2016年2月10日

2014冬〜2015春の劇評塾

Filed under: 2015

2014冬〜2015春の劇評塾に投稿いただいた入選作・準入選作を公開します。

応募数は14作品、入選2作品、準入選9作品です。

(お名前をクリックすると投稿いただいた劇評に飛びます。)

『グスコーブドリの伝記』
(演出:宮城聰 SPAC)

■入選■ 大内理沙さん
■準入選■ 徒川ニナさん
■準入選■ 樫田那美紀さん
■準入選■ 小長谷建夫さん
■準入選■ 鈴木麻里さん
■準入選■ 髙橋顕吾さん
■準入選■ 平井清隆さん
■準入選■ 望月秋男さん

『ハムレット』
(演出:宮城聰 SPAC)

■入選■ 小長谷建夫さん
■準入選■ 源九郎さん
■準入選■ 深澤優子さん


■入選■【ハムレット】エネルギッシュに悩み迷うハムレット 小長谷建夫さん

Filed under: 2015

 世上、ハムレットは悩める青年の代名詞のように扱われてきた。今回の宮城ハムレットのポスターにしたって、「悩め、悩め、悩め」がキャッチコピーとなり、主演の武石の泥顔を飾っている。そういえば、徐々に顔を泥に固められていくハムレットは、狂気を装い自らを閉ざしていく精神の過程を現すのか。
 台詞と動作を二人に分け、人間の意識と行動の危うさを醸し出すことを得意とする宮城だ。ハムレットの悩みをどう捉えるのか。さらに演劇「ハムレット」のメタシアターとしての要素を思えば、劇中劇が進行する中、演技する武石と演技するハムレット、観劇して面白がる我ら観客とを宮城がどう輻輳させ困惑させてくれるかと、誰もがわくわくして劇場に足を運んだに違いない。 続きを読む »


■準入選■【ハムレット】今、なぜハムレットなのか? 源九郎さん

Filed under: 2015

 「ハムレット」の舞台を初めて見たのは、2001年蜷川幸雄演出・市村正親主演の公演だった。その時の印象が強烈だったので、他の人のハムレットを見る気がしなくて、ハムレットから遠退いていた。今回の「ハムレット」は、14年ぶりの観劇である。
 最初はどんなストーリーだったかもあやふやだった。しかし、見ているうちに、こういう内容だったのか?と新たな作品を見るような新鮮さがあった。そして、14年前には気づかなかったことに気付ける自分があった。 続きを読む »


■準入選■【ハムレット】誰もハムレットを止められない 深澤優子

Filed under: 2015

 「ハムレット」の舞台を見るのは初めてである。でも、あの「生きるべきか死ぬべきか、それが問題だ」という台詞も、ストーリーもいつかどこかで読んだりしていて、なんだかもう知っているみたいな気がしていた。あまりに有名なこの古典的悲劇をSPACがどう捌いてくれるのか、どう見せてくれるのかを楽しみに劇場にでかけた。
 私がこれまで見たSPACによるシェークスピアは「ロミオとジュリエット」「真夏の夜の夢」だ。どちらも独創的な演出と鍛えられた表現者によるエンターテインメントにきっちり仕上がっていた。今回も期待を裏切らないおもしろさで私は2時間飽きることなく舞台に没頭し、楽しんだ。 続きを読む »


■入選■【グスコーブドリの伝記】グスコーブドリの死の意味 大内理沙さん

Filed under: 2015

SPAC版「グスコーブドリの伝記」のブドリの死の場面では、一人島に残ったブドリが、劇全体で使われた木の枠を折りたたんでいく。原作のこの場面にあたる箇所をみてみる。
 それから三日の後、火山局の船が、カルボナード島へ急いで行きました。そこへいくつものやぐらは建ち、電線は連結されました。
 すっかりしたくができると、ブドリはみんなを船で帰してしまって、じぶんは一人島に残りました。
 そしてその次の日、イーハトーヴの人たちは、青ぞらが緑いろに濁り、日や月が銅いろになったのを見ました。

このように、木の枠をたたむという描写は原作にはない。そもそも、原作にはブドリのしたことの直接的な描写はない。SPAC版のブドリの行動は、いったい何を表しているのか。 続きを読む »


■準入選■【グスコーブドリの伝記】賢治、静岡の地で確かに脈打つ 徒川ニナさん

Filed under: 2015

 一月二十四日に行われた『グスコーブドリの伝記』の公演は、私にとって生まれて初めての観劇体験となった。
 お察しの通り、私は『演劇』というものを学術的に解説する為の知識をもたない。しかしあらん限りの感性と拙い思考でもって、この素晴らしい出会いで得た感想を述べたいと思う。
 お恥ずかしながら原作未読の状態でグランシップを訪れた私は、『はじめての演劇鑑賞講座』に参加して『グスコーブドリの伝記』に関する幾つかの予備知識を得た。
 それは、この作品が賢治にとって死の前年に描かれた、自伝的要素を多分に含んだものだということ。そして賢治には、少なからぬ『農民への憧れ』があったこと。最後に賢治の作品に共通してみられる『消滅願望』がこの作品からも垣間見えるということだ。 続きを読む »


■準入選■【グスコーブドリの伝記】樫田那美紀さん

Filed under: 2015

 白、という色を思い浮かべてほしい。あなたの中にある白と私の中にある白。これは決して同じではない。いやむしろ必ず違う、と断言できる。例えば同じ白と呼ばれる物を私とあなたが同時に見たとする。その時も、あなたが見ている白と呼ばれる色と、私が見ている白と呼ばれる色は、必ず異なる。SPAC版グスコーブドリの伝記、本劇は人間が知覚する色彩の儚さと不確かさを、魅力的な姿で提示してくれた作品である。 続きを読む »


■準入選■【グスコーブドリの伝記】澄み切り過ぎてはいないか 小長谷建夫さん

Filed under: 2015

 私ならずとも美加理ファンならば大満足の舞台であったろう。なにしろ、ある時は誇り高い女王、ある時は薄幸の娘、ある時は妖艶にして恋多き異界の夫人などを演じ、観客を魅了してきた美加理だ。それが今回はなんと賢く健気な少年となったのだ。
 美加理の演ずるグスコーブドリ少年の美しさはまさに比類がない。少年愛などには縁遠い私だが、舞台の少年を見つめ続けていることに、なにかやましさを感じてしまうほどであった。 続きを読む »


■準入選■【グスコーブドリの伝記】ブドリの手帖 鈴木麻里さん

Filed under: 2015

やがて遺言のように残されるグスコーブドリの手帖が緑いろの表紙だなんて、原作や脚本にはどこにも書かれていなかった。舞台美術も衣装も白一色、人形やブドリの衣装もぐっとトーンを押さえるなか、手帖だけはペンキを塗ったように緑いろなのである。

わたしも真っ先にジョバンニの切符を思い出した。お父さんからの葉書をポケットに入れていたつもりが切符だったというのだから、ちょうど大きさもぴったりである。カンパネルラの切符は鼠いろだった。ブドリはこれから亡くなるというのに、手帖はどうして緑いろなのだ。 続きを読む »


■準入選■【グスコーブドリの伝記】髙橋顕吾さん

Filed under: 2015

 宮沢賢治の『グスコーブドリの伝記』。カタカナ部分が覚えにくいのは年のせいだろうか、漢字がバシッと決まっている『銀河鉄道の夜』の方が宮沢の作品としてはイメージしやすい。宮沢は、多々震災が絶えない郷土岩手で念仏を唱える母の背をゆり籠に、繰り返し地元を襲う冷害に打ちひしがれる農民たちを目の当たりにしながら育った。浄土真宗門徒であった父とは対立しながらも、自身は後に法華経へ傾斜していく。中でも「一乗妙法」という、法華経の教えがあれば万人成仏できる、という平等感は宮沢の「自身に執着しない」考えを育み、「久遠本仏」という、釈迦は永久の仏である、という法華経の一神教的側面は、宮沢の「『神』の手に委ねられた世界観」を醸成したのではないか(そしてこの点は後に、同じく一神教であるキリスト教への関心へと繋がる)。 続きを読む »


1 / 212