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2012年11月19日

『ロミオとジュリエット』フランス語通訳 石川裕美さんインタビュー

◆中高生鑑賞事業パンフレット連動企画◆

石川裕美さん
フランス語通訳 石川裕美(いしかわひろみ)
SPACでは2010年フレデリック・フィスバック演出『令嬢ジュリー』より多数の通訳に携(たずさ)わる。

Q.なぜ通訳の仕事をされるようになったのですか?
石川:大学入学前の春休みに、急に代理で通訳の仕事に連れて行かれて、それが始まりです。学生の間は、気楽な気持ちで色々な種類の通訳をしていました。学生最後の年に、音楽祭の制作スタッフの一員として、語学に関わる部分を手伝う機会があったんです。それ以来、舞台関係の通訳をやりたいと思うようになりました。
 性格的な理由もあります。小さい頃から作文をしたり人前で話したりするのが一番苦手でした。通訳はこういったことをしないで済む立場だと気づいた。立ち位置として、唯一、自分が気持ちを楽にできる場所だと。人が話す手伝いをしていると、自分を消せるんです。その人の言おうとしていることを伝えているんだと思うと、自分も言葉を発することができる。社会の中でどこかにいなければいけないのなら、ここしかないだろうと。

Q.学生時代からすでにフランス語ができていたということですか?
石川:家族がフランス語圏のスイスに住んでいたため、14歳までスイスで育ちました。たまたまフランス語と日本語、両方がある環境にいたんです。大学で語学の勉強をしたわけではないんです。フランス語は自然に身についていました。

Q.今回の『ロミオとジュリエット』では、演出のオマール・ポラスさんの通訳をされていますが、作品に関わる発言は、一般的な会話とは違いませんか?
石川:そう思います。演出家の言葉はいつ何が飛び出してくるかわからない感じがします。本当は、その人が持っている世界全てを知らなくてはいけないのだと思います。とてもそこまではいけませんから、せめて感覚的に近くなりたい。オマールさんの稽古(けいこ)では、その場のスピードが求められるのかなと思います。文学的な内容の言葉を選ぶときに、ちょっと時間がかかりそうでも、稽古の流れを止めないように通訳するんです。オマールさんは生命力の流れを大事にして作品をつくっているようなところがあると思うんです。そういう時には、フランス語の微妙なニュアンスにぴったりあてはまる日本語の言葉が浮かばなくても、スピードを重視して、その場での感覚や方向性をとにかく伝えるようにしています。

Q.現場の雰囲気や空気感を受けながら、どう通訳するかも決めていくのですね。
石川:きっとそうですね。演出家は自分の言葉を演出しながら発していることもあると思うので、そのあたりも考えつつです。このタイミングでこの言葉を発する意図が自分ではわからなくても、とりあえず訳して言葉を発さなくてはいけないと思うんです。舞台以外の通訳では、こういったことはあまりないかもしれません。

Q.舞台の通訳のおもしろさはどういったところでしょう?
石川:通訳は難しさがそのままおもしろさですね。勉強し続けなくてはいけませんし、関係を持っている人たちを理解しようとし続けなくてはいけません。あと、自分のようなクリエイティブでない人間が、クリエイティブな人たちと一緒にものをつくられるというのは大きい喜びです。

Q.オマールさんだけでなく、日本側のスタッフとも色々なやり取りがあるのですよね。
石川:フランス語系の方は弁が立つと言いますか、まずは主張し要求します。言っても駄目だろうなと思っても、とにかく言ってみるという姿勢があります。私としては、一人一人が言いたいことをしっかり伝えようと思うため、双方が強く言ってきた場合でも伝えるようにしています。通訳が中継点なら、なるべくニュートラルでいる方がよいと思います。当事者同士が喧嘩(けんか)をしたいなら喧嘩をしないといけません。

Q.通訳というと理性的な仕事というイメージがありますが、演劇の現場になると、喧嘩の間にも入らないといけないんですね(笑)
石川:喧嘩は喧嘩ですよね(笑)そこで難しいのは、興奮していると発している言葉がうまく伝わらないので、できるだけ冷静にそのままを伝えますね。声のトーンや怒っている顔つきは、私の言葉を通さなくても伝わりますから。私はあくまで言葉担当です。

Q.そういう人間的なやりとりの間にいらっしゃると、オマールさんの人柄もよく感じられると思うのですが、いかがでしょう?
石川:オマールさんは、人生、人間、命をとても愛しています。日本も大好きですし、SPACさんのことも大好きだと思いますね。オマールさんとは、2010年『ドン・ファン』再演、2011年『シモン・ボリバル、夢の断片』、2012年『春のめざめ』でご一緒しています。
 私が知っている演出家はフランス語系の方が多いので限定されてはいますが、オマールさんは、一般的なフランス人の演出家とは違いますね。まず、より情熱的です。オマールさんはコロンビア人で、ラテンアメリカ文化の人だからかもしれません。フランス人とは発想や考え方が違うと感じます。急に動きだしたときに、これは何だろうとわからないときもあります。言葉を伝えていくとうことは、その言葉に関係している文化を伝えていくことでもあります。その難しさがあります。

Q.言葉の表面的な意味だけでなく、含意された文化があるんですね。聞けば聞くほど、複雑な仕事だなと思えてきました。
石川:心に毛が生えていないとできないです(笑) あきらめも肝心(かんじん)です。自分がわからなくても、とりあえず伝えないといけない。何を優先すべきかをつねに迷いながら言葉を選んでいます。今回は、オマールさんとSPACさんとの信頼関係がありますから、それに助けてもらっていますね。
 通訳をしていて一番うれしいのは、みんなが笑えたときです。言葉も文化も一緒に伝わったという感じがするんです。笑いは文化が違うと伝わりづらいものではないかと思います。怒りや悲しみや憐(あわ)れみの気持ちはわかりやすいのですが。洒落(しゃれ)や言葉遊びはやめてくれといつも思います(笑)

Q.中高生のみなさんが通訳という仕事を身近に知る機会はあまりないのではないかと思いますが、日本にいて勉強して通訳の仕事につかれる方もいるのですよね?
石川:そういう人の方が多いです。私が尊敬する通訳の方々には、大人になってからフランス語を選んで勉強されている方もいます。皆さんもこれから勉強されるなら語学だけでなく、文化について知ることが大事です。文化がわからないと、相手が発している言葉を理解する段階で、内容が限定されてしまうと思います。だいたいの人は言葉だけに頼らないコミュニケーションをとりますから、文化的に理解していた方が強みになると思います。

Q.最後に、石川さんから見た、今回の『ロミオとジュリエット』の魅力は何でしょう?
石川:作品について言うのは気がひけますが、オマールさんの人間性がよくあらわれているのではないでしょうか。人間を心底肯定的に見て描いているような気がします。

※中高生鑑賞事業公演では、中高生向けの公演パンフレットをみなさんにお渡ししています。今回パンフレットとSPACブログの連動企画として、パンフレットにある石川裕美さんへのインタビューのロングバージョンをこちらに掲載します。
鑑賞事業パンフレットは、一般公演でも物販コーナーにて販売しています。