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2014年12月12日

【『グスコーブドリの伝記』の魅力 #4】 ドラマトゥルク取材日記2

「ドラマトゥルク取材日記」では、
『グスコーブドリの伝記』でドラマトゥルクを担当するライターの西川泰功が、
宮沢賢治にまつわるネタを紹介していきます。

第2回は、静岡大学 特任教授兼客員教授の平野雅彦さんに取材しました!

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 静岡大学人文学部の研究室を訪ねると、平野雅彦さんはいきなりビンに詰まった鉱物のかたまりを見せてくれた。「掛川市の地層で採取した化石です。自分で採ったんですよ」。「どうやって?」と問うと、朗らかな笑顔で「その辺りに化石が転がっているんです! 掛川の街は、その昔、海の底でしたから…」

 平野さんは、考古学者ではない。研究室の本棚には絵本がたくさん並び、アンティークな雑貨類が所せましと置かれている。情報意匠論を提唱する平野さんは、「ぐれ続けている大人」だ。そして、ひそかな賢治ファンである。

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↑ 静岡大学 特任教授兼客員教授・平野雅彦さん

 「小学校の頃、手のつけられない問題児で、小学3年まで、学校に行くと時折、理科準備室に“幽閉”されていました。給食の時間だけ教室に戻るという学校生活です」。好奇心旺盛な平野少年にとって、理科準備室は宝の山だった。「ビーカー、顕微鏡、標本の類い…そそられるモノたちに囲まれて、目覚めてしまった」。教科書で宮沢賢治に出会ったのは、そんな頃だ。

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↑平野さん制作のディスプレイ。賢治へのオマージュ。

 賢治は、小さい頃から鉱物採集が趣味で、「石コ賢さん」というあだ名で呼ばれていた。「影響されて、道端に落ちている、何の変哲もない石ころをコレクションにしていました。勝手に名前をつけて楽しんでいました」。賢治の世界は、1人の少年に採集趣味を身につけさせるほどの、独特の魅力を放っていた。

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↑平野さんが祖父からお土産でもらった鉱物標本。

 平野さんは、賢治のどこに魅力を感じているのだろう。脳裡に鮮やかに残っている童話は、『蛙のゴム靴』だ。3匹の蛙が、人間のゴム靴をめぐって繰り広げる物語。その中に、蛙が「雲見」をするシーンがある。

日本人ならば、丁度花見とか月見とかいふ処を、蛙どもは雲見をやります。
「どうも実に立派だね。だんだんペネタ形になるね。」
「うん。うすい金色だね。永遠の生命を思はせるね。」
「実に僕たちの理想だね。」
(宮沢賢治『蛙のゴム靴』より)

 「賢治の童話には、辞書にのっていない言葉がたくさん使われています。ペネタ形って何でしょう? 僕たちの理想って一体?」。平野少年は、辞書にない言葉の数々に、想像力をかき立てられていった。「最初は戸惑いましたが、童話の世界観をそのまま受けとめるのがいいと思うようになりました」

 1960年生まれ、静岡市葵区山崎出身の平野さんは、賢治の童話を「地面と言葉がくっついている」と表現する。幼少時代はまだ、のどかな田舎を謳歌するのに十分な環境があった。放課後には、自ずと神社の境内などが広場となり、学年差をこえた友達が集まる。「賢治童話は、田んぼの角、神社の木、小川といった具体的な遊び場と、記憶の中で結びついています。童話の世界が、日常の場の中に埋め込まれている、と感じていました」

 賢治童話に親しんだ平野さんは、自然の遊び場に、賢治の世界観を発見していった。「昔ながらの日本の風景と密接に結びついているのでしょうね。今はなくなってしまった風景かもしれません」

 『グスコーブドリの伝記』は、自然の脅威に翻弄される主人公を描いている。賢治の生まれた1896年は、東北地方を三陸大津波、大洪水、陸羽大地震、豪雨が襲った災害年だった。本作は、日本の地に連綿と続く自然条件を、しっかりと見すえ、今に伝えている。

 『グスコーブドリの伝記』を演劇にする意義について、平野さんはこう話す。「2011年の震災の後、自粛ムードが社会を覆いましたよね。でも、忘れてはいけないことがあると思う。嫌なことに目を背けるのではなく、記憶にとどめなくてはいけない。演劇は、記憶に刻み続けるための装置。人間はすぐに忘れてしまうから、繰り返し考えるための機会が必要です」

 失われてゆく風景。自然への感覚。東日本大震災後に、あらためて気づかされた、この土地で生きる条件。『グスコーブドリの伝記』に向き合うことは、私たちの“足もと”を見直すことでもある。

 「賢治の童話には、どこか救いがあると思う。詩には、個人をこえて、“共有財産”になる瞬間があります。汗や匂いを感じさせる演劇というメディアは、深く想像させたり、考えたこともないことを思わせたりする。演劇を通して、賢治の言葉が“共有財産”になればいいですね」

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↑研究室の本棚に並ぶ蛙たち。「ペネタ形だね」「僕たちの理想だね」。
 
2014年12月4日 静岡大学人文A棟 平野雅彦研究室にて
 
SONY DSC文・西川泰功
ライター。SPAC『グスコーブドリの伝記』でドラマトゥルクを担当し、原作の脚本化のサポートをはじめ、俳優や技術スタッフとディスカッションをしたり、広報用の記事を書いたりしている。SPACでは2009年より中高生鑑賞事業用のパンフレット編集に携わる。その他の仕事に、静岡の芸術活動を扱う批評誌「DARA DA MONDE(だらだもんで)」編集代表(オルタナティブスペース・スノドカフェ発行)など。
 
 
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SPAC新作
『グスコーブドリの伝記』
2015年1月13日~2月1日
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