2010年に『ユ メ ミ ル チ カ ラ ―REVE DE TAKASE―』として静岡で初演。翌年からは現在のタイトルになり、毎年進化しながら上演を続けている『タカセの夢』。これまで静岡を飛び出し、東京、大阪、韓国と上演の場を広げてきたが、今年はなんと、振付のニヤカムさんの母国カメルーンでも上演されることが決定した。「ずっとカメルーンの人たちにこの作品のことを話し続けてきたので、公演が実現してすごくうれしい」と満面の笑みを見せるニヤカムさんに、『タカセの夢』誕生から今日までを振り返ってもらった。
――SPACでは、自然と調和したすばらしい環境でもの創りができそうですね。
実にマジカルな場所で、多大なインスピレーションをもらっています。この環境を与えていただいたことを、心から感謝しています。しかも、スパカンファン・プロジェクトは単発的な企画ではなく、今年で5年目。時間をかけて継続していくことの重要性も、ひしひしと感じています。(タイトルにもなっている)タカセ(髙瀬竣介)くんがいい例です。彼は4年前、最初にここへオーディションに来た時は、13歳でまだ背も低く、完全に身体が固まっていて、まったく自由に動けない状態だったんですよ。でも、彼の中には何かモチベーションがあると、私は感じました。そしてタカセくんは、自分の夢を信じてこの作品に取り組み、いつしかそれが参加している全員の夢になってゆき、今では世界中の人が共有する夢にまでなってきています。その意味で彼は、まさに私のヒーローです。
――思春期の子どもたちの心や身体を開放するのは、大変だったでしょうね。
確かに、あまり簡単なことではありませんでした。閉じている=自分を守るということでもありますが、そもそも子どもは、親によって型にはめられているのです。両親は今あるこの世界で生きていけるように、よかれと思って子どもたちを型にはめますからね。ただ、そんな状態でも、一度このSPACの環境の中に身を置いて、自然に身を委ね、お互いの声にちゃんと耳を傾けていけば、だいぶ変わることができます。オーディションには、ダンスをやっている子とそうでない子、体を動かすのが得意な子とそうでない子、と、あらゆるタイプの子どもたちが、約40名集まりました。ひとりでは来られないシャイな子もいると思い、なるべく親御さんにも来ていただきたいと伝えたので、たくさんの親御さんも見守って、4日間のワークショップを行いました。みんな、みるみるうちに変化していきましたよ。このプロジェクトでは、ダンスの経験のある子もない子も、ともに何かできるということを見せる点が重要だったので、さまざまな子どもたちを選びました。
――『タカセの夢』は、タカセくんが女の子たちに「キャーキャー」と熱狂的に追いかけられるという彼の”夢”から始まりますね。
最初に宮城聰さんからこのプロジェクトを依頼された際に言われたのは、「子どもたちに希望を与えるような作品を創ってほしい」ということでした。私は「ついに大人がこの問題についてちゃんと考えてくれるようになった!」とうれしくなりました。毎日テレビを見ているだけでも、子どもたちにはさまざまな困難が降りかかっている。これに対して私たちには、いったい何ができるだろうということを、ずっと気に掛けていたからです。
実際の作品創りにあたっては、まず「みなさんの夢は何ですか」と尋ねることから始めました。みんないろいろな夢を語ってくれましたが、その時にタカセくんが「女の子に追いかけられたい」と話したわけではないんですよ(笑)。ただ、テレビではスター発掘番組の類をよくやっていて、スターになって女の子たちに騒がれるという夢を、子どもたちに吹き込んでいますよね。子どもたちには、「自分の夢を体験する」という夢があると思うので、この場面では、女の子たちに「振りをするのではなく、ほんとうにタカセくんが自分にとっての大スターで、どうしても姿を見たい、触ってみたいと思わなきゃだめなんだよ」と伝えました。
――男の子1人に大ぜいの女の子、というシチュエイションは、オーディションに集まった男女比を反映してのことですか。
オーディションには、男の子もけっこうたくさん来ていました。ほんとうは、来てくれた全員と創りたかったんですけどねぇ……。まあ、そうもいかないので、いちばん大きな目的である、「子どもたちひとりひとりに価値を見出す」ということに的を絞り、いろいろ考えた末、ひとりの男の子と9人の女の子、というのも悪くないなと思い至ったんです。
日本ではそうでもないかもしれませんが、ヨーロッパでは、ダンスをやってくれる男の子はすごく少ないんです。ですから、大ぜいの女の子の中で、男の子が自信を持って踊る、というシチュエイションがいいんじゃないかと考えました。客席で見ている男の子に、ダンスは女の子も男の子もできるものであり、男の子が女の子の中にひとりだけポツンといても、決して肩身の狭い思いをすることなく、むしろ、より男の子の価値が高まるような状態を示したかったんです。男の子たちみんなに、「タカセくんのようになりたい」と思ってほしいなと。
――タカセくんはひとりでグルグルと回転し続けるという、ダンスの見せ場もありますね。
彼はほんとうに、毎回私を驚かせてくれます。最初は、回ることはあまり得意ではなく、すぐに倒れてしまっていたんですが、ある時、声を出して話をしながら回ってみたら、うまくいったんです。これは空間と自分の身体をどれだけしっかり把握するかの問題なのですが、彼はすっかり成長して、今ではご覧のようにバランスを崩さず回り続けたうえに、思うところで止まって座る、ということまでできるようになりました。韓国公演では、あのシーンは特に盛り上がって、拍手が起きたんですよ。
私はアマチュアの人たちと作品を創るのが好きなんですが、だんだんわかってきたのは、アマチュアの人だって何でもできるし、誰でも自分本来の姿を見せられれば、とてもおもしろいものになる、ということ。性格も身体も、みなひとりひとり異なりますから、同じ動きを与えても、違うものになります。さらにその動きが、違和感なく自分のものになった時に、初めておもしろいものになるのです。
――「花いちもんめ」のような日本の遊びから、アフリカを彷彿させるリズミカルなステップまで、多種多様な動きが詰まっていますね。
私は純粋なアフリカの伝統的なダンスから出発して、ヨーロッパに渡ってからはバレエ、コンテンポラリーダンス、ヒップホップなど、さまざまなダンスを学び、今度は日本にやって来て、日本の子どもたちに出会いました。これらのすべてが共存する、この状態こそが同時代性だなと思ったので、この作品を”アフロ・ジャンパニーズ・コンテンポラリーダンス”と名付けました。アフリカから来た私と日本の子どもたちで創った、双方の調和がとれた作品が出来上がったと思っています。
――ニジンスキー、ガンディー、キング牧師の画像が代わる代わる浮かぶなど、思索を促す構成も印象的です。
自分の夢に到達できる人もいれば、マーティン・ルーサー・キング牧師のように、たとえ自らの命は絶えても、そのこころざしを引き継ぐ後世の人たちによって、夢がかなう場合もある。そうした夢を、子どももみんな思い描いているんだということを、おとなたちに伝えたいと思ったのです。「私たち子どもを自分の夢に向かってつき進ませてください」と、彼らはおとなたちに訴えているのです。
――夢がある一方で、シビアな現実も立ちはだかる。単純な希望礼讃に終始せず、示唆に富む展開になっていますね。
観客のみなさんに思う存分想像していただくためには、抽象的な部分を遺しておくことが大事です。子どもたちは、まず子どもとして、自然と調和しながら生きていますが、やがて、この世界を引っ張っていくおとなになっていくわけです。ただ、世界の現状を鑑みると、子どもたちの多くは、来たるべき未来へ自分の身を投げ出そうという気持ちには、なれずにいるのではないでしょうか。彼らは、私たちおとなに呼びかけているのです。「いったいあなたたちは、私たちにどんな世界を遺していくつもりなんですか」と。全体的に軽やかなタッチの『タカセの夢』ですが、非常に強いメッセージが込められているんですよ。
聞き手・構成:伊達なつめ
通訳:横山義志(SPAC文芸部)
2014年4月25日 舞台芸術公園にて