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2018年9月21日

歯車ワークス#2 静岡で芥川を訪ねて ~伊豆・修善寺 新井旅館~

まさかの2年目!?に突入した「すぱっく新聞」。このたび『歯車』号が完成しました!!

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前回ご紹介した、鈴木と佐藤(by SPAC秋のシーズン2015『王国、空を飛ぶ!』)の再登場の謎、
そして白衣やカメラマンがどう『歯車』新聞に関係したのか…それは見てのお楽しみ♪
SPACの劇場はじめ、これから街中などにもガンガン配架していきますので、見かけたら是非お手に取ってくださいね。

★「紙の新聞を手にするのが待ちきれない!」という方、SPAC公式サイトの『歯車』ページからもご覧いただけます♪
https://spac.or.jp/au2018-sp2019/haguruma_2018

さて、今回新聞の制作にあたり、“芥川ゆかりの場所”として修善寺・新井旅館を『歯車』に出演する俳優・河村若菜が訪問。すぱっく新聞では掲載しきれなかった芥川滞在時のエピソードや女将さんのお話をご紹介します。

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明治5(1872)年創業の新井旅館は、伊豆半島で最も歴史ある温泉の街・修善寺の老舗旅館。
安田靫彦、横山大観といった日本画家、芥川龍之介、泉鏡花、尾崎紅葉や岡本綺堂といった作家など、明治~昭和期の日本文化を彩った多くの文人墨客が滞在しました。

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▲新井旅館正面

これだけの錚々たる面々がこの旅館に逗留した大きな理由は、三代目のご主人・相原寛太郎氏の存在。寛太郎氏は、東京美術学校(現在の東京藝大)に学び画家を志すも、新井旅館を継ぎ、画家の道を断念。その後は、自分の夢を託すかのように若手芸術家への支援を惜しまず、そんな寛太郎氏との芸術談義を楽しみに訪れる者も多かったそうです。女将の森桂子さん曰く、「岡本綺堂さんが『修禅寺物語』を当館で執筆されていらっしゃるのですが、主人との話から創作のヒントを得ている」とのこと。

寛太郎氏と芸術家たちの交流が、今に残る多くの名作を生んだのですね。新井旅館には彼らが逗留のお礼として寛太郎氏に贈った絵画や書が数多く残され、その作品群は「沐芳コレクション」と言われています。

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▲風情ある中庭の様子

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▲女将の森桂子さんと

芥川は大正14(1924)年4月10日から約1カ月間滞在。神経衰弱・腸カタルなどを患い体調が優れなかった彼は、療養を目的で同地を訪れました。
当時も口コミと言うか、作家仲間同士の横のつながりはあったようですから、「身体が悪いんだったら良い温泉が修善寺にあるけど、どう?」みたいな紹介があったのかもしれませんね。

ただ、当時の文壇きっての売れっ子だった芥川は、折角療養に来たここでも「仕事から離れてゆっくり」はできなかったようで…月の棟3階の部屋で、仕方なく仕事をこなしていたそう。妻や友人に宛てた手紙で「ここにいても電報ばかり来やがってやり切れない」「ここにいても電報ぜめで(もう電報を十本貰っています)おまけに原稿催促人までも出張するので、・・・」などと度々愚痴をこぼしています。
そんな芥川を、同時期に滞在していた泉鏡花の奥さんは「あなた、何のために湯治にいらしったんです?」と呆れつつ、世話を焼いてくれたようです。
なお、芥川が滞在したお部屋は現存していますが、残念ながら今は使われていません。

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▲芥川が泊った月の棟3階の真下のお部屋。窓の外には芥川も眺めたであろう巨木が。

そんな芥川のここでのお気に入りは「風呂」と「食事」。
お風呂に関しては、妻と叔母宛てに絵入りの手紙まで送っています。

「…をばさん、おばあさん、ちょいと二、三日お出でなさい。ここのお湯は(手書きのスケッチが入る)言う風になっていて水族館みたいだ。これだけでも一見の価値あり。」(大正14年4月29日付)

書簡のスケッチ
▲大正14年4月29日の書簡より “水族館のような”風呂のイラストや、新井旅館の各棟の配置図が。

何だか子どものようにはしゃいでいる姿が目に浮かびますね。
芥川が「水族館みたいだ」と例えたこのお風呂、お風呂場の下方のガラス越しに池の中が覗ける造りになっていて、人の気配を感じると鯉がガラス近くまで寄ってくるそうです。

ところが、実のところ芥川は大の風呂嫌い。
作家の中野重治が、彼の死後に追悼文を書いており、そこには「この人は湯になどはいらぬのか、じつにきたない手をしていた。顔なども洗わなかったのかもしれない」とあります。
大の風呂嫌いをして人に勧めるほど、このお風呂に芥川は興奮し、また気に入ったのでしょうね。
芥川が入ったお風呂そのものはその後の改修により現存していませんが、この池が覗ける“水族館のような”お風呂は、今でもあるんです。

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▲池に泳ぐ鯉。右手の建物は「桐の棟」。昭和7、泉鏡花は1階奥の「桐三号室」で『斧琴菊』を書き上げました。

そして、もう一つの楽しみは「食事」。
芥川は書簡の中で、どんなものをいただいたのか、細かく記しています。
それを見ると…「朝 牛乳一合、玉子一つ、バナナ三本、珈琲。」とか「食後に角砂糖三つか四つ。こいつは癖になった。」とか…。
芥川の甘味好きはこれまた有名ですが、角砂糖って最早甘味を通り越してそのものですが…、
女将さん曰く当時角砂糖はごちそうだったとのこと。

また、芥川は「凍りしいたけ」なるものも食べていたそう。
「よく分からないのですが、採ってきた生しいたけを凍らせて食べるらしいです。今はそういったものをご提供することはないのですが、本当に美味しいらしくって、新鮮だからこそできるんでしょうね」とのこと。
伊豆は原木でのしいたけ栽培発祥の地と言われ、今でも名物の一つ。香りが強く肉厚で歯応えがあるしいたけを、芥川も楽しんだのでしょう。

今も日本はもちろん海外からも、文人墨客の足跡を訪ねて、多くの方が訪れる新井旅館。
中でも芥川は一番人気らしく、「こんな若い方でも興味があるんだ」って驚くこともあるそう。
また、作家や書道家、ミュージシャンが長期滞在することもあるそうで、「良い“気”がもらえる」「作品にあらわれるものが違う」と言っていただくとか。

あなたも、季節ごとに表情を変える山々や清流から良い“気”をもらいつつ、芥川の息づかいを感じてみてはいかがでしょうか?

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SPAC秋→春のシーズン #2『歯車』
構成・演出:多田淳之介
原作:芥川龍之介
出演:大内智美、奥野晃士、春日井一平、河村若菜、坂東芙三次、三島景太[五十音順]

一般公演
11/24(土)・25(日)・12/1(土)・2(日)・8(土)・9(日)・15(土) 各日14:00開演
静岡芸術劇場

チケット
発 売 日:9/23(日)会員先行予約 9/30(日)一般前売
料  金:一般4,100円 ペア割引3,600円 ゆうゆう割引3,400円
学割2,000円[大学生・専門学校生]1,000円[高校生以下] ※ほか各種割引あり
購入方法:SPACチケットセンター TEL:054-202-3399(10:00~18:00) ※公式サイト、劇場窓口でも購入可

★公演の詳細はこちら
https://spac.or.jp/au2018-sp2019/haguruma_2018

★トレーラー第一弾はこちら
https://www.youtube.com/watch?v=NBi9mdWKW5c

★ブログ「歯車ワークス」過去の投稿記事はこちら
https://spac.or.jp/blog/?cat=113

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