※本インタビューは、『弱法師』の演出内容の言及を含みます。事前情報なしにご観劇されたい方は、ご観劇後にお読みになることをお勧めいたします。
(聞き手・構成:前原拓也)
具体的な演出のインスピレーションなどの話を聞きたいと思います。デヴィッド・リンチ監督の伝説的なドラマシリーズ『ツイン・ピークス』の「赤い部屋」のシーンの話を、俳優にされていましたね。
「赤い部屋」は、死んだはずの人と会話をすることで、この世界の真実に触れられる場所ですよね。『弱法師』に限らないんですが、私は人間同士のドラマよりも、心の中の世界を演劇で形にしたいと思うことが多くて。「普段見えていないものだけど、確かにそこにあるもの」を演劇を通じて見てみたいんです。子供の頃、自分の周りの風景を舞台の書割みたいに感じていて、 いつかバリバリバリって破れて、向こうから本当の世界が現れるんだろうと思っていました。こんな狭い世界に押し込められて嫌だなと、すごく虚しかったんですよ。演劇は、そういう普段見えていない世界の奥行きみたいなものに触れられる方法だと思っています。
『弱法師』の基となる俊徳丸伝説は、いろんな作品の題材になっています。三島さんは能の現代化を試みるために、謡曲の『弱法師』を参考にしましたが、謡曲版と三島版はどちらも“魂の救い”がテーマになっていると思います。演出について考えたり、稽古で試行錯誤していく中で、この作品では、一つの魂の自問自答が行われているんじゃないかというイメージが湧きました。魂同士の交流とも言えるかもしれません。私が三島さんの死以降の時代を生きているからかもしれませんが、私にはどうしても俊徳と三島さんが重なって見えてしまいます。と同時に(桜間)級子を含むどの登場人物の中にも三島さんが垣間見える瞬間があって。『弱法師』の登場人物は、三島さんが分裂しているんだと思うようになりました。
たしかに僕も、『弱法師』だけでなく三島作品全般に対して、全ての登場人物の中に三島がいるように思っていました。
三島さんは『弱法師』の中でリアルな人物を描こうとしているのではなくて、三島さん自身の中のいろんな人物が喋っているように見えるんですよね。作者自身の葛藤やトラウマを、この物語の中で乗り越えるために書かれているような気がしたんです。だから人間同士ではなく、魂同士の、どうやって自分を救うかという対話としてであれば、上演できるんじゃないかと思いました。じゃなかったら、あまりにご都合主義じゃないですか?謡曲にあるような救いは、この三島版では出てきませんが、それでも最後に、俊徳は級子に心を開きますよね。それが全然ピンと来なかった。「そんなことにならないでしょ?」と率直に思いました。だって40代の美貌の女と、王子様のような目の見えない美青年の間で繰り広げられるドラマですよ。まるで血を吐くような、孤独な魂がずっと、痛いよ、痛いよと叫んでいるような戯曲なのに、設定のせいでファンタジーみたいな遠い世界の出来事になってしまう。そういうピンと来ない設定を取っ払って、どうやったら自分にとっても切実な物語として引き受けられるかということを、初演の時にずっと考えていました。
古典的な物語だと、苦境に立たされた俊徳を級子が救うという流れになると思いますが、この作品の場合は完全に救われるわけではありませんね。
三島さんは、母性と父性を併せ持った“美魔女”の級子という女性に救いの手を託しながら、結局俊徳の魂を救いきれない存在、孤独を理解しきれない存在として描いていますよね。そういうところに、私は三島さんのミソジニー(女性嫌悪)を感じるんですよ。劇中で級子は、俊徳の見る地獄について「見ないわ」というけれども、私は、彼女は地獄を見てなお生きることを選んだんだろうと思っています。級子もその傷を乗り越えたわけじゃない。日々苦しみと向き合いながら、生き続ける人として、級子という役を立ち上げたい。だから私たちがやっているのは、級子目線から見た『弱法師』なのかなとも思っています。
個人的な解釈ですが、この戯曲を読むと、俊徳はこの後、遠からず死を選んでしまうんじゃないかと感じるんです。私は、自分のエゴだと思いながらも、自ら死を選ぶ人に対してどうにかして生き延びてほしいなというか、自分が救われる道を見つけてほしいなと思うんですよね。
三島さんは、自分の中にある孤独やコンプレックスが強かったからこそ、そのエネルギーでこれほどの名作群を生み出してきたんだと思います。そのエネルギーの出口がないと、痛くて痛くてもう生きていられない。この俊徳のように、あまりにも輝きが強すぎて自分が苦しくなってしまう。三島さんはそこから解放されたかったんだと思うんですよね。
自分の命を自分で決められることで救われる人もいると思うけど、できれば生き延びてほしいという気持ちが私にはあります。特に今若い人で自殺が多いことに心を痛めています。どうにかして、死ぬこと以外の道を見つけてほしいなと思ってしまうんですよね。
SPAC秋のシーズン2025-2026 #1
弱法師
演出:石神夏希
作:三島由紀夫(『近代能楽集』より)
出演:大内米治、大道無門優也、中西星羅、布施安寿香、八木光太郎、山本実幸[五十音順]
2025年
10/4(土)、10/5(日)、10/18(土)、10/19(日)各日13:30開演
会場:静岡芸術劇場
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