谷崎潤一郎(たにざき じゅんいちろう 1886-1965)
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明治19年(1886)、東京・日本橋の商家に生まれる。旧制府立一中、第一高等学校を経て東京帝大文学科に進学するが、父の事業の失敗により中退。明治43年(1910)小山内薫、和辻哲郎、大貫晶川らと第二次「新思潮」を創刊し、同誌に発表した『刺青』『麒麟』などが永井荷風に激賞され、文学的地位を確立した。その後『痴人の愛』『卍』『鍵』『瘋癩老人日記』などでは官能的な性の世界を残酷なまでに描き、『吉野葛』『蘆刈』『春琴抄』『細雪』『少将滋幹の母』などでは陰影ある豊かな古典美を創造した。また多くの戯曲も発表している。昭和24年(1949)には、志賀直哉と共に第8回文化勲章を授与された。今回の『別冊 谷崎潤一郎』は『或る調書の一節』(大正10年・1921)と戯曲『お國と五平』(大正11年・1922)の二作品から構成されている。なお、『お國と五平』は谷崎潤一郎自身の演出で帝国劇場において初演された。
鈴木忠志(すずき ただし 1939-)
演出家。静岡県清水市生まれ。1966年、別役実、蔦森皓祐らとともに劇団SCOT(旧・早稲田小劇場)を創立。76年富山県利賀村に本拠地を移し、82年より世界演劇祭「利賀フェスティバル」を開催。世界各地で上演活動を展開し、鈴木の編み出した俳優訓練法スズキ・メソッドは世界各国で学ばれている。静岡県舞台芸術センターの芸術総監督を95年から2007年3月まで務め、現在同センター顧問。シアター・オリンピックス国際委員、舞台芸術財団演劇人会議理事長。今年から劇団SCOTの活動を再開し、新たな演劇創造に意欲を燃やす。
谷崎潤一郎の戯曲『お國と五平』と小説『或る調書の一節』の二部構成により、文豪・谷崎潤一郎の深層に迫る。恐ろしき犯罪者二人が展開する論理は、やがて正義や体制を相対化し、その根幹を揺るがしていく。鈴木演劇の、様式的な美に裏打ちされた異様な迫力が、演劇が現代社会を映す鏡であることを示唆する珠玉の名作。新キャストによる3年ぶりの再演。
初演時の劇評より(抜粋)
鈴木忠志は、戦後の日本の虚妄を一人の作家の視点を通して描き、今日の日本の現状はもとより世界の状勢に至った。ドラマの射程は明らかに現代の深層を捉えている。その意味で、これはもっとも尖鋭的な「現代」劇なのである。もっとも私がこのドラマに感動したのは、この主題にだけよるのではない。その主題を立体化した舞台の完成度による。一口でいえばその表現の集中度。すなわち様式とリアルさとの統一、役者の身体から舞台全体に及ぶピーンとはりつめた緊迫した空気、それこそ触れば音をたてそうな空間の緊張と集中。これこそが、あの異様な世界を立体化し、それを相対化している。芝居を見る喜びは、洋の東西、古今を問わず、この集中にある。この集中がなければ、主題は絵に描いた餅にすぎず、芝居というものは存在しないのである。
―――渡辺保「2004年のベストワン」(『テアトロ』2005年3月号)