アカデミー校長 宮城聰のメッセージビデオなど(募集説明会より)

4月10日(日)、17日(日)と2週にわたって、SPAC演劇アカデミー第2期生の募集説明会をオンラインで行いました。その様子を一部ビデオでご覧いただけます。

SPAC芸術総監督であり、アカデミー校長 宮城聰のあいさつはテキストでもお読みいただけます。応募を考えている方、少しでも興味のある方は、ぜひご覧ください。

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▼アカデミー校長 宮城聰のあいさつ

こんにちは。宮城です。
 このアカデミーは昨年度から始まったんだけど、僕の一つの夢だったんだよね。

 なんでこういうことをやりたいと思ったのか。僕は高校1年の時に演劇部に入って、そこから演劇を始めたんだ。それ以来、50年弱演劇をやっていて、一応、今はプロとして演劇で生活をしているんだけども、「どうしてここまで演劇を続けることができたのかな」って、時々考える。すごく競争の激しい世界で、生き残るのが大変っていうか、この世界でプロになるのはとても大変。そんなにたくさんの人がプロになれるわけじゃないから。

 それで振り返ってみると「ああ、高校時代がポイントだったな」って思えてくる。大学、あるいは大学を卒業した後に学べること、獲得できることっていうのは、知識とか思想。思想というのは、今の世界をどう見るか、そういう「ものの見方」だよね。知識は大学生になってから、もっと後になってからでも得られる。それから思想も、もっと年をとってからでも得られる。でも、審美眼とか美意識、「こういうのは美しい」「これはイマイチだ」って見分ける力、美しいものを見分けるセンス、これは、大人になってからではなかなか身につかないんじゃないか。大人になって知識が入った後だと「これはなぜ美しいとされているのか」「これはなぜ評価が高いのか」を理屈で考えちゃう。でも中学から高校にかけてはまだそういう知識がないから、ただ単に、良い絵だと言われているから観に行ってみる、良い音楽だと言われているから聴いてみる。そういう経験をしているうちにいつのまにか、良い音楽とか良い絵とか「なんかすごいぞ」っていうものを嗅ぎ分けられるようになる。

 もちろんその頃はそんなことは自覚できない。でも、ずっと後になって演劇をつくっている時に、例えば二人の俳優が舞台にいて、「二人の距離はこれ位の方がもっとキレイだ」と、なぜ僕は思うんだろうって不思議に思ったんだ。これが審美眼というやつで、いつのまにか「こっちの方がキレイだ」っていうことを学びとっていたんだよね。それが一番起こったのがやっぱり高校時代だなって思った。まだ理屈では分からないけど、ただ「ああ、これってすごい絵だって言われてるんだ」って観に行った。なんでも聴いてみたり観に行ってみたりしていることがとても大事。ともかく、「美しいとされているもの」「美しいというもの」を知ったうえで知識や思想を学ぶと、すごく生きるんだよね。そうじゃないと他人の真似になっちゃう。真似では芸術にならない。

僕は、これからの日本では「他人の真似をしない」ということがとても大事だと思う。真似をする時があってもいいけど、「他人と違うことを考える」ということに、とても価値があると思ってる。これからの日本は、「横並びで皆と同じことが同じだけできること」には頼れない。他人と違うことを考える人がどんどん育っていく方がいい。でも、少なくとも日本の学校のシステムってあんまりそういう風にできていない。それで、他人と違うことを考えるための場所は、学校とは別のところにつくらないとって思った。演劇アカデミーは、審美眼、美意識を高校時代に磨く場であり、同時に、他人と違うことを考えたりすることを体験できる。横並びじゃなくていいんだぞ、っていう場所。

もう一つ大事だと思うのは、友達をつくること。これは、僕もずっと後になってから、高校時代の友達って、その後得られる友達とは「タイプが違う」ということに気がついた。タイプが違うってどういうことかというとね、例えば大学に入ると、大学の授業って自分で選んだりして取るんだけど、「これは自分の将来に役に立つか」とか「自分の就職に役に立つかな」とか、いわば自分の得になるものを選んでるんだよね。つまり大学の先生っていうのは偶然出会ってるんじゃなくて、生徒が「この先生の授業を受けると得になるな」と思って選んでいるわけ。そういう原理で大学はできてるから、そこでできる仲間も「とある方向を目指している友達」なんだよね。自分はこういう道に進もうと思っている、それと同じようなことを考えているのが大学の友達なんだよ、普通ね。でも高校までは、先生との出会いもまったく偶然じゃない?「私の将来に役に立つからこの先生のクラスに入りました」なんてことはない。他人との出会いにおいて打算がない。「この人と付き合っておいた方がいい」とか、そういう打算がないわけ。だから高校時代までの友達っていうのは、純粋な友達なんだよね。

 それで、「アカデミーに入ると、そういう友達を作るチャンスが増えるだろう」って去年、第1期の最初に言ったんだけど、実際そうだった。本当に素晴らしい友人関係ができていた。色々なタイプの人がひとつの場所に集まるから。成績が良い、スポーツができる、人をまとめる力がある、とか、学校では主にそういったことが評価されるでしょう?でも、そのどれも大して自信がない場合ってあるじゃない。どれひとつとっても「なんかイマイチだよな」って、僕なんかそう思ってた。でも、なにか全然別の興味関心っていうのかな、そういうことで自分の存在が皆から認めてもらえるのが、芸術の良いところなんだよ。自分だけのモノサシでも尊重される。「それはそれでありだよね」っていう感じになる。だからいろんな人が集まるんだけど、お互いにリスペクトできる。だからそういう場で、また友達がつくれる。

 アカデミーに入ると、今申し上げたように「審美眼」、それから「純粋な友達」、この2つが一番得られると思います。そして、人と違うことを考えられる場を持てる。
僕は「演劇のプロを養成する」とは考えていないです。「演劇の道に進む人がいたら良いな」とは思うけれど、でもそれは25歳くらいになってからで良いと思っています。アカデミーを卒業して「もっと世界のことを沢山知りたくなった」って思ってくれることを、僕は一番望んでいます。「窓のカーテンが開いたぞ」って。そして窓のカーテンが開いたから、「あれも知りたい」「これも知りたい」「ああいうことも体験したい」って思ってくれると、僕としては一番嬉しいです。