2019年1月8日

【顕れ ~女神イニイエの涙~】今なぜ「奴隷貿易」か ―レオノーラ・ミアノの『顕れ』― (元木淳子)

 カメルーン出身の女性作家レオノーラ・ミアノ(1973―)は、2005年にフランス語小説『夜の内側』でデビューして以来、精力的な活動をフランスで展開している。今回上演される『顕れ』は奴隷貿易を主題としたミアノの戯曲である。では今なぜ奴隷貿易なのだろうか。
 10世紀から15世紀にかけての中世アフリカは、世界と対等な交易関係を結んでいた。ムーサ大王のマリ王国などは豊かで安全な黄金の国として知られていた。
 だが、「大航海時代」のヨーロッパによる「新大陸発見」以来、アフリカは三角貿易に巻き込まれる。ヨーロッパからアフリカに酒や鉄砲が運ばれて奴隷と交換され、奴隷は「新大陸」のプランテーションに送られ、「新大陸」からはヨーロッパに砂糖などの換金商品が運ばれた。
 16世紀から19世紀にいたるこの三角貿易は、ヨーロッパに莫大な利益をもたらし、アフリカには甚大な被害を与えた。若い労働力が大陸から間断なく失われ、社会の平和と安全は損なわれた。航路での奴隷の死亡率は8〜25%、生きて大西洋を渡った奴隷の数は1200万〜2000万人と推定されている。
 当初、アフリカ海岸部の首長らは戦争捕虜などを奴隷商人に差し出していたが、17世紀後半以降に奴隷の需要が高まると、現地の支配者の中には奴隷狩りをして内陸へ侵攻する者も現れた。
 19世紀半ば以降、奴隷貿易は廃止され、かわってアフリカはヨーロッパの植民地と化した。「原住民法」や「強制労働」によって、人々はヨーロッパ向け一次産品の生産を強いられた。
 第二次大戦後、アフリカンナショナリズムの時代をへて、1960年に大陸は独立の年を迎えたが、冷戦終結後は、武器や資源のグローバル化の中で武力紛争などの問題も生じている。
 ミアノは、デビュー作と続編『来たる日の輪郭』、『深紅の夜明け』の三部作において、現代アフリカの武力紛争を描き、紛争の起源が奴隷貿易に遡るという考えを示した。
 「奴隷貿易がアフリカを変質させた。植民地支配は事態を深刻化させたにすぎない。そして、植民地の土壌から生まれたアフリカの政治家たちは、かつての植民者を真似るばかりで、独立を台無しにしてしまった」とミアノは分析し批判する。
 そして、「奴隷貿易に端を発する暴力と拉致の構造は、植民地時代に強化され、ポストコロニアルの現在も大陸に存続している。したがって、奴隷貿易の時代にサハラ以南のアフリカでなされた襲撃と、現代の人身取引とはパラレルな関係をなす。その意味で、ディアスポラの人々と同様、アフリカの民もまた奴隷貿易の子孫なのだ」と主張する。
 「だからこそ、今日わたしたちは、アフリカ近現代史の原点である奴隷貿易の真実を記憶し、犠牲者たちを悼まねばならない。だが現実には、奴隷として大西洋に消えた人々も、連行される途中、アフリカの地で息絶えた人々も、いまだ正しく弔われていない。アフリカで逃亡奴隷となり、共同体を作ってひそかに生き延びた人々の歴史も教えられてこなかった」とミアノは嘆く。
 さらに、残された家族について、作家は「三角貿易の略奪以来、連れ去られた人たちに母親がいたことを、だれも語ろうとはしなかった。何世紀にもわたって、大陸の母たちの時間は止まっていた」と指摘し、小説『影の季節』(2013、フェミナ賞)で、息子を拉致された母の視点から奴隷狩りの悲劇を描いた。
 戯曲『顕れ』では、奴隷貿易に関わった大陸の支配者の魂が、数世紀の時を隔てて真実を語るという結構が与えられている。それは、「だれが加害者で、だれが犠牲者かの色分けをするためではなく、むしろ赦しを訴えるためだ」とミアノは言う。 
 『顕れ』の女神イニイエは、使者のマイブイエを通じて、「始まりの大陸」で生まれた赤子に新しい魂を授けてきた。数十年前、マイブイエは、奴隷にされたあげく海の藻屑となり、今もさまよい続ける魂ウブントゥに出会った。ウブントゥは、自分たちに非業の最期を強いた当事者から、直に真相を聞きたいと訴えた。
 女神の計らいで奴隷貿易の大罪人たちが真実を語り出す。キリスト教に改宗して奴隷貿易に加担した支配者、逆に、ヨーロッパと戦う武器を得るために捕虜を売った王などがそれぞれの思いを語る。ウブントゥの魂は鎮められるのだろうか。歴史の声なき声を聴き、真実を知ることは、世界の観客一人一人にとって大切な問題である。本邦初演の舞台を通じて、わたしたちはどのような真実の「顕れ」に向き合うことになるのだろうか。

【筆者プロフィール】
元木淳子 MOTOGI Junko
法政大学教員。専門は現代アフリカ文学。とりわけフランス語表現の女性作家を研究。『現代アフリカの社会変動』(共著)、マリーズ・コンデ『風の巻く丘』(共訳)など。