劇場文化

2019年11月2日

【ペール・ギュントたち ~わくらばの夢~】忘れられた島々への旅(藤原ちから)

 この5年間ほどで、アジアの舞台芸術におけるモビリティ(移動性・流動性)が飛躍的に増し、プロデューサーやアーティストたちの国際交流・ネットワーク形成が急速に進んでいる。その結果、国際共同制作も、かつてのようにそれぞれの国を代表するようなものではなく、トランスナショナルな(国家という枠組みを越えた)形へと変化しつつある。この『ペール・ギュントたち』もまさにそうだ。インドネシア、日本、ベトナム、スリランカから集まったアーティストたちが、ワークショップを重ねながらひとつの作品をつくりあげてきた。
 9月にわたしは、ジョグジャカルタにあるテアトル・ガラシを訪れた。半野外劇場というか、客席のすぐ後ろが庭になっていて、鯉の泳ぐ小さな池があり、隣家の飼う鳥のさえずりが聞こえてくる。観客は観劇しながら好きに珈琲を飲み、甘い香りのする煙草を吸っている。風通しのよい劇場だった。そこで『ペール・ギュントたち』の上演台本・演出を手がけるユディ・タジュディン氏にお会いし、彼がテアトル・ガラシの大切な精神的支柱になっていることを感じた。しかしそれ以上に印象深かったのは、その場が、ユディ氏のような演出家を頂点とするピラミッド型の劇団にはなっておらず、もっと有機的な、人々の繋がりによるコレクティブとして機能していたことだ。わたしが2日間にわたって観劇したキャバレー・ハイリルという実験的なパフォーマンスは、バンドゥンという別の都市を拠点にする若いキュレーター(タウフィック・ダルウィス)に任された企画で、パフォーマーも観客も若い人たちが集まり、積極的に意見を交わし合っていた。外部の人間、若い人間がのびのび実験できる環境が用意され、有機的な循環を生み出している。
 こうしたテアトル・ガラシの「有機的なコレクティブ」としての性質は、今回の『ペール・ギュントたち』のメンバー構成にも反映されているように思う。例えばヴェヌーリ・ペレラは、日本でもダンサーの手塚夏子らとのコラボレーション作品で知られており、いわば冒頭に述べたような加速するモビリティ(移動性・流動性)の申し子と言えるだろう。しかしその一方で彼女の身体は、スリランカのパスポートが国際的に弱い存在であり、国境を越える移動が簡単ではないことを思い知ってもいるはずだ。移動といっても、難民のように移動を強いられる人もいれば、逆に、移動の自由を奪われている人たちもいる。そんなこの世界において、人はなぜ旅をするのか(せざるをえないのか)? そこには、無邪気でロマンティックな旅情が入り込む余地はもはや残されていないのかもしれない。移動することは、この世界の摩擦を感じることでもある。そんな摩擦を経験してきたパフォーマーたちの身体は、今作の見所のひとつであるだろう。
 彼らはその創作過程において、インドネシアのフローレス地方を旅している。カトリックが多数派を占める地域らしい。ムスリムが多数派であるこの国において、フローレスはきっと異質な場所であるのだろう(まだ行ったことがないから確かなことは言えない)。なぜ彼らはフローレスに行ったのか? テアトル・ガラシでお会いした時、ユディ氏は言った。「来てくれてありがとう。でもここだけに来て、インドネシアを学んだと思って帰らないでほしい」。それはきっと、13,466個の島々によって構成されるインドネシアの多様性を、そして「アジア」が直面している多様な困難を、身に沁みて感じているからこその言葉なのだと、わたしは受け止めた。
 ちなみに実は日本にも、6,852個もの島があるとされる(もちろんこの数字は問題含みだ)。しかしこの多様性は、日本においてはほぼ無視されてきたように思う。「日本は島国」だとよく言われるが、実際は「日本は島々の国」なのだ。今作のタイトルが『ペール・ギュントたち』と複数形になっていることを忘れずにいたい。そして6,852個の多様な島が日本にあることを、せめて今日この場では、忘れないでおきたい。
 この作品を観たあとで、「アジア」はわたし(たち)の目にどんなふうに映るのだろうか。相変わらずエキゾチックな色眼鏡に毒された、ファンタジーとしての、「偽のアジア(Fake Asia)」のままだろうか。それとも……? 

【筆者プロフィール】
藤原ちから FUJIWARA Chikara
1977年、高知生まれ。横浜を拠点にしつつ国内外を移動し、アーティスト、批評家として活動。代表作『演劇クエスト』はアジア各地で創作。2017年度よりセゾン文化財団シニア・フェロー、文化庁東アジア文化交流使。

【寿歌】瓦礫の荒野と蛍の光―北村想『寿歌』における聖性(安住恭子)

 北村想の『寿歌』は、戦後の日本の戯曲の中で、最も上演回数の多い作品といってもいいのではないだろうか。北村が書いてから四〇年ものときがたつのに、今なおどこかしらで上演されているのだという。それぞれのカンパニーが新作戯曲を上演することの多い日本の現代演劇の中で、それはかなり特異なことだ。なぜこの作品は、それほど演劇人を引きつけるのだろう。
 おそらくその秘密は、この戯曲がはらむ透明な明るさと切なさにあるのではないだろうか。核戦争が終わった瓦礫の荒野を、旅芸人のゲサクとキョウコがあてもなく歩いている。するとその前に、ヤスオという男が現れ、三人はひととき共に旅をする。ただそれだけの話である。ゲサクとキョウコの会話も芸も、まるで冗談のようにいいかげんで、戦争で多くの人が亡くなったことや、仲間と行きはぐれたことなど、まったく意に介していない。それらへの屈託は一言も語らずに、リチウム爆弾の炸裂を花火のように眺めているのだ。つまり彼らは終末の世界に、純な生命体としてただポツンといる。この、一面の荒野にポツンと在る小さな生命という設定が、透明な明るさと切なさを、まずは引き起こすのだと思う。 続きを読む »