ジャスコの手前、狐ケ崎の南幹線沿いに行きつけのリサイクルブティックがある。
お店の2階は静岡のアートシーンを語る上ではなくてはならない噂の「スノドカフェ」…
10月のある日、ふらっとこの店に立ち寄った時、
色とりどりの衣装や可愛い小物がならぶこのお店の、
レディースの充実度に比べたら日陰の存在という感の否めないメンズコーナーに
ひときわ目をひく一品があった。
デニム地のジャケットでかなり凝った作り、
内ポケットには「D&G made in Italy」のラベル…
試着をしていると
「いやー似合いますね~」
「こういう変わったジャケットをこれだけ着こなせる人はなかなかいないよ!」
「さすが役者さんは違うわね!」
などと、他のお客さんからの高評価は、
僕にその場でフラメンコステップを踏ませるには十分であった。
「このジャケット、2回くらいしか着てないんですけど…実は前の持ち主、僕なんですよ…」
恥ずかしそうにオーナーさんが打ち明けてくれた。
「来月劇場のロビーで『朗読とピアノの午後』っていう朗読のコンサートがあるんですけど、その衣装にいいかも!」
僕もその時はとっさに口をついてそんな言葉が出たのだが、
朗読会の衣装については何の構想も練ってなかったので、軽く聞き流してくれることを祈るも…
「うちのお店の服を朗読会で着てくれるなら我々も嬉しいよ」
とオーナーさんも満面の笑顔。
他のお客さんとも朗読会の話でその場は大いに盛り上がり、
コトが大きくなりそうだったので、
ジャケットは静かに売り場に戻しこの日はお店を後にした。
しかし、次の日もその次の日も、あのジャケットが気になる。
そのかっこよさ以上に、ジャケットの前の持ち主がこのオーナーなら本当に光栄である。
それから数日がたち、もう一度お店を訪れることにした。
お目当てのジャケットは、まだ幸い売れていなかった。
ジャケットを手にとり、延々試着してしつこく鏡の前でポーズをとっていた時、
オーナーさんが笑顔でやってくると、
「それ、とっても似合ってるし、よかったら差し上げますよ」
と…社交辞令にしてはやけに具体的で太っ腹な発言。
ええっ!そんな…とんでもない。また…本気にしちゃいますよ!てか…また、ご冗談を…
と、しどろもどろになりながらお金を払おうと財布を取り出すも、
「うちの商品をSPACの朗読会で着てくれたら嬉しいな…って、あの後も話してたんですよ」
とうれしいことを言ってくださる。
僕が朗読するのは、熱い友情物語として日本文学史に残る名作「走れメロス」が原作。
この時期に、アートで静岡を盛り上げようとする同志ともいうべき
彼の着ていたこのジャケットと出会えたのは、まさに運命のようなものを感じた。
それから一月後
11月14日の「朗読とピアノの午後」本番は、この上ない緊張だったが、
落語の「寄席」のような朗読会になればと試みた
「【新釈】走れメロス」(森見登美彦作)は、終わってみれば大変楽しく、勉強になる経験だった。
もちろん、オーナーから譲り受けたこのジャケットは…僕に大きな力を与えてくれた。
ご来場いただいたお客様、本当にありがとうございました。
そしてスノドカフェのオーナーさん、心から感謝です。
ちなみに…
昨日からはBOXシアターで
山の手事情社の安田さん演出、太宰治の「走れメロス」の上演が始まった。
僕もとても楽しみなこの舞台、
オーナーさんとの友情を噛み締めつつ
このジャケットを着て…観に行きたいと思う。