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劇の始まる前に
シンデレラの母は、二人の子ども、オッパとシーリを連れ、シンデレラの父親と再婚する。そしてシンデレラが生まれる。シンデレラは、小さい頃に父親と死に別れ、父親と諍いの絶えなかった母親は、シンデレラにつらくあたる。シンデレラは母と、父親の違う二人の姉との憎しみあう関係から脱け出し、激しく情熱的な人生を生きることを夢みていた。
一方、吸血鬼で名高いトランシルヴァニアの出身であるヤクザの親分、ドラキュラ伯爵にも一人の息子がいた。この息子は、父親や子分の期待に応えきれず、大学受験にも失敗し、一人悶々とした日々を送っている。いつかすばらしい女性とめぐり会い、父親から自立し、新しい人生を生き直したいと、心の奥底で思っていた。孤独なシンデレラとドラキュラの息子、この二人はある夜、突然に出会うことになる。一度はドラキュラ伯爵の息子の求愛をしりぞけるシンデレラだったが……!?
夢想する少女
ロッシーニのオペラ「シンデレラ」のおもしろいところは、シンデレラが父親にいじめられるところと、シンデレラを見初める王子が、ニセ者を自分に仕立てて花嫁志望の女たちの心を試すところにある。通常のシンデレラ物語と異なるこの設定は、舞台に喜劇的な要素を付け加えるための発想としては、それなりのものであると思う。しかし、そのために、この物語の主役がシンデレラと王子ではなく、父親とニセ者の王子になってしまい、シンデレラと王子という人物をますます非現実的で単純なものにしてしまったことは否めない。むろん、オペラという形式は、音楽性重視のために、どんなにすぐれた文学作品でもたわいのない筋立てだけのものにしてしまう。複雑な人間関係によって生み出されてくる人間の心の在り様を、さまざまな角度から照射し、表現するには不向きなのである。ロッシーニの大衆的な音楽や喜劇的な要素を踏まえながら、もう少し現代的な人物群が跳梁する音楽劇をつくりだせないかと、しばらく考えていたのだが、ようやくとりかかることができた。
私のシンデレラ物語では、母親は実母になっている。継母や義理の姉妹だからいじめられるというのはつまらないと思ったのと、家庭の崩壊を描きたかったからである。また、シンデレラは自分を含めて現状を嫌悪し、夢想の中で情熱的な人生を生きる少女になっている。シンデレラのような少女が、ただおとなしく従順であるはずがないと思ったからである。その生活環境があまりに貧しければ、豊かになりたいと思うことは当然あるだろうが、貴族や金持ちと結婚することだけが、生き方として最高のものであるなどとは考えないだろう。現実的にみれば、こういう少女は自閉症になるか、非行に走るか、革命家あるいは政治的犯罪者のように、既存の制度と身を捨てて争うような女性になる可能性もあるはずである。日本の中学生や高校生が、母親や友人を殺害したり、またその逆に母親が自分の子供を虐待して死に至らしめるようなニュースをひんぱんに耳にすれば、これはあながち空想的なことともいえまい。もしこういう人間関係の境遇にいる少女が、非行や犯罪に走らないで、まじめに生きることを心掛けるとしたら、どういうことが起こるのだろうか。自分の思いが純粋に果たされるとしたら、それは想像の中でしかないと、家族や世間が寝静まった頃に、ひとり心の中で理想の恋人や情熱的な生き方を夢想するのも、ありうべき道のひとつに思える。その夢想の行き着く果てが、自分の血を吸って不死を与えてくれる愛らしいドラキュラであったというのも、ありえそうな気もしたのである。副題を「ドラキュラの花嫁」としたのも、こういう考え方によっている。
ドラキュラとは、単なる悪ではない。正統に対する異端、共同体の権威や秩序を糜爛させる他者、限りある生命を超える不死や性行為のシンボルとして考えれば、こういう境遇にいる少女の情念が、いま現在の境遇とは対極に位置するそういう極端なものへの憧れに収斂していくこともあるというのが、この舞台、私のシンデレラの主調である。理性によるコントロールを超えた暴力ともいうべきエネルギーに身をまかせてみたいという衝動が、偏差値の高さをすぐれた人間の証しとするような教育や、経済的な豊かさをもたらす生き方ばかりをよしとする現在の日本に、無縁なものであるとは思えない。この舞台が娯しさとともに、そんなことを少しでも考えさせるものになっていれば幸いである。
この舞台ではロッシーニの「シンデレラ」、「どろぼうかささぎ」、プロコフィエフの「シンデレラ」、サルヴァトーレ・アダモのシャンソン「君を愛す」、「ブルージーンと皮ジャンパー」、「夢の中に君がいる」、小学唱歌「浜辺の歌」が使われています。
『シンデレラ』は県民参加による体験創作劇場として、1997年10月、宮城聰演出により初演され、これまでに1998年8月、2000年1月に上演されています。2000年11月の舞台はそれを踏まえて創られました。
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