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Sarah Kane’s ブラスティッド

演出:ダニエル・ジャンヌトー
作:サラ・ケイン
舞台美術:ダニエル・ジャンヌトー
特別協力:マリー=クリスティーヌ・ソーマ
出演:阿部一徳、大高浩一、布施安寿香
製作:SPAC
6月13日(土) 16:00開演  6月14日(日) 16:30開演
6月20日(土) 17:30開演  6月21日(日) 13:30開演
舞台芸術公園 稽古場棟「BOXシアター」
上演時間:100分
一般大人4,000円 / 同伴チケット(2枚)7,000円
大学生・専門学校生2,000円
◇おとな向け◇ 刺激の強い表現がありますので若年者の観劇はおすすめしません。
※背もたれのない客席となります。

20世紀末、彗星のようにあらわれ、
たちまち燃え尽きたサラ・ケイン。
戦争とセックスの世紀を生きた者すべてに捧げられた、最も残酷で最も美しい愛の物語。

 ホテルの一室は戦場とつながっているのかも知れない。自分が愛だと思っているもののせいで、この世界には憎しみと孤独とがあふれているのかも知れない。映画『トレインスポッティング』の前年にロンドンで発表され、レイプとカニバリズムの描写で一大スキャンダルとなった『ブラスティッド』には、ヒリヒリするような絶望が漂っている。だが、この作品もよくよく読んでみれば、シェイクスピア、イプセン、ベケットといった西洋演劇史の古典に大きなインスピレーションを得ていることに気づく。
 舞台美術家としても著名な演出家ダニエル・ジャンヌトーは、現代の古典ともなりつつあるこの作品を、洗練された舞台装置と綿密な解釈で2005年に演出し、ル・モンド紙などで絶賛を浴びている。今回が日本での初演出。

■あらすじ
イギリスの地方都市、高級ホテルの一室。中年のジャーナリスト、イアンが若い娘ケイトを連れて入ってくる。イアンはケイトにセックスを迫るが、ケイトにはその気はない。イアンはケイトをレイプし、目的を遂げる。
ケイトの入浴中、突然部屋に異国の兵士が侵入し、街を占拠したと告げる。ケイトは窓から逃れ、イアンは兵士にレイプされて眼球を食べられる。やがてホテルは爆破され、盲目となったイアンのもとにケイトが戻ってくる・・・。

■劇評
「耐え難いほどの美しさと激しさ。これほど強烈でこれほど心を惑わせる舞台は、もう何年も見たことがない」(ル・モンド紙、ジャンヌトーが2005年に演出した『ブラスティッド』の劇評より)

■コラム
「傷口」の「対話」 森山直人

 
 『ブラスティッド』は、イギリスの劇作家サラ・ケイン(1971-1999)の処女戯曲である。発表は1995年。そのわずか4年後に、彼女が28歳の若さで自ら命を絶ったことはよく知られているが、それを無闇に神話化すると、かえってこの劇作家の言葉から遠ざかってしまうだろう。これもまたよく知られているが、『ブラスティッド』には、思わず目を背けたくなるような露骨で過剰な暴力性が充満している。だが、そうした過剰な暴力性を「現代性」という名のレッテルで覆い隠してしまうことだけはやめにしたい。「人が私を愛してくれるのは、私を破壊してしまうもののため(中略)/すべての賞賛の言葉は私の魂の一部を奪っていく」(サラ・ケイン『4時48分サイコシス』、谷岡健彦訳)。彼女の描く暴力は「現代的」でもなければ「神話的」でもない。かつてジャン・ジュネは、「美には傷以外に起源はない」と書いたことがあるが(「ジャコメッティのアトリエ」)、サラ・ケインが描く登場人物の暴力は、人の内面にぱっくり開いた傷口のようなものである。聖と俗、美と醜が反転するような特権的な傷ではない。何よりもそれは「口」であり、傷口が開くことは口を開くことでもある(実際『ブラスティッド』の登場人物が激しい暴力に身を委ねるとき、彼らは多くのことを語らずにはいられなくなるのである)。傷口が開いたとき暴力が発生し、同時にそこから無数の言葉が噴出する。サラ・ケインにとっての「傷口」とは、それこそがまさに終わりないコミュニケーションの始まりなのだ。死の直前に発表した『4時48分サイコシス』で、精神を病んだ主人公の女性が、自分の「傷口」に「病気」というレッテルを貼り、それですべてを終わらせてしまう精神科医に対する激しい糾弾の言葉を投げつけるのは、まさにそのためである。暴力に暴力というレッテルを貼って封殺してしまうかわりに、彼女の作品は、傷の向こう側から聞こえてくるかすかな声にどこまでも耳を澄ませる能力へと私たちを誘っている。その意味で、彼女の個人史における「死」は、彼女の作品が渇望している「終わりなき対話」「終わりなき優しさ」と、不幸にも対極をなしている。ダニエル・ジャンヌトーと日本の俳優たちによる共同作業は、『ブラスティッド』という「傷口」と、どのような対話を試みるのだろうか。

森山直人(もりやま・なおと)
photo_column_moriyama演劇批評家。1968年生まれ。京都造形芸術大学舞台芸術学科准教授、同大学舞台芸術研究センター主任研究員。雑誌『舞台芸術』編集委員をつとめる。論文に、「分断と共感―東京国際芸術祭『中東シリーズ』を振り返って」、「〈ドキュメンタリー〉が切り開く〈舞台〉」等。

協賛 キュルチュールフランス
フランス大使館
エールフランス航空
協力 東京日仏学院
ステュディオ・テアトル・ド・ヴィトリー

サラ・ケイン(1971-99)

イギリスの劇作家・演出家。
 1971年、ロンドン近郊に生まれる。ジャーナリストで敬虔なプロテスタントであった両親の影響で、少女時代には熱心なキリスト教徒だったが、やがて信仰を拒絶するようになる。92年にブリストル大学演劇科を首席で卒業したのち、バーミンガム大学で劇作の修士号を取得。在学中に未完のまま執筆・上演した『ブラスティッド』がプロデューサーの目にとまり、95年にロイヤル・コート・シアター小劇場で劇作家として衝撃的なデビューを飾ることになる。『ブラスティッド』の強烈な暴力表現と性描写はタブロイド紙でスキャンダラスに取り上げられた一方、ノーベル賞作家ハロルド・ピンターらに激賞された。その後の4年間で戯曲4作(『フェイドラの恋』、『浄化されて』、『渇望』、『4時48分サイコシス』)、短編映画1作(『スキン』)を残し、99年に鬱病で自殺。
 これらの作品は、彼女の死と前後して、フランスやドイツをはじめとする世界各地の重要な演出家によって、競うように上演されるようになる。ダニエル・ジャンヌトーによれば、『ブラスティッド』に登場する兵士は、愛とは何かを教えるためにやってきた天使のような存在だという。この言葉は、極限の愛を描きつづけて短い生涯を終えたサラ・ケイン自身にも当てはまるかも知れない。

ダニエル・ジャンヌトー

photo_blastedフランスの演出家・舞台美術家。
 1963年、モーゼル(フランス北東部)生まれ。2008年より、フレデリック・フィスバックの後をうけてステュディオ・テアトル・ド・ヴィトリーのディレクターを務める。
 ストラスブール装飾芸術学校を卒業後、ストラスブール国立劇場付属学校で演劇を学ぶ。89年にフランスを代表する演出家の一人であるクロード・レジと出会ってからは、レジ作品(デュラス、メーテルリンク、ヨン・フォッセ、サラ・ケイン)の舞台美術を15年間に渡って一手に引き受け、ジャン=クロード・ガロッタ、トリシャ・ブラウンといった振付家の舞台美術も手がける。01年にラシーヌ『イフィジェニー』(ブルターニュ国立演劇センター)で演出家としてデビュー。05年、『ブラスティッド』をストラスブール国立劇場で上演。他の代表作にストリンドベリ『幽霊ソナタ』、ブルガーコフ『アダムとイブ』など。昨年のアヴィニヨン演劇祭公式プログラムではシュトラーム『火』を発表した。