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2010年4月19日

レジ『彼方へ 海の讃歌』奮戦の記

レジ『彼方へ 海の讃歌』奮戦の記

SPAC文芸部 横山義志

4月12日から4泊5日の予定で、クロード・レジ演出『海の讃歌』の舞台装置家サラディン・カティールが来日中である。静岡と京都で、6月の公演に向けて、装置製作の打ち合わせ。

サラディン・カティールさん

サラディン・カティールさん

サラディンは昨年11月にも静岡に来て、『海の讃歌』が上演される楕円堂を視察している。海外カンパニーの作品を招聘するのに、舞台装置家が二回も来日するというのは、かなり珍しいケースである。

話は昨年7月のアヴィニヨン演劇祭に遡る。『海の讃歌』は今回の演劇祭で最も評判の高かった作品の一つであり、巨匠クロード・レジの十年に一度の傑作ともいわれていた。

宮城、制作部荒井、横山の三人でこの作品を見て、作品のスケールとクオリティーに圧倒された。だが喧々囂々の議論の末、やはり招聘は難しいのではないか、という話になった。この舞台、一人芝居だというのに舞台装置がやたらと大きく、しかも金属が使われていて重い。海のただ中に一人立ち尽くしている、というスケール感を出すために必要なのはよく分かるが、果たしてこれを日本まで持ってくることは可能なんだろうか、というのが、招聘を躊躇した大きな理由の一つだった。

その後、やっぱりこれだけの傑作は捨てがたいので、とにかく条件だけでも聞いてみよう、という話になった。聞いてみると、『海の讃歌』は案の定あちこちの演劇祭で引っ張りだこで、日程が詰まっていて、船便での装置輸送は無理、とのこと(船便の方が時間がかかるが、輸送費は航空便より圧倒的に安い)。だけどぜひ静岡でやりたい、といってくれたので、とにかく一度航空便で見積を取ってもらうと、1,000万円を超えるという・・・。

だが、今年86歳になるレジの作品は日本でまだ一度も発表されておらず、SPACとしてもカンパニー側でも、ここで諦めるのはあまりにも心残りである。そこでなんと、日本公演用に新たな舞台装置を作ろう、という話になった。その後、京都公演の話も出て、京都舞台芸術センター春秋座のためにも新たな舞台装置を製作することになる。

2009年11月、サラディンはSPACの技術スタッフと打ち合わせてから楕円堂に籠もり、じっと場の力を探る。

打ち合わせではこんな話も出た。「照明の機材はなるべく細かく調光できるものを用意する必要がある。レジの作品では0%から1%までをどこまで精密に調光できるかが勝負だから」・・・。

その後図面を持ち帰り、フランスの劇場の工房で三週間かけて、木材で楕円堂の大きな模型を作ったという。楕円堂は日本でほとんど唯一の木造の劇場で、そもそもが非常に珍しい形なのだが、そのうえ材質上、毎年微妙に形や寸法が変わっていく。これだけ模型が作りにくい劇場も滅多にない。この模型の中で作られた新たな装置案の写真と図面が、SPACのスタッフに送られてきた。

そして今回、実際に装置を作成するための打ち合わせのために再来日。先月のパリ市立劇場での公演では、六百席十一回の公演があっという間にソールドアウトになり、毎公演劇場前にチケットを求める観客が群れをなし、これまでのレジ作品のなかでも空前のセンセーションを巻き起こしたという。モリエール賞三部門(公共劇場作品最優秀作品賞・演出賞・主演男優賞)にノミネートしたとのこと。

サラディンはSPACのスタッフと一緒に買い出しに行き、材質を丹念に確かめつつ、材を決めていく。SPAC側で図面をもとに作っておいた箱馬と平台の仮のプラットフォームのうえに実際に人を立たせてみて、客席のあちこちから眺め、寸法を微調整。同時に字幕の機材を置いてみて使う機材と位置を確認。最後に実際の製作・仕込みの段取りを打ち合わせる。

楕円堂は劇場自体に大きな存在感があり、装置の使い方が非常に難しく、SPACのスタッフにとってもこの劇場のためにこれだけの規模の舞台装置を作るのはじめてだという。サラディンはもともと金属を中心とした素材で舞台装置や現代美術のインスタレーションなどを作る製作のエキスパートで、場所の力を活かして作品を仕上げるという作業を熟知している。SPACにとっても重要なコラボレーションになるだろう。

サラディンは「楕円堂で『海の讃歌』が見られるのが今から楽しみだ」と言い残して静岡を発ち、京都へと向かった。

京都・春秋座での打ち合わせ

京都・春秋座での打ち合わせ

これでしばしのお別れ・・・と思ったら、なんとアイスランド噴火の影響で足止めをくらい、いまだに日本滞在中。もしかしたら明日の「Shizuoka春の芸術祭」記者会見(東京日仏学院にて)にも来てくれるかも知れない・・・。