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2015年10月1日

『舞台は夢』について、演出家フレデリック・フィスバックさんのインタビュー【後編】

フランスの演出家フレデリック・フィスバックさんが、SPACのスタッフ・キャストと創る『舞台は夢』は、17世紀フランスの劇作家コルネイユによる喜劇。「秋→春のシーズン2015/16」の取材に訪れた静岡新聞(9月15日夕刊掲載)の記者、宮城徹さんとともに桂真菜(舞踊・演劇評論家)が、本作の面白さを伺いました。インタビューの中でフィスバックさんをF,  宮城さんをM, 桂をKと表します。初めのページでは『舞台は夢』の魅力を伺います。次のページでは2010年に演出したSPAC版『令嬢ジュリー』や、同作のフランス版で主演したジュリエット・ビノシュのお話に続き、静岡への思いを届けます。この取材は稽古期間中の9月2日に、静岡芸術劇場で行われました。

前編はこちら

★視聴覚も喜ばせる『舞台は夢』

K:『舞台は夢』のタイトルに応えて、視聴覚にも工夫が凝らされています。劇場の複雑な構造そのものが大掛かりな仕掛けに生かされ、影絵などのトリックに引きこまれるうち、観客も幻に惑わされそうです。俳優たちが組み立てる装置が生きもののように変化する過程も楽しめます。また、歌をふくめた身体やオブジェによる表現に加えて、映像が投入されます。大胆な映像には、特別な理由があるのでしょうか? 

F: 私は祖母が劇場に連れていってくれたので、少年期から演劇に接する機会に恵まれました。しかし、現代の若者がフィクションに最初に触れるのは、モニターやスクリーンを通してでしょう。若者が身近に感じる手段を用いることで、舞台が親しみやすくなれば、と思っています。演劇というものは、より遠く抽象的で、大袈裟だと思われがち。そこで、幅広い方が面白さを分かちあえる工夫をしました。

K:映像といえば、フィスバックさんも映画やテレビドラマの監督をしています。

F:長編としては2006年に東京で撮影した劇映画1本のみですが、その作品は2007年のヴェネチア映画祭に参加しました。

K:出演者は日本人ですか。

F:3人をのぞいて日本人です。世田谷パブリックシアターで平田オリザさん作『ソウル市民』を演出した後に撮影が続き、『ソウル市民』の全キャストに出演してもらいました。オーディションに合格したメンバーには、『舞台は夢』に出る小長谷勝彦さん、クロード・レジさん演出『室内』に出る泉陽二さんもいます。

K:2005年に初めてSPACで演出を担った作品がストリンドベリ作『令嬢ジュリー』ですね。同作を翌年フランスの俳優で演出された際には、ジュリエット・ビノシュさんがジュリー役を演じました。緊密なアンサンブルを培ってきたSPACの俳優たちと組んだ時と、映画スターを迎える時では、演出に変化がありましたか?

F:基本的にSPAC版とフランス版の演出は同じです。静岡の『令嬢ジュリー』を練り上げるプロセスにおいては、力強い俳優たちと微妙なレベルに至る発見を重ねました。たきいみきさん、阿部一徳さん、布施安寿香さん。この三人は一緒に作品を考えることに慣れているから、関係性を深められる。うまく機能している劇団ならではの、対話と信頼が成立しています。いっぽう、フランス版では大きな存在である女優が刺激をもたらしました。ビノシュにとっては、フランスにおける20年ぶりのフランス語での舞台出演でした。

K:アカデミー賞、およびカンヌ、ヴェネチアなどの国際映画祭の賞に輝くスターですが、舞台では如何でしたか?

F:偉大なアーティストです。全身全霊で取り組み、リスクを恐れずいろいろなことを試す勇敢な人。稽古にも熱心でした。

★「心の中の子ども」を大切に生きる

K:『令嬢ジュリー』は1888年にスウェーデンで書かれました。1639年にフランスで書かれた『舞台は夢』とはスタイルの違う戯曲です。しかしながら、「見えない男の影に登場人物が支配される」点が二本の戯曲に共通しているように思えます。『令嬢ジュリー』ではジュリーの父、『舞台は夢』では大公。この二者が暗示する「権力」に対するフィスバックさんの疑念が、両戯曲を選んだ理由でしょうか。

F:ある意味では、権力は重要なものです。人々の関心を集め、周囲を啓蒙する機能は大切ですから。ただし、種々の問題を導く危険な要素には、注意を払うべきです。たとえば、人間の尊厳を踏みにじり、差別的な偏見を煽るような暴力的な権威。そういう要素には、対抗しなくてはならない。たとえ、啓蒙的な権力者であっても、自分の目の前にいる誰もが、自分に何かを教えうる存在であることを忘れないようにするべきでしょう。年齢を重ねるにつれて私は、いろいろなシステムに内面の深いところで抗う気持ちを再認識しています。むろん、暴力に訴えたりはせず、自分らしい抵抗を考えますよ。

K:芸術を通して、疑問や違和感を観客と共有することもできますね。

F:現代の問題は、権力というものが見えにくい状態であること。世の中を誰が支配しているのか分からない状態や、仮面をかぶった支配者の存在は、私たちが生み出しているものです。いきいきした批判精神が停滞すれば、共同体は息苦しい空気でよどんでしまう。楽に暮らしたい、面倒なことを考えずに安心したい、などと望むだけでは市民の判断力は低迷して、隠れた権力に飲み込まれやすくなるでしょう。たしかに民主主義は政治制度の中で、より良いシステムではありますが、システムや法律さえ整えば世の中が平和に治まるわけではありません。自然の豊かさが人間に蝕まれて衰え続け、地球上の99%の富が1%の人に握られている現象は異常です。こういった言葉は、私自身の中にいる子どもの発言です(笑)。「心の中の子ども」を私は大事にしています。

★静岡で人の温もりを感じる場所は……

K:ところで、日本とフランスでは公共劇場においても演劇を創る環境が異なると思いますが、静岡芸術劇場での創作にどんな印象を持っていますか?

F:五年前に初めて仕事で訪れた際に、とても良い環境だと感じました。ですから昨年、芸術監督の宮城聰さんから「再びSPACで演出を」と依頼された瞬間に快諾したのです。もっと大規模な予算のある組織や、豪華な設備を備えた劇場も経験しました。でも、ひとつのプロジェクトに対して全スタッフが、こんなにきちんと取り組むところは他に知りません。全員が真心こめて仕事に集中する現場は、演出家にとって理想的です。

K:この先、また静岡で演出する機会があったら、手掛けたい作品はありますか?

F:チェーホフ戯曲に挑戦したい。まずは大好きな『桜の園』から。SPACで作品づくりをしていると、ヴィジョンが触発されます。これは俳優のおかげでもありますね。演出家も作家も不在の舞台はあっても、俳優と観客なしに演劇は成立しない。「また会いたい」と思う俳優がいるか、いないか。その点も仕事にかける情熱を左右します。稽古で消耗した折も「何でも知っているぞ」とばかりに権力をふるう、ちっぽけなボスにならずエネルギーを舞台に注ぎ込むためにも、「また会いたい!」と思える人たちが必要なのです。

K:宮城徹さんから質問はありますか?

M:『舞台は夢』は「秋→春のシーズン」の開幕を飾る作品、という位置づけになりますね。

F:光栄です。

M:シーズン中に上演されるなかで特に興味を引かれる作品、観たい演目はありますか?

F:私は好奇心旺盛な人間で、何でも観たいですね。『室内』はすでに拝見しました。SPACの良さを伝えるために、パリの状況を少しお話しましょう。以前は「この劇場の企画であれば、作品も演出家も知らなくても面白いはず」と信じられる劇場が2、3ヶ所ありました。ところが、現在では特徴あるプログラムを組む劇場が減りました。でも、日本には幸運にもSPACのようにクリエイティブな劇場があります。このような劇場が幸運にも近くにある場合は、ぜひ全てを観に来てほしい。観客になる楽しさを学ぶ機会も貴重です。

M:今回は長期間にわたって静岡に滞在されていますね。劇場の周囲には県立美術館、映画館などが立っていますが、特に気に入った場所はありますか?

F:県営プール!人間関係に温もりを感じられる場所です。私が毎日通うので、皆さんに驚かれます。日本のかたが声をかけて下さることが嬉しい。私の日本語はカタコト以下のレベルですが、一生懸命に応えます。静岡は文化に対して熱心ですね。初めて日本に来た1999年に、完成直後の静岡芸術劇場を訪れました。劇場のみならず舞台芸術公園などを含めたSPACのプロジェクト全体が素晴らしいと感じました。富士山が見える景色も好きです。子どもの頃からキリマンジャロと富士山、これら二つの火山を見たいと熱望していました。ここで夢の一部が実現したわけです(笑)

M:ありがとうございます。プールを含めて、どうぞ静岡を満喫して下さい。

K:貴重なお話、本当にありがとうございました。

取材・構成:桂真菜(舞踊・演劇評論家)


SPAC 秋→春のシーズン#1
『舞台は夢』
公演日時:9月23日(水・祝)、26日(日)15:00~
     9月27日(日)14:00~
     10月10日(土)、11日(日)14:00~
公演会場:静岡芸術劇場