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2025年10月2日

『弱法師』演出・石神夏希ロングインタビュー ① 三島さんに肩入れしない『弱法師』

10月から開幕するSPAC秋のシーズン2025-2026 #1『弱法師』。再演に向けてまさに稽古中の9月12日、演出を務める石神夏希にインタビューを実施しました。初演や再演の話から始まり、劇場の役割や現代社会の話まで、多岐にわたるトピックを横断するインタビューを全4回でお届けします。
(聞き手・構成:前原拓也)

今、再演に向けた稽古が始まって1週間ぐらいというところでしょうか。稽古を少し拝見しましたが、『弱法師』は2022年に既に初演しているので、思い出し稽古のような感じかと思ったら、各役のキャラクターについてディスカッションしていて、再演の稽古ではなく、新作を作っているような稽古だなと思いました。

 BOXシアターの囲み舞台から、客席と舞台が切り離された静岡芸術劇場に会場が変わったのが大きいですね。お客さんとの関係性が全て変わってしまうので。初演の通りでは動きが機能しないというのもそうですが、動きの持つ意味合いがずいぶん変わってきてしまうため、もう一回筋を通していかないといけないなと思っています。なので原点に立ち戻って、「初演でどういうことをやろうとしてたんだっけ?」という話を、ここまでの1週間は時間をかけて出来たと思います。初演時の作り方が、「心理療法」や「夢判断」みたいな、直感的なイメージを試しながら作るやり方で、あまりロジカルに組み立てていなかったんですよね。初演で出来上がったものを、今回再演に向けて改めて自己分析してるような感じで、どうしてこうなったんだっけっていうのを構造化してみています。初演では無作為にできていたことが、そのままだと再現できないから、根本的なところからもう一度話し合う必要がありました。

たしかに初演時の映像を見て、綿密に構築された演出というよりも、余白が多く、観客の解釈に大胆に委ねられた演出になっていて、そこがうまく機能していると思いました。

そういう意味では、今回は分析して構造化しようとしているので、それが吉と出るか凶と出るか分かりませんけどね。

今回の演出がどうなるか楽しみです。では初演の話から伺っていきたいんですが、『弱法師』を演出するというのは、SPAC芸術総監督の宮城聰さんからの提案でしたよね?最初に取り掛かるときの印象はどうでしたか?

はい、宮城さんに提案していただきました。でも最初はあんまりピンと来なかったんですよね。三島由紀夫という作家も、そこまで好きな方ではなかったので。今振り返って思えば、そういう距離感があることも悪くなかったんだなと思います。「どうしてこの人はこんなこと言ってるんだろう?」という違和感を出発点にできたので。

自分で三島を演出しようと思う人は、三島が好きな人が多いでしょうしね。そういう意味で、石神さんの『弱法師』は新鮮なのかもしれません。

そうですね、三島さんにあまり肩入れしていないというか。

中高生鑑賞事業のパンフレットには、生みの両親と育ての両親が俊徳としのりに投げかける「星ですとも、お前は!」というセリフに驚いたと書かれていましたね。

初演の時に、SPACの俳優4人の他に、残りの2人をオーディションで選ばせてもらったんです。そこで、参加者の好きな場面を演じてもらいました。一人で読んでいたときはそんなに感じなかったんですけど、俳優さんたちが「星ですとも、お前は!」というセリフを発したときに、「そんなセリフあったっけ?」とびっくりしたんです。「どういうセリフなんだ?」と。ある意味、現代的な感覚からすると、絶対に書かないセリフじゃないですか。ダサくはないんだけど、ベタ過ぎるというか。ふざけているようにも見えるけど、そのうちに、この人(三島さん)は本気すぎてふざけているように見えちゃう人なんじゃないか、でも誰にも理解されないから道化を演じるふりをして本当のことを書いているんだと感じ始めました。あと余談ですけど、三島さんも「よろぼし、よろぼし」とぶつぶつ言いながら、「星だ!」と思ってこのセリフを思いついたんじゃないか、とか考えていました。

初めはピンと来なかった『弱法師』にだんだんと近づいていったんですね。

このセリフが入口だったかというと、そうでもないですけどね。でも、こういう笑っちゃうぐらいまっすぐなセリフが『弱法師』にはたくさんありますけど、三島さんのセリフをどうしたら言うことができるのかということは、私だけでは手に負えなかった部分で、古典戯曲を上演してきた蓄積のある俳優さんたちの身体技法とか、語りの技法があって、何とかかじりつくことができたと思います。

演出にはどういう視点で取り組んだのでしょうか。

『弱法師』を演出する上で、最初のアプローチは“異化”させていくことでした。今この作品を、家庭裁判所というシチュエーション含めリアリズムで上演しても――もちろん、戦後にこういうことがあったんだという追体験はできますけど――普遍的な部分を除くと、私が観客だったら全然受け取れないなと思ったんです。なので、“どうしたら三島さんの言葉を、フィジカルに裏切れるか”ということを考えました。三島さんの書いたセリフとはまっすぐ向き合うけれど、それに対して舞台上で起こっていることや俳優の身体が追従するのではなくて、言葉と対等にぶつかり合ったり、ずれたりしてしまう。その隙間に立ち上がる、“何か、確からしいもの”を観客自身が見つけることができるようなアプローチを試行錯誤していきました。この作品を現代の設定に置き換えるのも無理があるし、かといって当時をそのまま描く形で演出したら、時代劇みたいになってしまう。設定やト書きに踊らされず、三島さんの書いた言葉をどうしたら言えるかを自分たちの身体を通して探ることで、演劇として今上演する意味を探していきました。

『近代能楽集』って、謡曲を三島が生きた同時代のために「現代化」した作品じゃないですか。その三島の時代から、今は既に60年以上隔たっています。そういう作品って、ギリシャ悲劇とか、シェイクスピアとかの古典より、古くなりやすいと思うんですよね。

たしかに。でも一方で、『弱法師』って終戦から15年後を舞台にした物語が、まさに終戦から15年後に発表されているんですよ。だから、その時間を冷凍保存したみたいな戯曲でもありますよね。終戦から15年後に三島さんが何を考えたのかを見る、また作品の中で、終戦の15年後を生きる登場人物が、15年前の戦争を顧みる。そしてそのお話を、60年以上離れた現在から私たちは見る。そういった様々な時間の重なりがある作品だなと思いますね。

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SPAC秋のシーズン2025-2026 #1
弱法師よろぼし
演出:石神夏希
作:三島由紀夫(『近代能楽集』より)
出演:大内米治、大道無門優也、中西星羅、布施安寿香、八木光太郎、山本実幸[五十音順]
2025年
10/4(土)、10/5(日)、10/18(土)、10/19(日)各日13:30開演
会場:静岡芸術劇場

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