にあらわしているものを掴めばいいという覚悟なんだと思います。そうすると、自分のところでやらせてもらおうという宮城さんの根性には相通じるものがありますね(笑)。
宮城: 映画の最初のわずかな字幕だけでその背景が説明されてしまうんですよね(笑)。
野崎: 実にまあ、堂々たるものですよね(笑)。しかも南米というわれわれからすると土地勘のないところですから架空感がすごい。宮城さんの『黄金の馬車』は、応仁の乱の後という設定ですので、政治性や社会性を背負った一座になるのでしょうね。

女優一座の風情がヒント

宮城: 翻案で難しいと思っていることがあります。映画だとコメディア・デラルテの一座の中にかつてスポンサーだったスペイン貴族が入っていますね。ルイジ・ピランデルロの『山の巨人たち』にも出てくるのですが、主演女優に入れあげて私財をつぎ込み無一物になった貴族です。本当にいたのかどうかはわかりませんが、典型的な人物になっているのでしょう。これが日本の設定では難しいんです。あんまりそういう人がいないじゃないですか。
野崎: そこが一番うかがいたかったことです。映画『黄金の馬車』と原作戯曲『サン・サクルマンの四輪馬車』の中心にあるのは女優です。もともとの女優伝説ではペリコラという「危険」という意味の名前を持つ女優。女優というのは危険ですよね(笑)。教会を目の敵にしたりする。演劇をやっている人は罰当たりな人として、他の人と同じ墓地に埋葬してもらえないこともあった。そういう意味でも俳優の魅力、とくに女優のそれをどう扱うのか。で、日本の文化で考えたときに、女優の危険は覆い隠されてきたのではないかという印象があります。道楽で芸者に入れあげることはあるでしょうが。
宮城: 花魁なんかはありますよね。
野崎: そのあたりはどういうふうにつくられるんでしょう?
宮城: お能で言えば男しか演じません。他の芸能を考えてみると、男が演じていたものを女が演じる例はあります。例えば、少女歌舞伎や女相撲。あるいは女子プロレスでもいいかもしれない。こういう言い方は誤解を招くかもしれませんが、よりいかがわしくなる感じがありますね。それ自体に落剥した感じがある。素朴に言えば、女優だけの一座がすぐに売春に結びつくこともあったでしょう。武士の世界で言えば、男が男を愛する方が立派。男が女を愛するのは落ちる行為になってしまう。足利将軍が世阿弥を愛するのは武士らしいです。しかし女を愛すると戯れという扱いになります。芸能も男がやると本物臭い。同じことを女がやると二流の感じなる、ということがあったと思うんです。
そんなことを小津安二郎の映画『浮草』を参考に考えています。あの映画は戦前にサイレントで撮ったものをリメイクしています。サイレントのときは主役が男だったのですが、大映で撮った『浮草』は京マチ子がやっている。
野崎: ボリューム感のあるいかにもグラマーな女優というイメージですよね。
宮城: そうそう。浅香光代みたいな感じ。京マチ子が旅芝居の主演女優をやっていて、そもそも二流という感じが漂う。これがヒントになるのではないかと思うんです。ヨーロッパの文脈とはちょっと違いますね。サラ・ベルナールみたいな感じではない。
野崎: ヨーロッパでもスペクタクルに命をかけるような女優は近代になってから登場したのかなという気がしないでもないです。そもそもの美学は裸体にせよ男の方が美しいという古代ギリシア以来の古典主義でしょう。一方で女性を危険視するからこそのことです。そういう意味で、日本ではよりいっそうタブーが強かったのかもしれませんし、精神性を求める度合いが高かったのかもしれません。
宮城: ヨーロッパでは、ラシーヌが登場した時代ですでに女優が偉いですね。
野崎: モリエールでもそうです。
宮城: ああいうことって日本ではないんですよ。
野崎: ラシーヌもモリエールも愛人は女優ですが、たしかに日本だと明治以降という感じがします。
宮城: 日本はホモソーシャルな感じがあるんです。
野崎: それが文化としての質の高さを保証している印象もあったわけですね。宮城版は、ルノワールより危なさを漂わせた一座の登場になるのかもしません。南国の人にとってはなんじゃこりゃという(笑)。

劇中劇・古事記のねらい

野崎: 今回の旅一座の演目はかなりぶっ飛んでいるようですね?
宮城: 男がやるものを女がやると二流になる、という日本の芸能の特徴。義太夫も娘義太夫になると本当にすごいものとは違うと捉えられてしまう。そこで、劇中劇ではあえて古事記を取り上げようと思っています。天照大御神がもともと女性神なのにいつの間にか男性的になっていくのはなんでかなあと思うんです。日の丸だって虚心に見れば女性的なシンボルなのに、いつの間にかマッチョなものとして扱われるようになっていく。これを遡って女性的なものに回帰させることが、古事記を使うとできるかもしれない。これによって女座長的二流感が反転するとおもしろいなと思っているんです。
野崎: 劇中劇がかなりバネのきいた仕掛けになってくるわけですね。
宮城: うまく行けばそうです(笑)。
野崎: ルノワールはコメディア・デラルテの役者を使っているだけに、意味もなくトンボを切ったりします(笑)わかりやすくていいですが、劇中劇というほどのものがあるかはわからない。宮城さんの劇中劇ではオルフェウス神話も入っていますよね。古事記とオルフェウス神話……よくばっていますね(笑)。
宮城: 伊奘諾(いざなぎ)と伊奘冉(いざなみ)の話とオルフェウスの話が似ていますね。欧米人がSPAC版の『黄金の馬車』を見たときに、劇中劇は日本の神話だろうと思うでしょう。しかし、われわれの神話とも実に似ていると思ってもらえればいいなと。似て非なるものではあるかもしれませんが、ともあれ似ている。実は最後に、トロイア戦争の発端になるパリスの審判(※)を、男女逆にしたバージョンでやってみようと思っています。お客さんが幻惑されてくれないかなと。パリスの審判の逆版が古事記にあるわけではないですが、伊奘諾と伊奘冉のあとに見ると、古事記にこんな話があったかもしれないなと思えるでしょう。そんなことをたくらんでいます。
野崎: 逆版ということは、女が男を選ぶわけですね。すると男は3人ですから、ルノワールの映画の構造とぴったり重なってくる。いやあ、仕掛けますねえ(笑)。

※ パリスの審判:ギリシア神話の挿話で、トロイア王プリアモスの息子パリスがヘーラー、アプロディーテー、アテーナーの三美神から最も美しい女神を選ぶ。パリスはアプロディーテーの「最も美しい女を与える」という言葉に誘惑され、アプロディーテーを選ぶ。「最も美しい女」とは、スパルタ王メネラーオスの妻ヘレネーであり、これがトロイア攻めの発端になった。

【対談PART2につづく】

(構成:西川泰功)