イリーナ・ブルックが、自身の母で女優であったナターシャ・パリーの物語をもとに2018年より構想を続けるプロジェクト『House of Us』。私生活では家に籠り、新聞の切り抜きに埋もれていたという母の姿に現代の「ひきこもり」を重ね、我々の孤独や孤立を描き出すこの作品は、2020年に静岡での初演を予定していたところ、新型コロナウイルスの感染拡大により延期となっています。
コロナ禍を受けて世界中の人々が孤独に直面する中で構想を続けてきたブルックは、2021年9月、プロジェクトの第一段階としてイタリア・パレルモでの創作を行いました。作品全体を構成する複数の「部屋」の始まりとなるパートを現地の学生らとともに創ったパレルモ版。その公開の模様を収めた映像をご紹介します。
2023年、舞台芸術公園の様々な空間を使用して創作・上演される本プロジェクトを、どうぞ楽しみにお待ちください。
▼ House of Us パレルモ版(2021年9月)
構成・演出:イリーナ・ブルック
コラボレート・アーティスト:アンジェロ・ノネッリ
出演:ジェフリー・キャリー ほか
撮影:ラファエラ・パーカー
編集:セシリア・ハミック
技術監督:フィリップ・ヤスコ
朗誦: ナターシャ・パリー
(ウィリアム・シェイクスピア ソネット15、ソネット71)
会場:フォンダツィオーネ・サンテリア
イリーナ・ブルックによるノート
3年間の執筆、夢想、映像制作とスケッチを経て、パレルモで高い評価を受けるフォンダツィオーネ・サンテリア美術館で、遂に『House of Us』初めてのイマーシブ・パフォーマンスを創作する機会に恵まれました。歴史の重みある壁面が、夢と記憶にまつわる映像、ビジュアル・インスタレーション、サウンドスケープ、ライブ・パフォーマンスによって、魔法のように息を吹き返したのです。
私の母であり、今は亡き女優、ナターシャ・パリーの記憶に焦点を当て、生と死、演劇を想起させる詩的な映像に満ちた複数の空間で、観客は私たちと共に旅をします。
演劇作品『House of Us』の核となるのは、演劇を学ぶ若い学生たちが過ごす、透明で儚い楽屋がある広い部屋です。私たちは壁にとまる蝿に扮し、時を経ても変わらず心を打つチェーホフの台詞を稽古する、彼らの最も私的な状態を間近で観察します。
母の寝室と半分詰めかけたスーツケース、衣装部屋とはためくドレスを通り越すと、私にとって「演劇」そのものを象徴し、母の化身のような神話的人物、老練なアメリカ人俳優ジェフリー・キャリーと出会います。彼の暗いパリのスタジオに足を踏み入れると、70年の人生が背後の段ボール箱に積み重ねられています。ここで彼は、溜めこみをしてしまうこと、「モノ」と別れることができないということを私たちに告げます。彼の人生の全てがそこに、記憶の箱の中に隠されているのです・・・
(中略)
小さなランタンを掲げながら向かう最後の部屋は、よりミニマルな空間になっていきます。死から生へ、そして暗闇から光への旅。遠方にシルエットで見える喜びと若さを呼び起こすダンサーに驚かされ、謎めいた静けさの紙の鳥の部屋を彷徨った後、蝋燭の光に誘われ、灯籠に願いを書くために私たちは集まるでしょう。ソネットを発するナターシャ・パリーの声で暗闇が満たされていくのです。
(…)
悲しみの絶頂にある時、意識と潜在意識の境界は消えてしまう。私の母の死後、その奇なるとき、時を越えて伝わる教えを思い出す。遠い昔の記憶、おそらく幼少期に読んだエジプト史についての本からによるもので、旅立つ者は、「次の世界」への旅の友として美しいもの、もしくは役に立つものが必要なのだと。すぐに直感的に選んだのは、注釈付きのシェイクスピアのソネットの本で、それを彼女の美しく冷たい手の間にそっと挟んだ。きっと、それが彼女の望みだろうと。そうでしょう?神様が退屈して公演を見たいという日があるかもしれない。そんな時に、ソネット71番の出だしを覚えていなかったら・・・?
――イリーナ・ブルック
(翻訳:並河咲耶)
イリーナ・ブルック Irina Brook
俳優、演出家。俳優ナターシャ・パリーと、現代演劇界の巨匠ピーター・ブルックの娘。1980年代より俳優として数々の映画、テレビ、オフ・ブロードウェイの舞台に出演し、1990年代より演出家として活動。98年、『月の獣』(リチャード・カリノスキー作)の演出によりフランス演劇界最高位の「モリエール賞」最優秀演出賞を受賞。2014~19年にはニース国立劇場の芸術監督を務める。これまで太陽劇団、ウィーン国立歌劇場、ミラノ・スカラ座などで演出を手掛ける、現代を代表する演出家のひとりである。