2010年6月12日

Shizuoka春の芸術祭2010『劇場文化』筆者情報!

Filed under: 未分類

昨年度より当日パンフレットとして各演目ごとに配布している『劇場文化』。「Shizuoka春の芸術祭2010」でも全13演目で発行します。今シーズンも豪華な筆者と豊富な内容がずらりと揃いました。
一足はやく筆者の顔ぶれをご紹介します。

■『ペール・ギュント』毛利三彌、小林旬、木村直恵
■『王女メデイア』小二田誠二、北野雅弘
■『若き俳優への手紙』竹下節子、パトリック・ドゥ・ヴォス
■『4.48』立木燁子、森山直人
■『彼方へ 海の讃歌』西谷修、田之倉稔
■『セキュリティー・オブ・ロンドン』大澤真幸、佐藤雄一
■『頼むから静かに死んでくれ』コリーヌ・ブレ&ロラ、桂真菜
■『アルルカン、天狗に出会う』高田和文、大浦康介
■『リオ・デ・ジャネイロ』福嶋伸洋、高橋宏幸
■『南十字☆路』中村潔、武藤大祐
■『毛皮のマリー』北川登園、宮台真司
■『太陽の帝国』石井達朗、西村博子
■『覇王歌行』飯塚容、後藤典子

劇場でぜひ手に取ってお読み下さい。ご観劇がいっそう深まる事、お約束します。

劇場文化写真(ニュース用)


2010年6月7日

【インタビュー 平田オリザ×宮城聰】「演劇」がココに要る理由 ―『若き俳優への手紙』に込めるもの―

Filed under: 未分類

「演劇」がココに要る理由 ―『若き俳優への手紙』に込めるもの―

宮城聰(SPAC芸術総監督)
平田オリザ(『若き俳優への手紙』日本語台本)

08年、Shizuoka春の芸術祭で上演された、パリ・オデオン座の『若き俳優への手紙』。「言葉」と「演劇」を背負った一人の詩人が、さまざまな敵対者・批判者と相対しながらも、自らの存在の価値を語り続ける姿は、不器用だが真摯で、時に美しくさえあった。そしてこの6月、芸術総監督・宮城聰演出による日本語版がついにSPACに登場する。現代人の心に響く「言葉」とは「演劇」とはなにか――。日本語台本を担当した平田オリザと宮城が語る、演劇の力と可能性。

――まずは、今回この日本版を企画されたきっかけや経緯を教えていただけますか。
 

宮城 前回、野外劇場「有度」で上演された時、その2日目はどしゃぶりの雨だったんですけど、そんな中で愚直に「演劇の力」について語る俳優の姿になんとも心を打たれ、「日本の俳優でやりたいなぁ」と思いました。ただ、「あれ、コレできる人って日本の俳優でいたかな?」と、ずいぶん長く悩んでいたんです。もちろん上手な俳優は思いつくけれど、それだけじゃどこか白々しいものになってしまうんではないか。この作品は演劇人にとっては非常に根源的な、聖書に近いような言葉でできていますから。こんな熱く、愚直で、飾り気がない言葉をいったい誰が浮かないで言えるのか。男も女も関係なく、演劇をやる人間として、現実にそれを言葉にできる人は誰なのか。それでふと「ひらたよーこさんなら成立するかもしれない」と思ったんです。
――翻訳された戯曲をもとに、改めて平田オリザさんに上演台本を依頼されたのも、キャスティングと同じような、自然さを求めてのことだったんでしょうか。 

宮城 外国の作品をやるときのアプローチには2つの種類があると思います。一つはいわゆる翻訳体の、日本人が日常使っているのとは違う言葉の違和感を逆手にとるやり方。ちょっと変わった日本語だけど意味は分かるし、その奇妙な感じにかえって考えさせられちゃうんだよね――と思わせる。そしてもう一つは、まるでそれが、最初から日本人によって書かれたもののように作る(翻訳する)方法です。
この作品の場合、詩人の役をよーこさんでと思い浮かんだ時点で、翻訳体という選択肢はなくなりました。つまり僕はお客さんにこの作品を日本語の戯曲と同じように身近なものとして感じてもらいたかったんですね。で、そのためには、まず単純に考えても、高い日本語能力、文章力を持った人に台本を作ってもらわなければいけない。しかもこれは、劇作家(詩人)が「私」を語るという体裁の作品ですから。劇のせりふを書くとはどういうことなのか、せりふとはなんなのか――またそれを神の前で告白するような内容を扱うのには、それなりの営みをしている人でないといけない。それで平田さんにお願いすることにしたんです。

 平田 これは日本での初演を観た時の印象ですけど、僕と宮城さんとオリビエ・ピィはほぼ同世代で、大きな劇場の芸術監督をやって、予算も使い、官僚やマスコミ、若い俳優とも付き合い……と、非常に置かれた立場が似ているんですよ。だからこの戯曲に書かれている彼の怒りや苛立ちを理解できるのは自分たちくらいだろうと(笑)。そんなこともあって、僕自身、日本語にする時には、オリビエ・ピィ自身が、何に苛立ち、怒り、何を諦めず、何に希望を残しているのかということを常に考えながらやっていました。

――実際の作業上で日仏の文化の違いを意識されるようなことはありましたか。

平田 確かにこの戯曲はキリスト教だとか、ヨーロッパの古典的教養を背景に書かれている部分が大きいので、そこはできるだけ今のお客さんにも分かりやすいように、比喩を変えたりはしています。(夫人の)ひらたよーこをイメージしてはいないですが(笑)、女性がしゃべるんだということはもちろん意識しました。でも、基本的には原作どおりなんです。去年の夏、オリビエ・ピィに会った時には「どう変えてもいい。信頼してるから」と言われました。彼はフランスでの僕の作品も観ていますしね。それで僕は「全部変えるけど、オリビエ・ピィの作品以外のなにものでもない本にする。君がもっとも伝えたいことを伝えるよ」と答えたんです。そういう意味では確かにこれは逐語訳の本ではない。でも、まぎれもないオリビエ・ピィの『若き俳優への手紙』になったはずだとも思っています。

――一人の演劇人がさまざまな否定的意見に出合いながらも、演劇の力、その必要性を伝えていくという戯曲の骨格は、まさに公立劇場の課題そのもののようにも見えます。
宮城 確かに公立劇場の抱えるジレンマがここにはあります。だからこういう作品をSPACがやるのは面白いなと思いますね。
 

平田 でもだからこそ独りよがりにならないようにしないと。なんかオジサンが怒ってるよ、みたいになっちゃね(笑)。

 宮城 それはそうだ(笑)。

平田 ただ、日本とフランスでは状況が違うところもあるんです。同じ公共劇場の芸術監督といっても、フランスの場合は文化予算自体が日本の10倍くらいあるぶん、さまざまな活動をしなくてはいけないし、外交に利用されることもある。だからこの戯曲の中でもオリビエ・ピィは「演劇が外交文化政策に使われすぎている」なんて言うわけです。でも日本の私たちの状況は「もうちょっと利用しようよ!」と言いたいくらいなんですよね。その違いはお客さんに伝わるのか……そこは台本を書く上でも難しかった点です。つまり、あんまりそれを言うと、「あれ、そうは言ってもSPACはずいぶんいろんな活動をしてるじゃないか」ということになっちゃうんです(笑)。そこはちょっと、違いを汲みとっていただけたらいいんですが……。

 宮城 そうですね(笑)。あとやっぱり僕は、この作品でよーこさんやオリザさんと組むことで、日本だけじゃない今の演劇状況全体に、創作とはどういう行為なのかっていうことを問題提起したい気持ちがあるんです。単に面白おかしいことではなくて、観るのもしんどいような猥雑で生々しいものにこそ、芸術の本質はあるんじゃないか。ところが今の演劇人は本当にそれに向き合っているんだろうか、という疑問を僕は投げかけたいと思うんです。

平田 『俳優への手紙』ですから、これから俳優や舞台芸術の世界を目指す人には是非見てもらいたい。でもそれだけじゃなく、今僕は、こまばアゴラ劇場とセゾン文化財団とで「創造型劇場の芸術監督・プロデューサーのための基礎講座」っていうのをやってるんですが、そこには150人もの芸術監督やプロデューサーの予備軍が来ているんです。なのでこの作品を通じて、そういう若い演劇人を励ましたいという気持ちも強いです。彼らに演劇の可能性を信じてもらいたい。
――作る側が強い信念やビジョンを持つことなしに、演劇の力や意味を伝えることはできませんからね。事業仕分けや公共劇場の制度改革といった昨今の「公」と「芸術」をめぐる議論にしても、結局はその芯を問われているような気もします。

平田 そういった議論の中で、例えば、街づくりや教育、あるいは観光など、演劇が何かほかのものの方便として使われることは一向に構わないと思います。でもその一方で、演劇や芸術それ自体が持っている力やそこに対する視点が欠けるのは困るんです。また、もう少し実際的な「公」との関連でいうと、今の若い演劇人は公共ホールでのクリエーションを一度も経験しないまま、例えば30代後半になって、急に「公」との間の課題に直面します。だから、情報も持っていないし、判断もできない。でも私たちの世代はやっぱり利賀村で20代のうちから「公」を体験してきましたから(*1)。だってそこには元からの村人か演劇やってる人しかいないんですよ。だから私たち自身が公共財なんです。アイスを買いに行ったって、公共財がアイスを買いに来たことになる(笑)。そりゃあ、自分たちの表現も方法も鍛えられます。だからまずは、そういう「公」の環境を作ることも重要だと私は考えています。

宮城 考えてみればオリビエ・ピィなんかもまさに20代の時からオルレアンの国立演劇センターでクリエーションをしていたわけですからね。
――では、今回の日本版はどんなビジョンを示すのでしょうか。もう少し宮城さんの演出の方向について伺ってもよいですか。

宮城 そうですね……ちょっと話が飛ぶんですが、僕は平田さんの『転校生』をSPACで取り上げた、その初演の時(08年/飴屋法水演出)には「これ、再演なんてできっこないよな」と思ってたんです。何せその時出演した高校生たちの身体は日々、ビュービュー変わっていくわけですから。でも、思いもよらず翌年再演した時、たしかに彼女たちの身体はすごい勢いで変わっていたんですが、その一方で1年前舞台で語られた言葉がそのままそこに生きつづけていた――というふうにも感じたんです。それは僕にとっては大きな驚きでした。もちろん、平田さんが10年前に高校生のために書いた台本が、現在も有効であることは分かっていました。でも僕はそこで改めて、劇作という営みの崇高さ、時間に対する戦いのようなものを見たと思ったんです。
それ以来、僕はこんなことを考えるようになりました。つまり……演劇の舞台の上には肉体と言葉という、生き物としての寿命がまったく違う、別の時間軸を生きるものが並び立っている。言葉は俳優によって、劇場の虚空に永遠に刻み付けられていきます。そしてそれはめまぐるしく移り変わる俳優の肉体と軋轢を起こし、そこから出る摩擦熱のようなものが、演劇の奇跡を起こすんじゃないかと。だから僕は今、平田さんの書いたピィの言葉をよーこさんの声で聞きながら、改めて演劇の奇跡や劇作という行為の不思議について日々考えているんです。

――もしその「奇跡」が起きたなら、それこそ普遍的な芸術の可能性を感じさせるものになるはずですよね。つまりこの「演劇のための演劇」こそが、生きて表現することの意味を広く伝える、「みんなのための演劇」になるんではないでしょうか。

宮城 言われてみればそうですね。自分たち演劇人のことばっかりしゃべってる本なのに(笑)。でもそれは聖書が文学としても最高の作品であるということに似ているかもしれません。オリビエ・ピイ自身、これを書いた瞬間には本当にシンプルに、コンセルバトワール(パリ高等演劇学校)の後輩たちにメッセージを送るつもりだったと思います。「君たちはこれから僕と同じように、公共というものとぶつかるかもしれない。でも、そんな時にいちばん肝心になるのは、最初に劇を書こうと思った、その瞬間の気持ちなんだよ」って。

平田 そうですね。

宮城 だからはじめから「芸術」を意図しなくても、書き手が自分にとってもっとも必然性のある言葉をつむぎだそうとした結果が、最高の詩になるということがある。もしかしたら、演劇というもの自体、そういう営みなのかもしれませんね。

(*1)SPACの前芸術総監督・鈴木忠志を中心に82年から富山県利賀村で開催されている世界演劇祭「利賀フェスティバル」。宮城と平田は90年代後半から、若手演出家ユニット【P4】として参加した

インタビュー・文 鈴木理映子