作品について
キモカワ美しい!? 本格的な仮面劇が創り出す心躍る舞台
『ドン・ファン』は、演出家オマール・ポラスをSPACに迎えて制作した仮面劇です。オマール・ポラスは現在スイスで活躍するコロンビア出身の演出家で、鮮烈なヴィジュアルを伴う躍動感に溢れた舞台を得意とし、自身が主宰する劇団「テアトロ・マランドロ」はスイスの人気劇団になっています。そのオマール・ポラスが、2009年の夏から秋にかけて静岡に滞在し、SPAC俳優と共にこの作品に取り組みました。<コメディア・デラルテ>と呼ばれる16世紀イタリア発祥の仮面即興劇の要素を本格的に取り入れた本作は、日本人俳優が出演したものとしてはこれまでにないものとして驚きと賞賛をもって受け入れられました。仮面をつけた俳優たちは、可愛いような気味の悪いような、またどこか妖艶な雰囲気を漂わせ、絵本の世界にも似た夢のような舞台を創り上げます。オマール・ポラスの演出や極彩色の舞台美術が織りなす、独自のラテン的な世界をお楽しみください!
世紀の色男ドン・ファンの運命の物語
女たらしの代名詞として有名なドン・ファン。本作は数あるドン・ファン物語のなかからティルソ・デ・モリーナ作『セビーリャの色事師と石の招客』やモリエール作『ドン・ジュアン』等いくつかの作品をコラージュしています。ドン・ファン物語に共通する要素を繋ぎ合わせることで、女性への興味に憑かれた男ドン・ファンの生き様がより鮮明に浮き彫りになるよう構成されています。辿り着いた先々で、次々と女性を射止めては、逃げ続けるドン・ファン――。この男の追い求める生き様とは一体…。
あらすじ
イタリア・ナポリ宮廷の一室。ドン・ファンはドーニャ・イサベラに近づくため彼女の婚約者であるドン・オクタビオ公爵になりすまし、暗闇の中で彼女と関係を結ぶ。しかし正体のばれたドン・ファンは追われる身となり、宮廷の騒動を尻目にスペインへと逃亡する。スペインへの帰路、船が難破し従者のスガナレルとともにタラゴーナの海岸へ打ち上げられる。彼はそこで漁師の娘ティスベアを口説き見事に思いを遂げると、あっという間に逃げ出す。故郷のスペイン・セビーリヤに戻ったドン・ファンは、ドーニャ・アンナ・デ・ウリョアの美しさを聞きつけ、早速彼女のもとへ向う。そこで思わぬ抵抗にあい、成り行きで彼女の父ドン・ゴンサロ・デ・ウリョアを殺してしまう。またも逃亡を余儀なくされるドン・ファン、その運命やいかに…。
明るく、楽しく、心洗われる喜劇
植村恒一郎
我々はモーツァルト『ドン・ジョバンニ』とモリエール『ドン・ジュアン』はよく知っているが、それ以外のドン・ファンのバージョンには接する機会は少ない。最初の作品は、スペインの修道僧(!)ティルソ・デ・モリーナが書いた『セビーリャの色事師と石の招客』(1630)であり、モーツァルトの『ドン・ジョバンニ』(1787)以前に、演劇版だけでも計15作品がリメイクされた。それほどドン・ファンは人気作だったのだ。
オマール・ポラス演出の『ドン・ファン』は、ティルソ・デ・モリーナの原作をもとにしているので、とても貴重な上演だ。ドン・ファンの内面的性格が描かれるというよりは、全篇が、音楽と踊りと滑稽な仕草に溢れており、めちゃくちゃに楽しいドタバタ喜劇になっている。ドン・ファンは次々に女性をものにしては棄てるのだが、女性たちはいつまでも自分がドン・ファンに愛されていると錯覚し、私こそがドン・ファンの妻であると互いに争って大騒ぎする。ドーニャ・エルビラも含めて、どうも女性たちはドン・ファンその人を恨んではいないようで、最後まで女性たちはとても明るくお祭りのように騒ぐだけ。
ドン・ファンその人の人間像も、モーツァルト版やモリエール版とはかなり違う。ドン・ファンは、モーツァルト版では深みのあるキャラだが、原作では、二十歳くらいの青年で、ひたすら好色で女好きなだけ。何も考えていないアサーイ男、カルーイ男で、どうしようもなく未熟なイケメンだ。むしろ従者のスガナレルの方が、年配の男性で分別がある。「そんなことをすると、死後罰せられるぞ」とスガナレルに諭されるドン・ファンは、そのたびに、「えっ、死後なんてずっと先のことじゃん、関係ないよ」とあっけらかんとしている。要するに『ドン・ファン』は、女の子をナンパするのが大好きな貴族を好意的に描く若者劇で、ドン・ファンが特別の例外というわけでもなく、似たような友人も出てくる。今回のオマール・ポラス版では、少年のように初々しいドン・ファンが活躍するが、深刻な悲劇的様相を帯びるモーツァルト版とは大いに違う原作の味を、うまく醸し出すのに成功している。
植村恒一郎(うえむら・つねいちろう)
群馬県立女子大学教授、哲学者。著書『時間の本性』により、第15回和辻哲郎文化賞を受賞。演劇、オペラ、映画などについても造詣が深い。
製作: | SPAC (財)静岡県舞台芸術センター |
---|---|
協力: | テアトロ・マランドロ |
後援: | スイス大使館、コロンビア大使館 |