劇場文化

2013年8月13日

【タカセの夢】『タカセの夢』の夢(横山義志)

カテゴリー: 2013

 今年8月頭、韓国公演出発前の『タカセの夢』通し稽古を見た。この作品を見るのはもう何度目か分からないが、まず冒頭の、制服を着た女子中高生が歓声を上げながら走りまわる場面で、もう何度となく見ているはずなのに、えらくどきどきする。思えば自分が中学生、高校生の頃は、その年代の男の子なり女の子なりの集団がいかに大変なものかというのはよく分かっていたはずなのに、それから少し経つと、あっという間に忘れてしまうものだ。一言でいえば、動物性とでも言えばいいだろうか。
 『タカセの夢』はやたらとハイブリッドな作品である。日本の童謡やヨーロッパのバロック音楽がアフリカの音楽と同居している。だが、不思議と違和感を感じさせない。最近の舞台では、「多国籍」な作品というのはよく見るようになったが、顔かたちや文化の違いを超えて、このように「人間」というものを感じさせてくれる作品というのは、なかなか出会うことがない。ここでは、都市に棲み、スーツを来て電車に乗る大人たちから、花の咲き乱れる草原で動物に囲まれて歌を歌う子どもたちまで、生き物としての「人間」の姿が、なぜかひとつづきにつながって見える。たぶんそれは、「動物としての人間」を肯定しているからだろう。
 近代の文化は、他の生物に対する人間の優位を原理として打ち立てることで成立してきた。そのために「動物」と「人間」は対立させられ、人間の「動物的な部分」は否定され、抑圧されてきた。だが、そもそも「人間の優位」というのは、そんなに自明なことではない。この「人間の優位」は、動物と共通する肉体ではなく、他の動物が持たない言葉にこそ人間の価値がある、という発想にもとづいている。「言葉は、人間だけがもっているもので、知識や文明を蓄積し、新しいものをつくりだして環境を変化させることができるものです。[…]でも、特別なのは他の動物も同じです。たとえば、発した超音波が物に当たって反響するのを聞くことで外界を認知するのは、コウモリの特徴です。鼻のまわりの筋肉を花びらのように発達させ、地中や水中の虫を掃除機のように吸い取るのはホシバナモグラだけ。みんな特別なんです。」(注)
 コトバもまた、ヒトという動物の身体能力だと考えてみれば、世界はだいぶ違って見えてくる。「ずいずいずっころばし、ごまみそずい!」と歌うとき、ヒトは何を考えているんだろう? というのは、ちょっと間抜けな問いであって、ヒトはそのとき、踊るときと同じように、コトバを発して、それを分かち合うということ自体を楽しんでいるのである。ヒトは動物以上でも、以下でもない。だからおごるべきではないが、卑屈になる必要もない。他の生き物たちと同じくらいには、楽しく生きる権利を持っているはずだ。だが、自分が動物であることを忘れてしまえば、あらゆる幸福を見失うことになるだろう。
 2010年にこの企画を立ち上げるとき、ニヤカムさんは「大人に希望を与え、生きる上で一番大事なことを教えられるようなダンス作品」を作りたい、と言っていた。「子どもや若い世代が他の人とコミュニケーションを取りにくくなっている原因の一つは、携帯電話・インターネット・テレビゲームなど、身体を介さないコミュニケーションがあっという間に拡大してしまったせいだ。子どもたちは本当は他の子どもたちとじゃれあったりしたいのに、子どもたちの世界に電子機器が浸透していくにつれて、そんな機会はどんどん奪われていき、身体を通じたコミュニケーションに対して臆病になっていく」、とニヤカムさんは言う。身体の時間が、バーチャルな時間によって次々と置き換えられていく。日本はこの現象を最も早く経験した国だったのかも知れない。気がつくと、ここ数十年のあいだに、テレビゲーム・アニメ・漫画を通じて、世界の子ども文化はすっかり日本の発明品によって席巻されてしまった。
 稽古場を見に行って、驚いた。稽古が始まる前、舞台芸術公園の芝生の上で、出演する子どもたちが本気でオニゴッコをしたり、ハナイチモンメをしたりしている。こんなに大声ではしゃいで走りまわっている中高生というのも、ほとんど見た記憶がない。この、オニゴッコで全力疾走する楽しさが、そのまま舞台に活かされている。出演者のお父さん、お母さんにうかがうと、参加者たちは、帰ってくると「あー疲れた」と言いながら、週に一度の休みの日にも「今日も稽古があればいいのに」とつぶやいたという。
 『タカセの夢』は「アフロ・ジャパニーズ・コンテンポラリーダンス」と呼ばれている。無理矢理なジャンルだと思う方もいらっしゃるだろうが、このなかに出てくるハナイチモンメやカゴメカゴメを見てみれば、日本を深く深く掘っていけばアフリカにたどりつくことに気がついていただけるのではないか。アフリカの賢者たちの知恵が、静岡の子どもたちを通じて、もう一度世界の大人たちに希望を与えられるのかも知れない。この夢を本気で生きているダンサーたちを見れば、そんな夢を信じたくなる。
(注:岡ノ谷一夫『つながりの進化生物学』朝日出版社、2013年、19頁。)

【筆者プロフィール】
横山義志 YOKOYAMA Yoshiji
SPAC文芸部、海外招聘作品担当。2008年パリ第10大学演劇科博士号取得。