劇団文学座の実力派俳優・今井朋彦が演出!
作品について
1938年のブロードウェイでの初演以来、アメリカをはじめ世界各国で繰り返し上演されてきた名作戯曲『わが町』。日本でも人気のあるこの作品を、文学座所属で舞台にテレビに活躍中の実力派俳優・今井朋彦が演出します。『令嬢ジュリー』と並んで、この秋、SPACがお届けするもうひとつの新作です。
アメリカの田舎町を舞台に、日常を生きる人々を豊かに活写し、人の一生の限りない輝きを見事にとらえた永遠の名作『わが町』。毎日の生活が愛おしくなる…。
あらすじ
アメリカ合衆国ニューハンプシャー州の田舎町グローヴァーズ・コーナーズ。早朝、町医者のギブスの家ではジョージとレベッカが母親にせかされて起床。地元新聞の編集長ウェブさんの家はギブス医師のお隣で、ここにも同じ年頃のエミリーとウォーリーがいる。夜になればふたつの家の2階の窓越しからエミリーがジョージに宿題を教える。ふたつの家の生活が匂うように活き活きと描かれるなか、時は経ち、やがてジョージとエミリーは新しい生活をはじめることになる…
今井朋彦 インタビュー
--このたびSPACで演出して頂くことになりましたが、これまでに今井さんはスズキメソッド(前SPAC芸術総監督鈴木忠志による俳優訓練法)のワークショップを受けられたこともあると聞きました。SPACの印象をお教えください。
99年にこの劇場で受けたスズキメソッドのワークショップは鮮明に覚えています。文字通り足が棒になるまで鍛えられましたから。その時からとにかく充実し た施設を基点に、劇団SPACの活動にとどまらず、海外からの作品招聘や共同制作、地域との交流など、その活動の多様性には注目してきました。
あのワークショップから10年以上経ってSPACの皆さんとこうした機会を持てたことは、驚くと同時に何かの縁を感じます。
--『わが町』は今井さんが所属されている文学座の養成所でも学ばれると聞きました。今井さんにとって『わが町』とはどういう作品ですか?
この作品は実質的に私の初舞台でしたから、強い印象は残っています。出番前に本気で「逃げよう」と考えたこととか(笑)。
とはいえあの時の『わが町』は一研究生、一俳優の立場から見たものでしかなかったとつくづく思います。いま演出するために取り組んでいる『わが町』は、また別物と言っていいかもしれません。
--キャスティングにあたってオーディションを開催しましたが、SPACの俳優はいかがでしたか?
「強靭」という言葉がまず浮かびました。身体も、もちろん喉も。時には強靭が高じて「狂人」をも演じる・・・なんて(笑)。そしてもう一つは、皆さんアイディアの宝庫。短い台本を使ってシーンを作ったのですが、まあ出るわ出るわ(笑)。あわせて言うなら「強靭かつ柔軟」。あるいは「強靭なのに柔軟」。
--今回の公演では平日に大勢の中高生の皆さんにご覧頂きます。今井さんはどんな青年時代を過ごされましたか?
中高ともに運動部で、汗にまみれていました。でも振り返ると、いわゆる元気はつらつのスポーツマンではありませんでしたね。どこか物憂いというか、煮え切らないというか・・・。そのあたりに現在の予兆があったのかもしれません。
--今井さんが演劇と出会ったのはいつごろのことでしょう? それから演劇を志すことになったのはなぜですか?
小中の文化祭で演じたことはありましたが、本格的に出会ったのは大学の演劇サークルです。なぜ志したかというのは、グレーゾーンが大きいですね。ヒンシュ クを買いそうですが、「成り行き」というのがもっとも近いのではないでしょうか。あえて言うなら「なぜ演劇を志したのか、その理由を探るために演劇をやっ ている」という部分もあるような気がします。・・・こんな気取った言い方はまたヒンシュクを買いそうですが(笑)。
--俳優として、演出家として毎日忙しい日々を過ごしていらっしゃると思いますが、演劇の仕事の醍醐味は何ですか?
つまりは人を知るということでしょうか。共演者やスタッフと知り合う。彼らの特徴や癖を知る。戯曲を通して作家を知る、その人間観を知る。舞台を通してお客様を知る。そうしたことがまた次の仕事への栄養になる・・・。結局他の仕事とあまり変わりないようにも思います。
--SPACのような地方の公共劇場でお仕事をされるときと東京の劇場や劇団でお仕事をされるときの違いがあればお教えください。
「演劇の仕事」という意味では東京でも地方でも、また公共でも民間でも違いはないと思います。ただやはり自分のホームタウンではない土地に滞在し、生活しながら作る舞台には、普段とはまた違った匂いというか肌触りのようなものが加味されるのではないでしょうか。
--演出をするにあたって、とくに影響を受けた演出家がいらっしゃいましたらお教え下さい。またその演出家から何を学んだと思いますか?
これまで40人近い演出家と仕事をしてきましたが、それぞれから影響を受けているのでこの人!というのは難しいですね。学んだこともさまざまです。でもそれらを集約してみると、そこに共通しているのは「自由」ということかもしれません。俳優自身が自由になること、舞台上が自由になること、逆にそれを阻害す るもの・・・そういうことを学んだ気がします。
--最後に、『わが町』をこれからご覧になる皆様に一言お願いします。
よく「生死の境」などと言いますが、その「境」は普通とんでもなく大きなものだと思われています。でも『わが町』には、生きているか死んでいるかには確か に違いがあるけれど、どちらにもそれぞれの良さがあり、また役割があるんだという冷静な希望がある、そんな風に感じます。
「生きる」ことの可能性や広がりを感じてもらえるたら嬉しいです。