春のめざめ

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「赤ちゃんはどうやったらできるの?」
性にめざめ始めた子どもたちの悲劇

「子どもたちの悲劇」というサブタイトルを持つ本作は、性にめざめ始めた10代の少年少女の姿を赤裸々に描くと同時に、彼らを取り巻く無理解な大人たちや、19世紀末の抑圧的な道徳観を痛烈に批判した社会風刺劇です。ストレートな性描写、10代での妊娠・中絶死、暴力、やがて起こる友の自殺――。その過激さゆえに発表当時(1891年)のドイツでは社会問題にまで発展し、以後1906年まで上演を禁じられていたという、いわくつきの作品です。ブロードウェイミュージカルにもなった本作を、ポラスがどのように演出するのかに注目です。

SPACの盟友9度目の来静
見ると忘れられない独自のワールド

オマール・ポラス待望の新作が、欧州ツアーを経て、いよいよ日本に上陸します。「ふじのくに⇄せかい演劇祭2011」では、震災の影響でメンバーが渡航を断念する中、自らは来日を敢行し、わずか16日間で『シモン・ボリバル、夢の断片』SPAC共同制作版を作り上げました。震災後の日本の観客を前に、からだひとつでも演劇は続けられることを、自らの身をもって証明した彼の姿には多くの人々が心打たれました。本作では、奇抜なメイクアップをした俳優たちや、どこかおぞましさすら覚える舞台装置が登場しますポラス独自の世界観を、今年も静岡で堪能してください。

公演情報

日本初演 演劇/スイス、コロンビア

■公演日時
6月30日(土)13時開演・7月1日(日)14時30分開演
◎7月1日終演後にオマール・ポラス(演出)と宮城聰によるアーティスト・トークを行います。

上演時間:105分
フランス語上演/日本語字幕

■会場
静岡芸術劇場

■チケット
一般大人:4,000円/大学生・専門学校生2,000円/高校生以下1,000円
☆SPACの会特典のほか、ゆうゆう割引、早期購入割引、みるみる割引、ペア/グループ割引料金があります。

STAFF / CAST

演出:オマール・ポラス

作:フランク・ヴェデキント

出演:
ソフィー・ボット、オリヴィア・ダルリック、ペギー・ディアス、アレクサンドル・エテーヴ、アドリアン・ジギャクス、ポール・ジャンソン、ジャンヌ・パスキエ、フランソワ・プロー、アンナ=レーナ・シュトラーセ

翻訳・翻案:マルコ・サッバティーニ、演出助手:ジャン=バティスト・アルナル、作曲・音楽監督:アレッサンドロ・ラトチ、美術:アメリー・キリツェ=トポール、衣裳:イレーヌ・シュラッテール、衣裳助手:アマンディーヌ・リュチャマン、衣裳製作:セシリア・モッティエ、かつら・メイク:ヴェロニク・グエン、かつら・メイク助手:ジュリー・デュリオー、技術監督:オリヴィエ・ロレタン、舞台監督:ジャン=マルク・バッソーリ、小道具:ローラン・ブーランジェ、音響デザイン:エマニュエル・ナッペー、照明デザイン:マティアス・ロッシュ、制作:フロランス・クレットル、広報:サラ・ドミンゲス、ロジスティクス:リュシー・ゴワ、会計:ロサンジェッラ・ザネッラ

製作:テアトロ・マランドロ
共同製作:フォロム・メイラン劇場、エスパス・マルロー シャンベリー・サヴォワ国立舞台、シャトーヴァロン国立文化創造発信センター
助成:ジュネーヴ市、ジュネーヴ共和国・ジュネーヴ郡文化部、メイラン市、プロ・ヘルヴェティア
スイス文化財団、ロトリー・ロマンド、メイラン市文化・スポーツ・社会事業推進財団、ハンス・ヴィルスドルフ財団、レーナールト財団
後援:スイス大使館
※テアトロ・マランドロはフォロム・メイラン劇場のレジデントカンパニーです。

春のめざめ(テアトロ・マランドロ公式サイト)

演出家プロフィール

オマール・ポラス Omar PORRAS

演出家、俳優。1963年、ボゴタ(コロンビア
)生まれ。南米各地でダンスや演劇を学んだ後、20歳で渡仏し、ルコック演劇学校とパリ第三大学演劇科に通う。90年にジュネーヴ郊外の廃屋をアトリエに改造し、テアトロ・マランドロを創立。バリ島、インド、日本などのアジア演劇の手法や、コメディア・デラルテ、メイエルホリドのビオメハニカなど、あらゆる演技法を貪欲に取り込み、人形劇やダンス、音楽などを調和させていく独自の演劇スタイルを確立。99年、静岡でのシアター・オリンピックス以来、計8回来静。代表作に『ユビュ王』、『貴婦人故郷に帰る』など。近年は、オペラの演出も多く手がけている。2007年、コロンビア国家功労勲章を受章。

作家プロフィール

フランク・ヴェデキント Frank WEDEKIND (1864-1918)
劇作家。ドイツ表現主義の先駆者、性の問題を根源的に追求した作家として知られる。1864年、ハノーファー(ドイツ)生まれ。ミュンヘンでの大学時代、カール・ヘンケルやゲルハルト・ハウプトマンら自然主義文学の作家と交流する。その後、マギー社(現ネスレ社)の広報部勤務を経て、フリージャーナリストとして活動。1888年、父が他界すると、莫大な遺産を相続し、作家活動の自由を得る。1891年、『春のめざめ』を発表し、95年頃より作家活動を本格化させる。1898年には、皇帝のパレスチナ訪問を風刺する詩を発表し、不敬罪に問われる。『地霊』(1896年)、『パンドラの箱』(1904年)は、アルバン・ベルクにより『ルル』としてオペラ化された。

コラム

「ひっぺがす」男、オマール・ポラス
貴島豪

絨毯は床に敷くものである。
が、彼、オマール・ポラスにとって絨毯は「ひっぺがす」ものらしい。
「足元の絨毯をひっぺがしてやるんです。」稽古などで彼はよく口にする。「引く」や「足元をすくう」ではなく、あくまで「ひっぺがす」が彼を見ている限り、多分、妥当である。
彼にとって「ひっぺがす」とは、大いなる愛情であり、果てしない挑戦であり、常に驚いていたい自分であり、子供のようなピュアな眼(まなこ)の奥から発露する悪戯心であり……多分、彼の人生そのものなのだ。
例えば稽古。舞台の上で俳優は往々にして「生」の輝きを失ってしまう。立ち止まり、滞ってしまう。慣れであったり、安心感であったり、行き詰まりだったり……。そこで彼は愛情をもってその足元の絨毯を「引っぺがす」。本番時間前だろうが厭わない。それによって息づき始める「生」の鼓動を絶対的に信じてるのだ。そしてそれを眺めて「ホレ、見ろ」と言わんばかりにほくそ笑んでたりするのだ。
例えば去年。コロンビア建国200周年記念事業、テアトロ・マランドロ20周年という彼のこれまでの集大成のような作品として、静岡でも上演されるはずだった『シモン・ボリバル、夢の断片』が、大震災の影響で来日予定のメンバーが渡航を断念し、公演自体頓挫しかけるという、それこそ彼自身の足元が「ひっペがされた」時。――寧ろ僕には、そういう時こそ彼は来る、という確信はあったが――そんな時こそ彼は表現をやめないし、彼にとっては普段の行為―彼の真骨頂―だ。それを分かち合えるチャンスでもあったから、「一緒にやろう」と声をかけてくれた時には本当にうれしかった。……そうして僅か16日間でSPACとの共同製作として全く新しい顔をした『シモン・ボリバル』が生まれることになるのである。
色々書き足りないが、そうやって「ひっぺがし」ながらクリエイトしてくる彼の舞台にはいつも、生への希求、魂の鼓動があって、愛と悪戯に満ち溢れている。99年『血の婚礼』以来9度目の来静になるが、彼自身のスタンスは変わらない。新作『春のめざめ』だなんて題名を聞いただけでも興奮する。いつだって新鮮な驚きとともに足元を「ひっペがされる」に違いないから。
――あれ、チト褒め過ぎたかな、とチラッと横目で彼を見たりすると、あのピュアな眼の奥で少しばかり照れ笑いをして「オツゥカレサマデシタ〜」と劇場を後にして、夜通し酒を喰らい、サルサを踊っていたりする。それが「ひっぺがす」男、オマール・ポラスである。

貴島豪(きじま・つよし)
SPAC俳優。どんな作品のどんな役でも、その個性で観客に強烈な印象を残す、非常に奥行きのある怪優。オマール・ポラス演出作『ドン・ファン』『シモン・ボリバル、夢の断片』に出演。「ふじのくに⇄せかい演劇祭2012」では『ペール・ギュント』に出演。