「ドラマトゥルク取材日記」では、
『グスコーブドリの伝記』でドラマトゥルクを担当するライターの西川泰功が、
宮沢賢治にまつわるネタを紹介していきます。
第7回は、浜松市で宮沢賢治童話に親しむ会を主宰する村上節子さんにお話を伺いました!
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村上節子さんは、1982年に、ものがたり文化の会の浜松支部を立ち上げた。ものがたり文化の会は、詩人の故・谷川雁氏が提唱した教育方法の実践活動団体である。宮沢賢治童話の演劇化を通じて、子どもの感性と知性を育むことを目的にしている。
↑ 賢治童話に親しむ会・村上節子さん
1971年より演劇を通した子どもの英語学習の指導に携わってきた村上さんは、谷川雁の考え方に出会い、共感しつつも、初めは戸惑ったと言う。
「宮沢賢治の童話で本当にうまく行くのかなという気持ちがありました。でも、やり始めると、これはいいと思うようになりました。賢治童話には、謎に包まれているところがたくさんあって、子どもが敏感に反応します。」
幼児から高校生までのメンバーが週に1度集まり、年に1度の発表会に向けて、劇化の方向性を探る。賢治童話を検討するに当たって、童話の世界に実感を持つことができるよう、“課外活動”も行う。どんぐりを升に集めて重さを確かめたり、蛙を卵から育てたり、畑に鍬を入れて耕したり…賢治童話に出てくる生活風景を、子どもたちと体感する。
やがて親たちが、「そんなにおもしろいなら、私たちも…」と、賢治童話を読むようになる。村上さんが1993年に立ち上げた賢治童話に親しむ会は、話し合いを中心にした月1回の読書会である。
「もう230回くらいやっています。大人が読んでも、賢治童話には考えさせられることがいっぱい。子どもから大人まで楽しめるのが魅力です。」
↑ 1998年2月12日中日新聞。村上さんのインタビューが掲載された
そう話す村上さんだが、『グスコーブドリの伝記』は取り上げたことがないと言う。「『グスコーブドリの伝記』は、『よだかの星』みたいに、子どもたちと“耕していく”のには躊躇する要素が含まれていると思います」。
『よだかの星』は、飛んでいるだけでくちばしにたくさんの虫をくわえて殺してしまう鳥が、命を燃やし、星になる物語。村上さんが『グスコーブドリの伝記』と『よだかの星』を並べたのは、両作に同じようなモチーフがあり、賢治の死後、時代状況とからめて「特攻精神」と批判されてきたからである。賢治童話には、戦意高揚のために利用された過去がある。
「単なる特攻精神ではないと思いますが、じゃあ何なのかと考えると、やっぱりよくわからないところがあります。」
SPAC版『グスコーブドリの伝記』で、「特攻精神」や「自己犠牲」と批判されてきた結末が、どう描かれるのか、注目のポイントだ。
村上さんは、SPAC公演の演出プランに興味を持っている。今回の公演では、グスコーブドリ以外の登場人物は皆、人形を使って演じられる。「人間が賢治童話の登場人物を演じると、どうも違うな、という感じがするんですよね。その点、人形はとてもいいアイディアだと思う」。
賢治童話の世界は、現実への強い問題意識と裏腹に、どこか現実離れしている。『グスコーブドリの伝記』の登場人物を取り出しても、グスコーブドリ、クーボー大博士、ペンネンナームと不思議。こういう語感に貫かれた童話の世界を表現するには人形がぴったりだと、村上さんは感じているのかもしれない。
「賢治童話には、語感で通じ合えるところがあります。小さい子どもでも、理屈抜きにわかってしまう。これは谷川雁さんが言っていたのですが、子どもの学習において、感性を通じた経験と知識の吸収は、どっちも必要です。賢治童話には、どちらもあるんです。」
↑ ものがたり文化の会浜松支部の情報誌より。賢治生誕100年記念で発行した
ものがたり文化の会の発表会には、子どもたちだけでなく、OB・OG、両親や祖父母も参加し、3歳から60歳代まで、ともに舞台に立つ。村上さん自身も、子どもとの参加を経て、今では孫まで一緒だと言う。「そろそろ次の世代に引き継ぎたいと思っています。一緒に協力できる若い人がいれば嬉しいです」。
3世代が集う場ができたのは、30年以上続けてきた村上さんの功績。ひとりの作家が書いた数々の物語が、後世に、こんな場をつくり上げていることを思うと、宮沢賢治恐るべしという気持ちになる。SPAC版『グスコーブドリの伝記』も、未来へ広がる大きな布の、きらめく一糸になるだろうか。
2014年12月25日 浜松駅ビル内谷島屋併設のエクセルシオールカフェにて
文・西川泰功
ライター。SPAC『グスコーブドリの伝記』でドラマトゥルクを担当し、原作の脚本化のサポートをはじめ、俳優や技術スタッフとディスカッションをしたり、広報用の記事を書いたりしている。SPACでは2009年より中高生鑑賞事業用のパンフレット編集に携わる。その他の仕事に、静岡の芸術活動を扱う批評誌「DARA DA MONDE(だらだもんで)」編集代表(オルタナティブスペース・スノドカフェ発行)など。
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SPAC新作
『グスコーブドリの伝記』
2015年1月13日~2月1日
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