2015年4月30日

【例えば朝9時には誰がルーム51の角を曲がってくるかを知っていたとする】上演に寄せて(アサダワタル)

意識は常に「無」を欲望する。しかし、意識には「無」がわからない。詩とは、もて余された意識によって、「存在」のうえに書かれる「無」の幻影だ。意識が「存在」そのものとなるそのときまで、「在って、ない」ことばの群れが、自己へと還るためにのみ自己から発せられ続けているだろう。つぶやかれないつぶやきで、宇宙は充ちているだろう。(池田晶子『事象そのものへ!』)

■本作上演「後」の日常イメージ

 筆者は本作『例えば朝9時には誰がルーム51の角を曲がってくるかを知っていたとする』についての情報、および本作のために新たに結成されたユニットの素性についてほぼ何も知り得ない。しかも本作は新作のため、拙稿執筆の2015年2月末現在には、台本も未だ完成していない状況だ。唯一受け取った企画書から得たヒントは、作・演出担当の一人である鈴木一郎太が語る「町」「生活」「個人」という言葉たち。それらの言葉を軸にしながら、劇場ではなく静岡の街中を舞台にした体験演劇を行なうということだ。纏めるとこういうことだろうか。「私」という「個人」が日々の「生活」の中で、どのように「町」を意識し、またどのような方法で「町」に関わるのかというテーマを、実際に「町」を歩くことで展開される「演劇」という「非日常」の枠を駆使しながら、これまで気付くことの出来なかった「もうひとつの日常」を、幸福と刺激を交えながら体感する、といった作品。であるならば、拙稿では本作体験「後」に、つまり「演劇」という枠を一旦手放した後の夫々の「日常」においても、「もうひとつの日常」になだらかに触れ続けることができるようなスケッチを筆者なりの体験をもとに描いてみようと思う。同時に、それらが、回り回って本作を体感する「前」に試されるひとつの思考上の「レッスン」としての役割も果すことができるのであれば、より嬉しいことだ。では始めよう。

■其の1 それはいつも在る

 新橋で打ち合わせを終えたお昼過ぎ、急いで新幹線で京都へ向かう。窓際に座ることができ、連日連夜の寝不足のせいか一気に眠りに落ちてしまった。半醒半夢の状態のなか、熱海、新富士、掛川、三河安城あたりを通過するのをぼんやりと眺め、ようやく名古屋で覚醒し本を読み始める。大判の詩集のような余白の多い本だ。パラパラと頁を捲るも、あまり頭に入って来ない。それでもなんとなしに眺めていたら、米原に差し掛かるか超えたかあたりの鉄橋を渡る瞬間、その時だった。突然、本が明滅しだしたのだ。
「チカチカチカチカチカチカ!!」
 規則正しく並んだ鉄橋のケーブルが、新幹線の速度と連動しながら光を遮断し、その時に生まれた影が、僕が読んでいる本の表面に映し出されたのだ。新幹線の移動とともに、影がさらなる風景を落とし込む。もの凄い速度で明滅する光。
 僕は活字を追うのを止め、本の表面とじっと向き合ってみる。もし、今日が曇りだったら? もし、太陽が沈む時刻だったら? もし、新幹線がスピードを緩めていたら? もし、鉄橋のケーブルの間隔がもっと広かったら? 「チカチカ」は、様々な要因が偶然絡まり合ったセッションの産物なのだろう。
 移動が多い僕にとって、電車の中で本を読むことはまさに「日常」茶飯事だ。今までだって、本の表面にはさまざまな影がきっと映り込んでいただろう。でも、僕は、本の紙面に落ちる影をこれほどまでに意識することはなかった。きっと、影なりの「強い現われ」を伴わないと、それらは一瞬で「流れ」てしまって、僕はそれに気づくことができなかったのだろう。鉄橋を渡り終わると同時に、表面は静けさを取り戻した。しばらくして再び本に目を落とす。今度は黒いインクが印刷されていない余白に現れる僅かな影を捕らえまいと頁を捲り始めた。僕らはきっと、知らず知らずのうちに色んな「何か」を、実はもっと「読んで」いるのかもしれない。

■其の2 それを掴みにかかる

 家の近くに借りたアトリエに向かう。お気に入りのオフィスチェアを家から運び込むことにした。大通りに出て、そこからはキャスターに任せてガラガラと押して行く。JR大津駅とびわ湖を結ぶ目抜き通りは、昼間は人通りが少ない。堂々と大きな音を響かせながら先を急ぐ。
 18時過ぎ。今度はアトリエで使っていた安価なキッチンチェアを家に持ち帰る番。もちろん、キャスターなんてついていない。肩に背負って帰るのだ。オフィス街ということもあって、今度はとても人通りが多い。路面電車の踏切で長らく待たされ、さらに続く湖岸通りの信号でも運悪く引っかかってしまう。この信号は長いのだ。
 僕は少し疲れてしまった。肩が痛い。辛抱できず、椅子をアスファルトに降ろしてみる。そしてさらに、そこになんとなく座ってみた。視線がぐーんと低くなり、さっきとは風景の見え方がまるで変わることに気が付く。低学年の子どもはこれくらいの視線でこの風景を見ているのだろうか。あの保健会社の看板は意外と高い位置にあるんだな。時の流れも緩む。普段僕は、如何にザワザワとした空気に包まれて生活をしているのか。なぜ今まで、この信号の切り替わりの長さばかりに意識が向いていたのか。一緒に待つサラリーマンや主婦たちの視線を感じる。明らかに、不思議そうにこっちを見ているのがわかるが、僕は気にせず前だけを向いていた。
 青になった瞬間に、亀の甲羅のようにお尻から椅子を持ち上げて、そのまま信号を渡ろうとした。すると、今度は逆に信号待ちをしている湖岸通りのミニバンの運転手と助手席の二人組が、ニヤニヤ笑いながら僕に手を振ってきた。どうやら、僕だけが椅子に座って信号待ちしている様子を、ずっと楽しげに観察していたらしい。僕は軽く会釈をした。なんだろう。なんだか、とても幸せな気分だ。
 路上に椅子を置いて座るだけで、自分の意識をこれほどまでに変えることができるのならば。あくまで「日常」の延長線上にいながらも、なだらかに「非日常」へのスライドを果すことができるのならば。そしてまた僕がそうすることで他人の風景にまで、わずかながら彩りを添えることができるのならば。僕はいつだって、心の中で「椅子」を手放さずにいるだろう。

■其の3 それは想起させる

 僕の家の手前には路面電車の線路。その向こう側には小学校。線路と小学校に面した人通りの少ないか細い歩道を東に進めば、いつも立ち寄るローソン。僕は間もなく飲み干される牛乳を買い足しに、細道をゆく。ナイター用の光源でライティングされた小学校のグラウンドでは、子どもたちがサッカーをしている。その光のために家々の影が自宅の近くに建つ市民会館の壁に映って影絵のようになる。知らず知らずに僕もその光にほだされ、影絵の役者になっているのだろう。
 僕は考え事をしながら、なんとなしにグランドで走り回る子供たちの動きを見ていた。少年が「アツシ!こっち!」と声をかけパスが回る。その少年がボールに向かって一心不乱に走り出す。ゴールを決めそうだ。「行け!行け!行っけー!!」と一気に盛り上がる外野の子どもたちの歓声とともに、グランド上のテンションは最高潮を迎える。そして、男の子の右足がゴールネットに向かってボールを蹴りこもうとしたその瞬間。前方から二両編成の路面電車が、僕の目の前に滑り込んだ。
「ガタンゴトン ガタンゴトン ガタンゴトン……」
 数秒後、再び僕の視界にグラウンドの風景が舞い戻ったとき、「ピー!」というシュートが決まるホイッスルが鳴って。ボールはゴールネットに。そう、ボールはゴールネットに。僕は揺れるネットと子供たちの甲高い歓声を上の空で聞きながら、決定的瞬間を見逃した悔しさよりも、なぜか懐かしい感覚に襲われた。目の前の風景に、突然インサートされる別の風景。上書きされたVHS。 
 昔、今村昌平監督の『赤い橋の下のぬるい水』をVHSに録画した。主演女優の清水美砂が、興奮すると体から水が出てくるというのだが、劇中の盛り上がりのシーンにまさに差し掛かったとき、上から録画されたと思しき『ミナミの帝王』に画面が切り替わった。突如、車椅子にのってボケてるおじいちゃんが映し出される。西川きよしの息子の俳優がその様子を見て、「あのおじいちゃんからお金返してもらえないやん!どうしよう!」と愕然とするシーンだ。僕は、男の子たちがグラウンドを片付け始める様子を見ながら、清水美砂の盛り上がりのシーンを西川きよしの息子に邪魔された、あのときの感覚を思い出していたのだ。

■鈴木一郎太について

 さて、演劇ファンにとって鈴木一郎太という「演出家」の名はほとんど知られていないと思われるので、最後に少しだけ彼について触れておきたい。彼のみについて触れる理由は、本作ユニットメンバーの中で最も筆者との深い交流があったということ以外に他意はないことを、予め断っておく。鈴木は美術家として10年に及ぶ英国滞在を経て、2007年の帰国後は郷里である静岡県浜松市を拠点に、障がい福祉分野における創造的な企画や施設のディレクション、商店街と連携したコミュニティサロンの運営、文化やコミュニケーションを軸とした地域づくり人材の育成などに幅広く取り組んできた人物だ。彼の浜松での活動は、彼自身に「アーティスト」という肩書きを下ろさせた。彼は「日常」に潜って、日常の営みの地平の中に「表現」という「種」をこっそり、時に大胆に蒔く。そして、様々な人が「町」の中で交ざり合い、時として、「会社員」「役所の人」「商店会長」「障がいのある子を持つ母親」「近所の小学生」と言ったように、「生活」をする上で何かに表象されてしまう状況を、その「種」を育みあう場を通じて、「個人」としての私にまで引き戻していく。鈴木は過去の筆者の取材で、「表現とは、個の有りようをそのままに浮かび上がらせる力である」と語った。そんな実践を重ねて来た鈴木が今度は「演劇」に取り組むと言う。「町」に関わり続けて来た彼が、わざわざ街中体験演劇に取り組む意図はどこに存在するのか。彼のような「日常に潜るアーティスト」だからこそ、観させてくれるであろう「演劇」には、私たちに「もうひとつの日常」というレイヤーを常に頭上に走らせ続けてくれる力が潜んでいると、筆者は強く信じている。さぁ改めて、上演「後」の世界へようこそ。

【筆者プロフィール】
アサダワタル ASADA Wataru
文筆・音楽・プロデュース・講師業。テーマは表現と日常。著書に『住み開き』(筑摩書房)、『コミュニティ難民のススメ』(木楽舎)、『アール・ブリュット アート 日本』(平凡社、編著)他。ドラマーを務めるSjQ++にてアルスエレクトロニカ2013優秀賞受賞。京都精華大学非常勤講師。