※本インタビューは、『弱法師』の演出内容の言及を含みます。事前情報なしにご観劇されたい方は、ご観劇後にお読みになることをお勧めいたします。
(聞き手・構成:前原拓也)
三島が死に至る思考回路みたいなものが『弱法師』の中に凝縮されていて、石神さんは演出でそれを乗り越えようとしているということなのかなと思いました。
個人的なことなんですけど、私は親族を自殺で亡くしていたり、心を病む人たちを身近に見てきました。別にそんなに変わった家じゃなかったんですよ。我が家は、私が育った時代のある意味で典型的な家庭だったと思います。それなのに、どうしてこんなことになってしまうのかと思うと、 やっぱりなにか大きなものに問題があるんじゃないのかなと思って。社会の作り上げてきた価値観とかイデオロギーとか、そういう私たちが内面化してきたものに殺されているっていうことなんじゃないかなと思うんですよね。私は、このままだと自分も自殺しちゃうんじゃないかという恐怖を感じながら育ってきたんですけど、演劇をやっていることで、自殺しないで済んでいると思っています。既成の価値観とか、社会の同調圧力がある中で、もっと違う世界があるんじゃないかと考えたり、話したり、形にしていくことができる場所が演劇であり劇場で、このおかげで私は何とか正気を保っているなって思うんですよ。だから昔から、「みんなどうやって、こんなに生きづらい世界で生きていられるんだろうか」と不思議でした。私が演劇をやっている動機として、みんなどうやってこの世界を生き抜いているのか、どうしたら生きていけるかということを知りたいんです。だから、俊徳にもいつか救われてほしいなと思っています。この作品の中でなくてもいいので。
今回の秋のシーズンのコンセプトの中で「物語を編み直す」と書きましたが、自分が生まれる前に、社会の作り上げてきた価値観とかイデオロギーとか、誰かが作った大きな物語が始まっちゃっているんだと思うんですよ。そこに自分は知らないうちに参加させられているってことに気がつかないと、何かに踊らされているうちに人生が終わっちゃったり、内面化された物語に殺されちゃったりする。それは本当に悔しいから、一人ひとりがどうやって自分の物語の主導権を取り戻すのかということを、私は演劇をつくる上で、大事に思っています。
今回、石神さんの演出では、『弱法師』の戯曲を2回繰り返すじゃないですか。今お話を聞いていて、2回繰り返すということも、「編み直す」っていうことと繋がっているのかなと思いました。1巡目で行き止まりのバッドエンドを迎えて、2巡目で編み直すというか。
そうかもしれません。1巡目の山本実幸さん演じる俊徳は、三島版になるべく沿った俊徳像を作ろうとしていて、最後は救われないんだけど、中性的な美しい俊徳が美しい声と言葉で世界を構築していくようなイメージでした。それに対して、2巡目の八木光太郎さん演じる俊徳は、無茶苦茶怒っているけど、愛されまくる俊徳を作ろうと試みました。1巡目の俊徳に対する、心理学的にいう「影(シャドー)」のような役割で、何もかも破壊していき、それによって何かを再生に導いて、癒そうとする役として作っていきました。神様でも荒魂と和魂ってあるじゃないですか。そういう物事の両面のイメージです。あと、三島さんは外見とか文体の美しさにこだわるんだけれど、俊徳の魂が本当に形を持って現れたら、このぐらい暴れまくるんじゃないかとも思いました。
俊徳のキャラクターについて、初演の時に話していたキーワードに「道化」がありました。道化の役を本気で演じ切るということをしないと生きられないぐらい、生きていることが痛くてしょうがないというか、辛くてしょうがないというか。
八木さんが三島のセリフを、そのままリアルに感じられるように話していることに驚きました。突飛な解釈な気もするけど、これが王道の解釈なのかもしれないと思わせる力強さがありました。
私は勝手に、八木さんは三島さんの魂の声をしていると思っています。だから外見は違うけど、心の叫びを聞かせるというところで、八木さんにやってもらうことはよかった。八木さんが生きた演出にできたんじゃないかと自負してます。あとは今回、再演の稽古でみんなと話しているときに、俊徳は“赤ちゃん”みたいなイメージなんじゃないかという話が出ました。赤ちゃんがそのまま大人になったら恐ろしいじゃないですか。怒ったり泣いたりして、自分の要求をとにかく相手に伝えまくる存在ですよね。だいぶ理不尽だけど、みんな奴隷のように奉仕するしかない。だから八木さんが演じる俊徳は、俊徳の中の癒されていない傷とか、インナーチャイルドとか、シャドウみたいなものが、「こんなんで救われるかー!」って怒りとともに暴れ出してくるイメージです。
SPAC秋のシーズン2025-2026 #1
弱法師
演出:石神夏希
作:三島由紀夫(『近代能楽集』より)
出演:大内米治、大道無門優也、中西星羅、布施安寿香、八木光太郎、山本実幸[五十音順]
2025年
10/4(土)、10/5(日)、10/18(土)、10/19(日)各日13:30開演
会場:静岡芸術劇場
〈沼津公演〉
2026年1月31日(土)13:30開演
会場:沼津市民文化センター 大ホール
〈浜松公演〉
2026年2月7日(土)13:30開演
会場:浜松市浜北文化センター 大ホール
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