休戦中であったフランスとの百年戦争を再開し、イングランド軍を劇的な勝利に導いたヘンリー五世。ピッポ・デルボーノは、シェイクスピアによるイングランド王ヘンリー五世の物語の中に、古今のあらゆる<戦争>とそこで生まれる絶望、勇気、希望を描き出します。言葉とダンスと音楽とが渾然一体となる舞台には、ピッポ・デルボーノ・カンパニーの俳優に加え、日本人のコロス(群衆役)約30名のコロス(群集役)が出演、壮大かつ真摯に生と死を語る作品をともに創り上げます。
1992年にイタリアで初演されて以来上演が重ねられ、2007年にはイギリスのロイヤル・シェイクスピア・カンパニーによるフェスティバル「コンプリート・ワークス・フェスティバル」にも招聘された本作は、ピッポ・デルボーノの創作史に永らく輝きつづける傑作です。
以下は当初上演が予定されておりました『この狂暴な闇』の作品紹介を含みます。
ご了承ください。
「Shizuoka春の芸術祭2007」で絶賛された
ピッポ・デルボーノ再登場!
イタリアの演出家ピッポ・デルボーノは2007年の「Shizuoka春の芸術祭」で2作品を日本初演し、好評を博しました。再演を希望する多くの声に応え、このたび2度目の静岡公演が実現します。『この狂暴な闇』は2006年にローマで初演されて以来、世界各地で上演され高い評価を受けています。演劇ともダンスとも言える独特の表現によって、胸に迫る祝祭空間を生み出します。
エイズ発症者が残した克明な記録…
<死の影>に垣間見える<生命の讃歌>とは
『この狂暴な闇』はアメリカの作家ハロルド・ブラドキーの自伝的エッセイに着想を得ています。エイズによる死を前に書かれたこのエッセイは、彼の死後1996年に出版され話題を呼びました(邦題『わたしの死の物語』)。死に至るまでの内面の変化が克明に記されたこのエッセイから、デルボーノは<生>を省察しています。<死の影>に覆われた深刻な内面世界にも<生への希望>が宿っている。デルボーノの想像力によって、死を前にした人間の静かで力強い<生命の讃歌>が生み出されました。
多様な出演者との共同創作を経て、
人間の豊かさが溢れ出る舞台へ
ピッポ・デルボーノの劇団には、精神障害により40年以上ナポリの施設で生活していた人や、ホームレスだった人などが参加しています。デルボーノは、彼らとの共同創作を通じて、「社会的弱者」への偏見を受け入れられなくなったと語り、またデルボーノ自身の芸術家としての成長において、彼らは主役を担う存在である、と話します。人々の多様性こそが舞台の豊かさを湧き上がらせる―。『この狂暴な闇』は、私たちのリアリティを根底から揺さぶることになるでしょう。
わたしの死の物語
香西史子 Fumiko Kosai
いまはまだ単なる自分自身あの影絵になり果てたくはない。自分の頭のなかにいる自分が、遺された時間を死ぬことにのみ費やし、多少なりとも満足のゆく生き方をしないのは許せない。バランスを失って防御を崩し、ウイルスとウイルスのもたらす狂騒にまるで無防備になったもろい自分を、作家として鍛えた目を通して見る。作家の性である観察癖を発揮する。
ハロルド・ブラドキー『わたしの死の物語』(原題 Harold Brodkey, This Wild Darkness: The Story of My Death 『この荒涼たる闇―わたしの死の物語』)の一節。
エイズ罹患を宣告された1993年春から1995年晩秋までの記録(1996年1月没)を、まさしく作家としての観察眼を発揮してつづった作品である。
不治の病を宣告されながら、理性を保ち続けるのみならず、ぎりぎりの限界まで自己を客体化し観察できる精神に驚きと敬意を覚える。命尽きるまでウイルスと闘い続ける肉体、そして肉体の苦しみを共にしながら異なる次元にあってその闘いを観察、記録、記憶し、さらに時空を超えた記憶の荒野を放浪する精神。そのどちらが欠けても自分ではなくなってしまうということ。
この最期の苦闘を、ブラドキーは恐ろしいほどに饒舌に豊かな比喩表現の乱射で描き出す。
死は沈黙。沈黙でありプライヴァシーであり手の届かないものだ。死は無反応であり、意見の消滅であり、安堵であり、特権であり、幸運で優雅でシンメトリックな沈黙であり、感謝すべきことだった。
肉体・精神・言葉という三位一体。『わたしの死の物語』は、肉体と精神の死闘を、その死闘から生まれた言葉を尽くして記録した物語だ。ピッポ・デルボーノの舞台はこの物語を肉体に語らせる。言葉と肉体の逆転はどのような舞台に結実するだろう。
苦闘の果てに、ブラドキーは己の死と和解を果たす。
いまわたしは、わたし自身の笑い声に取り巻かれている。
香西史子(こうさい・ふみこ)
上智大学大学院英米文学専攻博士課程満期退学。英国近現代演劇研究家・翻訳家。訳書に『わたしの死の物語』(凱風社)、『エリザベス―女王への道』(原書房)、『パビリオン』(劇団黒テント上演)、大学英語教材『恋に落ちたシェイクスピア』、『ハムレット』(松柏社)など。昭和音楽大学准教授。
『わたしの死の物語』
著:ハロルド・ブラドキー、翻訳:香西史子(1999年、凱風社)
エイズ患者であるアメリカの小説家が、死の直前まで鋭い観察力によって記述した自伝。『ニューヨーク・タイムズ・ブックレビュー』でも絶賛。
製作: | ピッポ・デルボーノ・カンパニー |
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共同製作: | エミリア=ロマーニャ州演劇財団 |
後援: | イタリア大使館 |