皆さんがご覧になる『愛が勝つおはなし ~マレーヌ姫~』は、グリム童話の『マレーヌ姫』(または『マレーン姫』)をフランスの演出家、オリヴィエ・ピィがオペレッタ(喜歌劇)に書き直したものです。『グリム三部作』の続編として、演出家が選んだグリム童話4作目が本作です。従順で大人しいお姫様が多いグリム童話の中で、マレーヌ姫は全然違います。自分の心に従って行動を起こす、美しくて強いお姫様です。こんなに辛い世界って他にあるの?と思ってしまう程の逆境におかれても、彼女は文句も言わなければ、人の悪口も言わない。どんな過酷な運命にも負けず、愛に向かって真っすぐ生きるマレーヌ姫は気持ちが良い程潔いのです。天災、テロ、環境問題、移民問題、格差やマイノリティの問題、もっと身近なところではいじめに貧困、孤独、そして感染症…現代社会はマレーヌ姫が生きていた頃と同じように、別の意味ではさらに生きづらくなっているかもしれません。そんな中で、大人は子供たちにどんなモデルを示してあげられるのでしょう? 白馬に乗った凛々しい王子様を待つだけの非現実的なお姫様で本当に良いのでしょうか? そして子供だったことを忘れてしまった大人たちはどんなおはなしで、愛する人たちを想うのでしょう? オリヴィエ・ピィが行きついたのは、観ていてちょっと怖くなるような独特な世界。大人が創った甘いお菓子の様な世界ではなく、マレーヌ姫が実際に出会ったような、暗い舞台と不気味な化粧をした役者たち。オリヴィエ自身が語っているように役者たちは簡易な額縁舞台の中で操り人形の様に演じ、歌うのです。子供たちに嘘は通用しません。子供たちは大人が思う以上に現実の世界を見ているし、そしてそれを精一杯受け入れようとします。子供には優しいもの、きれいなものを見せておけばよい、なんて大人の勝手な思い込みかもしれません。しかしそんな演出家の美意識溢れる世界の中で、歌の翼に乗って紡がれる言葉遊びのような歌詞は、どれもとても素晴らしいのです。オリヴィエ・ピィが作品に託した思いは、この卓越した言葉のセンスに最も表れている気がします。
ところで『青い鳥』(1908)や『ペレアスとメリザンド』(1892)で有名なベルギーのノーベル文学賞受賞作家、モーリス・メーテルリンク(1862~1949)の処女戯曲も『マレーヌ姫』でした。この作品は日本ではあまり知られていませんが、象徴主義演劇の最初の作品として特別な意味を持っています。オリヴィエ・ピィがグリム童話からこの『愛が勝つおはなし ~マレーヌ姫~』を書いた様にメーテルリンクも自分だけの世界観を創り出し、おはなしの結末も大きく異なっています。
弁護士の道を進むも文学が諦めきれなかったメーテルリンクは1889年、27歳で『マレーヌ姫』を執筆し、生まれ故郷のゲントという街で、未発売の30冊を印刷します。その中の1冊を尊敬するフランスの詩人ステファン・マラルメに送りました。マラルメの推薦を受けた劇評家のオクターヴ・ミルボーは無名の青年の作品に目を見張り、賞賛します。「新しいシェイクスピアだ」と。その後のメーテルリンクの輝かしい成功は言うまでもありません。当時、フランスではボードレールやマラルメを中心に、写実主義や自然主義の客観描写に対し、象徴作用と装飾形式によって想像の世界を暗示しようとする象徴主義の文学や芸術思潮が興り、ヨーロッパ中に波及していました。ただ演劇において象徴主義の作品はまだ生まれていなかったのです。その待望の作品がメーテルリンクの『マレーヌ姫』でした。大いなる不幸の前触れという流れ星、泣きじゃくったかと思えば最後には死んでしまう噴水、ボッシュやブリューゲルの作品を思わせる大きなタペストリー、黒い軍艦、<死>を意味するイトスギの木…シンボルに溢れたメーテルリンクの『マレーヌ姫』は私たちを想像の世界へ、目に見えない<不動の真実>の世界へと誘ってくれます。若くして亡くなったフランスの作曲家リリ・ブーランジェ(1893~1918)はこの『マレーヌ姫』のオペラを制作中でした。
グリム童話と一緒にメーテルリンクの『マレーヌ姫』も是非チェックしてみてください。
【筆者プロフィール】
穴澤万里子 ANAZAWA Mariko
明治学院大学文学部芸術学科教授。ストラスブルグ大学大学院文学博士。AICT(国際演劇評論家協会)本部理事。専門はメーテルリンクを中心としたフランス象徴主義演劇。ライフワークとして同時代の演劇と美術の関係を探る。