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2017年9月21日

<病ブログ2017 #4>主演俳優 阿部一徳インタビュー

病ブログ第4回は、主演俳優 阿部一徳のインタビューです!

阿部一徳近影
撮影:中尾栄治(SPAC制作部)

重厚な語りからコミカルな役まで、幅広いキャラクターを変幻自在に演じるSPAC俳優・阿部一徳。
前作『アンティゴネ』で見せたギリシア悲劇のシリアスな役柄から一転、今回はモリエールの喜劇でコミカルな主役を演じます。30年近いキャリアで培った俳優としての哲学と、5年ぶりの再演となる本作への意気込みを聞きました。
(本インタビューのショートver.は、2017/9/15発行の「グランシップマガジンvol.11」に掲載されています)

初演時の舞台写真 撮影:三浦興一▲初演時の舞台写真

 
本番が終わったら「今日のことは全部忘れる」

-俳優として、演じるに際し心がけていることを教えてください。

大事にしているのは、「より正確に、より自由に」ということです。「ゆっくりいそげ」みたいで矛盾しているようですけれども。
僕ら俳優の仕事には、「再現する」という要素があります。そもそも芝居というもの自体が、脚本を現実世界に再現するものですし、稽古も、本番で再現すべきことを身体に入れていく作業です。ですから、稽古でも本番でも、常に「演じている自分を見ている自分」という感覚が必要です。これ無しには再現することはできませんし、この感覚によって、演技の「正確さ」が担保されます。
ですが、単なる再現、つまり「なぞってしまう」ようなやり方ではダメなんです。それではどんどん新鮮さが失われていく。正確さを意識しながらも、まるでその時が初めてであるかのごとく、いかに自由にやれるかが重要です。

-いつごろからそのような考え方を持つようになったのでしょうか。

俳優を始めた当初からだと思います。宮城(SPAC芸術総監督の宮城聰)と仕事をするようになって随分と経つのですが、彼が東京で劇団(「ク・ナウカ」1990年旗揚げ)を立ち上げたときに、「俳優の奥義10ヶ条」みたいなものを配った。その中に「自分の身体を他人のもののように扱う」とか、「常に外側と内側から見る」といったものがあって。ことさらそういうことを気にしはじめたのは、その頃だったと思います。

-今回の『病は気から』ではどうでしょうか。

今回のような喜劇では客席から笑いが起きます。この「笑い」って、俳優にとってかなり気持ちのよいものなんですよ。反応としてダイレクトですし。ただ反応が良ければ良いほど、前の日のうまくいった演技を「なぞって」しまいがちになる。これが一番やってはいけないこと。本番が終わったら「今日のことは全部忘れる」くらいがちょうどいい。良かったときほど忘れる。これはどんな舞台でも同じかもしれません。
でも、「笑い」はついやっちゃうんですよ。余計な色気が出て(笑)。ウケた時の感じをなぞったり、さらにそこへ付け加えたり。そうやって変な色気を出すと、たいてい失敗する。「演じる」ということから程遠いところへいってしまう。そこが喜劇の難しいところです。

-喜劇の難しさですか。

ええ、喜劇は難しいです。役づくりのためにするべき作業も多い。そして徹底した真剣さ、必死さが必要です。喜劇の笑いは、「こうやれば笑うよね」というネタ的なものではないんです。「これは笑い事じゃないんだぞ」と、とことん真剣にやって、はじめてお客様は笑ってくれる。登場人物が必死であればあるほど笑えるわけです。

初演時の舞台写真 撮影:三浦興一

-阿部さんが演じる主人公・アルガンも、自分を病気だと思い込んでいて、必死で医者に頼っています。

そうですね。だから役づくりでも、彼の「必死さ」を表現するために、いろいろな病気や体調の悪さをかなり具体的に想像して… たとえば「体のどこかがかゆい」とか、「内臓のどこが引きつるようだ」とか。さらにそれを同時多発的にやっていくわけです。そういった感じで、日々「これとこれを組み合わせたらどうなるかな」とか、「こういうときはどういう動きになるかな」とか、ずっと考える。そういう状態の人を2時間、休憩無く演じるわけですから、体力的にもかなり必死です(笑)。

-阿部さんからみて、「アルガン」というキャラクターはどのような印象ですか?

自分がいったん「こうだ!」って思い込むと、なかなかそこから抜け出せなくなっちゃう。そういうところが、いかにも人間らしくて愛おしい。かわいいというか。ものすごく一生懸命生きている人ですから。この芝居ではアルガンの家族を含めて、登場人物はみんな真剣で、必死に生きている。愛おしい男と、愛おしい人々。
あと、アルガンは自分を病気と思い込んで薬漬けの日々を送っているんだけど、現代の、「カラダにイイ」ものは買わずにいられない感じに似ている気もしますね。

初演時の舞台写真 撮影:三浦興一

 

変幻自在の俳優の素顔は、年間80冊以上の小説を読破する本の虫

-すこし話は変わりますが、普段の阿部さんの生活はどのような感じなのですか。

僕の生活はすごく規則正しくて。朝起きてから、だいたいいつも同じように過ごします。それはもちろん身体の状態を維持するということもあるのですけど。
でも、基本的なパターンに付随する部分というか、ひとつひとつの時間の過ごし方については、その時にやっている芝居によって結構違います。役作りのメソッドを家の中で毎日やるような作品もあれば、そうじゃない作品もある。また、作品に関係する本を毎日大量に読むような作品もあれば、違うやり方で演技の引き出しを増やす作品もあります。
具体的に言えば、『アンティゴネ』のような作品をやっているときは、身体の感覚が変わらないように注意しながら生活しています。イレギュラーなことをして身体の感じが変わってしまわないように。一方で、今回の『病は気から』は、変化することも大歓迎という感じです。先ほどお話しした「今日のことは全部忘れる」という作業も、すごく大事になってくる。

『アンティゴネ~時を超える送り火~』(2017年7月 仏・アヴィニョン演劇祭にて) © Christophe Raynaud de Lage
▲『アンティゴネ~時を超える送り火~』(2017年7月 仏・アヴィニョン演劇祭にて)

-阿部さんの仰る「忘れる」というのは、ある種の「切り替え」なのですね。そのためにされていることなどはありますか?

僕はよく本を読むのですが、特に小説は違う世界に入れるので重宝します。全く違う世界に没頭するのがいいのでしょうね。稽古期間中は引き出しを増やすために小説を読んで、本番期間中は忘れるために読む。そんな感じで年間80冊くらいは読みます。特に海外小説を読むことが多いのですが、演技の参考にもなります。実際に役作りの参考にするのは、映像よりも小説が多いですね。

-役作りの上で、どのように参考にされるのでしょうか。

役作りというのは、その役の背景や歴史をどれだけ多く、細かく設定できるかという具体的な作業なので、小説の細かい心理描写とか、仕草の描写というのはとても参考になります。たとえば、映像だと数秒で過ぎ去ってしまうことも、小説だと何ページもかけて描写することがあるでしょ。そういう部分。
あと、小説は物理的な制限がなく自由度が無限です。そういった新しい発想力を自分の中に取り込んで、たくさんストックしておくのが大切だと思っています。

-最後に、今回の公演への意気込みをお願いします。

僕自身、すごく楽しみですね。演出のノゾエ征爾さんも台本をけっこう変えてくるかもしれないですし。こちらも初演にこだわらず、気持ちも新たに作り込んで、パワーアップした笑いを届けたいですね。とにかく、「ひとつでも多くの笑いを」がテーマなので(笑)。
それと、「アルガンという役を演じているモリエールという役を阿部が演じる」という、このSPAC版でしか見られない多重構造も、ぜひ楽しんでください。

初演時の舞台写真 撮影:三浦興一

(2017年8月 静岡芸術劇場にて)
聞き手:佐藤亮太(SPAC制作部)
構 成:布施知範(SPAC制作部)

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SPAC秋→春のシーズン2017-2018 ♯1
『病は気から』
2017年10月7日(土)、8日(日)、14日(土)、15日(日)、21日(土)、22日(日)
潤色・演出:ノゾエ征爾
原作:モリエール (「モリエール全集」臨川書店刊/秋山伸子訳より)
出演:SPAC
静岡芸術劇場
*詳細はコチラ
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