西洋と東洋、女と男……垣根を越えて響き合う<戦争の記憶>
『ヒロシマ・モナムール』は、「ヒロシマ」で出会ったフランス人女優と日本人建築家の物語です。フランス人女優は占領軍のドイツ兵と恋に落ちた過去を持っており、日本人建築家との関係を通じて、辛い記憶を蘇らせます。<戦争の記憶>を共有する西洋人と東洋人、女と男……。女優が帰国するまでに残された24時間、二人は街を彷徨います。越え難い垣根を越え、すれ違いながらも求め合う二人は、根源的な救済の感覚を求めているようです。人類史のターニングポイントとも言える「ヒロシマ」で、深く傷ついた二つの心は、果たして癒されうるのでしょうか。
アラン・レネ監督の不朽の名作『24時間の情事』が
演劇作品として蘇る!
フランス人女性の視点を通して、
さらに哲学的に、もっと官能的に
本作は1959年に公開されたアラン・レネ監督の名作映画『24時間の情事』のシナリオをもとに、2009年に演劇化した作品です。広島市を舞台にしたこの映画は、西洋から観た「ヒロシマ」の姿を克明に写し取り、大きな反響を呼びました。シナリオを担当したのは女流作家マルグリット・デュラス。また演劇化にあたって演出を担当したのは、女性演出家クリスティーヌ・ルタイユール。女優役を演じるのは、ルタイユールとともにマルキ・ド・サドなどの文学を舞台化してきた女優ヴァレリー・ラングです。フランス人の女流作家、女性演出家、そして女優が創り上げる『ヒロシマ・モナムール』。フランス人女性の視点から捉え返される演劇版は、官能的で哲学的な舞台に仕上がっています。
あらすじ
「彼女」は32歳のフランス人女優。平和についての映画の撮影のために来日する。映画は完成間近で、彼女はもうすぐフランスに帰ることになっている。フランスでは結婚しており、子どもも二人いる。「彼」は日本人の建築家。やはり結婚していて、40代。二人がどんな状況で出会ったのかは分からないが、お互いをとても強く、本当に心から求め合った。しかし、24時間後には別れを迎えることになる……。
舞台『ヒロシマ・モナムール』に寄せて
諏訪敦彦 Nobuhiro Suwa
そのタイトルから「ヒロシマ」も「愛」も消され、「二十四時間の情事」という邦題で公開されたアラン・レネ監督の映画「ヒロシマ・モナムール」は、日本ではほとんど理解されないまま公開が打ち切られたそうだが、1959年当時のフランスの若者にとって、この作品は革命であり、忘れられない重要な映画体験であった。「私はヒロシマですべてを見たわ」「いや、君はヒロシマで何も見てはいない、何も」というマルグリット・デュラスの有名なダイアローグを、多くのフランスの若者が暗唱していたという。主役を演じたエマニュエル・リヴァは一躍世界中の映画人から注目を集めたが、その後のキャリアの中でずっとこの役のイメージから逃れられないほど強烈な印象を映画史に残した。2001年に私は、このデュラスのテキストを元に、「ヒロシマ・モナムール」を現代のヒロシマにおいてリメイクしようとして挫折するというメタ・フィクショナルな作品「H Story」を制作したが、主演したベアトリス・ダルはデュラスのテキストがあまりに美しいことに恐怖を抱き、役を演じることに大きな困難を抱えた。「ヒロシマ」という人類的な傷をどうしてこんなにも美しい言葉で語れるのか、と。それほどまでに、このテキストは美しい。「ヒロシマ」という大きな歴史と、小さな不倫の物語。「ヌヴェール」という名も無いフランスの街と「ヒロシマ」。結びつきようも無い二つの極を、モンタージュという映画手法を用いながら映画言語を革新しようとしたレネの映画に対して、クリスティーヌ・ルタイユールの手による舞台は、デュラスのテキストを忠実に踏まえながら、舞台ならではの想像的な空間を創出させる。二つの身体に対する厳格で美しい振り付けと、デュラスのテキストによって、舞台を支配する闇の中に、時空を超えた映像=イメージが現れる。それは映像によっては達成できない、「見えない」ことによる「ヒロシマ」の体験として、私たちの記憶に強く突き刺さるであろう。
諏訪敦彦(すわ・のぶひろ)
1997年に『2/デュオ』で映画監督デビュー。『M/OTHER』(99)で第52回カンヌ国際映画祭国際批評家連盟賞。『H Story』(01)で『ヒロシマ・モナムール』のリメイクを試みる。東京造形大学学長。
『24時間の情事』
監督:アラン・レネ(2009年、IVC,Ltd.)
1959年カンヌ国際映画祭国際映画批評家連盟賞受賞の名作映画。詩的な映像で戦争の記憶を浮き彫りにし、レネとデュラスの最高傑作とも言われる。
助成: | アンスティチュ・フランセ、プロ・ヘルヴェチア |
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協力: | 東京日仏学院、ラ・メナリジュリー・ド・ヴェール(「スチュディオラブ」企画として) |
協賛: | |
後援: | フランス大使館、スイス大使館 |