2010年5月21日

『ペール・ギュント』(宮城聰演出、ヘンリック・イプセン作)

坂の上の雲、または私が私である呪い
~宮城聰版ペール・ギュント

柳生正名

ペールの波乱万丈の一代記を舞台上に観て、思い巡らせたのは「私が私であるという病」についてだ。いやむしろ「呪い」というべきか。「自分が 自分であること(アイデンティティ)」自体は、自らに選択の余地のない、唐突で、意味不明な事柄でしかないのだから。それゆえ、人は「自分探し」に心を奪われてやまないのだ。

今回、宮城聰は舞台上に、客席にむけ傾斜したお立ち台風の第二の舞台を設け、その上での演技を役者に求めた。お立ち台の床には「振リ出シ(スタート)」「上ガリ(ゴール)」の場所と、それぞれ賽の壱から六までの目を刻んだ双六の升目が描かれる。背景も同様の意匠で、お立ち台と背景はいわば鏡像関係にある。前半は、背景に戦前の少年雑誌の付録「日本人海外発展双六」が重ねて映写された。「私が私である」ことの呪いに取り付かれ、「自分探し」の旅を繰り広げる主人公ペールの生き様に、帝国主義列強の角逐する世界に突如投げ出され、国家としての「自分探し」に奔走する戦前の日本の姿が、重ね合わされるわけだ。

役者たちは京劇並みの身体性を駆使し、舞台の賽の壱の目に穿たれた穴を抜けて登場・退場する。これが舞台に、アニメやTVゲーム風のスピード感と仮想現実(バーチャル)で重層的な世界観をもたらす。演技の質も心理主義にかぶれた新劇調でなく、今風に言えばキャラ立ち志向。それが、テーマの重さから来る圧迫感を和らげ、観客が終幕、そのテーマに直面させられる際の衝撃を逆に増幅するだろう。

お立ち台から退場した役者は、主役(タイトルロール)を除く全員が、白装束に早替わりするやいなや舞台脇に回り、様々な楽器で複拍子的リズムパターンを入れ替わり奏していく。文字通り、脇を固めるわけだが、その中の一人に、宮城は主役に匹敵する劇的重心を担わせた。開幕前から舞台上に座り込み、賽を振って戦争双六に没入する少年めいた人物がそれだ。

物語は、彼がペールをお立ち台の振リ出シに据え、魂を吹き込むことで始まる。各場面の伴奏音楽も彼が指揮をとることで、二時間四十分にわたる壮大で数奇な男の遍歴物語は、軍国少年の妄想とも、世界の命運を賽の偶然の出目に託す神の遊びとも、解釈可能となる。

この双六の上ガリ(ゴール)は、ペールの自分探しの旅が破綻していくのに並行して、訪れる。五幕半ば、乗り込んだ船が難破すると、自らの内なる声が防空頭巾を被った姿で現われ、己の日和見的エゴイズムを糾弾する事態に直面する彼。舞台に東京大空襲さながらの破局(カタストロフ)が現前するこの場面、背景の双六盤の上ガリにライトが当たった瞬間、爆音とともに舞台装置は倒壊する。皮肉にも、明治以降の日本が血眼で追い求めてきた「坂の上の雲」(舞台には井上馨の名を持つ王さえ登場する)が指先に触れた瞬間、その国土も、ペールが皇帝の座を願う野望も、無に帰する。

ペールの「自分探し=生」が終焉に至る大団円、決定的な役割を担うのがソールヴェイだ。原作では、物語の冒頭から一途に彼を愛し、待ち続ける彼女こそ、ゲーテの言う「永遠に女性的なるもの」の具現した姿として描かれる。常にその場限りの欲望に身を任せ、結果からは素早く身をかわしてこそ、自分は自分、と信じてきたペール。彼女は、そんな彼の男根(ファルス)的エゴを突き崩した上で、残った釦(ボタン)ひとつ分にも値しない人格を受け入れ、自分こそ彼の帰る場所、母たる存在と宣言する。

しかし、宮城の演出はイプセンの描いた、このようなソールヴェイ像を見事に裏切る。ペールの今際(いまわ)の際(きわ)に、彼女があの双六に興じていた少年と一人二役であることを暴いて見せるのだ。これが意味するのは、彼女が、実は永遠なる女性ではなく、しかし、世界のすべてを企図し、偶然の介入を許さぬ父なる神とも違う、単に遊び好きで気まぐれな存在にすぎない、ということだ。事実、彼女は人生の幕を迎えたペールに着せ替え人形のドレスを着せ、再び彼を双六の振リ出シに立たせる。

この幕切れは、イプセンがこの詩劇の後、十二年を経て「人形の家」を書き上げた事実を連想させる。観客は、振リ出シに戻ったペールが今度はノラとして、夫の着せ替え人形でしかない己を拒否し、「真の自己」を求めて踏み出していく姿を、そこに重ねないだろうか。かくして、イプセンの紡ぐ自分探しの物語は「ペール・ギュント」という作品の枠をも超え、宮城の掌上で輪廻めいた円環を形づくる。あたかも自分が自分たることが、生き替わり、死に替わり、性差も越えて引き継がれる「呪い」であることを裏付けるように。

一方、司馬遼太郎の小説に描かれるように、有史以来、国家は常に男たる自己を追求してきた。この幕切れを目の当たりにして、そうした営みが、わが国では終戦とともに振リ出シに戻り、戦争放棄という女性的原理の下で新たな双六を始めたのではないか、と気付かされた。その後、六十年を経て、なお自分探しの病に全身を侵され続けている現状にも。ならば、イプセンを「優れた詩人は共同体の予言者でもある」と評する宮城自身が今、日本の予言者たり得るか―ふと、そんなことを問うてみたくなる今回の舞台だった。(了)


『ペール・ギュント』(宮城聰演出、ヘンリック・イプセン作)

「スタトゥスを待つキウィタス」を!
―宮城聰演出 イプセン『ペール・ギュント』劇評

森川泰彦

この上演の空間を形作るのは、背景面には垂直に、床面には傾斜をつけて置かれた巨大な二つの双六盤である。そして物語の始まる前から、背景盤には「国民五年生新年号附録」の「日本人海外発展双六」が映写され、舞台前面では、新聞折の兜を被った腕白坊主がボード上で戦車や戦闘機のおもちゃを動かし遊んでいる。これは劇世界全体がこの子供の双六遊びであることを暗示し、また彼は、幼少のペールであると同時に黎明期の帝国主義日本の寓意でもある。軍国主義国家の成長ゲームたるこの双六は、各場面の終わりに枡目を照らして浮いたかと思えば沈むペールの人生を辿りながら、轟音と煙を伴い半壊することで敗戦を表し、彼の最期において「上がり」ならぬ「振り出し」にスポットを当ててその再生を示す。今回の演出の大きな特徴は、主人公の人生を終戦までの近代日本国家の歴史に重ねたところにあるわけだが、こうした美術(と衣装や旗)によって、それが(後述の例外を除き)元の物語を大きく損なうことなく、簡潔明瞭に舞台化されているのである。

こうした個人と国家の重ね合わせゲームは、一方が北欧の民話由来の人物、他方が極東の現実の国家という外観の大きな相違にもかかわらず、両者の本質に強い平行性が見られるが故に高い説得力を持つ。ペールは、欲望し自己実現する主体として個人的な自己同一性を形成し、かつ他害原理(ミル)を内面化せず世界規模で他者を踏みにじる(奴隷売買等)が、他方、帝国主義時代に開国した日本もまた、当時の欧米に同一化して列強として国家的な自己同一性を確立し、国際規範を弱肉強食と解して、植民地の獲得・支配に乗り出していったからである。

さらに今回の舞台では、そうした抽象的解釈表現のレヴェルで妥当だというに止まらず、具体的演技表現のレヴェルで豊かな肉付けがなされていた。双六盤には複数の枡目に穴が空けられ、役者を穴や舞台奥に一瞬で消し、出没させ、あるいは体を適宜埋めることで容易に人物間の高低差を作り出す。こうした特長が役者の高度な身体技術と共に活用され、豊かな運動感と多様な造形美を舞台にもたらしてゆくのだ。この簡素な空間は、森から妖怪の宮殿、砂漠、嵐の海といった状況に応じて千変万化し、舞台脇で行なわれた打楽器系の生演奏と相まって、3時間近い上演を飽きさせない。演奏をソールヴェイ役者が指揮するのも、鐘によってペールを救い見守る彼女の役割に符合するのであり、総じて、いわゆるブレヒト的(記号論的)演劇として優れた舞台だったと考える。

しかしながら疑問もあり、3点指摘しておく。第一は、トロルの面々に元勲らの名札を付けるなど、その宮廷を明治日本の政界に見立てた点である。これは、日本を表すペールがその退嬰性をトロルと共有することや、ドヴレ王国が、作者イプセンが故国の郷土意識を皮肉った戯画でもあることからくるのだろう(ⅰ)。しかし、共通点はあってもトロルはあくまでペールの他者というべきだし、この場には、異文化交流における理解と無理解、同化と抵抗、さらには植民地支配をめぐる諸言説が読み取れる。そして、トロル的生き方を否定したつもりが脱していなかったことを最後に悟るペールの人生は、近代化に遅れたアジアを蔑視しそこから離脱した(脱亜)つもりが、最も野蛮な国として破綻したことを自覚するに到る日本の道程と通じ合うのだ。とすれば王国は、封建的だった当時の朝鮮や清に当てはめるのが順当だろう。

第二は、ペールが猿に襲われる場面のカットだ。ここは、自己同一性をめぐる興味深い洞察が示されるのに加え、植民地人に対する宗主国の非人間視と彼(女)らの抵抗の寓話となりうる箇所であり、しかも短く活劇性に富む。付け加えるのに大した負担はなく、これを切るくらいなら盗人の場面を削るべきだろう(ⅱ)。

第三はソールヴェイの希薄化であり、彼女の重要性に鑑みればこれが最も重大である。彼女がペールを待つ場面も省かれ、見せ場のはずのラストのペールとの対話も刈り込まれている。そしてペールに嬰児服を着せるソールヴェイ役者は、腕白小僧の白い衣装で現れ(死装束?)、そこでのソールヴェイは子供のペールにすり替えられてしまう。老年期のペールは、幼少期の己の手で再生することになり(自己蘇生?)、これが日本の再生に重ねられるのである。演出家は、なぜ要となるこの場面にかかる改変を加えるのか。演出ノートには、「『国』を『人格』でイメージするとき、その人格はつねに『男性』」とあり、日本の国に重なるのは男性のペールでしかありえないということらしい。そう考えれば当然、女性のソールヴェイに対応物を見出せないことになるのである。

しかしかかる家父長主義的?国家把握は、この演出のための解釈には狭すぎる。国家をめぐっては伝統的に、統治機構としての国家(status)と、共同体としての国家(civitas)という大きく二つの概念の系譜があるが、国家が男性として表象されるというのは、前者の、軍隊や警察といった消極国家の機能を念頭に置くからだろう。しかし、後者の、下位社会を包摂した民族共同体の有するイメージは大家族であって、母をもその主要素としている(ⅲ)。帝国主義政策を支えたのは「銃後の守り」としての社会であり、ファシズムの基本思想はそうした「母なる大地」に根ざすことでもあるのだ。

だとすれば、国家を擬人化する場合、男性個人で表すのは暴力的国家機構に止め、国家共同体については女性を含む小家族に置き換えるのが妥当である。そしてかく捉えれば、軍国日本と同視すべきはオーセとペールの母子となり、その後の民主日本は新生ペールとソールヴェイの「夫妻」に対応させうる。貧窮の中、息子を溺愛し共に夢見る攻撃的なオーセは、彼の非行を怒りながらも庇ったが、天皇を崇拝し版図拡大を願うかつての貧しい日本社会=国民もまた、軍部の暴走を危惧しつつも支持し続けたのである。そしてソールヴェイとは、大正デモクラシー以降抑圧された社会の健全な契機の象徴であり、戦後アメリカ(=父なる神)の民主化政策が、それを育んだということになる(農地改革等)。彼女によるペールの救済を、戦後日本の平和主義や自由民主主義に基づく再出発とその後の経済発展に、その問題点も含めてそのまま重ねられるのだ。つまり、生涯ペールを待ち続けたソールヴェイは、望ましきスタトゥスを待ち続けた善きキウィタスと見做しうるのであり(高度成長期の衣服で示せよう)、個人としては非現実的なその行為も国家=社会としてはむしろ自然なこととなる。従ってこの舞台の演出方針からも、ソールヴェイについて原作を尊重することは可能でありかつ望ましい。冒頭の少年も、ペール役者が演じるのが順当だったと思われる。
(2010年3月14日観劇)

(ⅰ)毛利三彌『イプセンの劇的否定性』p471
(ⅱ)狂人の場面も惜しいがやや長いか。
(ⅲ)さらに前者も、社会保障のような積極国家の機能において母性的側面を有している。