前編では戸田山和久先生、SPAC文芸部の大岡淳、そして戸﨑裕子・文葉先生による特別授業の様子を記録しました。ここからは、その後に行われた特別授業、そして通常授業を振り返ります。
貴島豪の「実技」
SPAC俳優、貴島豪による実技の授業も行われました。貴島はSPAC設立当初より数多くの作品に出演してきたベテラン俳優です。
その貴島による90分1本勝負の特別授業。この日、貴島がキーワードとしてしきりに口にしていたのは「認識」、そして「呼吸」。自身が30年続けてきたというスズキ・トレーニング・メソッドの一部を丁寧に指導していく中で、自分の身体のどこに何があるのか、自分がどういう動きをしているのか、なぜその動きに至ったのか、これらすべてを「認識」することが舞台上に立つ人間には必要だと何度も強調していました。また、セリフを話すためにも、いろいろな動きをするためにも、「呼吸」が大切であると、その方法を実演しながら説明していきます。大きく吸って、止める。吐き切って、止める。息の出入りそれぞれの後に、一度息を「止める」ことで呼吸が循環し、「セリフがしゃべれる」ようになるのだそう。呼吸をコントロールできるようになると、自分の内側から自然に動けるのだと教えます。
こうした指導の中で、メソッドを生徒たちが実践するのを見ては、各自の癖を修正していきます。貴島も見本となって生徒と同様の動きを繰り返しながら説明します。
同じ足踏みでも、貴島の足音は「バンッ」と鋭い音で床を振動させ、身体の中に重く響いてきました。貴島が見せるお手本に対し、生徒たちは目を丸くしてその動きを見つめていました。
最後には、貴島が過去に出演した『ディオニュソス』のセリフを披露してくれました。教えていたときの穏やかな雰囲気から、セリフを発する身体に瞬時にスイッチすると、その教えを自身の身体を使って体現し、強烈な説得力をもった指導の締めくくりとなりました。
授業が終わった後、生徒たちは貴島のもとに駆け寄って授業では聞けなかったことを質問し、アドバイスに対して熱心に耳を傾けていました。
スズキ・トレーニング・メソッドが、どのように身体に作用するのかがよくわかる授業となりました。
通常授業(英語・教養・実技)
そして、通常の授業も着実に進められました。
「ミュージカル映画で学ぶ英語」の授業では、講師のAshが生徒たちに出欠をとりながら短いやり取りを交わし、英語での会話の機会を作ります。続けて、”Suit case”というパートでは、「どこかの国に旅をすることになった時、2つだけスーツケースにいれて持っていけるとしたら、何を持っていくのか」というテーマで、各回1人ずつ前に立ってスピーチをしました。camera, toothbrush, chocolate…。それぞれが全く違うものを思い浮かべ、理由を説明していきます。スピーチ後には、それを聞いていたほかの生徒たちからの質問に答え、会話を広げていきました。授業の後半は映画『RENT』の歌唱シーンを観て、シャドーイングをしていきます。ネイティブによる英語の歌唱の聞き取りに四苦八苦しながらも、何度も繰り返し歌いなおしたり、パートに分かれてデュエットで歌ったりお互いに聞きあったりしました。
▲『RENT』の映像にあわせてシャドーイングを行います。
また、宿題として自分で歌ったものを録音し、それを提出して添削してもらううちに、少しずつ発音が良くなり、英語で歌うこと、話すことへのためらいも薄まっていったようです。NYに住むSPAC俳優の池田真紀子もzoomで参加し、アメリカの現状や暮らしぶりを伝えながら生徒たちにアドバイスを与えるなど、オンラインならではの強みも生かしながら英語力の向上を図っていました。
▲『アンティゴネ』に出演していた池田は、帰国前にリアルの場に登場してくれました。
教養の授業は、ゲストとしてzoomで講義をしてくださった戸田山先生の『教養の書』を、全員で読み進めていきました。戸田山先生のあふれる知識と柔軟な頭脳によってあちらこちらに及ぶ本の内容を、単語レベルから一つ一つ確認していきました。少しずつその中身を音読し、丁寧に向き合うことで、いままで知らなかった言語や作品、考え方をたくさん知り、一生懸命思考を続ける時間となりました。関根、大沢、それぞれの講師が一方的に教えるだけでなく、生徒たちとともに頭を悩ませていく姿もたくさん見られました。校長の宮城もリアル・オンラインを併用しながらほとんど毎回参加し、時折説明を加えたり、生徒の質問に答えたりしながら授業をサポートしていました。
▲前期は関根・大沢が教養の講師を担当しました。
そして実技の授業。前述した戸﨑裕子・文葉先生・貴島の特別指導など、さまざまな講師による授業が中心に行われる前期でしたが、序盤は片岡が、SPACで普段行っているトレーニングを一から指導しました。
▲片岡による訓練指導
そして7月に入ってからは寺内亜矢子が指揮をとり、1年間のまとめとして後期の最後に予定されている発表会に向けた訓練に少しずつシフトしていきました。
▲生徒たちと顔を合わせ、挨拶をする寺内
寺内はその最初の授業で、「1分間で自己紹介をしてください」という課題をだしました。生徒全員で円を作り、ひとりずつ立ち上がって自分の名前や好きな食べ物、そして今一番興味のあるものを時間内に語っていきます。全員の紹介が終わると寺内は、「今自分が話した自己紹介の内容を、一言一句できるだけもらさないように台本にしてください」と、生徒に時間を与え、「その台本を使ってさっきの自分を「完コピ」します。できるだけリアルに再現してください」とリクエストしました。生徒たちは再び同じ順番で立ち上がり、自分で書き起こした台本を見ながら、数分前に行った自己紹介を再現していきます。「セリフの順番が変わってない?」「もっと身体が揺れていた気がする」「息の量が多くなってた」と、最初の紹介との違いを周りから指摘され、「ああそうだった!」「そんなことしてたっけ?」と無意識な自分の言動に気づかされていました。
「いつも自分がどういう風に行動しているのかを知るのは大事だよね」
他の講師たちが共通して伝えていたメッセージを、寺内も言葉にしていました。
▲台本を手にして自己紹介を再現
今後の授業では、いよいよ本格的に発表の準備を進めていくそうです。
また、静岡文化芸術大学の池上重弘先生や渋谷浩史・静岡県文化担当理事も授業を見学にいらしてくださいました。お二人は、ご自身の高校時代の話や身の上話をしながら生徒たちと打ち解けていき、「なぜこのアカデミーに参加したのか」「この先どんなことをやってみたいのか」など徐々に生徒たちの本音を引き出していました。
▲池上先生・渋谷理事が楕円堂にいらしてくださいました。
ほかにも、制作部の丹治による制作と劇場の話を聞いたり、全員でSPAC内外の舞台を観劇したりするなど、さまざまな大人や作品との出会いが次々とやってくる前期でした。
▲丹治が制作の仕事とアングラ演劇や公共劇場をつなげて説明
▲『ふじのくにものがたり』観劇時には、終演後に演出の大岡淳、出演者の宮城嶋遥加との面会も
この数か月の間に、少しずつ、たしかに成長していくアカデミー生たち。
前期で学んだことを土台に、あと半年、さらに学びを進めていきます。