9月4日・5日に静岡芸術劇場で上演予定のスパカンファン・プロジェクト『ユメミルチカラ』の稽古場をのぞいて、カメルーン出身の振付家メルラン・ニヤカムさんと会ってきた。まだ稽古三日目だったが、前にシアタースクールで見た子どもたちが、ちょっとアーティストらしき顔になってきていて驚いた。静岡の子どもたちと一緒に「大人に希望を与え、生きる上で一番大事なことを教えられるようなダンス作品」を作るのが目標だという。そのためにはまず、子どもたちが希望を持てるようにしなければならない。
ニヤカムさんと一緒にいる子どもたちは、なんだか笑顔の質が違うような気がする。最近の子どもが得意な作り笑いではなく、身体の底からわき上がってくるような笑顔。3月に行った出演者オーディションのためのワークショップでも、アフリカのリズムを通じて、三日くらいで子どもたちの顔と身体がずいぶん変わってきていた。子どもたちにも大人たちにも、ニヤカムさんはよくこう言っている。「朝起きたら鏡を見て、自分はなんてかっこいいんだ、きれいなんだ、っていうんだよ。自分で自分を好きにならないと、他の人が自分のことを好きになってくれるわけないんだから。」
自分の体が好きになることはダンスの基本なのかも知れない。そうでないとなかなか人に見せてやろうとは思わないだろう。日本の子どもたちがアフリカの子どもたちのように思い切りよくお尻をふって踊れるようになったら、日本も変わるかも知れない。
コミュニケーションの危機が叫ばれているのはどこも一緒らしい。ニヤカムさんは活動のベースにしているフランスでもよく、警官などもなかなか入っていかないような問題の多い郊外の学校でワークショップをすることがある。「そんな学校ほど、ダンスのワークショップをすると盛り上がって、子どもたちのあいだの関係が見る間に変わっていくんだ」と言う。
フランスでも、子どもが家に閉じこもってテレビゲームに熱中し、外で遊ばなくなってしまっている。「子どもや若い世代が他の人とコミュニケーションを取りにくくなっている原因の一つは、携帯電話・インターネット・テレビゲームなど、身体を介さないコミュニケーションが急速に拡大してしまったためだ。子どもたちは本当は他の子どもたちとじゃれあったりしたいのに、子どもたちの世界に電子機器が浸透していくにつれて、そんな機会はどんどん奪われていき、身体を通じたコミュニケーションに対して臆病になっていく」、とニヤカムさんは言う。身体の時間が、バーチャルな時間によって次々と置き換えられていく。日本はこの現象を最も早く経験した国だったのかも知れない。
気がつくとここ数十年のあいだに、テレビゲーム・アニメ・漫画を通じて、世界の子ども文化はすっかり日本の発明品によって席巻されてしまった。一世紀ほど前に日本を訪れた欧米人たちは、日本人の子ども好きぶりに驚嘆したというが、これほど多くのおもちゃを発明してきた国も少ないだろう。今では世界中の子どもたちが日本の文化に憧れている。
そんな日本で、そしておもちゃの本場静岡で、世界の大人たちと子どもたちに、もう一度「ユメミルチカラ」を取り戻させるような作品が作れたら、素敵なことではないか。
ちなみに、ニヤカムさんがつけたフランス語の題名は『高瀬くんの夢(Rêve de Takase)』という。高瀬くんというのは、出演者のなかで唯一の男の子の名前なのだが、オーディションのときに彼が語った夢に、ニヤカムさんが非常に感銘を受けて、こういう題名にしたとのこと。いつか、高瀬くんと静岡の子どもたちの夢が、世界を変える日が来るのかも知れない。そんな夢をかいま見させてくれた稽古場だった。
(SPAC文芸部 横山義志)