ル・モンド紙で第1面を飾った劇作・演出家ジョエル・ポムラ、日本初登場!
ジョエル・ポムラはフランスで今最も注目度の高い劇作家兼演出家です。1990年に自身の劇団「ルイ・ブルイヤール・カンパニー」を立ち上げて以来、自ら書き下ろした作品のみを演出してきました。『時の商人』はポムラの代表作です。2006年の初演時にフランスの新聞ル・モンド紙の第1面に公演記事が掲載されるという、演劇作品としては異例の扱いに、その注目度の高さが伺えます。日本初上演となるポムラの作品にご期待ください。
あなたの町でも起こりうる、底冷えのする恐ろしさ
「工場は80人を殺したが20000人の従業員を生かしている」―。
「失業の恐怖」と裏腹の「労働の狂気」を描いた
幻想的なサスペンス
とある工場の爆発事故をめぐり、工場閉鎖を画策する者たちとそれに反対する労働者を描いたこの物語には、現代的な労働状況に対するアイロニーが潜んでいます。本作は、「労働そのものが特権である」というフランスの労働状況を反映し、社会の底辺にいる労働者の「声なき声」を拾い上げた作品として驚きをもって受け取られ、2006年のフランス「戯曲大賞」を受賞しました。音声として流れる「私」の回想に合わせて、舞台上では無言劇が展開します。しかし「私」の回想と無言劇は微妙に食い違っています。登場人物の固有名詞は一切語られません。これらの要素が違和感を生み、観客に不安を抱かせます。また本作はJホラーの影響が色濃く、テレビから幽霊が現れたり、“こっくりさん”のように霊を召喚したり……。底冷えのする恐ろしさが心の奥底から湧き上がる『時の商人』。この物語は、あなたの身近で起きている物語かもしれません。
あらすじ
「あの女」は莫大な借金を背負いながら、郊外の集合住宅地帯に建てられた、高級マンションの21階にある部屋を買って住んでいる。「私」はそれに面した安アパートに住んでいる。「あの女」には仕事がないが、「私」はノルシロールという会社の工場で働いている。その地域のほとんどの人がノルシロールで働いている。「あの女」の父もそこで働いていたが、定年の数ヶ月前に、爆発事故に巻き込まれて亡くなった。「あの女」と「私」は、ときどきテレビを通じてこの父に出会う。ある日、「私」は背中に痛みを感じはじめる。「私」はそれが自分の仕事のせいだと知っている。痛みは日々大きくなっていき、「私」はある朝、家で動けなくなって病院に運ばれ、はじめて工場を欠勤する。その日、工場で原因不明の爆発が起き、多くの従業員が死亡する。爆発によって「工場で危険な兵器のための素材を製造している」という噂が広まり、工場閉鎖の話が持ち上がるのだが……。
ジョエル・ポムラ『時の商人』
鈴木光司 Koji Suzuki
『リング』を書き上げたのは、22年前のことである。ホラーという意識はまったくなく、画期的におもしろい物語を書いたつもりでいたのだが、作品を読んだ編集者に開口一番「よくできたホラー小説ですね」と断言されてしまった。
『リング』の中に、残虐なシーンは一切ない。にもかかわらず、読者の方はみな口々に、怖い、怖いと言う。一体、なぜ怖いのか。読者の想像力をフル活用して小説世界に巻き込もうとする構造が、作品中に盛り込まれているからだ。
ジョエル・ポムラ『時の商人』も、同じ構造を持っていると思われる。
ナレーションによって進行する物語の舞台には、せいぜい椅子が置かれる程度で、大掛かりな装置はまったくない。誇張された笑い声、靴音、同じリズムを刻む工場の作業音などの効果音がサスペンスを盛り上げつつ、役者たちは何もない空間をパントマイムで埋めていく。それでも、埋まらない隙間を、観客は想像力をフルに使って補う必要が出てくる。
こうして、『時の商人』を観にきた観客は、舞台への参加を強いられ、客席に座ってただ受け身的に過ごすわけにはいかなくなる。
現実そっくりに創り上げられた、精巧な舞台装置の上で、役になり切った役者たちが台詞を交わしながら物語を進行させてゆくときのリアリティと、贅肉が殺ぎ落とされたステージに刺激され、観客ひとりひとりの脳裏に独自の物語が進行してゆくときのリアリティは、まったく別物である。
拙著『リング』を例に取ろう。白い服に身を包んだ貞子が長い髪を前に垂らし、直に、スクリーンに登場する場合と、具体的な対象物が何もない中、雰囲気で想像力が刺激され、あなた自身の力で脳裏に貞子のイメージが作り上げられてしまった場合。後者のほうが能動的であるぶん、背後から忍び寄るイメージはより生々しい。なにしろ、貞子は既に、あなたの内部に入っているのだから……。
想像力を駆使して、共に作り上げるステージは、あなたに大きなカタルシスをもたらすだろう。
鈴木光司(すずき・こうじ)
1957年、静岡県浜松市生まれ。90年『楽園』で日本ファンタジーノベル大賞優秀賞を受賞し作家デビュー。『リング』『らせん』『仄暗い水の底から』などの小説で知られ、その独特の世界観から映画化されることも多く、特に『リング』はJホラーブームの火付け役となった。最新刊に『鋼鉄の叫び』。
ジョエル・ポムラ作『時の商人』の邦訳が出版されます!
SPAC文芸部・横山義志の翻訳により、れんが書房新社「コレクション 現代フランス語圏演劇」シリーズとして刊行予定。
現代フランスの社会状況を背景とした身に迫る恐怖を、独特の手法と瑞々しい筆致で書き上げた、ジョエル・ポムラの代表作。
『時の商人』著:ジョエル・ポムラ、翻訳:横山義志
(2011年6月刊行予定、れんが書房新社)
助成: | アンスティチュ・フランセ |
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協力: | 東京日仏学院 |
後援: | フランス大使館 |