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2022年5月11日

『私のコロンビーヌ』オマール・ポラスによるワークショップ徹底レポート!

2022年4月29日(土)10:00〜17:00 at 舞台芸術公園 屋内ホール「楕円堂」

 
ふじのくに⇄せかい演劇祭2022『私のコロンビーヌ』を演出・出演した、オマール・ポラスさんによる、「若い俳優のためのワークショップ」が開催されました(通訳:石川裕美)。

舞台装置に慣れるために早めに来静し稽古をされていたオマールさんからの提案を受けて、急遽クローズドのワークショップ開催が決定。SPAC演劇アカデミーの1期生やスパカンファンの参加者、それからSPACの俳優たちと、SPACとの関わりを持ちながらも様々な背景を持つ15人が楕円堂に集まりました。その充実の内容、また『私のコロンビーヌ』の創作にも繋がるアイディアなど皆様にお届けすべく、レポートいたします。


▲ワークショップに集まった参加者たち
 
楕円堂の中は間接照明で照らされ、蝋燭のあかりと瞑想的な音楽が流れています。
舞台には、『私のコロンビーヌ』で実際に装置として使用する大きな石も。

オマールさんがまず語りかけたのは「観客は劇場に何をしにくるのか?」という問いかけ。

 「お客さんは何かを受け取りたいと思って劇場に来ています。俳優は何かを渡します。でもお客さんは、ただ受け取るために来るのではなく、やはり自分も何かを渡すために来ます。だから私は受け取り、また相手に渡します。それが私の中の俳優の仕事です。
 受け取り、渡す。何を渡すんでしょう?エネルギーを渡します。エネルギーをもらいます。命にそれを変換します。動きに変換します。俳優の動きひとつひとつが、厳密な動きであって、そして秩序だったものでなければいけません。意味がないといけません。
 ひとつひとつが書道のようなものです。空間というのは白紙、私の身体は筆のようなものです。仕草は、そこに描かれるものです。そしてその仕草、動きというものは、刻印されたまま残ります。お客さんがそれを受け取ります。自分が受け取って変換したエネルギーを投影しているのです。」

 
ワークショップの大きなテーマとなる、「俳優から観客にエネルギーを渡し、また受け取る」という切り口が示されました。オマールさんは続けて、エネルギーを渡すために重要な「非日常の存在感」について語ります。初めて立ち上がった子どもの様子を例にあげて説明しながら、身体のあり様を説明していきます。


▲立ち方を実演してみせるオマールさん
 
 「人間というのは小さい時に歩くことを学びます。
 まず最初に立つことを覚えます。子どもは立つ時に足を真っ直ぐに伸ばしません。こういう風に少し膝が曲がった状態です。そして世界を初めて発見していきます。身を起こすと、水平線というものを初めてみます。そしてその後二本足で立ちます。
 ここに存在感というものがありますよね。視線にも力があります。水平線のほうに向かっている。そういう存在感を舞台の上でコントロールすることを学びたい。まず立っている時の存在感。そして同じ存在感を保ちつつ移動する、というようなこともです。『非日常の存在感』ですよね。街中の大通りで歩いている感じではなく、ひとつひとつの動き、仕草の中で、非日常の存在感をずっと保つように心がけます。劇場に入ってきたら、舞台に足を載せたら、非日常になりたいです。ということで、舞台上にいるときは少し膝を緩めた感じ、やってみましょう。」

 
最初のワークは、「何かを受け取り、渡す」という動き。その動きを繰り返します。オマールさんは、「筋肉は真っ直ぐではなく、螺旋状のもの」と言います。その形に合わせて、動きや仕草も螺旋を描くようにします。


▲受け取り、渡す動きをする参加者たち
 
参加者がゆっくりと動き始めます。オマールさんがそこへ「両手で同じ動きをしないで」「目を開けて水平線を見て」「背骨は木、腕はその枝です」「抽象的にならないで、具体的に」と声をかけていきます。参加者の動きが少しずつ、複雑で、それでいて安定感のある、魅力的な動きになっていきます。


▲徐々に変化していく参加者の動き
 
次に、リズムを感じるワークに移っていきます。

 「作品はそれぞれのリズムを持っています。いろんなバリエーションがあります。つまり、作品はそれぞれの心を持っています。ドクドク・ドクドク(心臓の鼓動を喉で鳴らしてみせる)、私も皆さんも一人ひとり心、心臓を持っています。そこから作品の音楽が生まれてきます。(鼓動のリズムで床を踏み始める)」
 
オマールさんに促されて、参加者も床を踏みはじめます。徐々に移動が加わり、さらに上半身の動きが加えられていきます。背骨を緩め、身体を前後にしならせるような動き。手を左右に揺らしながら、身体を左右にしならせるような動き。
最初は力が入ってしまう参加者たち。「マッサージをイメージしてください」とオマールさんが声をかけます。「頭も首も力を抜いて、肩を落として」「肩から先行するようなイメージで」などのアドバイスで、参加者の身体から徐々に力が抜けていきます。参加者のリズムが揃い、楕円堂の中に一体感のある空気が生まれました。

 「これがひとつの歩き方です。みんなで一緒にやると、ひとつの心臓になります。そしてひとつのコロスを形成するわけです。発音的には「心臓」も「コロス」も同じ音なんです。
舞台の上ではずっとダンスをしています。踊っています。何もしていないようでも、ドクドク・ドクドク(心臓の鼓動を喉で鳴らしてみせる)微かに震えている、動いているようなところがあるんです。」

※コロス・・・劇の状況を説明したり批評したりする役割を担う俳優の一群。もともとは古代ギリシャ劇の合唱隊を指す言葉
 
俳優の鼓動からコロスのリズムへ、そこから作品ひとつひとつの固有のリズムへ、という「リズムの繋がり」についてオマールさんが語ります。

 「私の作品はひとつひとつ、あるひとつの音楽、あるひとつのリズムを出発点にしています。まずその音楽、リズムというものを自分の身体で見つけようとしてきました。そしてそれを展開していきます。だいたい伝統的な音楽・リズムから始めます。今回の『私のコロンビーヌ』という作品もひとつのステップから生まれました。(タンタン、タンタン、と床を踏む)」
 
『私のコロンビーヌ』の劇中にも挿入された音楽が流れ始め、オマールさんが床を踏み始めます。それに合わせて参加者もステップを踏みます。鼓動よりも少し早い、浮き立つようなラテン音楽のリズムです。参加者のステップが自然と忙しいものになってきたところに、オマールさんが声をかけます。

 「音楽が入ってくると音楽を追いかけなければいけないような気がします。自分の心臓のリズムをキープしましょう。自分と共にあり続けるように。興奮しすぎないように。ちょっと柔らかさを足して、床を撫でる気持ちで。赤ちゃんを抱き上げるように。赤ちゃんが起きてしまわないように。足の音を聞きます。」
 

▲赤ちゃんを抱いているイメージでステップを踏む参加者
 
浮き立つようなリズムをキープしながらも、柔らかくコントロールされた身体を参加者それぞれが見つけていきます。そこから輪になって、ステップはさらに続きます。オマールさんは輪の中に立って、手を柔らかく泳がせたり、見栄を切るようにメリハリをつけてみたり、上半身の動きのいろんなバリエーションをやってみせます。参加者もそれに倣います。

そのままオマールさんは、輪の中に入るよう参加者のひとりに誘いかけます。オマールさんの動きに鏡合わせに応じながら、輪の内側へ入っていく参加者。その様子に合わせて時に子どものように、時にいかめしい先生のようにステップを踏むオマールさん。参加者からも様々な形の踊りが引き出されていきます。


▲輪の中からオマールさんが参加者に誘いかける
 
次第に参加者自身へと踊りのリードが渡されていきます。参加者から参加者へと踊りの誘いかけが繰り返され、まるで村の輪踊りのような賑やかな風景が現れました。

ここまでで午前の部が終了しました。参加者からは「足がパンパンになった」という声もチラホラ。音に合わせて床を踏む動きは、地味に見えてしっかりと身体を使っているようです。お昼は楕円堂の畳敷きのロビーで一休み。オマールさんとSPAC演劇アカデミーの1期生たちが談笑する一幕も見られました。
 
午後は、舞台に立って観客に向けて演技をする、実践的なワークに入ります。

 「まず「登場」というものをやってみます。これは物語を語るための条件を設定するということです。音を聞きます。焦らず時間をかけて、この音楽と一緒に登場するようにします。さっきのことを思い出しながらやってみてください。」
 
舞台の奥にパネルを立て、そこから出てくるよう指示される参加者。パネルの裏からゆっくりと現れて、石を見つけ、その上に乗る、という簡単なストーリーに合わせて、動きとセリフを付けていきます。


▲石に近づいていく演技をオマールさんが見守る
 
「石は友達なんです、それを身体で表現したいです」「まるで小鳩を捕まえようとするように、ゆっくり近づいてください。驚かせると飛んでいってしまう」とオマールさんからアドバイス。参加者の演技が、岩に向かって目や身体のピントが合った、説得力のある動きに変化していきます。もうすぐ岩に触れる、という緊張感が高まった瞬間に、「私をのせてください!」とセリフ。客席の空気がビリビリと震えるような劇的な瞬間が生まれました。

続けて挑戦する参加者たち。パネルから登場して、自分が知っているセリフを言うよう指示されます。参加者が選んだのは「明日、また明日、また明日と…」というマクベスのトゥモロウ・スピーチ。参加者がセリフをスローテンポに暗めのトーンで表現したところに、オマールさんがリクエストします。

 「これは悲劇です。でも悲劇はいろんな語り方ができます。人を笑わせる悲劇もあり得ます。例えば、間違ったことをしてしまった、という風にしてみましょう。自分のやってしまったことを、上司や先生にバレてほしくないと思っています。でもやってしまったことを友達には言おうとしている。つまり、何かを失敗しちゃったってことを私たち(観客)に分かるように、こちらに共有する、そんなふうにやってみたいです」
 
オマールさんからリクエストされたイメージを取り入れて、演技にトライする参加者。しかし想像だけではなかなかうまくいきません。そこで、イメージを具体的なものにするために、舞台上に友達役を配置して、小突き合うようなアクション・リアクションを取り入れながら、セリフを言ってみます。


▲友達と笑いながら話すトゥモロウ・スピーチ
 
言い方が変わったら今度はさらに、友達役は舞台上から退散して、たったひとりで想像しながら演じてみます。そこからまた、言い方は変えずに「非日常の身体」になるように…とオマールさんからのリクエストもどんどんヒートアップ。苦戦しながらも参加者のトライが続きます。

同じワークにSPAC俳優、宮城嶋遥加も挑戦!選んだのは『夜叉ヶ池』のナマズのお坊さん、黒和尚鯰入のセリフ。


▲ヨボヨボのおじいさん、黒和尚鯰入を演じる宮城嶋
 
オマールさんが「一番好きな日本のポピュラーソングは?」と宮城嶋に尋ねます。「ピンクレディーの『UFO』!」と答える宮城嶋。振付を実際に踊ってみせながら、オマールさんに説明します。

 「では同じ状況で、同じゆっくりな感じで、今の歌を歌います。止まらずに、ダイナミックなモノローグ。でも踊らずに、身体は今(黒和尚鯰入を)演じた時の構造を維持しながらです。この年寄りは『ポップスの好きな年寄り』なんです」
 
黒和尚鯰入の、腰を曲げて腕を高くあげた姿勢、ヨタヨタとした声の調子や節回しのまま、「UFO」をセリフとして語ってみせる宮城嶋。それをみたオマールさんは、目の前に透明な壁をつくるような仕草をしてみせます。

 「今舞台に孤立しているように感じます。今度は私たちに語りかけるように、お客さんに『一緒に歌おう』と言ってるような感じで」
 
宮城嶋は座っている参加者みんなに誘いかけるように、コール・アンド・レスポンスを取り入れて「UFO」を歌います。参加者からも歌声がチラホラと聞こえてきました。“観客”の雰囲気が少し暖まったところに、「もっと一人ひとりにターゲットを絞って!」とオマールさんから追加のリクエスト。フレーズごとに参加者一人ひとりにターゲットを定め、どんどん狙いをつけて誘いかける宮城嶋。参加者の歌声の盛り上がりとともに、宮城嶋の表現のボルテージも少しずつ上がっていきます。

続いてオマールさんが指示したワークは「ショーのプレゼンター」。参加者から4人を選び出し、「UFO」を踊るダンサーに任命します。引き続き舞台に上がる宮城嶋の役割は、ショーを指揮して、“ダンサー”と“観客”を盛り上げること!


▲「UFO」を踊る参加者たちと、プレゼンターとして駆け回る宮城嶋
 
「プレゼンターにはプレゼンターの動き方があります、エレガントに!」など声をかけられながら、先ほどのワークで学んだことを活かして場の空気を盛り上げていく宮城嶋。舞台上のダンサーと、客席に座る参加者とがお互いに熱を渡し合うようにして、楕円堂の熱気が高まっていきます。

最後のワークでは、4人のダンサーから1人が舞台上に残りました。SPAC演劇アカデミー1期生の参加者です。これまでのワークで生まれた熱気を引き継いで、アカデミーの発表会で上演した三島由紀夫『三原色』のセリフを披露します。高い集中力で密度濃くセリフを語りきったところで…オマールさんの仕掛けで再びピンクレディの「UFO」が!踊り出す参加者、客席からも自然と拍手が湧き上がり、盛り上がりも最高潮!踊りきった参加者が舞台上でばったり倒れたところで、ワークショップ終了の時間がやってきました。


▲踊りきり、喝采を浴びて倒れる参加者
 
「俳優から観客にエネルギーを渡し、また受け取る」というオマールさんのワークショップ のテーマを、舞台上と客席それぞれの立場から実際に体験した参加者たち。「俳優の仕事」のあり方、そして成長するということについて、オマールさんはこんなふうに語っています。

 君は踊れないね。君は喋り方がうまくない。君の動き方は良くない。歌は下手だ。とか言われて、自分は「そうだ」と思った。そう言われたことを信じた。
 だけれども、自分は「歌える」「歌ってみようとすることができる」「歌うぞ」ということもできるんです。「後でこれをしよう」とか、「後で直そう」とかではなく、私はここにある、自分なりの自分流のやり方でやる。そうすることによって始めることができるのです。そして改善することができます。
 俳優の仕事というのは一生をかけてやることです。生きたもので仕事をすることです。一度演劇を始めると、演劇をしなくなっても、演劇と共に自分は生きつづけます。自分の意識が違うものになるためです。成長していくことによって、いろんな障害や障壁を溶かしていくことができるのです。
 
 

▲参加者に語りかけるオマールさん
 
「今日のワークショップが少しでも皆さんの役に立ちますように」という言葉でワークショップを締めくくったオマールさん。

オマール・ポラスさんの魅力の根っこには、「俳優から観客にエネルギーを渡し、また受け取る」というアプローチの徹底的な掘り下げがありました。休憩を挟んで7時間、みっちりその思いを受け取った参加者たち。彼らがこれからどんなふうに成長していくのか楽しみなワークショップとなりました。

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『私のコロンビーヌ』

公演日時:2022年5月3日(火・祝)14:00、4日(水・祝)13:00開演
会場:静岡芸術劇場
上演時間:80分
上演言語/字幕:フランス語上演/日本語字幕
座席:全席指定
演出:オマール・ポラス
製作:アム・ストラム・グラム劇場、TKM クレベール=メロー劇場

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