制作部スタッフ インタビュー/丹治陽

2006年よりSPACの制作部に所属(2022年現在、17年目)。現在は副主任として制作部のマネジメントも担っている丹治陽さんに制作部の仕組みや仕事概要についてインタビューしました。

—SPACに入るまでの経緯を教えてください。

 小学4年生からずっとラグビーをやっていたのですが、高校3年生のときに、「手に職をつけなきゃ」と考えて、大学は建築学科に入りました。「どんな建築があると人と人の豊かな出会いが生まれるのか?」ということを考えていて、茶室、広場、駅といった空間に関心を持っていたのですが、卒業設計をどうするか悩んでいた時に、ふと思い出したのが劇場でした。子どもの頃によく劇場に連れていってもらっていたのですが、舞台作品そのものにはあまり興味を持てなかったんですね。ただ、おもしろい人たちとの出会いが劇場にはあったような気がしていました。そこから劇場のことを知りたいと思いまして、青春18きっぷを使って全国のいろんな劇場を見て回りました。

 そのなかで僕が面白いと思ったのは、テント芝居、森や田んぼでのダンス、合掌造りをの建物を劇場にしている演劇村などでした。いわゆる劇場建築ではない場所での演劇体験をとおして、演劇というのは、空間を変えられる力があり、そこには演じる者と観る者、演じる者同士、観る者同士の豊かな出会いがあることを実感することができたんです。演劇は社会を変えられると直感しました。さきほど言った合掌造りの建物劇場は、富山県の利賀芸術公園のことで、鈴木忠志さんたちの活動にとても衝撃を受けまして、「この人とこの集団のことをもっと知りたい」と思うようになりました。ただ、演劇をやっていたわけではないですし、ほとんど何も知らなかったので、まずは演劇や劇場の勉強をしたいと思いました。
 そう考えていたら、文化政策とアートマネジメントを専門的に学べる静岡文化芸術大学の大学院がちょうど開学したので、1期生として入学しました。大学院の二年間は、利賀やSPACはもちろんのこと、全国いろんなところで舞台を観たり、劇場のインターンをやったり、国際フェスティバルのボランティアをしたりしましたね。この時期に出会った人たちはいまでも僕に刺激を与えてくれるありがたい存在です。そして、大学院修了のタイミングで運よくSPACが新卒スタッフを募集していまして、迷わず応募し、採用していただいた、という流れです。

—今、SPACの制作部には22人所属しています。どのような経歴の人がいますか?

 いろんな人がいますよね。学生時代に演劇をやってきた人もいれば、ダンスや美術、音楽等のバックボーンを持った人もいますし、芸術とは違う分野での社会経験を経て来た人もいて、本当に経歴は皆バラバラですし、出身地もバラバラです。いまの制作部の場合は、静岡県内の出身者は3分の1くらいですね。あとは県外です。僕は大学卒業までずっと横浜で、大学院で浜松、その後SPACに入って静岡、という感じです。

—制作部の仕事内容を教えてください。

 制作部の主な仕事のひとつは、舞台作品の制作担当です。作品ごとに創作期間は異なりますが、今稽古をしているSPAC版『守銭奴 あるいは嘘の学校』のような新作になると2ヶ月半くらい稽古をし、1ヶ月ほど本番を行います。制作の仕事は、スケジュール管理、演出家・俳優・スタッフ間の連絡・調整、広報・営業、関連企画の考案・実施、公演運営など多岐にわたっていますので、稽古と本番の期間よりもさらに長い時間をひとつの作品に関わることになりますね。本番日は、その作品の担当者だけでなく、他の制作スタッフもフロントスタッフとしてつき、受付、チケットもぎり、客席案内などをして、直接お客様とコミュニケーションをとるように心がけています。

 この作品担当とは別に、広報やチケット、会員、営業、アウトリーチ、総務、渉外、学芸などの「班」があって、いずれかの班に所属し、年間をとおしてこれらの仕事にあたります。制作部内では、さきほどの作品担当を「横軸」、班での仕事を「縦軸」と呼んでいます。

 制作スタッフの多くは、横軸と縦軸の両方を担当しています。例えば、『守銭奴』担当の1人は、「縦軸」では広報とアウトリーチの担当もやっているので、『守銭奴』の稽古期間中であっても、ウェブサイトの更新をしたり、他の事業の広報の問い合わせがあればそれに対応するし、小学校でのダンスワークショップにも行くわけです。このように、同時にいろんなことをやっているんですね。「横軸」「縦軸」の業務量をその時々で見ながら、他のスタッフと分担して仕事を行っています。いろんな仕事をいろんな人と一緒に取り組むなかで、自分の得意なことや深めたいことが見えてきやすいんじゃないかと思っています。

*「横軸」、「縦軸」の詳しい説明はクロストークのページをご覧ください。(近日公開予定)

 制作の仕事ってなかなか説明が難しいのですが、「演劇で人と人の“関係”をつくる仕事」という説明に、ひとまず僕はたどり着いています。演出家や俳優、テクニカルスタッフといった創作に関わる人たちをはじめ、公演を観に来てくださるお客様、新聞や雑誌、テレビなどのメディアで取り上げてくださる方々、シアタースクールなどの人材育成事業に参加する中高生たち、アウトリーチ先で出会う人々、ポスターを貼らせてくれるお店の店員さん、公演などでフロントスタッフとして入ってくれるボランティアスタッフ、SPACでインターンをする大学生たち・・・挙げていったらキリがないですが、SPAC内外の多様な人たちとの関係づくりが僕たちの仕事の根幹じゃないかなと思っています。

—年間のスケジュールについて教えてください。

 まずゴールデンウィークに「ふじのくに⇄せかい演劇祭」があるので春はその準備と運営をして、演劇祭後から夏にかけてはシアタースクールスパカンファン等の人材育成事業があります。また、「秋→春のシーズン」の舞台作品の稽古が始まるので、その作品づくりも並行して行っています。秋からは、「秋→春のシーズン」が始まるので、平日には中高生鑑賞事業であるげきとも公演、週末には一般公演というように連日本番をやっているという感じですね。並行して、来年度の演劇祭や事業の準備を行い、海外公演や国内公演も合間に入ってきます。アウトリーチ活動は年間を通してコンスタントに入っていますね。おおまかにはこんなところです。

—副主任として、制作部のマネジメントのため行っていることはありますか?

 制作スタッフの働き方について「こうあらねばならない」みたいな押しつけはしたくないと思っていて、ひとりひとりが働きやすい環境でありたいと常々考えています。ただ、SPACは劇団であり劇場なので、「時間と場所を共有する集団」という特性があるんですよね。ひとりひとりの事情にフレキシブルに対応することと、集団として動くことのバランスが大事だと思っています。以前、芸術総監督の宮城さんが「一匹狼の群れ」という言い方をしていましたが、まさにその通りだと思います。いい意味で。

 僕がやるべきことは、まずはひとりひとりをよく見て声を聞くっていうことかなと思っています。僕自身が目の前の仕事に追われてしまうこともあってうまくできていないと感じることも多いのですが、なるべくオープンであろうと心がけています。あとは、新しいことをやるときだったり、急遽人が足りなくなったところにはサッと入れるようにフットワークは軽くしておきたいですね。

—雇用形態、基本的な就業時間、休み等について教えてください。

 ほとんどのメンバーは個人事業主(自営業と一緒の扱い)として仕事をしています。ただ、さきほど触れたとおり、仕事の特性上、時間と場所を各自でまったく自由に決められるというわけではありません。そこで、制作部内でのルールとして、午前10時から午後6時までをコアタイムとし、年間110日の休みを定めて、1ヶ月ごとのシフト制にしています。スタッフひとりひとりが活動日と休日の希望を提出し、シフトを組んでいます。

—個人事業主の強みは何ですか?

 複業ができることですね。俳優やスタッフもSPACの仕事をしてない時は、他の劇団やプロジェクトに参加したり、大学での講師の仕事を受けたりすることができます。そうした活動をとおして、SPACでの仕事を相対化できたり、SPACの仕事に生かせたりするんですよね。SPACに軸足を置きつつ“外部”と関わりながら多様な経験を積めるという点が個人事業主の強みだと思います。

—SPACで今後行っていきたいことはありますか?

 SPACに入ったときからずっと変わってないのですが、単純に演劇をいろんな人にオススメしたいっていうことと、演劇で社会に貢献したいと思っているんです。おせっかいだと思うんですが(笑)。なので、演劇にまだ出会ってない人たちに演劇を届けたいし、教育や福祉などと連携することで少しでも生きやすい社会づくりにつなげられるような活動もしていきたいと思っています。それはSPACのどの事業にも通じることだと思っているので、とにかく「活動を続けること」が今後もやっていきたいことですかね。

—SPACの制作部に向いている人はどんな人ですか?

 基本的には「どういう人が向いている」というのはないと思います。さっきも言ったように今いる22人も皆それぞれですし、SPACはどんな人でも居場所をつくれるところだと思っていますので、これができないと入れないって考える必要はないと思います。強いて言えば、「昨日と違う今日を楽しめる人」かなぁ。これは演劇に限らず、あらゆる芸術活動に言えることだと思いますが、創作においては、昨日「良し」としていたものを今日ひっくり返す(ひっくり返される)ということは大いにあるじゃないですか。そういうドンデン返しというか変化を楽しめる方が良いんじゃないかなとは思いますね。

―この仕事の楽しさ、やりがいについて教えてください。

 ひとつは、「人の変化を目の当たりにできる」ということですね。観劇前後のお客様、市民参加劇の出演者たち、約1年間「SPAC演劇アカデミー」に参加した高校生などなど、演劇にふれることでその人自身が変化していく、あるいは新しい関係が生まれたり、変わったりしていくのは、なんだか希望を感じます。そもそも俳優は作品ごとに“役”が変わりますよね。

 それから、演劇はいろんな人がリアルに集まってコミュニケーションをとっていくものなので、「人と出会う」ということの実感が持てる場所だと思っています。俳優もスタッフもお客様も本当に多様でおもしろい方々ばかりなので、こういう人たちと日々顔を会わせられるのは楽しいですね。

 それからもうひとつ、SPACでの仕事というのは、ニーズをキャッチして購買意欲を刺激して利益を出す、というものではないと思っています。社会にとって演劇が必要だという確信をもって、それを皆さんに紹介したり、お届けしていったりする仕事なので、ニーズがないところに踏み込んでいくわけですよね。こうした仕事はなかなか理解されにくいところがあったり説明が難しかったりするのですが、だからこそやりがいがあると思います。

公開:2022年11月8日/インタビュー収録:10月