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2015年1月30日

【『グスコーブドリの伝記』の魅力 #18】 ドラマトゥルク取材日記8

「ドラマトゥルク取材日記」では、
『グスコーブドリの伝記』でドラマトゥルクを担当するライターの西川泰功が、
宮沢賢治にまつわるネタを紹介していきます。

第8回は、静岡市清水区河内で茶農園を経営する山崎貴正さんにお話を伺いました!

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 『グスコーブドリの伝記』一般向けの公演も残すところ2日のみとなった。劇中、グスコーブドリは「農民になりたい」と屈託なく宣言する。宮沢賢治が農業へ深い関心を抱いたことはよく知られている。羅須地人協会という不思議な結社をつくり、若い農民たちを啓蒙した。結局、その活動は挫折せざるをえないのだが…。

 このブログがスタートしてから、静岡の農家へ取材に行きたいと考えていた。静岡県の劇団による『グスコーブドリの伝記』、地域の農業の問題に目を向けてみたいと思った。

 遅ればせながら、現在の農業に直面し、前向きな取り組みをしている、適任者を取材した。静岡市清水区河内。山間の里で茶農園を経営する山崎貴正さんである。

↑ お茶のやまよ・山崎貴正さん。河内の店頭にて

 山崎さんの生産する緑茶や紅茶は、栽培から製茶に至るまで一貫して自前の農園で行う。生産した商品は、店頭販売と通信販売のみの取扱。問屋から小売店へという、既存の市場ルートを通していない。「お茶の相場が下がっているのが大きな問題だと感じています。いくら手間暇をかけて育てたお茶も、市場価格に従わなければならず、そうなるととてもうちのような農家はやっていけないでしょうね」

 河内では山間の斜面を茶畑として利用する。畑は山の合間に点在し、車で回らなければいけない。一見して大量生産に向く土地だとは思えない。市場価格競争で勝負しようとすれば、広大な平野で生産するほうが有利だろう。「河内では放棄茶畑が増えています。お茶では食えないから、どんどん辞めている。辞めるのも勇気がいりますよ…」

↑ 山崎さんの茶畑

 山崎さんいわく、自身の茶農園は15代以上続いている。「よくもまあ、昔の人は、こんな土地に畑をひらいたなと感心します。昔は性能のよい機械もないから、手作業でしょう。今より人はたくさんいたのかもしれませんが、それにしても大変なことだと思います」

 山崎さんがそう言うのは、茶畑だけでなく、冬期に手がけるわさび田のことである。杉林の急な斜面を登り、ヨムギマと呼ばれる場所に案内された。山崎さんのわさび田だが、その光景を見て、言わんとすることがわかった。山肌に沿って、上方から下方へ、視界が遮られるまで続く、石垣の段々。最上段から下段へ向けて、湧き水が、わさび田を満たしながら流れてゆく。その光景は圧巻だ。

↑ ヨムギマのわさび田
 

↑ 向かいの山から見たヨムギマ。石垣に取りつけたトタン板が白く見える

 「最近は、猪や鹿の被害が増えています。山に食べ物がないらしくて、わさび田を狙います。猪が来たら本当に大変です。わさび田の石垣を崩してしまうんです。その度に修復をしなければいけません」

 山崎さんは、ヨムギマのわさび田の一番上にある、もみじの巨木に手を合わせ、「ご神木だ」と言った。もみじの根元から湧き水がこんこんと流れている。わさび田の水源なのだ。「止まることなく水が流れ続けることが不思議でしょうがない。山の中は一体、どうなっているんだろう…」

↑ ヨムギマにそびえるもみじの巨木

 そんな素朴な疑問は、自然条件とともに生活せざるをえない農業従事者の率直な感慨。裏返しに考えると、もしも湧き水が止まれば、代々続くわさび田を継続できないのだから。近年は、台風にも苦しめられた。山崎さんの茶畑にも、崩れたままの箇所がある。山の斜面という河内の農地が、台風や豪雨に弱いのはすぐに想像がつく。「何かあると親戚や知人が集まって助けてくれます。生かされているとつくづく思いますね」

 河内では、山に日光が遮られるため、日照時間が短い。また霧が立ち込め、茶畑を包み込むこともしばしばだ。こうした特徴が、茶の味わいに反映され、独特のコクや香りになると考えられている。「何が要因なのか、定かではないですが、ここで栽培する茶の味に個性があるのは確かです」。いただいた緑茶を飲むと、深く柔らかい甘味に驚くと同時に、爽快な風味が舌に広がった。

 農閑期にべつの仕事をすることも多い河内の農家で、茶とわさびのみで生活する山崎さんは、カフェと提携して製品開発をしたり、急須を持たない家庭用にティーバッグ製品を試みたり、攻めの姿勢だ。

 「このやり方に未来はあると思っています。何より店先でお客さんの反応を確かめられるのが嬉しい。自分のつくったお茶を飲んで、美味しいと言ってくれる姿を見ることができますから。確かな手応えです。」

 山崎さんの言葉には、土地への愛着が滲み出ている。息子さんにも継がせたいですか? と聞くと、「俺が魅力的な仕事をしていたら、自然にやりたくなるでしょう」とニクい答え。グローバル化の波の中、TPP参加、農協改革と日本農業の激変が予想される昨今、「結局、変化した条件で、やれることをやるしかない。正直なところ、仮に明確な意見があったとしても、アピールする暇も手段もない」と山崎さんは言う。

 賢治の時代と現在では、農業が直面する問題も違う。昭和初期の農民の貧困はなくなったが、そこに変わらずあるのは、眼の前の、具体的な自然に向き合い、苦しみも喜びもいっぱいに受けとめる、したたかな姿だ。卑屈にならず、前向きに。山崎さんの姿勢の背景に、どれだけの困難があったのか。ぼくのような都市生活者に、本当に想像できているだろうか。賢治の農民へのまなざしを思い返した。
 
2015年1月19日 お茶のやまよ店先にて
 
 
SONY DSC文・西川泰功
ライター。SPAC『グスコーブドリの伝記』でドラマトゥルクを担当し、原作の脚本化のサポートをはじめ、俳優や技術スタッフとディスカッションをしたり、広報用の記事を書いたりしている。SPACでは2009年より中高生鑑賞事業用のパンフレット編集に携わる。その他の仕事に、静岡の芸術活動を扱う批評誌「DARA DA MONDE(だらだもんで)」編集代表(オルタナティブスペース・スノドカフェ発行)など。
 
 
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SPAC新作
『グスコーブドリの伝記』
2015年1月13日~2月1日
公演の詳細はこちら
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