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2025年12月1日

メタ的な要素と物語の力のバランス-11月15日(土)『ハムレット』アーティストトークレポート

2025年11月15日(土)『ハムレット』の終演後、ロシア文学者・ゲンロン代表の上田洋子さんをお迎えして、演出を務めた上田久美子さん、司会の「SPAC秋のシーズン2025-2026」アーティスティック・ディレクターの石神夏希とのアーティストトークが行われました。
その一部を抜粋してお届けします。
 

 

石神:今回、アーティストトークのゲストとして、上田洋子さんをお呼びしたいと上田久美子さんからご提案いただきました。お二人の出会いについてお話しいただけますか?
 

久美子:ゲンロンが運営している動画配信プラットフォームの「シラス」で配信番組を作りたいと思って、私からご連絡したことがきっかけでした。宝塚歌劇団を退団しフリーで演出活動をする中で、何かを発信する場が欲しいと思い、相談しました。そうしたら洋子さんも関西のご出身で、宝塚をご覧になっていたそうで。
 

洋子:はい。私は大学生ぐらいの時には宝塚ファンを卒業して、それから宝塚の舞台は観ていなかったのですが、その後上田久美子さんというすごい演出家がいるというので、お名前はよく知っていました。その久美子さんが「シラス」でチャンネルを持ちたいと言ってくださったので、作品を映像で拝見したらとても面白くて、こんな演出家が宝塚にいたのに去ってしまったなんて、もったいないと思いました。

石神:久美子さんはどうして「シラス」でチャンネルを持とうと思ったのですか?

久美子:今、YouTubeなど発信の媒体はたくさんありますが、「シラス」は思想系や学者の方が配信する比較的硬派な番組をやっていると思います。私も自分の番組を持つことで、自分の創作のことを伝えながら、視聴者とのインタラクティブ(双方向的)な交流によってアイディアを得たり、自分の考えが深まったりしたらいいなと思ったからです。ただ、私はまだコメント欄を上手く使いこなせておらず、一方的に話し続けています(笑)。最初に洋子さんとオンラインで打ち合わせをした際に、私がずっと話しているから「上田さんは配信に向いていますよ」って言ってくださいました。
 

メタ的要素と物語を熱演することのバランス

石神:早速ですが、本作をご覧になった感想を教えていただけますでしょうか?

洋子:まず、けっこう普通に『ハムレット』だなと思いました。これまで久美子さんは、オフィーリアが水死し、プランクトンなどに侵食され、自然と一体になることに着目したプロジェクトを行ってこられましたよね。だからその要素が中心になるのかなと思っていましたが、今日の舞台はオフィーリアに関する部分が意外と少なかったな、というのが率直な感想です。「劇場文化」(公演パンフレット)の中で書かれていたように、言葉が一つの重要な要素のようになっていたと思います。そのため、やはり語り手のホレイシオの存在が非常に強い作品になっていると感じました。
次に、最初に死後、バラバラに分解されたオフィーリアたちが登場し、そのオフィーリアたちがホレイシオ以外の登場人物を演じていく点が、シェイクスピアの作品に色濃く反映されている「世界劇場」という考え方と重なる演出は非常に面白かったです。「世界劇場」とは、舞台は世界であり、この世界は劇場である、つまり劇場と人間世界が相似形になっており、人間は常に様々な役を演じているという考え方です。 今回の舞台では、その「世界劇場」と、なんにでもなれる粘土のような役者という存在自体と、バラバラに分解されたオフィーリアの存在が重なっている。この点はとても面白かったです。
ただ、一つだけ批判的な意見を申し上げると、最終的にオフィーリア自身ではなく、オフィーリアによって演じられるハムレットなどの他の登場人物が輝いてしまっており、オフィーリアがかわいそうにも思いました。

久美子:まさに、良いところを指摘されますね(笑)。まず、私がこれまで行ってきたオフィーリアの死の場面に関するプロジェクトについてお答えします。オフィーリアが水に落ちて死んでしまうことは、普遍的に悲劇のイメージとして世界中で知られています。シェイクスピアが生きた時代の人々もこの場面は、本当に美しく悲しい「悲劇」だと認識していたようです。しかし、私のこれまでのプロジェクトでは、このオフィーリアの死を他の生物たちから見たらどのように感じるのか、ということを市民の方たちと取り組むワークショップを実施しました。実際にプランクトンなどからしたら、オフィーリアをとても巨大なビルサイズのものが倒れてきたように感じたり、あるいは御馳走だと喜んでいたりするのかもしれません。日比谷公園で、市民の方たちと人間ではない小さな生き物になって、日比谷ミッドタウンの大きなビルをオフィーリアに見立てた謎のワークショップです(笑)。本作で登場した舞台上での不思議な動きは、このワークショップの中で作った方法論に基づいて実践しています。
次に、オフィーリアではなく、オフィーリアが演じる他の登場人物が輝いてしまっていることについては、オフィーリアが『ハムレット』を茶化して演じるようなメタ的な要素と物語を熱演することのバランスが難しいと感じています。作品の冒頭はメタ的な要素が多く、段々と後半になるにつれて真面目に『ハムレット』を演じていくという演出にしています。つまり、ハムレットや男性を否定したいのではなく、冒頭で馬鹿にしていたけれど、結局ロゴスに頼って生きていかざるを得ない人間の持つ悩みや愚かさ、必死さを愛おしく感じられるようなバランスを目指しています。反対に、メタ的な要素が多すぎると作品を集中して観ることが難しくなるんですね。一般公演初日までに、4日間静岡県内の中高生が来場する中高生鑑賞事業で上演していましたが、メタ的な要素が多いと睡魔に襲われている生徒が多かったです(笑)。やはり演劇としては、熱演をする方が面白く観やすいのかなとは思います。

洋子:だから、『ハムレット』の物語を知っている私からすると、冒頭のメタ的な要素が消えていくにつれて、場面と場面のつながりが唐突であったり、俳優がオフィーリアではない役の演技に没頭しているようにみえたのかもしれませんね。決して、熱演が続くことを悪いことだとは思いません。やはり、俳優の皆さんの演技にはとても力が入っていて素晴らしかったですし、さすがSPAC俳優だと思います。一方で、『ハムレット』の物語自体が強いので、メタ的な要素を蹴散らしてしまうのかもしれません。どんどんシェイクスピアの世界に取り込まれていき、恐ろしいですね。
 

客席から受ける影響で変わる舞台

洋子:今回、古典作品を演出されるのは、久美子さんにとって初めての経験だとお伺いしました。『ハムレット』を演出されるなかで、どのように本作と格闘されたのでしょうか?

久美子:大変さはあまり感じませんでした。自分で劇作もして演出もする場合は、各シーンや登場人物について正解を持っている創造主のように振舞うこともできますが、今回は他の方が書いた作品の演出のみをするので、その点はこれまでとは異なっていました。『ハムレット』という作品は戯曲のモナリザと言われるほど、光を当てる方向によって見え方が変わる難しい作品だと思います。だからこそ、私の考えだけでなく一緒に創作をしている俳優のみなさんの解釈も取り入れた、ある種民主的な作品作りができました。

洋子:客席とのインタラクティブ(双方向的)な演出についてはいかがでしょうか。宝塚の時よりもインタラクティブな演出が多いかと思います。

久美子:そうですね。中高生も来ることを考えた時に、舞台と客席のインタラクティブな関わりが多いほうがいいかなと。私が中高生の頃は、学校の鑑賞会でかしこまった名作を観せられて、勉強させられるような権威を感じることがとても嫌でした。だから、あえて最初に余興のようなコントを入れました。何をやっているのかわからない不思議な状況でアーティスティックなことが始まるよりも、最初にポップなコントがある方が馴染むような直観もあります。

洋子:実際のお客さんからの反応はどうですか?

久美子:やっぱり中高生のリアクションはとても良いです。作品の各所で俳優が客席に質問したり、手伝うようにお願いしたりするところも、元気に応えてくれます。一般公演だと、観客の皆さんが『ハムレット』のことをわかっている雰囲気があるんですね。だから、演じるほうも『ハムレット』の物語に深く入り込めるんだと思います。中高生だと『ハムレット』の物語なんて知らないですし、オフィーリアって誰やねんみたいな勢いで、メタ的な要素が保たれているような感じもします。
 

シンプルな舞台美術と人間的な魅力

洋子:今回は美術がビニールだけでとてもシンプルですよね。これが空気の入れ方でいろんな形に変わっていくことが非常に効果的だったと思います。このような演出も初めてだったんでしょうか?

久美子:そうです。農業用ビニールを使っています。こんなにシンプルでミニマムな美術は初めてです。

洋子:あえてシンプルな美術で、俳優の存在それ自体を活かして舞台の上に世界を映し出すような、ある種シェイクスピアの原初的な形も考えていらっしゃるのでしょうか。

久美子:そうですね。シェイクスピアの作品は、何もない舞台でやっていた戯曲だから、美術がなくても言葉だけでできるように作られていますよね。ある意味、私が演劇をやっていて一番やりたいことです。テクノロジーやハイテクな映像もいいのですが、根本的には人間の力だけでこんなに楽しくみせられることが芝居の醍醐味だと思います。墓堀のシーンでは、音楽や装飾もなく、美術がどんどんなくなっていきますが、阿部一徳さんと貴島豪さん というお二人の人間を観る楽しさがあります。やはり、そのようなことが理想だと思います。

洋子:そうですね。私は野外でこの作品を観たいと思いました。もしくは、舞台上の袖にもお客さんが上がるような近さで観たいですね。この劇場ですと、客席が舞台よりも高く設計されており、美術と俳優を上から観ることになりますから。

久美子:私もそうだと思います。同じ目線の高さで観たいですね。でも、今回は俳優さんの面白い一面をたくさん発見して、配役の妙みたいなところにとても満足しています。観る回によって異なる場面が注目されるんです。だから、また劇場に足を運んでいただけたらうれしいです。

石神:私は最初の中高生鑑賞公演から拝見していて、観客の皆さんと立ち上がっていくお芝居が毎回異なることを実感しています。また違う回、違うお席でも楽しんでいただけるのではないかな、と思います。

(文:制作部・村上瑛真)
 
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SPAC秋→春のシーズン2025-2026 #2

ハムレット

潤色・演出:上田久美子
作:ウィリアム・シェイクスピア
翻訳:河合祥一郎(角川文庫『新訳 ハムレット 増補改訂版』)
出演:阿部一徳、貴島豪、榊原有美、杉山賢、武石守正、舘野百代、ながいさやこ、本多麻紀、宮城嶋遥加、山崎皓司、吉見亮、若宮羊市(50音順)

2025年11月9日(日)、15日(土)、22日(土)、23日(日祝)、29日(土)、12月6日(土)、7日(日)
各日13:30開演
会場:静岡芸術劇場

★公演詳細はこちら
https://spac.or.jp/25_autumn/hamlet_2025
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