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おためし劇場 シェイクスピアの『冬物語』

金曜日, 1月 13th, 2017

シアタークルー新人の仁科です。

1月8日は幕開けの迫る宮城さんの新作『冬物語』の「おためし劇場」でした!

「おためし劇場」というのは一昨年からはじまった企画です。(詳しくはこちらを

実際に劇場にきてどんな作品かを体験できます。内容は、スタッフさんより作品の簡単な説明、稽古見学、裏方さんの話などです。演劇版試食販売みたいな企画ですが、稽古中の緊迫した雰囲気や舞台装置・衣装などのギミックの話も聞けるので大変興味深いです。(しかも無料!)

劇場に案内されて入ってみると、まず目に飛び込んでくるのは氷で包まれた城内の王室のような、美しく迫力のある舞台です。氷の壁が幾何学的に渦を巻き、舞台奥へと向かう遠近法を用いたような構成で、そこにSPACの俳優さんたちが整然と並んでいます。

この氷のように見える舞台装置ですが、あまり舞台美術では使わなそうな驚きの素材を使っています。この装置は光の向きによってその表情を大きく変えます。今日みた稽古見学でもなかなかの迫力でしたが、本番ではさらに照明効果も加わり、より一層魅力的な舞台が見れそうです!

『冬物語』おためし劇場1

稽古見学では冒頭のシーンを観させていただきました。俳優は「一人二役」ならぬ「二人一役」で、各役は台詞を話す人(スピーカー)と衣装を着て身体を動かす人(ムーバー)に分かれています。楽器を演奏したり台詞を話したりする俳優は、後ろでピシッと正座をしており、台詞は表情・声色豊かに発せられます。対してムーバーの俳優は、表情が固定され、動きは制限され、さながら人形のようです。

その後の演出家トークの時間では、
なぜこのような演出をしているか、という質問が参加者の方から投げかけられました。

「観客が100人いたら100通りの見え方がありますが、俳優が演じることで役の解釈は限定されます。観客に解釈の余地を残す一つの方法として俳優の演技を抽象化させます。スピーカーとムーバーに分けることで、俳優の身体は「鏡のように」観客一人ひとりにそれぞれの見え方(解釈)をさせることができるようになります。」

というのが宮城さんの回答です。

『冬物語』おためし劇場2
他に、どんな狙いがあって『冬物語』を上演するのか、という質問がありました。宮城さんは次のように答えていました。

『冬物語』がヨーロッパで上演されるときに問題となるのは、シチリア王の嫉妬の部分です。心理造形がしっかりしているシェイクスピアにしては珍しく、嫉妬が狐憑きみたいに突飛なので、ヨーロッパの伝統的なリアリズムで上演されるときは、動機付けのためのドラマ上の工夫がなされるそうです。むしろヨーロッパ的リアリズムではないやり方でこそ『冬物語』は活きるのではないか、というのが一つの理由です。

『冬物語』はシェイクスピアの晩年の作品です。シェイクスピアの作品にはたいてい戦争や殺しが出てきますが、晩年の作品はどこかおだやかで『冬物語』では人が人を殺す場面が出てこないそうです。『冬物語』では嫉妬によってシチリア王が不幸に陥りますが、最後にはすべてが救われる奇跡が起こります。

シェイクスピアがなぜ戦争や殺しの話を書いたかというと、ヨーロッパがまさに近隣諸国と血で血を拭う歴史をたどってきたからだと宮城さんは言います。その血みどろヨーロッパの一つの解決策としてEUが生まれましたが、最近イギリスが脱退し、EUへのまなざしはひどくなっています。これではまるで歴史を遡るようです。シェイクスピアはなぜ晩年に殺しの登場しない『冬物語』を書いたのか。もういい加減戦争なんてやめてくれ、と思ったからではないか、と宮城さんは考えました。

宮城さんは稽古後のトークのはじめの方で、『冬物語』には「許し」があると話しました。『冬物語』で過ちを犯したシチリア王も、最後には救われます。トークを聞きながら、僕は相模原の事件のことを思いました。失敗した人間は叩かれ、悪いことをすれば悪人のレッテルが貼られます。近年は一層こういった空気が強いように感じます。そんな時代だからこそ「許し」のある『冬物語』を上演する意味があるのだと思いました。

<執筆者プロフィール>
仁科プロフィール写真
仁科太一(にしな・たいち)
静岡県内の学生。ドイツ文学専攻。ドイツで一年留学し、計207本の演劇を観る。静岡でも劇団に所属。


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